ねらわれた学園─3
「うむ、これだ。品質的にも全く問題がない。ありがとう、葉佩」
「いやー、どうせおれには使い道ないんで」
頼まれていた八卦碑を渡せば、お礼に菊の神水なるものを貰った。酒じゃ……ないよな? 仮にも先生だしな。
とりあえずありがたく受け取って帰ろうとするが、瑞麗はまだ話があるようだった。
「ええと……何でしょうか」
「ふむ、まあ立ち話も何だ。そこに座りたまえ」
言われて、いつも使っている椅子を引き、瑞麗の前に座る。診察されてるような位置はちょっと落ち着かない。
瑞麗はまず、九龍の学園生活について聞いてきた。
この学園の暮らしはどうかと。
……ううん、それが聞きたい本題じゃないよなぁ。
勿体ぶらずに言って欲しかったが、仕方なく九龍は答える。
楽しいと。正直仕事を忘れそうなぐらい。……勿論後半は言わないが。
勉強も授業も完全に捨てているせいで、いい部分ばかりが目に入っている。九龍はその辺については、もう開き直っていた。どうせ数ヶ月の学生生活。楽しまなきゃ損だ。
瑞麗は笑いながら、それは良かったなどと言ってくる。
そして、学園の裏の顔、表の顔、更には九龍自身のそれに話が移る。
本題が近付いているのに気付いて、九龍は少し緊張した。
「おれは、まぁ、表と裏の顔を使い分けるほど器用じゃないんで……」
それが出来たらいいんだろうけどなぁ。
転校初っ端から只者じゃなさそう、なんてどれだけ言われたことか。
瑞麗自身も、九龍に対して何かを感じている節がある。
おれ凄ぇな、だけで済ませていい問題じゃないんだろう、多分。
瑞麗は更に話を続ける。
この世には常識や科学で説明できないものがあると。
瑞麗は呪いの実例を見ている。そういえば九龍と七瀬が入れ替わったときは「気」の違いを感じていたか。瑞麗自身がそういった力の持ち主だ。九龍にはどうにもピンと来ないのだが。
「君は、あやかしや魔の存在を信じるか?」
そして言われた言葉に、九龍は目を見張った。
「あやかしや魔……ですか」
「そうだ」
「…………」
瑞麗は笑っているようにも見えるが、目は真剣だ。
九龍も真面目に考える。
漫画などで見るそれ──とは違うのだろう。
例えば遺跡で見る化人。あれは……あやかしか?
不思議な存在には違いない。
ファントムも……霊、と神鳳は言っていたが、むしろ魔と言われた方が九龍にとって納得はしやすい。
「先生の言うそれと同じかはわかりませんが……見たことはあります」
「ほう」
瑞麗はそれほど驚いた様子も見せず頷いた。
「一介の高校生である君がか? 普通の高校生として、普通の暮らしを送っていたら、気付かずに一生を終えているべき話だがな」
「一介の高校生じゃありませんから」
九龍は姿勢を正す。
言ってしまってもいいだろう。
そもそも瑞麗は、知っているようにも見える。
「おれはトレジャーハンターです。そういったのとも、結構戦ってますよ」
正体を告げる瞬間は割と好きだ。
かっこいい、などと言って貰えたらそれはもう大喜びだ。
さすがに瑞麗にそれを期待はしないが。
案の定、瑞麗は既にそれを知っていた。しかも、九龍の所属がロゼッタ協会であることまで気付いている。……ちょ、ちょっと待って。何でそこまで。ロゼッタのこと知ってる日本人なんて──ああ、日本人じゃないか、それでもそうそう居ないぞ、知ってる人!
……トレジャーハンターという職業を正確に知っていたのなら、それも有り得るか。
九龍のことを只者じゃないと思ってた、などというレベルではない。
遺跡のことも秘宝のことも知っている。
ひょっとして、おれはやばい相手に正体をばらしたんじゃないだろうかと一瞬思う。瑞麗はお仲間には見えないのだが……。
九龍の視線を受けて、瑞麗は少し笑う。いつものように煙草に火をつけた。
「そう警戒するな。そうだな……君が話してくれた以上、私も話さなければならないことがある。……聞いてくれるか?」
「お願いします……」
聞かないわけにはいかない。
瑞麗は煙草の煙を吐き出し、一息ついてから話を始めた。
「君は魔女の鉄槌というのを知っているかね?」
「魔女の鉄槌……?」
どこかで聞いたことがある気がした。
だけど正確に浮かばない。
思い出そうとしている様子を見て、瑞麗が先に話し始める。
魔女の定義が記された本。異端審問官のバイブル。
……異端審問官、は聞いたことがある。
歴史上の話としてではなく、現存する機関のエージェントとして。
古今東西の妖魔を探し出し、狩る組織M+M機関。瑞麗は……そこに、所属していた。
「この天香学園に、妖魔の反応があるという情報を聞き、潜入調査をしていたんだ。驚いたか?」
驚いた。
驚いたが、それはあまり表情に出なかった。
反応できなかったというより、何だか納得してしまったからだろう。
そうだよ、おれなんかよりよっぽど只者じゃない雰囲気放ってたよ、この人。
っていうかM+M機関って。それ……ロゼッタの敵じゃないのか?
聞いたことがある。ことあるごとに対立している組織だと。九龍がそれまで聞いた話だと、ただそっちもかっこいいな、程度だったが。
だが、それでは当然すまない。
妖魔を狩ることが目的のM+M機関は、秘宝のために妖魔を解き放つトレジャーハンターなど、放っておける存在ではない。九龍は……既に遺跡の半分以上を解放している。解き放たれた魔による影響が、既に出ていることも知っている。
「……あの、先生」
「安心したまえ。私は君と争おうとは思っていない」
相変わらず九龍の先を読んだように瑞麗は答える。
確かに、敵意は感じない。
それどころか、瑞麗は九龍にこの先を任せる気もあるようだ。
この流れで自信があるか、と聞かれては頷くしかない。
なきゃ、やってられない。
九龍は常に成功しか頭に思い描けない。
「ならば、私も君に力を貸そう」
瑞麗が九龍のポケットを指し示し、生徒手帳を受け取る。
最後の住所欄。友達枠であり、イコール……協力者の名簿状態。
「……ありがとうございます」
ここまで来たら九龍を頼るしかないと。M+M機関でも思ってくれるのか。単に、瑞麗の独断か。
警戒の抜けない九龍に対し、瑞麗は更にロゼッタとM+M機関は敵対ばかりしているわけではないことを語ってくれた。
トレジャーハンターの発掘した秘宝を、M+M機関が利用することもある。
協力関係が結ばれることも、珍しくはないそうだ。
ようやく、九龍はほっとして立ち上がる。同時に、チャイムが鳴った。
下校の鐘。
「それじゃ、失礼します。先生、今度遺跡に付き合ってくれますか?」
「ああ、私の力が必要ならいつでも手を貸そう」
「ありがとうございます」
保健室を後にする。
M+M機関のエージェント。
凄い協力者が出来たもんだ。
これは益々失敗出来ないな。
周りの期待ばかりどんどん大きくなっているが、プレッシャーはあまり感じない。期待されればされるほど、おれって凄いんだな、と勝手な認識ばかり広がる。
九龍はにやついた笑みを浮かべながら、足早に校舎を出て行った。
「さて、と……」
夜。
夕食を済まし、少しゲームをしていた九龍は、時間を確認して立ち上がった。
昼に双樹から届いていたメール。
今夜8時、プールに来てくれと。
今更罠ってことはないよなぁ……。
念のためアサルトベストを着込み、武器や薬も持った上で、九龍はそちらに向かっている。双樹は阿門ばかり見ていると思っているため、告白されるのかも、なんて可能性には目がいかない。九龍と協力の約束をしてからも、度々阿門に対するのろけのようなものは聞かされていた。どうも阿門は振り向いてくれない、という話だったが。付き合ってると思ってたのに。片思いなのは意外だった。
「……って、まさかそれの相談か……?」
無粋な格好をしている自覚のある九龍はどうしようかと少し迷う。
……これから遺跡に行くところだとでも言えばいいか。双樹を警戒しているわけじゃない。いや、ホントに。
自分の中でだけ言い訳をしてプールを見上げる。この学園のプールは室内にある。だから、冬にも使える。それでも授業は夏の間しかやらないらしいが。水泳部のためだけに毎日水張ってんのかなぁ。
そんなことを考えながら階段を上った。
途中でHANTがメールの着信を告げる。
夕薙からだった。
「……何だ……会ってきゃ良かったな……」
双樹のことで頭がいっぱいだったため、夕薙の様子を見てくるという発想がなかった。話しこんでしまうと8時に間に合わなくなるし。もう大丈夫そうだとは瑞麗から聞いていた。
まあ後で行くか、と思い九龍は中へと踏み込む。
水音がして、誰かが泳いでいるのがわかった。
「あら……」
ゆったりとこちらに向かってきたのは双樹。長い髪をそのままプールに浮かばせている。
「来てくれたのね。九龍」
プールから上がる。
その水着姿には思わず絶句した。
な、何だ、そのデザイン……!?
露出が激しい、なんてもんじゃなかった。ひ、紐? 紐巻きつけてる感じ? 確かに、大事なところはぎりぎり隠れて……っていや、見るなおれ! ってか、学校で泳ぐのにそれはいいのか! いや、今はプライベートな時間だから? 勘弁してください、いろんな意味で。
双樹は九龍の内心の動揺など気にも留めず妖艶に笑う。
阿門のことがあるせいで、誘われてるとは全く思えない。
少し引き気味になっている九龍に、双樹は話始める。
封印を解くための鍵──について。
「鍵……?」
それは、例のアラハバキ(?)が探していたものか。
知ってるのか? と思ったとき、あの耳障りな声が聞こえてきた。
「ファントム……!」
今度はいつもの仮面にマントの姿。
鍵のありかを言えと──双樹を捕える。
「きゃっ……!」
「あ、双樹……!」
完全に出遅れた。
九龍は腰に手をやるが、武器を取り出す前にファントムに止められる。
……くそっ。
双樹の悲鳴が上がって、九龍はゆっくりと武器から手を離した。
鍵は双樹が持っていると──ファントムはそう思っているらしい。
双樹が阿門を裏切って? そんなこと考えたこともなかった。
だが、今の、九龍に協力している現状というのは、はたから見たらそうなのだろう。鍵を阿門から奪ったというのなら……それも、恐らく阿門のため。
腕を捻りあげられ、苦しそうな双樹に、九龍は歯を食いしばる。
鍵なんて──渡してしまえ。おれが、取り返してやる。
そんな言葉が喉まで出かかった。
ファントムがいつどこから現れるのかさっぱりわかって居ないというのに。
「放してちょうだい。鍵の在り処を喋る気はないわ」
痛みを与えられても双樹はきっぱりとそう言い切り、ファントムは──見切りをつけた。
「では、死ぬがいい」
「おいっ、待て──」
ファントムの爪が双樹を切り裂く。
双樹がその場に倒れた。
「双樹っ……!」
傷は大したことなさそうだった。だが、双樹の体は青ざめ、震えている。恐怖で、なんかじゃない。これは──毒。
「ちょ、ちょっと待ってろ」
慌ててポケットを探り、救急キットを取り出す。
だが、近づけない。
ファントムは倒れた双樹にいまだ、その爪を突きつけている。
だが、どちらにせよこのままではまずいか。
いちかばちか突進してみようかと考えたとき、室内に別の男の声が響いた。
──阿門。
「やはり、現れたか。学園の影に巣食う幻影よ」
まるで見ていたかのようなタイミング。……見てたな、お前?
いや、むしろ──待ち伏せてた?
「正体を見せてもらおうか」
阿門がゆっくりとファントムに近付く。
ファントムは気圧されたように沈黙していたが、はっとしたように再び声を上げる。
「動くなっ! 動けば、この女の命は――」
声に焦りが見える。阿門が……怖いのか?
だが阿門はその言葉に足を止めた。そして、手に持っていた何かを投げつけ
る。
「!?」
ファントムはそれを受け取った。手が塞がっている。チャンスか、と思った瞬間、阿門が言った。
「持っていけ」
「え……?」
何を、渡した?
「鍵は、くれてやる。その代わり、双樹を放せ」
あれが……鍵?
ファントムは受け取った箱のようなものを見つめ、低く笑った。
「クククッ。愚かな奴だ。女ごときと引き換えに鍵を渡すとは」
九龍はそれを見ながらすり足で近付いていく。
ファントムの注意は完全に鍵に向いていた。
今なら双樹を助けられるか。
双樹の苦しそうな呼吸を聞きながら、九龍は飛び出した。
「ふっ……」
「おわっ……」
辿り着く寸前、ファントムはマントを翻し、その場から飛び上がる。
「もう、ここには用はない。ついに古の封印が解かれる時が来た。人間どもよ。見ているがいい――」
がしゃん、と窓を割り、そこから外へと飛び出して行く。
追っている時間はない。
九龍は急いで双樹の側に屈みこみ、手早く手当てする。救急キットは止血も消毒も解毒もこなせる。万能だ。高いけど。
「ありがとう九龍……」
「いや……大丈夫か?」
「ええ、落ち着いたわ……」
床に座り込んだままだが、呼吸は確かに正常に戻っている。青ざめていた顔も、じょじょに色を取り戻していた。
窓から吹き込む風にぶるっ、と身震いするのが見えて、九龍は学ランを渡そうとしたが、それより先にばさりと何かが投げかけられる。
阿門のコートだ。
「双樹を助けてくれたことには礼を言う……」
「阿門」
「今日のところは見逃してやろう。俺と戦うその時までせいぜい腕を磨いておくんだな」
「…………」
今戦ってやったっていいんだぞ、と九龍は睨みつける。
だが、まあまだ辛そうな双樹の目の前でってのもな。
九龍はちらりと割れた窓に目をやった。
ファントムは鍵を手に入れた。向かう先は──遺跡か。
「……もうお前のとこなんかすぐだぜ。そっちこそ──このまま大人しく待ってろよ」
九龍はそれだけ言うと、ファントムが開けた窓から飛び降りる。
阿門に余計なことをされると面倒だ。解放された封印を再び……なんてことは出来るのだろうか。阿門の先に、まだ敵はいるのか、あいつがラスボスか。
寮に向かって九龍は走る。
ガラスの残骸、足跡。
ファントムは、やはり実体を持っている。
七瀬や神鳳のときのことを考えると……誰かに乗り移ってるのか?
だったら攻撃も慎重にしなきゃまずい。
寮まで着いて、九龍は遺跡を眺めたあと一旦部屋の方へと戻った。
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