夕ばえ作戦─2
「あっ、九ちゃん。これから帰るとこ?」
校舎を出たところ、玄関口で八千穂に会った。
「おぉ。やっちーは? 部活?」
「今日は部活ないよー。テスト前だし」
「……まだテストあんのかよ……」
「九ちゃん、行事予定表見てないの?」
「そんなものの存在を知らない」
どこで貰うんだ、どこで見ればいいんだ。
転校してきたとき、その辺りの情報は貰わなかった。
「職員室の前とかにも貼ってるんだけどね。あっ、ねぇ九ちゃん。これから暇?」
「まー、勉強はようやく一段落ついたけど」
「だったらさ、マミーズ寄ってかない? 新しいデザートメニューが入ったんだって」
「デザートかぁ……」
それは実は奈々子からも貰っていた情報だったが。
あまり興味は沸かない。甘い物が嫌いなわけでもないが、チョコやキャラメル齧ってるだけで十分だ。積極的に食べようとは思わない。
「やっぱ甘い物嫌い? 男の子だもんね」
「いや、嫌いじゃないんだけど」
どうせ夕食の時間だし、付き合うのは問題ない。
そう言おうとしたとき、八千穂が突然足を止めた。
「? どうした?」
「……生徒手帳がないっ」
「へ?」
「スカートのポケットに入れといたのに……あれぇ……」
ごそごそとポケット、そしてカバンを漁る八千穂。
友達のプリクラ満載の手帳だ。失くすと困るだろう。
下校の鐘が鳴り出して、八千穂が慌てたように叫ぶ。
「あぁぁぁぁっ! 下校のチャイムが鳴ってるっ! 早く捜しに行かないと、校舎の入口が閉まっちゃうよ〜」
「行ってらっしゃーい」
「九ちゃんも手伝ってよ……!」
「あ、やっぱり?」
泣きそうな顔の八千穂に少し慌てる。そこまでのものか!
「ちょ、わかってるって! 行くって!」
そう言うと八千穂はぱっと笑顔になった。
「ありがと〜! 九ちゃんならそう言ってくれると思ってたんだ」
「うっわ、なんか騙された感……!」
「それじゃ見つけたら玄関でね……って、そうだ」
「ん?」
「これ、九ちゃんのじゃない?」
八千穂が差し出したのは鍵だった。
警備員室、機関室という札が付いている。
「間違いなく違うと思うけど」
「あれ、そうなの? 女子寮に落ちてたんだけど」
「だから何でそこでおれになる!」
「要らないの?」
「要ります」
あったら便利です。
恭しく受け取る九龍に八千穂が笑う。
「じゃ、行こう! 私は屋上見てくるから、九ちゃんは教室お願い!」
それだけ言うと八千穂はさっさと駆け出して行ってしまう。
鍵をポケットに仕舞い、ワンテンポ遅れて九龍もその後を追った。
校舎内はどんどん人が減っている。それでも下校のチャイムが鳴った後なのを考えると多い方だと思う。
執行委員の暴走がなくなって、生徒の意識も緩まってきているのだろうか。
そうだ、もう──執行委員は居ない。
役員も、九龍に協力を約束した。
残る敵は阿門と──
「誰か捜しているのかい?」
──喪部。
教室に入り、辺りを見回している九龍に、背後から声をかけてくる。
九龍は喪部に向き直った。
もう教室には誰も居ない。夕暮れの教室でこいつと向き合うとか。何か嫌だ。
「キミといつも一緒にいるコならさっき廊下ですれ違ったけど屋上へ行くっていってたよ」
「あー、親切にどうも。でも知ってるから」
八千穂のことだろう。
何故わざわざそんなことを教えてくれるのかわからないが。顔に親切心はまるで見えない。……いや、単にこういう顔なだけか、こいつ?
「そうか。じゃあもしかしてぼくを捜していたのかい?」
「何でだよ……! お前に用なんかねぇよ……!」
「つれないじゃないか。ぼくはキミのこと捜していたっていうのに」
喪部が嫌な笑い方をしながら近付いてくる。
嫌がらせか。それは嫌がらせなんだな?
「何の用だよ?」
「秘宝はもう手に入れたかい?」
直球だった。
九龍は肩を竦める。
「まだ。まだまだ先だから横取りするつもりなら気長に待っててくれよ」
「クククっ……。嘘が下手だね」
何故ばれる。
喪部は九龍が聞くまでもなく話し始めた。遺跡の最下層の封印を解くための鍵は──生徒会が持っている、と。
……あれか。
昨日ファントムが阿門から奪っていったもの。
あれは結局、どうなったのか。阿門が取り戻したのだろうか。
最終的には阿門と戦ってどうにかするつもりなので、阿門ですら開けなくなっているとしたら困る。
「まったく、忌々しい連中さ。ここに眠る秘宝の力をあんな下等な連中が独占しているなんてね。優れた秘宝は、優れた者だけが所持するに相応しいっていうのに。それを、あんな――あんなクズどもがっ!」
喪部は段々興奮してきたのか、吐き捨てるように叫んで床を蹴った。
「怖ぇよ、お前」
九龍の言葉に、喪部は少し我に返ったかのように笑う。
「ふぅ……悪かったよ。いろいろと思い出して、つい興奮してしまったようだね」
口調は穏やかなものに戻った。どこか馬鹿にしたような笑みはそのままだが。
九龍は何となく、喪部の言い分にある組織を思い出していた。
秘宝にはそれに相応しい持ち主が居ると、確かそんなことを言っていた男。
「何があったか知らねぇけど、おれも何か嫌なこと思い出したよ」
レリックドーン。
九龍はここに来る前、ハンターとしての初任務で彼らに遭遇し、死に掛けた。
やっぱり、こいつ……あの連中と似てるんだ。
喪部はおそらくハンター。その可能性は──高い。
警戒する九龍をよそに、喪部は遺伝子の話など始める。阿門も言っていたが、遺伝子ってそんなに重要なものなのか。優れた遺伝子を持つものが頂点に立つ? 言われても正直ピンと来ない。九龍の頭のレベルで染色体だの塩基配列だの言われても。
勿論そんな疑問は顔には出さないが。
知ったかぶりは得意なんだぞ、おれ。
「で、結局何が言いたい」
相手の言葉は全てスルーするという手だってある。
喪部は気を悪くした様子も見せずに、九龍の背後に目をやった。
一瞬振り返りかけて、慌てて視線を喪部に戻す。
だが喪部には引っ掛けようという意図はなかったようだ。
「見たまえ。この鮮血のように美しい夕映えを――」
九龍の姿は、おそらく逆光になっているだろう。
喪部の顔が夕焼けに照らされている。
喪部の携帯が音を立てた。
「来たか」
「何だよ」
「そろそろ、ショーの開演時間だ。きみとぼく、どちらが早く秘宝に辿り着けるのか──どちらが優秀な遺伝子を持つのか、答えを出そうじゃないか」
「はぁ……?」
そう言って喪部は去って行く。
追いかけようとしたとき、背後から聞こえてくるヘリの音に思わず振り返った。
「なっ……?」
窓の外に、確かにヘリコプターの姿。
喪部の笑い声が聞こえる。
「きみが生きていられたら、また会おう。アハハハハハッ――」
「喪部っ……!」
あのヘリは、喪部の仕業か?
窓に駆け寄りヘリの行方を追う。
校庭に降り立った数台のヘリから出てくるのは武装した兵士──レリックドーン。
「嘘だろ……」
1人や2人ではない。
ばらばらと集団で出てきた兵士たちが寮や校舎に散らばっていく。
一際目立つ巨体が、戸惑う生徒たちに向かって叫んだ。
「この学園は、我らレリックドーンが占拠したぁぁぁ!」
生徒たちのざわめきが大きくなる。
教師が一人、そちらに寄って行った。
待て、危ない──。
「うぎゃああぁぁぁっ!」
「きゃああああ!」
「うわああああ!」
銃声、悲鳴。
九龍は反射的に、窓から飛び降りようと足をかける。
だがそこで、校庭からこちらを見上げてくる人物と目が合った。
「……甲太郎……?」
校庭の生徒の中に、皆守の姿がある。
九龍の視力ではその表情まで確認できない。
だが、九龍の動きは止まった。
冷静になれ、落ち着け。
そんな思いが浮かぶ。いつも──皆守に言われていることだ。
「…………」
足を下ろして、改めて校庭を見回す。皆守も含めた生徒たちに銃が突きつけられ、それが本物であることを既に知っている生徒たちはそれ以上の反抗は出来ない。
ここで飛び出しても──彼らを人質にされ捕まるだけだろう。
そこで、喪部の姿も見えた。
巨体に近寄っていき、何か話している。やっぱり──仲間か。
喪部がこちらを見上げてきた気がして、九龍は思わず顔を引っ込める。
校舎内が慌しい。
やがて、学園中にその放送が響き渡った。
「全校生徒及び教職員に告ぐ。この学園は、レリックドーンが占拠した。今から、30分の猶予を与える。全校生徒及び教職員はすみやかに講堂に集まり、我らの指揮下に入る事。抵抗する者は、容赦なく射殺する。繰り返す。全校生徒及び教職員に告ぐ。この学園は、レリックドーンが――」
九龍は走っていた。
目立たない位置から飛び降り、兵士たちに見付からないよう、寮へ。
とにかく、武器がないとどうにもならない。
カバンに入っていたナイフのみ腰に差し、見付からないよう慎重に──
「貴様っ何者だ!」
えっ……!
「うわわっ!」
続いた悲鳴は聞き覚えのある声だった。
思わず振り向けば、女子寮の側で倒れている兵士と──鴉室の姿。
「おっ、おいっ、しっかりしろっ! あーもう、急に襲い掛かってくるんだもんな〜」
「あ、鴉室さんっ……!」
「ん? おお、葉佩くんじゃないか。こいつ……新しい寮の管理人じゃ……ないよな?」
「何言ってんですか、放送聞いてなかったんですか!」
「あー……やっぱり、それか」
「見るからにそれでしょっ!」
思わず叫んでしまい、慌てて九龍は鴉室を茂みの方に引きずって行く。
おれにそんな趣味はない、とか言われた。
本気で一度殴ってやろうか。
「今冗談言ってる場合じゃないでしょ、ってか何してたんですかこんなところで」
「いやぁ、最後に一度だけ女子寮を覗いて行こうと思ってたら」
「殴っていいですか」
拳を構えると慌てて鴉室が後退した。
この大変なときに!
「……って、最後?」
「ん? あぁ、まだ調査が終わってないのに撤収命令が出てな。こうなるとわかってりゃ、もう少し急いでたんだが──」
「……鴉室さんって」
「お? あれ、まだ瑞麗から聞いてないか?」
「……M+M機関……!」
「何だよ、知ってるんじゃないか」
ああ、そうだ。鴉室と瑞麗が協力関係にあることは知っていた。
瑞麗がM+M機関のエージェントなら……鴉室も、そうか。
全く考えてなかった。というか、忘れてた。
「じゃ、放っておいても大丈夫ですね」
「ってうぉいっ、どうしてそうなるんだっ!」
「え……大丈夫でしょ?」
九龍は一緒に茂みに引きずった兵士を見下ろす。完全に気を失っている。どう見ても丸腰の鴉室が一瞬で倒したのだ。何か変な技を使えるに違いない。
「ってか、どうせなら手伝ってくれませんか。今の状況じゃ出られないでしょ?」
「まぁなぁ……」
鴉室も茂みの外へと目をやる。
寮から引きずり出された生徒たちが大人しく兵士に誘導され、講堂に向かっているようだった。
「ま、乗りかかった船だ。手を貸してやるよ」
「おお、ありがとうございます鴉室さん」
「ただし」
「……はい?」
「きみがおれの探しているものを持ってきてくれたら、だ」
「……今そんな場合じゃないんですが」
「きみは持ってないか? パワーを感じる、例えて言うなら竜巻みたいな、」
おかまいなしに続ける鴉室の言葉に、心当たりがあった。
……そういや前に新聞渡したとき、コスモレンジャーに反応してたなぁ、この人。
「……貰い物で良ければ」
竜巻ベルトをやる。
そう言えば鴉室は目を輝かせて頷いた。
「それだよ、それっ! へへっ、約束だぜ葉佩くん。それじゃこれ──」
鴉室がプリクラを差し出す。
何であんたまで撮ってるんだ。これ学園のプリクラだよな、明らかに。
苦笑いをしつつ連絡先を交換し、九龍は男子寮へと向かった。
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