ねらわれた学園─5

「ふぁ〜あ。何やってんだ九龍、さっさと終わらせろよ」
「お前なぁ……」
 井戸から帰ってきた皆守がいつも通りの台詞を吐く。破れて血が付き、更に砂だらけになっていた学ランを軽く払っただけで再び着ている。皆守の背中を見ることはほとんどないとはいえ、目に入ったら気になりそうだ。ああ、学ランの弁償もしなきゃならない。自分用の予備があるが、サイズはあっただろうか。皆守は九龍より背が高いが、九龍より断然細い。
「……さて」
 そんなことより今は、読めない石碑が問題だ。
 砂だらけの区画、最初の部屋。
 石碑も……どんどん難しくなってるんだよな……。
「……読めないのか」
「……気付かれたか」
 石碑の前から離れても迷うように動く九龍に、皆守がぼそりと突っ込む。
 勘で何とか、と思うが……ううむ。
「この像をとりあえず動かしてだな……」
「その像は何?」
「兄宇迦斯……って書いてんな。ええと……確か自分で作った罠で殺された奴、かな?」
「それはわかるのか」
「勉強してますからー」
「石碑は読めないけどな」
「うるせぇ」
 もう一体は弟宇迦斯。その側にあるのは……鳥? 八咫烏か?
「ううん……これが多分押機を表してるから……ここに持ってくるんだと思うんだけど」
 やっぱり石碑が読めないとわからない。
 だが、昔からこういうのは勘でやってたのだ。
 とりあえず進めてみよう。
「押機ってのは何だ?」
「よくわからん。踏むと死ぬ? これが落ちてくるんじゃないか」
 天井に重そうな立方体。
 九龍の言葉を聞いて八千穂と皆守が下がった。
「……お前ら」
「やるなら早くやれよ」
「私たち、見守ってるからっ!」
「…………」
 そういや最初の方の部屋で上から落ちてきたもので、床に穴開ける仕掛けとかあったなぁ。あれを思い出してるのだろう。九龍も思い出してしまった。
 おそるおそる像を押し、押機の真下まで持ってくる。
 ……何も起こらない。
「……あれぇ?」
 違うのか? と上を見上げる。
 皆守が言った。
「そっちの像は動かさないのか?」
「あ? ああ、弟の方か。そうだなぁ……ああ、動かせるな……」
「その弟は何やったの?」
「……告げ口?」
「えええ?」
「そうそう。兄がこういうことやってますーみたいな密告を……」
 言いながら適当に弟宇迦斯の像を回す。
 それが西を向いたとき──突如、轟音と共に仕掛けが作動した。
 予想していた通り……兄の像が押機により潰される。それはもう……粉々に。
「うっわぁ……」
「び、びっくりしたぁ……」
「…………」
 間近でそれを見た九龍はしばらく固まったまま動けなかった。
 しかも、話しながら動かしていて全く覚悟がなかった。あ、危ねぇ……!
「何か……可哀想だね……」
「こういう仕掛けだからなぁ……」
 個人的には、永遠に剣を刺されたポーズなどを取り続けるよりはマシかと思ってしまうが。いや、石像にそんなこと考えても仕方ないんだけど。
「まあ……とりあえず開錠だ。次行くぞ」
 石碑は読めなかったが、何とかはなった。
 神話の勉強はしとくもんだ。本当に。つい昨日読んだばかりの話だったため、よく記憶に残っていたようだ。
 そんなことを思いながら次の部屋への扉を開ける。
 暗い!
 即座に暗視ゴーグルのスイッチを入れるが、それでも視界が悪い。砂が屋根から滑り落ちてる。奥に──敵が居るか?
「九龍っ、横にも居るぞ」
「くそっ、またか……! やっちー、スマッシュ!」
「うんっ!」
 前に出て、2匹いっぺんに視界に入れる。だが九龍は直ぐに奥の敵を向いた。八千穂がたまねぎに向かってスマッシュを放っている間に、敵を撃つ。相手が攻撃態勢に入る前に、無事始末した。
「よし──」
「九龍っ、まだだっ!」
「!?」
 背後で八千穂がたまねぎを始末した声を聞き、安心したところに皆守の鋭い声。ああ、そうだ、まだHANTが敵影消滅を告げてない!
 だが、どこだ!? くっそ、部屋の中が見難い!
「忌み言葉を言え」
 声が聞こえて咄嗟にそちらに目をやった。
 部屋の奥に、通路がある。こっちか!
「馬鹿っ、いきなり突進すんな!」
「お、おお」
 向かおうとした九龍の襟首を、皆守が引っつかんで止める。
 その瞬間、敵の姿が見えた。
「来たっ!」
 銃を撃つ。
 先ほどの敵を倒すのに使った弾から考えて、足りる!
 近付いてくる敵には緊張が走ったが、結局攻撃を受けることもなく、敵は全て消滅した。
「やったねー」
「あー。やっちーな。スマッシュあと何発?」
「まだいっぱいあるよ。ええと……6個かな? 戻る?」
「いや、いいだろ。さーて、まずは、と……」
 ああ、本当に視界が悪い。何とか石碑を見つけたが、読むのも一苦労だ。いや、これは勉強不足じゃなくてな?
「何て書いてんだ?」
「……ギミックっぽいな。土を焼き、我らが行く末を占う。皿は川上に。瓶は川底に」
「ええと、皿は川上、瓶は川底……」
「うん、覚えといてなー」
「お前がな」
「うん、そんなこと言って覚えててくれるんだよな? わかってるぜ甲太郎」
「そもそもこの短時間で忘れる方がどうかしてる」
「えええっ」
 何だと。
 それは本気で言ってるのか。
「えーっ、凄いよ皆守くん。私、繰り返してないとすぐ忘れちゃう」
「だ、だよな? それが普通だよな!?」
「お前ら自分の頭が平均だとでも思ってるのか」
「酷ぇ! 今のは酷いぞ甲太郎っ!」
 実際そこまで酷くないと思ってるのに。
 畜生、絶対今回頼らねぇぞ。
 皿は川上、瓶は川底……。
 結局八千穂と同じように頭の中で繰り返しながら先へ向かう。
 必要のないことは何度やっても頭に入らないのが九龍だ。
 だって、記憶しなくても見に戻れるし……。
「これはかまどか……?」
「と、ハシゴだな。そっちの部屋は何がある?」
「ええとね──きゃっ!」
 どしん、と何かが落ちる音がした。
「や、やっちー!?」
 ゴーグルのスイッチを入れた九龍はすっかり忘れていたが──この部屋は暗い。慌てて駆けつけてみれば、九龍も落ちそうになった。部屋のすぐ手前に、穴が開いている。ハシゴ付きではあったが。
「や、やっちー大丈夫か?」
 ハシゴを降りながら下へ声をかける。
 八千穂は地面に尻を付いていた。
「痛ったぁ……。うん、ちょっと打っただけ……」
「馬鹿が、こんなところ動き回るからだ」
「だって、いきなり穴が開いてると思わなかったんだもん」
「そりゃそうだ。おれも知らなきゃ落ちてる」
「お前ら……」
 皆守の呆れた声は頭上からだった。
 八千穂はようやく立ち上がり、既に元気に笑っている。
 高いといえば高いが、まあ八千穂の運動神経なら怪我するほどでもないか。
「さて、この部屋は何だ……?」
 降りてきたついでに中を歩く。狭い空間だった。祭壇と、その両端に箱。
 開きっぱなしで、何も入ってないが。
「これは何?」
「まだわかんねぇな……。んん? 川で占いを行うための祭壇?」
 普通に書いてあった。
 八千穂と顔を見合わせる。
「皿は川上」
「瓶は川底!」
 2人で思わず覚えた言葉を確認しあった。
「あー、これ川底ってことかな」
「じゃあ瓶だね」
「まず、それ見つけないとな」
 九龍は頷いてハシゴを登る。狭い空間なのはわかっていたのか、皆守は上で待機したままだ。
「何かあったか?」
「おお、あったあった。ん? こっちは……」
「祭壇だろ、ここに何か置くのか?」
 上に上れば、そこには下の部屋と同じような祭壇。
 八千穂を再び顔を見合わせて笑う。
「そうそう」
「皿だねっ!」
「何だ、お前ら……」
「こっちの話。さーて皿はどこだー!」
 もう1度かまどの部屋に戻ってハシゴを登る。
 そこにも小さな部屋。壷の中には、秘宝があった。
「……な、何だこれ……?」
「九ちゃん、あったー?」
「いや……皿でも瓶でもねぇよなぁ、これ……」
 土?
 の固まりみたいだ。
「それをかまどに入れるのか?」
 今回もハシゴを登らなかった皆守が、降りてきた九龍に言う。
「!」
 九龍は驚きを顔に表さず、何とか平然と声を絞り出す。
「そうそう。そういうことだな」
 石碑の前半部分。
 土をどうとか書いてたっけ、そういえば……。
 後半を覚えることに必死になって忘れていた。だが勿論そんな素振りは見せず、落ち着いてかまどにそれを放り込む。
 よくわからないが、皆守が言うからには入れるんだ、きっと。
「……忘れてたろ」
「何でそういうことに気づくんだお前はっ!」
 何だ、その洞察力!
 おれ、そんなにわかりやすいかっ!
 かまどには勝手に火が入った。現れたのは二つの秘宝。
 皿と瓶……!
「やっちー!」
「うんっ!」
 皿を手に取り、瓶を八千穂に。
 呆気に取られる皆守を置いて、2人は駆け出した。
 皿は川上、瓶は川底!
 2人がそれぞれ祭壇にそれを置き、無事ギミックは解除。
「……覚えてただろー」
「……褒めて欲しいのか、お前らは」
 にやにやしながら皆守の前に立つ2人に皆守が呆れる。
 うん、まあ何かそんな感じだったな、これ。
「たまには見せたいんだよ、おれが凄いところ!」
「十分わかってるがな……」
 ハシゴを降りているとそんな呟きが聞こえて、思わず滑り落ちそうになった。
「……お前、おれのことは凄いと思ってんのか?」
「何を今更。いろんな意味で凄い奴だと思うぜ?」
 いろんな意味で、を強調された。
「……詳しく聞くなってことだな!」
「説明してもいいが」
「せんでいいっ!」
 ハシゴの下には直ぐに扉。
 九龍は思い切りそこを開いた。
「みぎゃあ」
「墓を荒らす者は誰だ……!」
「うおっ、何だ……!」
 敵は……左に3体、右に3体。
 入り組んだ場所なら得意だぞっ!
 まず左に居たたまねぎを撃ちまくる。背後の敵が攻撃する寸前にひらりとかわして、奥へ。
「よし、狙える……!」
 影に隠れながら残りのたまねぎを狙える位置。
「おい、九龍っ、来るぞ!」
「おおっ!」
 1体倒し、もう1体を狙っていると、剣を持った敵が近付いてくる。
 すぐさま九龍は照準を変えた。
「よーし、これ……で……」
 かちっ、と嫌な手応え。
 た、弾切れ……!
「黄泉へ落ちろ!」
 敵が剣を振り上げた。
 やば……
「あー眠ぃ……」
 顔を背けた瞬間、皆守が背後からそんな台詞を吐く。
 攻撃が九龍の真横をぎりぎりですり抜けた。
「っ、さ、さんきゅ……!」
 その間に何とかリロードを終え、敵を撃破。
 あと2体。
 ここで落ち着いて待っていれば問題はないだろう。
「忌み言葉を言え……」
「何だ忌み言葉ってのは!」
 銃を撃ちながら叫ぶ。
 思った通り、敵がこちらに完全に近付いてくる前に消滅させることが出来た。
 銃だけで済むのは楽でいい。リロードさえ忘れなければ、だが。
「ここは鏡がいっぱいあるね。あんなに高いところにあるなんて……昔の人は、みんな背が高かったのかなあ?」
「やっちーの発想は相変わらず素敵だなぁ」
「で、ここはどうするんだ? 回すのか?」
「そんな気がするけど、まあ、とりあえず石碑ー……ねぇな」
「九ちゃん、ここハシゴあるよ?」
「下か? とりあえず行ってみるか」
 部屋の奥にはハシゴ。
 すぐ側に像もあったが、とりあえず無視する。
「敵は……居なさそうだな」
 柱がやたらに立っていて見通しが悪い。これは床下という扱いか。一番奥で秘宝をゲットする。途中に石碑もあった。
「おお……来たなぁ。長髄彦」
「ながすねひこ?」
「何だそりゃ」
「荒吐族を率いてた男……」
 今朝の夕薙の話だ。
 神鳳に取り憑いていた霊が名乗ったアラハバキと言う名前。
 ああ、奥に近付いている感じがする。
 神話は、夕薙たちの言った通り神武東征に入っている。
「とりあえず、ヒントはまんまだな。上戻るぞ」
 秘宝は金鵄。これが弓に止まるんだよな。
 弓を構える男が彫られた石像があったはず。
「これか……」
 はめこめば、そこから光が伸びる。
 森のエリアでもあったな、こういうの。
「これで光を反射させるんだねっ!」
「そういうこと……って、あれ?」
 光が……反射しない。
「こりゃ……完全に磨り減ってる感じだな。どうするんだ九龍? 磨いても無理だぞ、これは」
「うわぁ……」
 久々に当たった、壊れたギミック。
「……代わりの鏡……か、まあ何でも反射すりゃいいんだろうけど……」
 取りに返らないとどうにもならない。
「……じゃ、井戸に引き返しまーす」
「やれやれ……」
 皆守のため息を聞きながら、3人は広間の井戸へと引き返した。


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