七瀬ふたたび─6

「ってどこにあるんだ秘宝ー!」
 最初の部屋まで戻って。片っ端から壁を壊し、壷を開け──それでも秘宝は見付からない。
 やたらに開錠が難しい壷もあって、一旦はスルーしたが、もうこれしかないかと必死で何とか開いたのに……違っていた。
 ちかちかした壁は、じっくり見るのも辛い。
「まだ見付からないのか……」
「うるせぇ、お前も探せよっ!」
 怒鳴り返してみるものの、おそらく皆守も探してはいるのだろうとは思っている。いつも的確なアドバイスをくれている皆守だ。何気に周囲には目を光らせている。その皆守でも……見つけられていない。
「あーお腹空いたぁ……」
「……ちょっと休憩するか」
 歩き回って結局時間がかかっている。
 甲羅の部屋で腰を下ろし、3人でパンを食べることにする。
「やっぱなぁ。見落としてるだけなんだろうなぁ」
「ここはヒビがあっても見にくいしな……。片っ端から爆弾投げてみるのはどうだ」
「ふざけんな。あー、でも最終手段はそれか?」
 2人がもそもそ食べている間にとっとと食べ終わった九龍は、小型削岩機を片手に立ち上がる。
 もろくない壁にこれやったらすげぇ手に衝撃きそう。
 こんなところでダメージ食いたくねぇなぁ。
 甲羅の上を飛びながら九龍は思う。
 出来るならやっぱり、自分で見付けたい。
 発見、は大好きなのだ。九龍は。
「……ん?」
 蛇の杖がある部屋。
 ふと、風が通った気がした。
「どうしたの九ちゃん?」
「いや、ここ……」
 食べ終わった八千穂が近付いてくる。皆守は呑気に欠伸していた。
「……いけるかも」
 非常に見にくいが、ヒビが入っている気がした。
「やっちー、離れてて」
 削岩機で……ビンゴ!
 壁の向こうに、更に亀の甲羅が続いていた。
「すごーい、九ちゃん!」
「おお! 甲太郎! やったぞ!」
「あ? 見付かったのか?」
「おお! 多分秘宝もここに……」
 あった。
 錠前にぴったりの秘宝が、壷に入っていた。
「……ようやく、決戦だぜ」
 今日も随分待たせてしまったが。
 これで、神鳳と戦える。










「やはり来ましたね、葉佩くん」
 待ちくたびれた様子もなく、神鳳は淡々と笑顔のようなものを向けてくる。
 九龍は銃を握り締めた。
 話し合いではすまないからな、これ。
 神鳳はそんな九龍に表情一つ変えず、そのままの調子で続けた。
「あなたにひとつ訊きたい。あなたは一体何のために、この最奥を目指すのか」
「それを訊いてどうすんだよ」
「別に。ただ訊いてみたくなっただけです」
 神鳳が弓に手をかける。
「何て答えようが戦うことに代わりはないだろ。まあしいて言うなら……自分のためだけどなっ!」
 先手必勝。
 九龍は神鳳に向かって銃弾を放つ。
 それ以外に答えはない。今、ここでお前と対峙する理由なら、他にあるかもしれないが。
「……正直な人ですね」
 蛇が現れた。規則正しく6匹。楽勝っ!
 神鳳に向かって走りながら、九龍は鞭に持ち変える。
「ぼくも自分のためにここにいる。ならば、これ以上の言葉は不要ですね」
「うおっと」
 弓が引かれる。
 蛇を片付けつつ、九龍は射程範囲から逃げる。
 相手は弓。飛距離は長い。横に避けるのが正解だろう。
「……甘いですよ」
「って……!」
 だが当然、神鳳も九龍にあわせて狙いを変える。矢が左腕を掠った。やっぱり射程が長い。
「……そっちこそ、これぐらいでいい気になるなよ?」
 銃を構えて引き金を引く。
 相変わらず当たっているのに大したダメージになってくれない。
 おまけに残っている蛇が向かってくる。
「やっちー、蛇頼む!」
「りょ、了解っ!」
 何だろう、何だか体が動かし辛い。八千穂が蛇を倒しているのを横目で見ながら更に撃つ。弱点にはなかなかヒットしてくれない。やっぱり顔か……? 人の顔を撃つのはまだ躊躇いがある。ダメージなんか大してないのに。
「行きますよ」
 再び神鳳の弓が引かれた。
 逃げようとして──逃げ切れない。
「がっ……!」
 今度ははっきりと左腕に刺さった。銃を支えていた腕が外れて狙いがずれる。
 皆守がそれを見てようやく駆けつけてきた。
 遅いよお前!
「九龍っ、何やってんだお前は」
「な、何か変だ、動き辛ぇ……」
 というより、いつもの通りに動けない。
 神鳳を見ると、何やら意味ありげに笑っている。
「……何かしやがったな」
「それは、まあ、戦いですからね」
「九ちゃんっ、蛇倒したよ!」
「……やっちー、神鳳にも行けっ!」
「む……」
 八千穂のスマッシュが横から炸裂し、さすがに神鳳も呻きを上げて下がる。ホント、銃より凄くないか、このダメージ。
 神鳳が八千穂に目を取られた隙に、九龍は神鳳に向かって走った。
「何を……」
「これだけ近けりゃ矢も意味ないだろっ!」
 殴り飛ばした。
 腹は立ってるんだ。学園中巻き込んでのあれに。っていうか怖かっただろうが!
「くっ……」
「いい加減っ、倒れ、ろっ!」
 息を切らしながらひたすら攻撃。
 この距離だというのに、矢まで射られる。さすがに皆守の助けも届かない。
 だが、やがてそれも終わる。
 神鳳から黒い砂が吐き出て、現れたのは手の平に顔がついているかのような不気味な化人だった。
 違う、これは……蛇か?
 ああ、ヤマタノオロチ!
 化人はそれぞれ神話の神に由来している。
 そして蛇なのに連れてる雑魚はコウモリかよっ!
 もう1度鞭に持ち変えてコウモリを倒していく。神鳳を隅まで運んでいた皆守が戻ってきた。
「おいっ、リロードしたか!?」
「ああっ、忘れてたっ!」
 見てて気になったのだろう。
 言ってくれ、そういうときは!
「九ちゃんスマッシュは!?」
「使ってくれっ!」
 八千穂のスマッシュ、そして九龍の鞭で化人の周りのコウモリは全て消滅した。だが、オロチが。
「やばいっ」
「来るよ……!」
 既に攻撃態勢に入っていた。振り下ろされる頭のような、手のようなもの。避けきれない!
「う、あっ……」
「きゃっあっ……」
 3人まとめて弾き飛ばされた。壁にぶつかり息が詰まる。
「痛……て……」
 頭も打って、ちかちかするが、九龍は必死で体を起こす。銃を撃ちながら回り込もうとするが、やはり思うように動けない。
「九龍っ……」
「やば……」
 もう一撃。
 吹き飛ばされた九龍は背後に居た皆守を巻き込んで滑るように地面に倒れる。八千穂がふらつきながら寄ってきた。
「や、やっち、近付くなっ!」
「で、でも……!」
 足をくじいているのか、八千穂は左足を引きずるようにしてこちらに向かっている。敵が、再び迫っていた。
「くそぉっ……!」
 爆弾を取り出し、地面に尻をついたままとにかく投げる。いつもならこの状態でも届く、と思えたのに届かない。
 ……これは、さっきの神鳳の攻撃で何かされたとしか思えない。
 HANTを確認すればわかるかもしれないが、そんな余裕もなかった。
 九龍は何とか立ち上がり、再び爆弾を投げる。効いている気はしないが、目くらましぐらいにはなるだろう。
「九ちゃん!?」
「やっちーは神鳳のとこ行ってろ!」
 隅に転がる神鳳を指して言う。どうせほとんど動けそうに見えない。
 敵は爆弾が向かってくる方向を見る。……つまり、九龍を。
「……お前、怪我は」
「左腕痛ぇ」
 先ほど矢を刺されたところ。実はまだ刺さっている。化人の攻撃で棒の部分が折れてるが。
「……お前は?」
「あ? ああ、大したことはない」
 甲太郎も一緒に叩き付けられていたはずだが。相変わらず微妙に避けているのか、それほどのダメージはなさそうだった。
「……くそっ、爆弾もこれで終わりだっ!」
 回りこみながら投げ続け、最後は背後から。
 大きな悲鳴が上がった。ようやく弱点にヒットしたらしい。だが、遅い。
 銃に構え直しひたすら撃つ。
 振り向くな。まだ振り向くな。
 そんな願いもむなしく、化人はゆっくり振り向いた。
「逃げるぞっ!」
「ああ……」
 正面には回りたくない。
 ひたすら走って背中に撃ち込んで。
 あと少しか、というところでまた攻撃を食らった。
「ぐっ……」
 やばい、今度こそ、足をくじいた。
 右足に力を入れると激痛が走る。逃げ切れない。
「くそおっ……!」
 自棄のように正面から撃つ。
 大したダメージにはならない。ならないが──ついに、化人は悲鳴を上げて消滅した。
 ……ぎりぎりまで、追い詰めてはいたらしい。
「……終わった……」
「2人とも大丈夫っ!?」
 八千穂が駆けつけてくる。まだ少し足を引きずっていた。
「あー、何とか。これ……神鳳のだよな……」
 化人が消えたあとに落ちていたのはかんざし。
 受け取った神鳳は、やはり双樹と同じく、少し複雑な目でそれを見ていた。
 ……自ら阿門に預けた、か。
 やはり役員は執行委員とは少し違う。しかし墓守として、より責任感を持っているというわけでもない。彼らが慕い、従っているのは、阿門。
 ……何だろうな。
 カリスマ性か?
 そして神鳳からもプリクラを渡される。この学園を真の解放に導くことが出来るかもしれない、か。結局──ここまで来たらやっぱりやるしかないってことなんだよな。
 生徒手帳にプリクラを貼り、とりあえず井戸へ戻ろうかと思っていたとき、突然神鳳が叫んだ。
「これはっ……! ううっ……」
「神鳳!?」
 辺りの空気が変わる。
 俯いた神鳳が、ばっ、と顔を上げた。
 その顔に重なるようにして見える──人の影。
「お前っ……七瀬に憑いてた……」
「クックックックッ……。よくぞ、ここまで来た。人の子よ――」
 思わず後ずさりする。
 神鳳の口を借りて出された低い声。
「我は、アラハバキなり。お前が我を目覚めさせた者か?」
「……何?」
「お前が……墓に封印されてた者か……」
 皆守の呟きに九龍は歯を食いしばる。
 ああ、やっぱりおれか。おれのせいか。
 それにこの声──ようやく気付いた。
 これは、ファントムじゃないか?
 雛川を攫い、九龍や執行委員をけしかけ、生徒会と対立した──全て、墓の封印から逃れるためだとしたら完全に辻褄は合う。
 やっぱり、いいように踊らされてたのかよ、おれは。
 例えファントムが居なくても同じことだったとはいえ──いや、ここまで来るのは更に遅くなっていたかもしれない。執行委員の暴走がなければ、おそらくこうもとんとん拍子にはいかなかった。
 ……じゃあファントムに協力してもらってたことになるのか。
 それもそれで気に食わない。
「お前の探す宝は、我がたもとにある。もし、我が元まで辿り着けたなら、お前に宝の力を授けよう。神の叡智を集積した偉大なる秘宝の力を……」
 だが、それを手に入れるためには仕方ない。
 どちらにせよ、こいつのもとまでは辿り着かねばならないのだ。
 だから、そう言ってやろうと口を開きかけたとき──
「では、俺にそいつを授けてもらおうか」
 聞き慣れた声が、それを遮った。
「その秘宝の力って奴をな」
「大和……」
 学ラン姿の夕薙大和が。扉の入り口に立っている。
「大和、お前……」
「夕薙くん……!?」
 皆守も八千穂も、同時にそちらに目をやった。
 アラハバキまで──少し戸惑っている。
「貴様は何者だ? 我にその気を感じさせぬとは……。魂なき墓守とも違う……。お前は、死人か?」
「何だって?」
 九龍は再び夕薙に目を合わせる。だが夕薙はそれに苦笑した。
「死人は墓で眠るものだ。おれはただの──人間さ」
 皆守がパイプを噛み締める音がした。
 夕薙から、ある種の覚悟が見える。それが何かわからない。わからないのに、不安で仕方ない。
 秘宝が欲しければ勝ち残ってみせろと、そんなことを言うアラハバキに……夕薙は頷いた。
「やはり後を追ってきて正解だったようだ。九龍──悪いが、今ここでおれと戦ってもらうぞ」
「……マジかよ……」
 その体から、力が漲っている。
 間違えようもない──戦闘態勢。
「な、何でっ!? 何で夕薙くんが!」
「……何か隠してやがるとは思っていたが……」
「……おれも思ってたよ……。お前、ハンターじゃないよな? 何で秘宝が欲しい?」
「……それを聞きたければ、おれを倒してみせろ」
「お前っ……」
 九龍は銃を下ろした。
 宝の取り合いになる可能性は……そりゃあ最初からあったのだろう。
 宝はまだ手に入っていない。だから、油断もあった。
 それでも、今勝敗を付けたいというのなら、
「手加減しねぇぞっ!」
 拳を握り締め、夕薙に向かって走る。
 右足にずきりと痛みが走った。しまった、捻挫してたんだっけ。
「ふっ……」
 夕薙は少し笑って右手を上げた。
 何だ?
「行くぞっ!」
「なっ……」
 不可視の衝撃が、放たれる。
 それはまともに九龍を直撃した。
「きゅ、九ちゃん!?」
「九龍っ!」
 2人の叫びが……わからない。
 耳鳴りがしている。
 何か叫んでいることだけは、わかる。
「それがお前の全力か?」
 夕薙も何か言ったが、聞こえない。
 気付けば、辺りに蛇も居た。
 何でだ。お前、墓守じゃないんだろ。何だよ、この攻撃。
 揺れる頭を右手で押さえて、九龍は再び夕薙に向かう。
 くそおっ、捻挫したままじゃろくに動けない。
 鞭を取り出し、それを振るった。夕薙は顔をしかめるが、すぐさま次の攻撃に入る。
 まずいっ……。
 そう思った瞬間、体が傾いた。
「こ、甲太郎……!」
 いつの間に背後まで来ていたのか。
 先ほどまで八千穂の側に居た。全力だったのか、少し息が切れているのがわかる。
「お前っ、先にその足何とかしろ!」
「え? あ……」
 ぼんやりと、だがようやく皆守の言うことが聞こえてきた。
 引きずられるようにして後ろに引きながら、九龍は救急キットを取り出す。
「……頼む」
「お前な……」
 それを皆守に渡し、九龍は銃に持ち変える。
 先ほどの鞭の攻撃でわかった。
 夕薙も、何かの力に守られている。何せ蛇まで出てきた。
 銃で撃っても……大丈夫か?
「おい、九龍っ……」
 皆守がさすがに驚いた様子を見せる。
「……やっぱ、無理か?」
 蛇が寄ってきている。
 あああっ、こいつらには鞭か。
「終わったぞっ」
「さんきゅっ! 後ろ頼む!」
「頼むってお前なっ……」
 皆守の治療が終わり、目の前まで迫っていた蛇を鞭で蹴散らす。そのまま夕薙まで突進した。
 攻撃を食らう。半分くらいは皆守が避けてくれた。
 痛い。耳鳴りが酷い。だけど、まだ倒れないぞ、おれは!
「ぐあっ……!」
 間近まで迫って、今度は拳に切り替えた。
 夕薙の悲鳴が上がる。
 弱点か? 弱点だな!?
「くっ……」
 夕薙が下がりつつ、攻撃を仕掛けてくる。HANTが警告音を立ててきた。
 うるせぇっ、やばいのは自分でもわかってる!
 どうせ弾はもうほとんどない。救急キットも使った。爆弾も残ってない。
 なら──これで終わらせるしかないっ!
「俺を倒すことなどできん!」
「うるせえ、倒れろっ!」
 耳鳴りの中、はっきり響いたその声に怒鳴り返す。
 そしてついに──夕薙はその場に倒れ伏した。


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