ねらわれた学園─6
鏡を動かし、光が長髄彦の像を貫いて、秘宝が現れる。
そして、最後の扉の前に来た。
「……誰が居るんだ? ファントムか?」
ファントムを追ってきた。ファントムがここを開いたかもしれないとは思ってきた。だが、確証はない。夷澤……かもしれない。
そうだとしたら先にファントムを倒してたりしないだろうか。
夷澤がファントムにやられていたら──は考えない。
あまり考えたくはない。
「入ってみりゃわかるだろ」
そして皆守がもっともなことを言い、九龍は扉を開いた。
当たり前だが、最後の間も砂っぽい。
部屋の中央に立っていたのは──ファントム。
「愚かな奴だ。呪われた遺跡を追って来るとは」
低く笑うファントムに九龍は銃を向ける。
「誰にも我を倒すことなど出来ない。この鍵を使い、墓の奥底に封印されし者を解放するのだ」
「? それ、お前じゃなかったのか?」
銃を構えたまま近付く。ああ、今は霊体でしか出てこれないから自分の肉体を? ……え、肉体?
霊、と言うと過去に死んだものを思い浮かべる。なら肉体ないだろ、と一瞬疑問が浮かぶ。
違う、これは魔。
ならば、その予想で、正しいか。
「これ以上邪魔をするなら死んでもらう」
ファントムは九龍の言葉には反応を示さなかった。
同時に部屋に現れるのは数匹のこうもり。
「ファントムっ、その体は誰のもんだ!?」
コウモリを銃で撃ちながら聞く。ファントムを目に入れているせいか、弱点に当たってない。駄目だ、無駄弾は使えない。
一旦下がって鞭に持ち変える。
「えっ、九ちゃんどういうこと!?」
「……あれは、七瀬や神鳳に乗り移ってた奴だよ。ってことは、その体も生徒のものなんだろっ!」
マントで体も覆い隠され、男か女かもよくわからない。
男にしては低い、女にしては高いという微妙な身長だ。
だが、よく見ればマントの隙間から学ランのようなものが見えている気がする。
「じゃ、じゃあ攻撃したら……」
「わかんねぇ、コウモリが出たってことは遺跡に守られてんのか……?」
遺跡というか、あの霊に、か。
それでもさすがに銃は怖いか。
九龍はファントムから逃げながら順調にコウモリだけ倒していく。
「ふんっ、ちょこまかと」
「っと……!」
あの爪には毒がある。
掠っただけでもまずい。
素早いファントムの攻撃から必死で逃げるが、こちらからの攻撃の隙がない。
「おいっ、逃げててもどうにもならないぞ」
「わかってるっ! やっちー、今!」
「え? あっ、うんっ!」
いっくよー、といつもの掛け声で八千穂がスマッシュを放つ。
これなら……死ぬことはないと思うから。……多分。
ファントムは悲鳴を上げたが、大したダメージになってるようには思えない。
「ちっ……!」
九龍は結局八千穂のスマッシュを目くらましに、ファントムに向かって飛び出した。まずは──顔面!
仮面を壊して顔を確認しよう。
そう思って一発入れた。
近付くと何となくわかる。
予想はしてたが、これは男。
しかも結構鍛えてあるな。これは、殴りやすい。
「くっ……」
よろけながらもファントムは倒れなかった。
更に蹴り。
次に鞭。
「おい九龍……」
「九ちゃん……!」
2人の引きつった声が聞こえる。
「うるせぇっ、そこで引いてんなっ! とにかく、霊が出ていきゃいいんだよっ!」
「図に乗るな──」
「!?」
背後に気を取られた瞬間。
ファントムの爪が九龍の腕をかする。
「ぐっ……」
慌てて離れるが、次の瞬間、視界がぼやけ、真っ暗になった。
失明の毒かよ……!
「やっちー、スマッシュ!」
「う、うんっ!」
「甲太郎、これ、頼む……!」
下がりながら慌てて取り出したのは目薬。
それで皆守もすぐ事態を理解した。
「何だ? 毒か?」
「ああっ、でも薬で何とかなる!」
失明は怖い。
目薬は常に持ち歩くようになっている。
皆守の手で目薬が差され、すぐさま視界が戻る。
「やっちー、もういいよっ」
「うん!」
何発使ったか……2〜3発か?
すぐに八千穂と位置を入れ替え、九龍は再びファントムに向かった。
先ほどの反省からか、もう後ろの2人は声をかけてこない。
ついに、その仮面が落ちた──。
「うっ……くそ、仮面が……」
顔を覆い、ファントムはふらふらとその場から後退さる。
「この鍵を使って……早く最後の封印を……」
そしてそのまま懐を探る。だが、目当てのものが見付からないらしい。
マントまで脱ぎ捨て、男は叫ぶ。
「ないっ!? 鍵は? 鍵はどこだっ、どこにいった!?」
「お前……」
その瞬間。
男の顔が九龍たちの目にはっきり映る。
霊の影響が薄れ始めたのか、男が自分を取り戻し始める。
そして、自分の姿に絶句したように止まった。
「おれ……おれは……うおぉぉぉぉっ!」
男はうずくまり、絶叫した。
「夷澤っ……!」
思わず叫んで駆け寄る。
そう、ファントムの仮面の下、現れたのは──生徒会役員夷澤凍也の顔だった。
夷澤は九龍の声に、はっと気付いたように顔を上げる。
「そう……おれの名は夷澤凍也……。生徒会副会長補佐。この墓を守るのが役目……」
呟くように、確認するように言いながら夷澤がようやくはっきりと立つ。
そして九龍を見て怪訝な顔をした。
「あんたは誰だ? 何で、ここに?」
「は……? お、お前どこから覚えてないんだ? 葉佩だよ、葉佩九龍!」
叫んでも、夷澤はうるさげに顔をしかめるだけだ。
「葉佩九龍? あぁ、そうか、阿門さんが言ってた転校生だな……」
本当に──覚えてないのか?
仮面を付けてなかった間も……完全に支配されていたというのだろうか。
じゃあ、あれは本当の夷澤じゃない?
疑問に思っている間にも、夷澤は苛立たしげに声を上げる。
悪い夢を見ていたよう──まるで覚えてないわけでは、ないのか。
「クソッ、情けねぇっ! このおれが、誰かにいいように操られていたなんてよっ! クソがっ!」
地面を蹴りながら叫ぶ夷澤は、一通り激昂し終わったあと──九龍に目を向けた。
「葉佩九龍! もう一度、おれと戦えっ!」
「はっ!?」
「おれの力はこんなもんじゃないっ! この音速の拳を見切れるやつなんていないんだからな! あんたのようなタダの人間が勝てるわけないんだ……!」
確かに、あれは夷澤本来の戦い方ではなかっただろう。
武器である拳が使えてなかったしな。
それに──どうせ、ここを真に解放するには、こいつを倒さなきゃならない。
「それに、ここで、アンタが死ねば、おれが操られていた事を知るやつはいなくなる……」
だが戦闘態勢に入った九龍は、続いた言葉に一瞬動きが止まった。
「……つまり、甲太郎たちも生かして帰す気ないってことだな」
「ええ。おれのために死んでくださいよ、センパイ方──」
不敵に笑って、夷澤が構える。
武器は拳──なら、射程は短い。
「こっちも遠慮しないぜ夷澤っ……!」
距離を取りつつ、まずはコウモリを横からまとめて叩きのめす。
「よっし、下がれ……!」
「逃げるんですか? センパイ」
夷澤が近付いてくる。ファントムと同様──速い。
「誰がっ! これでも食らえっ!」
まだ鞭を持ったままだ。
それを正面から当てて、怯んだ隙に背後に回る。残りのコウモリを倒せば、もうこちらを向いていた。
「目障りだよ、アンタ……」
「やっぱお前、それが地の性格なんだなっ……!」
霊が抜けて大人しくなるかとちらりと思ったが。
全然だ。やっぱり地だ。それとも性格が同じで共鳴しやすかったとか、そんなのか。
九龍は銃に持ち替え弱点を探る。
人相手に弱点を見付けられたことはほとんどない。それは多分──いまだ顔を狙えないから。
だが。
「ぐっ……!」
「おお、そこ、弱点だな……!」
太ももを撃ったとき、堪えきれない悲鳴が上がった。
夷澤が忌々しげにこちらを睨みつけてくる。
「くっそ……どこまで逃げるんすかセンパイ!」
「逃げてんじゃねぇよ……!」
自分の攻撃範囲に入らない九龍がもどかしいのだろう。
だが、わざわざ攻撃を食らってやる義理はない。
外での殴り合いなら付き合ってやらないこともないが、ここでそんなことを言ってられない。銃で撃ってもちょっと痛いで済んでんだろお前ら……!
ひたすら撃ちまくってあと少しか、と思ったとき──弾が切れた。
ま、またかっ……!
夷澤はにやりと笑うと、その隙を逃さず飛び込んでくる。
「ちょっ……」
「凍っちまいな……!」
こ、甲太郎ー!
銃を握ったままだったせいで、ろくに受身の態勢が取れなかった。
直撃を食らってしまう。
「九龍っ……!」
お前、何でそんな遠くに居るんだ、あああ、さっき声かけたこと気にしてるかやっぱり!
「大丈夫かっ」
「痛ぇ……何だ、これ……」
じんじんと殴られた部分を中心に広がる痛み。
凍っちまいな、の台詞から予想は付くが。
凍傷、か?
だが確認する間もない。
再び距離を取った九龍は夷澤を撃ち続ける。そしてようやく──黒い砂がその体から噴出した。
「九ちゃん、治療はっ」
「あー、大したことない。やっちー、次スマッシュ使うからな。準備しといてくれ」
「う、うんっ」
もう1度リロードをしながら次の敵を待ち受ける。
また──何だか不気味な。
「何だ、これは」
「浮いてるね……」
やっちー、感想はそれだけか?
膨れた肉の塊のような敵は、表面がぬるぬるしてむき出しの臓器のようだ。これは、雛川先生とか嫌そうだなぁ。
そしてコウモリも多い。
しかも近い。
「食らえっ」
鞭で数匹まとめて倒しながら、その背後の敵を見る。どんな攻撃をしてくるか──。
「来るぞっ……」
不気味な呻き声のようなものを発しながら、敵が揺れる。体のあちこちが膨らんだ。え、ここ攻撃範囲……!?
慌ててコウモリを残したまま下がる。
だが、壁際まで下がったとき、叩きつけるようなダメージが九龍の体全体を襲った。両隣で、皆守と八千穂の悲鳴も聞こえる。
何だこいつ、攻撃範囲が広すぎる……!
あの位置から当たるなら、どこに居ても当たりそうだ。
九龍は必死で体を起こし、近付いてきたコウモリに鞭を振るう。
「やっちー、スマッシュいけるか……」
「大丈夫っ……!」
痛みに顔をしかめながらも、八千穂はラケットを握り締める。
九龍はその間にも、ひたすら撃ち続ける。コウモリは片付いた。あとは、あれだけなんだ。
上から順番にいつも通り撃っていく。ヒットしたのは……顔の隣にある管……?
「そこだな」
「お前もそう思うか? よっし」
「九ちゃんボール終わった!」
「よし、夷澤んとこ下がってろ!」
隅で転がる夷澤には、そういえば攻撃は当たらなかったのか。
いつも不思議と当たらないから──その場の墓守には攻撃できないのかもしれない。
九龍は爆弾を取り出しながらそう考える。
「さぁ、いけっ!」
ありったけを投げるつもりで敵に向かって爆弾を放つ。
勿論狙いは弱点──って、届かない……!
「何やってんだお前はっ!」
「くそっ、結構位置が高っ……」
敵に当たりはしたが。
弱点に届いてない。
「おいっ、九龍っ!」
「お前は来るなっ!」
そうなったら近付くしかない。
近付きすぎると、逆に狙いにくいが。
「ぁぁああああ」
敵がまた攻撃態勢に入った。
慌てて逃げる──皆守たちとは反対方向に。
「九ちゃん!」
1〜2発なら耐えてみせるさ!
構えて、敵の攻撃を受ける。
飛ばされて下がるが、壁に叩き付けられるほどじゃない。
「次はこっちだっ!」
ありったけの爆弾を投げ込んで、あとは銃。
それで──終わった。
「はぁっ……あー……」
思わず膝を付く。
体中痛いが、まあこれくらいは──仕方ない。
「お前な……」
「いっや、さすがにこの攻撃範囲だとな……どう逃げても確実にお前ら巻き込むし……」
なら、皆守たちとは離れるしかない。
敵は攻撃を仕掛ける九龍を狙ってくる。
九龍だって──バディが傷付くぐらいなら自分1人で──それぐらいは考えているのだ。かっこつけてるみたいで言えないが。
今日は……自分だけ退避して皆守が攻撃を受けた。
あれはさすがに、ハンター失格だったと思う。
勇敢な男は自分のことを最後に考える──トトの言っていたあの言葉、それは伝説のハンターロックフォードの言葉だ。自分は全く、そこに達していない。
落ち込む九龍の思いを読み取ったのかどうか、皆守は馬鹿が、とだけ呟いてそれ以上は言わなかった。
背、向けるな。
血だらけの学ラン見えちゃうから。
「……で、これは夷澤のか?」
化人が消え去ったあと、残ったのはぼろぼろのスニーカー。
顔を上げれば、部屋の隅で夷澤が体を起こしているところだった。
「そのスニーカーは……」
「お前のだろ」
目の前に置いてやると、夷澤は何故か自嘲気味に笑った。
「そうか……。おれはそれも失っていたのか……。おれの大切なものさえも……」
夷澤には、自覚がなかったのか。
役員は全て自分の意思で宝を差し出したのかと思ったが。
それ以前に──ひょっとして、他の執行委員が宝を捧げていたことも知らない? 遺跡のシステムそのものを、教えられていないのかもしれない。
「……とりあえず、帰るか」
体中痛いんで井戸に行かせてくれ。
正直にそう言えば、夷澤も力が抜けたように笑った。
帰る道すがらに話してくれる。
夷澤は力を求めて生徒会に入ったこと。だがその純粋な思いは、いつしか宝と共に失われていたこと。
そして、夷澤は素直に負けを認めた。
それは、少し驚きだった。
「……何だ、意外に素直なとこあるんだなお前」
「どういう意味っすか。さすがに……2回も負けて偉そうなことは言えないでしょ」
1回目のはノーカウントだと思うけどなぁ。
2回目だって銃使ってたし。
まあ、向こうも墓守の力があるんだから、条件は一緒なのか。
最後に夷澤は、九龍にプリクラを差し出してくれた。
借りを作りっぱなしは主義に反する、か。
やっぱ最初に感じた性格は間違ってなかったようだ。
王子様仕様のプリクラに噴出しつつ、九龍たちは去って行く夷澤を見送った。
「何か舎弟気質の奴だなぁ……」
悪い気はしない。
九龍は生徒手帳を仕舞いつつ、寮への道を戻って行った。
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