七瀬ふたたび─2

 雛川に見付かって、結局途中から授業を受けるはめになった。
 当然の如く、皆守も喪部も夕薙も居ない。教師はちらりと九龍を見たが、何事もなかったかのように授業を続ける。怒られないのはありがたいが、これもこれで無視されてるようでなぁ……。されてんだろうけど。
 隣の八千穂がちらちらこちらを見てくる。七瀬の様子を聞きたいのだろう。大丈夫、と声には出さずに口だけ動かす。伝わっただろうか。頷いたので多分伝わった。伝わったことにしとこう。
 そして九龍はもう1度教室内を見渡した。
 白岐の姿も見えない。
 先ほどHANTに届いたメールは、白岐からのものだ。温室で綺麗な花が咲いたの、だもんなぁ。授業中だぞ白岐。
 それでも何となく嬉しい。多分八千穂にも来てるんじゃないかと思う。何やらテンションが上がってるように見えるし。
 それは間違いではなかったようで、授業が終わると同時、八千穂はメールを見せてきた。九龍も自分に届いたメールを見せる。
「すっごいよね、何か友達って感じだよねーっ」
 携帯を振り回しながらはしゃぐ八千穂。白岐からの初めてのメール、なのだろう。うん、微笑ましい。だけど携帯危な──
「あっ──」
 思った瞬間、八千穂の手から携帯がすっぽ抜けた。
「──っと。馬鹿、携帯なんか振り回すな」
「あ、皆守くん」
「何だ、もう降りてきたのか」
「昼飯買ってなかったからな。ほら、一応精密機械なんだから大事に扱え」
 皆守が八千穂に軽く投げて携帯を返す。
「えへへっ、ありがとう皆守くん」
「……おう」
 皆守は入り口近くに立ったままぶっきらぼうな返事だけ返す。
 九龍を待ってるのだろう。じゃあ昼飯にするか、と立ち上がった九龍を突然八千穂が引っ張った。
「わっ、と……何だよ?」
「ちょっと耳貸して!」
 八千穂が言いながら九龍の耳に顔を近づける。ひそひそ話……にしては声大きいぞやっちー。いつもの音量にしか聞こえない。間近だとうるせぇ……!
「皆守くんってさあ、鋭いのか鈍いのか、いまいちわかんなくない?」
 そしてようやく声を潜めて言ったのは、そんな言葉だった。
「……お前、あいつのこと鈍いと思ったことあるのか……?」
 皆守怒るぞ。
 ああ、でもおれがカレーうんちくに興味ないことはいい加減気付いて欲しいが。いや、気付いてやってるんだと思ってた、思ってたがひょっとしたらそれは買い被りかもしれないし。
「……少なくとも運動神経は悪くないだろ」
 まあそもそも八千穂が言ってるのはそっちの話だと思う。
「まぁ、そうだよねぇ。今だって携帯受け止めてくれた皆守くんの手……いつどうやって動いたのかよく見えなかったし」
「そうなのか? おれは甲太郎見てなかったしなぁ」
 携帯を目で追ってたら突然左から甲太郎の手が伸びてきた。
 見えないって程じゃないが。さすがに。
「ね、ここは一発2人で真相を確かめてみない?」
「真相? あいつが鈍いかどうか?」
「うんっ。今なら皆守くん気付いてないし」
 気付いて──あ、ほんとだ。廊下見てる。何かと思えば向こうに黒塚が居た。話しかけられているのか。これは確かに……チャンス?
「……よし、行ってみる」
「え、どうするの?」
「──こう、」
 すんのっ、と皆守に向かって跳び、足を振り上げる。
 瞬間、皆守が振り向いた。
「どわっ……!」
 そして素早い蹴りが、九龍の体を弾き飛ばす。
 お前っ……! 先に蹴りかかったおれより早いとか! 手加減なしかよ!
「きゅ、九ちゃん大丈夫!?」
「痛ってぇ〜……」
「何だお前か」
「いや、わかってやっただろお前……!」
 振り向きざまに攻撃を放った皆守は平然と九龍にそんなことを言う。
 おれ以外だと思っての蹴りだとしたら洒落にならないぞ、これ。
「皆守くん、九ちゃんが迫ってるのわかってたの? 何で?」
「決まってるだろ。おれは背中に目がついてるんだよ」
「ええっ、嘘! 前はついてないって言わなかった!?」
「さぁ〜、どうだったっけな」
「お前ら何だその会話……」
 昔からやってんのか、そのやり取り。
 いちゃつきやがって。
 おれもやりたい。
「……やっちー、おれも実は背中に目がついてる」
「えっ」
「痛っ……!」
「……見えてんなら避けろよ?」
 八千穂を振り向いてそんなことを言った瞬間、後ろから蹴りが入った。
「よし、甲太郎、後でお前には話がある」
「さぁ、昼飯買いに行くか」
「待てこらっ、あっ、やっちー白岐さんからのメールだけど……」
「あっ、そうそう! 私昼休みは月魅の話聞く約束してるから放課後行くからねって返事したんだ」
「あ、もう返事済み? えー、じゃあおれどうしよう」
「用事ないなら昼休みにでも行ってきなよ」
「んー、じゃあそうするかなぁ……」
 八千穂と一緒に行くつもりだったが、八千穂は2人きりで話したいかな。おれ居ると邪魔かな。
 そんなことを考えつつ頷く。
 八千穂はまだ嬉しそうに、白岐が誘ってくれたことを感慨深げに呟いている。
 白岐が温室に誰かと居るところなんか見たことない、と反応したのは皆守だっ た。
「あれ? そういう皆守くんこそ温室なんて行くの?」
「……以前はな。まぁ昔の話だ」
「へぇー。昼寝場所じゃねぇだろうな」
 特に冬などは、皆守にとっては絶交のスポットになりそうだ。むせかえるような花の香りも、普段からそれを纏っている男には気にならないだろうし。とはいえ、あそこは普段鍵がかかっていることが多いのだが。
 皆守は九龍の言葉には答えず、それよりとっとと昼飯にしようぜ、などと廊下に出て行った。
 ……あいつが出入りするから鍵かけられるようになったんだったりして。
 その内屋上も立ち入り禁止とかなったりしないだろうな。
 皆守のあとを追いつつ、九龍はそんなことを思った。










「九ちゃんって、パンはコッペパン多いよねぇ。アンパンとか嫌い?」
「いや? まあそんなに好きでもないけど。何かなぁ。カレーもパンも好きだけど、カレーパンってのは微妙だし、焼きそばとパンも好きだけど、何で組み合わせるかわかんねぇっていうか」
「今聞き捨てならない言葉が聞こえたな」
「いや、カレーパンは甲太郎くん専用ですから!」
 足を踏まれて思わず叫ぶ。
 3人は売店でパンを買ったあと、教室に戻って来ていた。屋上に行こうかとも思ったが、八千穂が教室に戻ったので何となく揃ってここに居る。
「アンパンは?」
「アンコがあんま好きじゃない……」
「えー、九ちゃん意外に好き嫌い多いね」
「お前、アンパンは食べてなかったか?」
「食べられないわけじゃないんだよなぁ。まあ正直コッペパンだけは飽きる」
「お得意の調合で何か作ったらいいだろ」
「なかなかいいもん手に入らなくてなー」
 ハンバーガー作ったら八千穂に食べてもらいたいって思っちゃうしな。
 チョコを溶かして塗ってみたことがあるが微妙だった。何が悪かったのかわからない。そしてそもそもチョコパンもあまり好きじゃなかったことには今気が付いた。
 そしてとっとと食べ終わった九龍は手持ち無沙汰にHANTなど開いてみる。
 昔から食べるのはやたら早くて、それは時間がないときは便利だったが、友達と食べているときはどうにも1人暇になる。
「……そういや九龍」
「ん?」
「お前が帰宅部なのって、やっぱ例の夜遊びに集中するためなのか?」
「あ、それ私も聞きたかった。九ちゃん、せっかく運動神経いいのに」
「いや、おれスポーツ駄目だぜ? 何か運動に関しちゃ不器用なんだよなぁ。走るだけ、とかならともかく」
「なら陸上部か?」
「入ってなくて良かったと心底思うけどな」
 陸上部エースの顔を思い出して笑う。
 朱堂と一緒に部活してる奴らはどう思ってるんだろうなぁ。……着替えとか一緒なんだろうし。
「じゃあ文化部は? 九ちゃん、絵とか上手いよね」
「確かに意外に手先は器用だよなお前……」
「まぁ興味なくはなかったけど……3年で今更部活ってのもあれだし、まあ……夜遊びも、そうだよ」
 実際そこまで考えていたわけではない。
 ただ今の生活に、プラス部活動だと倒れてそうだとは思う。入ってなくて正解だ。
「なるほどな……。だが、お前は帰宅部としてもいまいちだぞ。誰よりも早く教室を出て買い食い、寄り道、昼寝に夜の番組表チェック……それが正しい帰宅部の姿ってもんだ」
「あはは、それっぽい」
「いや、それお前やってんのかよ。寄り道もせず真っ直ぐ帰ってベッドに直行だろ」
「夕食ぐらい食べる」
「そういうこと言ってんじゃねぇ」
 でも意外にテレビ見てるしなぁ、こいつ。
 見ながら寝てることも多いが。
「九ちゃんにとっては、あれが部活みたいなもんだよね」
「あー、そうだな。じゃ、おれキャプテン」
「私副部長!」
「何でお前が」
「皆守がやるか?」
「あほか。大体何をやるんだ」
「遺跡探索部はー、キャプテンがスケジュールを決め、部員に連絡通知。副部長はエースです。一番頼りになるもんな」
「えっ、ホント!?」
「戦闘面だけだろ」
「重要だろ! それに、お宝の発見とかもな。頭じゃだけじゃなくて勘とか必要なんだよ。やっちーの女の勘はたまに頼りになる!」
「……たまに」
「それ以上言うな甲太郎」
 この件に関してはツッコミ却下。
 八千穂は会話の内容をわかっているのかいないのか、にこにこ笑っていた。
「お宝かぁ。そういえばさ、九ちゃんにとってのお宝って……何?」
「へ?」
「財宝とか力とか人とかさ」
「……全部?」
「贅沢だな」
「いや、だってどれも必要だろ。やっちーならどれ?」
「私は……やっぱ人かなぁ。人との出会いとか、その関わりの中から得たものって何事にも代え難い宝だよねっ」
「いいこと言うなー、やっちー」
「お前はそこまで考えてなかっただろ」
「友達居ないと寂しい、ぐらいは考えてるぞ。あと支えあいの重要性とかな。七瀬ちゃんの知識とか、どれだけ役に立ったことか……!」
「ああっ!」
 そこで突然八千穂が大声を上げた。
 そのまま立ち上がったことで、椅子が後ろに倒れてしまう。
「そうだっ、昼休み月魅に呼ばれてるんだった! ごめん九ちゃん、もう行くね」
「あっ、待て、おれも……」
 言いかけたときには、既に八千穂の姿はなかった。
 廊下で誰かとぶつかったような悲鳴が聞こえる。
「……騒がしい奴だな」
「……おれも図書館行くとこなのに」
 しかし、確かにだらだら話してたせいで昼休みも残り短い。温室にはやっぱ放課後にするか。
「じゃ、おれも行って来る。お前は?」
「あー……マミーズにでも行って来るかな」
「……カレーパン1個しか食ってないと思ったら、足りてねぇのかよ、って寝るのか!」
 机に突っ伏してしまった皆守に突っ込み、九龍も教室を後にした。
 着いて来ないということは眠いのだろう。
 いや、あいつが図書館に着いてくることなんてなかったか……。










「九龍ちゃんっ。ちょうどいいところにっ!」
「うおっ……! す、朱堂?」
 扉をくぐった瞬間目の前に飛び出てきた何かを反射的に避ける。
 図書館で見ることなど滅多にない男が、そのまま本棚に激突しかかっていたので思わず後ろから襟首を掴んだ。
 ぐえっと悲鳴が漏れて慌てて離す。
「……何やってんだお前」
「九龍ちゃんが避けるからじゃないっ! それより、ほら、座って!」
「嫌だ怖い」
 座ると動き辛くなる。九龍は机に軽く腰かける格好で朱堂を見上げた。朱堂は何やらもだえながらも、片手に持ったままだった本に目を落とす。
 何の本だ?
「ちょうど九龍ちゃんのこと考えてたところだったのよ。運命だわー」
「いいから何の用だ」
「そうそう、九龍ちゃんってね。薔薇、ひまわり、桃の中でどの花が好きかしら?」
「は?」
 興味津々の目で見てくる朱堂。
 心理テストか何かか?
 朱堂の持っている本を覗き込もうとするが、ひらりとかわされた。
 何だよ。
「薔薇とひまわりと桃……なぁ」
 好きな花って言うなら桜だな。
 意外だと言われるが。
 そして桃の花ってどんなだ。イメージがわいてくれない。
 薔薇は……もう、この男のイメージが強すぎて。
「……ひまわり?」
 完全に消去法だが、まあ嫌いではなかった。
 種は美味しい。
 多分そういうテストではないのだろうが、朱堂は納得したように何度も頷いた。
「ひまわりの花言葉はあなただけを見つめる……九龍ちゃんには一途に思い続けるのが一番っと……。オーホホホホっ! 参考になったわ〜!」
 花言葉かよ……。
 っていうか前から思ってたけどさぁ。
 朱堂っておれのこと好きなのか?
 いい男はみんな好き、みたいな感じだと思ってたんだが。現に九龍以外にも迫ってるし。だけどやっぱ何か……違う気がする。特別、を感じてしまう。
 勿論そんなこと迂闊に聞けやしない。
 一途に思われてもなぁ。その思いは答えられないぞ絶対。
「やぁ、葉佩」
「ん?」
 次の質問をしたいのか、ぱらぱら本をめくり続けている朱堂を見ていると、後ろから声をかけられた。
 九龍の背後で座って本を読んでいたのは、喪部。
「………」
 思わず机から降りて向き直る。
「この図書館に収められた書物を読みふけるうちに、この学園についてますます興味が沸いてきたよ」
「お前律儀に勉強してるんだなぁ……」
 まあそこはショートカットしないで欲しいが。
 九龍だって……主に七瀬に頼る方向ではあったが、勉強した。
「もっと詳しくこの学園について知りたいんだけど、どこに行くのが一番効率が良いのかお薦めの場所を教えてくれないか?」
「……効率ねぇ……」
 七瀬ちゃんに聞くのが一番だろうな。
 でもそれは絶対教えてやらない。
 生徒会室にでも行ってみろよ、と言おうかと思ったが、九龍ですら知らない情報を入手されても困る。
「……ま、図書館が妥当じゃねぇ? あー、むしろ書庫室かな。ここにない本もいっぱいあるし」
 図書委員と仲良くならないと入れてもらえないけどな。
 そこに妙な優越感を持って、九龍は書庫室へと勝手に向かった。
 七瀬と八千穂の姿は見えないので多分そちらに居ると思う。
 ……鍵はどこかに隠されてる、ってことぐらいは言ってやっても良かったかな。
 ハンターなら、それぐらいの努力は出来ると思うんだ。


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