夕ばえ作戦─1

「おっはーよー九ちゃん」
「……………」
「九ちゃん? おはよー」
「……………」
「……お勉強中?」
「……………」
「ええと、お勉強中なら、」
 どかっ、と大きな音と共に座っていた椅子が揺れて、九龍は慌てて顔を上げた。
 机の上に広げていた資料のみ、慌てて握る。
「な、何だ……!?」
「あ、九ちゃんおはよー」
「や、やっちー?」
「何熱心に読んでんだお前は」
「あ、甲太郎……」
 目の前に八千穂、背後に皆守。
 気付けば教室内はざわざわと生徒たちが行き来している。
 九龍はそこでようやく時計を見た。
「あれ……? 1時間目、いつの間に終わってた?」
「あ、やっぱり気付いてなかったんだ。さっきから声かけてたんだよー。九ちゃん、朝もぎりぎりで入ってきて、ずっと本読んでるしさ」
「あー……悪ぃ。本気で集中してた……」
 遺跡の石碑解読のための勉強。
 つい昨日も読めない遺跡が出てきたところだ。ここ最近神話の勉強に偏っていて、こちらがおろそかだった。取り戻そうと慌てて勉強していたのだが、1時間で思った以上に進んでいる。邪魔されたくなかったな、とちらりと思った。
「……って、さっき椅子蹴ったのお前かっ!」
「何だいきなり」
「あ、そうだよ。私見てた」
「お前が人の言葉無視してるから悪いんだろうが」
「やっちーのためか! やっちーのためなんだな!」
「うるせぇな、朝っぱらから大声出すな」
「こっち見ろや、甲太郎ー!」
「っていうか、皆守くん遅刻だよ。駄目だよちゃんと来なきゃ」
「毎日毎日うるせぇな、お前は……」
「それに関してはおれも感心する……」
 皆守の遅刻は今に始まったことじゃない、というか1時間目から出てる方が珍しいレベルだが、八千穂は毎回律儀に注意する。諦める様子もなさそうで、最近では皆守の方が諦め気味だ。それで登校することが多くなっていたのだが。
「……ま、昨日はあれもあったしさぁ……」
「私も九ちゃんも朝から来てるじゃない」
「まぁ、そうなんだけど」
「それに。授業を受けるのは学生の義務だと思うんだけど」
「義務だとか使命だとかそんなのに縛られるのはゴメンだ」
「そうそう、やっちー。甲太郎には一番言っても無駄な言葉だ」
「ああ、お前もそう思うだろ? 自由気ままに生きられるなら、それに越したことはない」
「自由気ままに生きられるんなら、なぁ……」
 ため息をつく。
 ま、気楽な学生の特権だよな。
 それが将来に響いて後悔しやがれ。
「ふぁ〜あ。それにしても眠いな……。おい九龍、屋上に昼寝にでもいかないか」
「この寒いのにかっ! お前は寒さに強いんだか弱いんだかはっきりしろよ」
「それに皆守くん、来たばっかでしょっ」
「冗談だよ」
 くだらない言い合いをしている間にチャイムが鳴った。
「ほら、チャイムが鳴ったぞ。次の授業は化学だろ。先行ってるぜ」
「あっ、待ってよ皆守くんっ」
 2人はそのまま出て行ってしまった。
 九龍はそれを見送ったあと、のろのろと資料をまとめて立ち上がる。
 次の授業中も、こちらの勉強をする気満々だった。
 皆守の学ラン、それほど違和感はないみたいだな……。
 そしてついでにそんなことを思う。
 昨日の夜、寮に帰ったときに九龍の予備の学ランを渡していた。
 ここは結構細かいサイズで分かれているので、合うかどうか微妙だったが、意外にも同じサイズのものを着ているようだった。九龍が少し大きめのものを選んでいたからだろう。
 おれの場合身長より幅がな……いや、太ってるわけじゃない。太ってるわけじゃないんだが!
「ん……?」
 姿が見えなくなってからようやく立ち上がった九龍は、そこで廊下からこちらを見ている人影に気付く。
「葉佩センパイ」
「夷澤──」
「おはようございます。昨日はどうも」
「おー、おはよ。何だどうした?」
 そこに居たのは昨日戦ったばかりの相手、生徒会役員夷澤。
 わざわざ3年の教室まで来るとは。何の用だ。
「……実はちょっとセンパイの耳に入れておいた方がいいと思うことがありましてね」
「ん?」
「おれと同じクラスに響っていうのがいるんすけど」
「あー知ってるよ。マスクの子だろ」
「ええ。それが、今朝からちょっと様子がおかしくて……」
「……また絡まれてたのか?」
「いえ、そういうんじゃなく……あいつ、そういうのは慣れてますし。その……おれが操られてた件もあるし、気を付けた方がいいんじゃないかと……」
 後半は少し声を潜めて。夷澤は言った。
「ああ……そういうことか」
 響が操られている可能性もある──のだろうか。
 アラハバキは夷澤の体からは追い出したが、倒したわけではないのだろう。新たに別の生徒に憑く可能性はある。
 響なんかに憑かれたら思い切り攻撃出来ないじゃないか──。
「おれの言いたいのはそれだけっす。それじゃ失礼します」
「あっ──速いな、おい」
 言うだけ言うと、夷澤はとっとと去ってしまった。
 響か。
 見に行った方がいいのかなぁ。行ってもわかんないけど。
 九龍はひとまず化学室の方へと向かう。
 授業中は……勉強時間だ。
 遺跡攻略のための。










 昼休みまでぶっ続けで勉強した(遺跡攻略の)。
 ここまでやれたのは久々だ。
 2学期が終わりに近付き、学業の方で余裕が出来てたのかもしれない。何だかんだで学校の成績も上がってたりするのだ。国語はちょうど神話をやっていたおかげもあるが、数学が意外に楽しい。ついうっかり授業の方に聞き入ってしまったこともある。学生としては間違いではないが、ハンターとしては失格だろう。
 遺跡ではいまだ失敗ばかり。このままでいいわけがない。特に、昨日の皆守の怪我はやはり大きかった。一緒に死んでくれ、ならともかくお前だけ死ね、はねぇよなぁ……。
 すぐに井戸で回復したし、皆守たちが全く引きずってないとはいえ。
「あ、やっぱ居た」
 屋上の扉を開くと、すぐに皆守の姿が目に入る。
 パンの入った袋を提げて、九龍はそちらに向かった。
 皆守が気付いて顔を上げる。皆守は3時間目が終わった頃には姿を消していた、らしい。九龍は集中しすぎていて気付かなかった。どうせ屋上だと思ったので、こうしてパンだけ買ってここに来ている。
「何だ? もう昼か」
「寝てたのかお前。カレーパンならあるぞ」
「ん」
「黙って手出すな、礼ぐらい言え」
 思い切り勢いつけて投げてやったが普通に受け取りやがった。
 パンも潰れてない。何だ、その器用さ。
「あ〜眠ぃ……」
「……さすがに連続はきつかったか?」
「……そうだな……お前が来てからおれの生活ペースは乱されっぱなしだしな……」
「それはお前、前の方が異常だったんだ。間違いなく」
「妙な事件に巻き込まれるわ、授業へ出る率は上がるわ、八千穂はよりうるさくなるわ」
「後半2つは知らねぇ、最初のはゴメンナサイ」
「少しは責任感じてるのか?」
「まあなぁ……。でもなんだかんだ、付いてきたのはお前だろ?」
 まさか断りきれずに、なんて性格でもないし、自分から積極的に巻き込まれていることもあった。
 皆守はふっと笑うと、そうだな、と呟くように言う。
「まあ、なんだかんだでおれ自身も楽しんできたようなフシはあるな」
「だろ? 楽しいだろ、遺跡探索」
「それかよ」
「それだろ!?」
 他に何があると言うんだ。
 話の内にパンを食べ終わった九龍は、袋を握り締めて叫ぶ。
 そのとき、背後で扉が開く音がした。
「ん?」
「げ……」
「あら、九龍」
「双樹……」
 皆守のことをさらりと無視して、双樹は九龍にだけ目を向けてくる。
 皆守が目を逸らして食べる方に専念し始めたので、九龍は立ち上がって双樹の方に駆け寄った。
「どうした? 何か暗いけど」
「……そう見えるかしら?」
「いや、何か悩んでるのかと」
「………………そうね」
 少し間を置いて、双樹は九龍を見つめてくる。
「ねぇ九龍。あなたがどうしても欲しいを思ったものを……側に居る人物が持っていたとしたら──あなたなら、どうする? どうやって目的のものを手に入れる?」
「ええー……」
 秘宝を側の奴が持ってたら?
「そりゃ、奪うだろ」
「あら」
 双樹は少し目を丸くして、驚いたようだった。
「あなたって野生的な人なのね。でも本気で手に入れたいなら、そのくらいの強引さが必要なのかしら……」
「ちょ、ちょっと待て双樹、何の話だ……!?」
 何か、妙なたきつけをしてしまったんじゃないだろうか。
 九龍はあくまで秘宝限定で考えた。
 うん、でも奪う以外にねぇ……!
「ありがとう九龍。参考になったわ」
「いや、双樹……!?」
 双樹はそれだけ言うとそのまま校舎内に戻って行ってしまった。
 何しに来たんだ。
「……お前は大体面倒ごとを引き起こす奴だよな」
「まだ何も起こってない内から言うなっ」
 聞いていたらしい皆守のツッコミに叫び返す。
 元の位置に戻ると、皆守が食べ終わったゴミを押し付けてきた。まあ袋あるから入れるけど。後で金払えよお前。
「……なぁ、九龍」
「ん?」
 のんびりしてても時間が勿体無いし、教室戻って勉強の続きをするか、などと考えていたとき、皆守がやたら小さな声で呼びかけてくる。
「何だよ?」
「……その」
 言い難そうに皆守は視線を逸らす。
 だから何だよ?
「……放課後、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだが、一緒に来てくれるか?」
「放課後? 別にいいけど」
 あまり長くなるようだと勉強が。
 いやいや、今朝からおれは何を焦ってるんだ。別にいいだろ、少しぐらい。
「悪ぃな。だが行き先も聞かずに答えるところがお前らしいぜ」
「……変なとこじゃないだろうな」
「……職員室だ」
「……はぁ?」
 どうやら皆守は呼び出しを受けたらしい。
 今更か。今まで放って置かれたのがおかしいんじゃないか。
 そう思ったが、今までは無視していたと。まあそうだろうな。そしてついに無視しきれなくなったということか。雛川先生、意外としつこいからなぁ……。
「おれも職員室とか好きじゃないけどなぁ……。まぁ、人の呼び出しなら気楽でいいけど」
「お前な……」
「じゃあ放課後な。おれはもう教室戻るぜ。午後は出ろよー」
 九龍は立ち上がると、ゴミの入った袋を片手に屋上から降りて行く。
 皆守は意外にも5〜6時間目の授業には出席していた。










「で、お前はどこに行く……!」
「いや、やっぱり考えてみたら、何も今更律儀に行くことはないだろうと」
「ここまで来といて言うか……!」
「悪ぃな、付き合ってもらったのに」
「謝罪に誠意が篭ってねぇ!」
 職員室の手前。
 さあ入ろうかと言うときになって、皆守は突然足を止め、そんなことを言い出した。
 踵を返した皆守の学ランを握るが、皆守はそのまま外へと歩き始めてしまう。
「甲太郎っ! お前、雛川先生に言いつけるぞ!」
「ああ、おれは寮に帰ったと言っといてくれ」
「おいこらっ!」
「何をしている」
 もめているとき、背後から低い声がした。
 思わず九龍も皆守も動きを止める。
「阿門……」
 先に振り返ったのは皆守。
 やっぱりそうか。
 思わず皆守を掴む力が抜け、その隙に皆守はするりと先へ行ってしまった。
「九龍、あとは頼んだぞ。じゃあ、またな」
「あっ、甲太郎……!」
 そのまま皆守は早足で去って行く。
 こういうときばっか素早いなホント!
「転校生──葉佩九龍。こうして、2人きりで話をするのも久しぶりだな」
「お前んちも1度行ったんだぞ? お前居なかったけど」
 鍵開けて入ったら千貫に迎えられて、どうしようかと思った。
 まあぶっちゃけ居なかったら居なかったで部屋の中漁ってやろうとは思ってたんだけどな。ちなみにそのときは皆守も誘ったけど断られてた。
「それは悪かったな。おれは、家に居なければ生徒会室に居ると思って貰えればいい」
「……そうですか」
 生徒会室に居るときに家捜ししろと。
 あと千貫さんのバーの営業時間だな。
 勝手に納得している間にも阿門は話を続ける。
 転校生に対する敵対心。今までよっぽど変な奴ばっかだったんだろうなぁ、とは言えない。多分一番影響を及ぼしてるのが──九龍だ。
 そして阿門は一息置いて、こう聞いた。
「転校生よ――。生徒会に逆らってまで、墓に入り込む事に何の意味がある? 何が望みだ? 無知なる探究心か? 愚かな欲望か? それとも、富と栄光か?」
「全部だな」
「…………」
 きっぱり言い切った九龍に、阿門は沈黙する。
 だがすぐにずらずらとそれについて並べ立て、九龍の思いを否定してみせる。
 いや、確かにどれも正解とは言えないかもしれないけど、近いもんはあると思うんだけどな。探究心も欲望も、冨と栄光も。全部満たしたいだろ、どうせなら。
「どうやら自分でもその理由が、わかっていないようだな」
「どういう意味だよ」
「わからないなら、おれが教えてやろう」
 さすがに少しイラつきを覚えて睨めば、阿門は淡々と説明を始めた。
 全ての生物の行動が遺伝子に起因している?
 運命さえも、それに関係していると?
 九龍が負けることすら──遺伝子で決まっているのではないかと。
 ……何だよ、それ。
 おれの方が強いからお前は負ける、とかそんな言い方ならともかく。
 運命で決まっているなどと言われるとさすがに反発する。
 試してみるか、と言いたくなる。
 ……挑発されてんのか、おれ?
 でも、どうせ倒さなきゃいけない相手。今戦って何が悪い。
 ナイフぐらいなら持ってんだぞ。
 九龍は身構える。
 どこかで砂の音がする。
「おれの力を見せてやろう」
 くる──。
 九龍は阿門を睨みつけたまま、いつでも動けるようにその動作を注視する。
 だがそのとき、阿門の更に後ろから、小さな声が聞こえた。
「あの……すみません。待ってください」
「……響……?」
「む……?」
 一瞬、2人の間の緊張が解ける。
 響五葉──今日は、マスクをしていない。
「あの……生徒会長さんですよね」
「何だお前は? 2年生だな」
 阿門はあっさり注目を九龍から響に移した。
 この状況で九龍が攻撃してこないと思っているのか、されても問題ないとなめられているのか。
 九龍は思いつつも一歩引いた。
 響の様子がおかしい。
 今朝夷澤からそう聞かされたこともあり、その動きを見守りたい気持ちがあったからだ。
「ぼ、ぼくは──うっ、生まれ変わったんです」
 口調にも表情にも、おかしなところは見当たらない。
「ぼくは、もう昨日までのぼくじゃない……。あなたを倒してぼくが強いことを証明してやるんだ」
 だが、言ってることはおかしかった。
「な、何言ってんだ響?」
「お前がおれを倒すだと? お前ごときがおれを倒すことなど出来ない。止めておけ」
 阿門はそれだけ言うと、興味を失ったように再び九龍に視線を戻してきた。
 命拾いしたな、などと言われるのはとても不本意だ。
 せめて一発殴らせろ。
 そう思い、去って行く阿門に向かって一歩踏み出したとき、響の絶叫があたりに響いた。
「待ってっっっ!」
「──!」
 その声にガラスが大きく震え、砕け散る。
 ……昨日と、同じだ。
 これはやはり、響の力か。
 阿門が問いただせば、響は頷いてそれを認めた。
 生まれつき持っていた能力──か。
 あのマスクはそのためだったのか。
 再び響に興味を戻した阿門に、九龍も力を抜いて話を聞く。
 中傷の原因にもなる力をずっと隠してきた響。
 だが、もうこそこそ隠れはしない。
 響の力を必要だと言ってくれたものがいたから。
 それは──ファントム。
「なっ……」
「ファントムだと?」
「ええ。ファントムさんが言ったんです。一緒にこの学園を変えようって。ここを生徒たちの楽園にしようって」
「あいつ……」
 響まで抱き込もうとしていたのか。
 話の流れから言うと、これは……昨日のこと?
「残念だが──」
 必死に話す響の言葉を、阿門が止める。
「ファントムは死んだ。もうこの学園に2度と姿を現わすことはないだろう」
 ……知ってんかよお前。
 っていうか死んだ……のか?
 倒したという手応えはなかった。ならば殺ったのは──阿門か。
 阿門はファントムが夷澤に乗り移っていたことは知っているのだろうか。
「うそだっ! そんなこと言ってぼくをまたみんなで虐めるつもりなんだっ!」
 阿門の言葉に響は激昂する。
 響の口から、また絶叫が、
「止めろ響っ……!」
 思わず叫ぶ。
 だが、止められない。
 辺りに響き渡るその声に、耳鳴りがする。
 再びガラスの割れる音。
「うっ……」
 九龍はそれを聞いている余裕がない。
 思わず耳を塞いだとき──振動は止まった。
「阿門……」
 響と九龍の間に、阿門が立っている。
 何だ? 庇ってくれた──のか? まさか。
 そして同時に気付く。
 響の力は阿門には通じない──。
「お前の悲劇は、その力を自分で制御できなかったところにある。他人が否定しようと、力がお前を裏切らなければ人生は違ったはずだ」
 阿門が響に近付いた。
「お、おい阿門……」
「葉佩、お前に見せてやろう。人の運命は、遺伝子に支配されている。その言葉の意味を──」
 言葉と同時。
 黒い砂が、響の体を包んだ。
「なっ……」
 これは、執行委員や役員たちの体に入りこんでいた。
 墓守の──呪い。
「お前、何をっ……!」
 響を墓守にする気か?
 響が倒れる。
 だが阿門は心配するな、などと言って響を抱き抱えた。
 もう力に振り回されることはない、と。
「ちょっと待てよ! その砂って、お前が……いや、その砂なんなんだよっ……!」
 混乱のまま叫ぶが、阿門は答えない。
 去って行く阿門を、呆然と見送ることしか出来なかった。


次へ

 

戻る