七瀬ふたたび─5
夜までに仲間たちから次々とメールが来ていた。
みんな、無事だったか。
九龍のバディたちは霊の影響を受けていなかったらしい。あれは受けなかった方が怖いよなぁ、多分。いっそ乗っ取られてた方が恐怖はない。
「何やってんだ、九龍」
「あー、ちょっと待て」
着ていたメールへの返信が終わり、HANTを閉じる。
遺跡に入れば、いつものように新しく開いている区画。奥には神鳳が居るのだろう。
「うわー壁が金色だよー。これ本物かな……」
「本物だったら凄ぇけど……おお、とりあえず中も金色!」
「何やってんだお前は」
「でもどうなんだ、これ? あんま本物っぽくはないよなぁ」
「えー、そうなの?」
神鳳の区画はやたらキラキラしていた。試しに壁をナイフで削る九龍を、皆守は呆れた目で見ている。
「古代人の成金趣味にはつきあってられないな……目がちかちかしてくるぜ」
「あ、そういえばこの間鴉室さんからサングラス貰ったんだけど、かける?」
「ふざけんな」
「えー、どんなのどんなの?」
「えーと……あれ、持ってきてなかった」
「そんなもん持ってくる必要ないだろ」
「うん、だから置いて来たっぽいな。ここで使えって言われたんだけどなぁ」
「……あいつここを知ってるのか?」
「……どうも知ってるっぽいんだよな、何か……。入ったことはなさそうだったけど」
鴉室との会話を思い出しながら、九龍は最初の扉の前に立つ。
「さって、今日も行くぜ。2人とも準備はいいか」
「うんっ、いつでもいけるよ」
「あー眠ぃ」
「お前のそれは準備か。準備なんだな?」
そういうことにしとくぞ、と叫びながら九龍は扉を開ける。
正面に石碑。右手側から複数の声。
初めての場所、初めての敵。
さあ、今回はどんなだ、とそちらを振り向いて──九龍は固まった。
「な、何だ、あれ……」
「……ほぇ〜……」
「…………」
奥に、見慣れた巨大な腕を持つ敵が3体居る。
だがそんなもの目に入らない。
手前に居るのは女型の化人が3体。なんかこう……凄いポーズを。
ほとんど裸の綺麗なお姉さんが足を広げてる……感じ。いや、そのまんま。
さすがに全員で絶句した。
「……上のは、擬態だな。多分、本体は下の虫だ」
「む、虫?」
じっと敵を見ていた皆守はそんな呟きをもらした。
お前、よくあれが乗ってる物とか見れたな! 全然目に入ってなかったわっ!
「ああ、そっちを狙った方がいいぜ」
「……おっけー……」
というか、そんなやり取りをしている間にどんどん近付かれている。
部屋が狭すぎる。おまけに隠れる場所が一切ない。
早めにけりを付ける!
九龍は前に飛び出した。
「おいっ、九龍!」
「こういう形の敵はな! こっちのがいいんだよっ!」
ナイフで切りつける。
「あぁん……」
「っ……!」
「いくわよぉ〜」
「うわっ……!」
「九龍っ! この馬鹿!」
化人の悲鳴に思わず固まった九龍は、敵の攻撃を真正面から受けた。痛ってえ! でもこの間のに比べたら全然マシ!
ひたすら目の前の化人を斬り付ける、が、どんどん迫ってくる。か、囲まれる……!
「九龍、一旦引けっ!」
「引いたって……あ、や、やっちー!」
「うんっ、いっくよー!」
皆守に引きずられ下がった瞬間、八千穂のスマッシュが飛ぶ。九龍の呼びかけはスマッシュの合図ではなかったのだが、まあいいか。離れたことで、九龍は銃に構え直す。
「あん……すごい……」
「だあああっ、変な声出すなぁっ!」
「落ち着けっ、あと上じゃなくて下狙えっつっただろうが!」
「下!? 股間!?」
「あほっ!」
「あはぁ〜ん」
再び、敵の攻撃。
やべぇ、と九龍は慌てて正面に目を向ける。
「えーいっ!」
だがそれは、八千穂が……弾き返した。
ラケットで。
「や、やっちーナイス!」
「でも九ちゃん、早くしないと……!」
近付いてくる敵に、もう逃げ場はほとんどない。
観察している余裕もない。
八千穂にスマッシュを撃ってもらいながら、九龍もナイフを振るう。
「こっ、の!」
1匹、2匹と仕留めて最後。
いいわぁ、などと呟くように言って敵は消えていった。
いろんな敵居たけど……最強だろ、これ。
「九ちゃん、まだ向こう……!」
「あっ……」
女型化人の後ろに巨人3体。
それが、腕を振り上げていた。
「おおおー!」
「やっ……」
「あー眠ぃ……」
やべぇ、と思った瞬間体が傾いた。
後ろから皆守がもたれかかっている。
相変わらず礼を言いたくない助け方をしてくれる。
「九ちゃん、スマッシュ使う?」
「頼む。逃げ場なさ過ぎる」
この狭い部屋に6体とか! きつ過ぎるだろ。
九龍は銃に構え直し、皆守をのっけたまま撃ち続ける。弱点はわかっているが、思った通り強くなっていた。しまった、爆弾持って来てたんだから使えば良かった。
九龍がそれに気付いたのは敵を全て倒し、HANTが敵影消滅を告げた後だった。
「……井戸に帰る?」
「……もうスマッシュないか?」
「あと一発だけ」
「……帰るか」
「石碑は読めたのか」
「あー、えっと……」
難しい。
でも……何とか。
「北へ向かって? 東?」
「は? ああ、あの像か」
「だなー。ちょっと解除してみる」
狭い部屋だけに、ギミックの位置もわかりやすい。
とりあえず像を北へ向けて回してみると、それで開錠音が聞こえた。
あれ、これだけでいいのか。
「終わったの?」
「……開いてるなぁ。ま、一度戻ろう。やっちーのスマッシュがないときついかもな」
無茶はしない無理はしない。
それはもう、痛い思いはたくさんだという何だか情けない思いからだった。
次の部屋は狭い通路。敵が一匹ずつしか来れないのはありがたい。こういった場所は得意な九龍は、順調にダメージを負うことなく敵を片づける。ここは蛇と、あの女と巨人……か。
大体敵の出るパターンもわかってきた。今回は銃に鞭にナイフに……全部要るなぁ。巨人には爆弾の方がいいかな。
そんなことを思いながら奥へ進む。
石碑は……これは、ちょっと読みやすい。
「九ちゃん、向こうに像あるよ?」
「それをー……昇る日に背を向けたってあるから……ええと、に、西に向ければいいのか?」
「悩むなそこで」
「向けたよー!」
「って、やっちー、早い……!」
先にやっちゃうなよな、と思いつつ八千穂のもとへ急ぐ。
そこには一体の像と八千穂の姿。
「……あれ? それだけ?」
「うん? そうだけど」
「おかしいな、石碑にはもう一体あるようなことが……」
「そこの壁じゃないか? ヒビ入ってただろ」
「あ、ホントだ」
爆弾……じゃない、小型削岩機作ったんだった。
九龍はそれを構えて壁に穴を開ける。確かに、中に石像があった。ついでに壷に入った秘宝も発見する。
「これでー……どうなる?」
像を回すと同時にどこかで音。
戻ってみれば、社が開いていた。
「ここにそれを置くのか?」
「正解ー。ちょっとどいて」
セットすれば、無事開錠。
順調順調っと。
「油断するなよ」
「……わかってる」
こういうとき的確だよなぁ、こいつは。
おれの気分ってそんなにわかりやすいか。
思いつつ次の扉を開ける。
真っ暗な部屋。
トラップの作動音。
「罠かよっ!」
しかしそれに関する石碑はなかった。反射的に暗視ゴーグルのスイッチを入れる。それほど広い部屋ではない。奥には──蛇のレバー!
「よしっ、走れっ!」
この距離なら多分罠が作動する前にいける!
全速力でレバーに辿り着き、それを下ろす。
だが、音は止まらない。
「な、何だ?」
「おいっ、向こうにもレバーがあるぞ」
「げっ……」
出発点のすぐ隣にも蛇の杖。
すぐさま戻ろうと駆け出した九龍を、皆守が止めた。
「九龍、そこの穴だ。そこは発射口がない!」
「えっ? あ、マジだ」
右側にあった規則正しい窪み。その全てに発射口……と思ってたら1個だけそうでないのがある。相変わらず目ざとい。
八千穂と皆守を押し込んでそこに入れば、両側で派手な爆音。……走らなくて良かった。
「じゃ、行って来る!」
音が止んだと同時に九龍は駆ける。2人は着いてこなかった。まあ、この広さならな。九龍の動向もわかるしな。
レバーを下ろせば、無事罠は解除。
「2人とも無事だな?」
「ああ」
「九ちゃんは? 怪我しなかった?」
「全然。狭かったしな、ここ」
今までの罠に比べれば楽な方だ。
皆守の言葉がなければもろに食らってたかもしれないことは置いといて。
「さあて、次は……」
暗視ゴーグルのスイッチを切り扉を開ける。
巨人と女が3体ずつ。またか。
そして、やたらばらけてる。
「くそっ、どっか……」
退避場所は、と見渡してすぐに気付く。左側に細長い通路があった。
「2人ともこっちだっ……!」
敵の間をすり抜け通路の奥へ。扉は当然開かないが、ここなら待ち伏せもいけるか。
「……爆弾使うのか」
「おお、惜しみなくいくぜー」
敵の声を聞きながら、こちらに迫ってくるのを待つ。
「気持ちいいことしましょぉ」
「……あの化人の声だけは何とかならないかな」
「耳でも塞いどけ」
「無茶言うな」
敵が来るのがわからなくなる。
実際姿を見なければそれほど気になるものでもないが。
見ちゃってるもんな、あれ!
化人に色気は感じない、などと言っていたこともあるが、あれは例え人形でも気になるぞ、とりあえず!
「くるぞ」
「おお」
まずは巨人。まとめて爆弾をお見舞いしてやる。
集まってくれたので3匹いっぺんにダメージ! 女型も巻き込んだが、やっぱりあんまり効いてるようには見えない。
「もう一発っ!」
これはいけそうだ。
金を惜しまないって大事だ。
女型の方はナイフで仕留め、無事戦闘終了。
「なんか動かせるみたいだぜ。この俵」
「次はそれだろうな」
俵……というか俵の像。九龍はまず石碑に向かった。
「……わかった? 九ちゃん」
「……岡田宮で一年」
「岡田宮?」
「ええと……これだ」
「一年ってことは……これか」
「それだな」
俵一つのみの像。
皆守は当然のように、指し示すだけで動かそうとはしない。
「っと……重いよ、これ」
「あーおれがやる。ってかお前ホントたまには手伝えよ」
「面倒くせぇ」
「ならせめて石碑読め」
「無茶言うな」
「頭か体、どっちかは使うべきだろ……!」
言いながらも俵を引きずって行く。
あとは多祁宮に7、高島宮に8!
……と、わざわざ叫んだけど、やはり皆守は動かなかった。
何でかなぁ。学園ではそれなりに言えば手伝ってくれるのに。今日だって文句を言いつつも散らかった本を直していた。
「……甲太郎」
「何だ?」
「ギミック解除したからって呪われたりしないからな? 呪われるとしたら入ってる時点で呪われてるから」
「は?」
「いや、それが怖くて手伝わないのかなーとか」
「え、そうなの皆守くん」
「あほかっ! それよりとっととやれ。おれは眠い」
「遺跡の中の人ー。指示してるのは皆守です、っと」
「……お前」
「よっし、終わりー」
ずるずる引きずりながら会話をしていた九龍は、そこでようやく体を起こした。腰痛ぇ。
「あー腰痛ぇ」
「何もやってないお前が言うなっ」
皆守の声に脱力しつつ、次の扉へと向かう。
ハシゴを昇って辿り着いた部屋には……一面の亀の像があった。
「な、何だこれ……」
「亀がいっぱいいるね」
「そこに石碑があるぜ」
「あー、ホントだ」
ハシゴの先は亀の甲羅の上。
九龍はそこから飛び降りて石碑に向かう。
亀の背に乗って釣りをする……一応神話通りなのか、この部屋。
「んー……他に何かないかな……って、向こうの部屋いけないのか」
もう一部屋あるのはわかるのだが、大きな柱に塞がれていて入れない。
九龍の言葉に当たりを見回していた八千穂が叫んだ。
「九ちゃんっ、あっち、輪っか!」
「輪っか? あ、ワイヤー引っ掛ける奴か」
先人の埋めた奴だろう。本当に助かる。
登ってみれば秘宝ゲット。
さて、どこに使うのか……。
甲羅の上に飛び降りて、甲羅から甲羅へジャンプする。
「何やってんだお前」
「甲羅の上から眺めれば何かわか……わかった」
「ん?」
跳びながらあちこち見回していると、石碑のすぐ側の壁に欠けた壁画があるのがわかった。秘宝がぴったり嵌る。
「うおっ?」
「え、な、何だ?」
その瞬間、蒸発するような音と共に、通路を塞ぐ柱が消滅した。
「消えちゃった……金の柱が……」
「す、すげぇ……」
相変わらず遺跡のギミックは予想外のことが起こる。
一体どうなってるんだと思いつつ、柱のあった場所を飛び越え向こうの部屋に向かった。
そこにある仕掛けらしきものは蛇の杖のみ。
「……これか?」
引いてみると、どこかでかちりと音がした。
「……よっし、開錠」
「ふぁ〜あ。今日は随分順調だな」
「だからって寝るなよ。そろそろ井戸がありそうだけど……」
甲羅に登って扉を開ける。ハシゴを降りた先に魂の井戸と、最奥への扉。
その前に……敵が居た。
「3匹かっ! 楽勝だな!」
蛇は鞭で、女はナイフで。
ここまで来ると、これぐらい、という思いもしてしまう。
井戸へ補給に入る必要もないぐらい、順調だった。
「やれやれ、ようやく最後か」
「何か今日は早かったね。まだ日付変わってないんじゃない?」
「変わってないな! おれも成長してるってことだよ」
石碑も全部読めたし。
罠のとこで微妙に躓いた気もするが、誰も指摘しないのであれはあれで良かったことにしとこう。そういや女の攻撃も受けたけど。大したことなかったしな。
「で……ここの開錠はどうするんだ?」
「あれ……?」
最後の両開きの扉には、錠がかかっている。
秘宝を埋めこむタイプだが……その秘宝がない。
「そこ、開くんじゃないか?」
「あ、そうだな、これだ」
悩んでいるとすぐ側にヒビの入った壁があった。
早速壊して中に入るが、そこにあったのは錫杖とマグネシウム……のみ。
「…………」
「…………」
「…………」
3人揃って沈黙する。
ここに来るまでの道筋を思い出していた。
「……え、おれ、何か見逃してた?」
「……だろうな」
「何を! どこで!」
「知るか」
「うーん、壷とか宝箱があったら気付くと思うけど……」
「じゃあ壊してない壁か?」
「……そういやいくつかあったな……」
「戻るのー?」
「戻るしかないだろー……。あー、最近壁壊さないと進めないとこ増えてるなぁ」
ため息をつきながら、3人は来た道を戻って行った。
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