六番目の小夜子─7
「…………」
魂の井戸の中。
3人揃って沈黙している。
2人はまだダメージが抜け切れていないのかもしれない。
皆守を連れてきたときは、八千穂は既に目を覚ましていたし、皆守も現在いつも通りにアロマを吹かしているが。表情的にも、もう辛そうな様子は見えない。
九龍は前のエリアに放り出してきてしまったスーツやら薬やらを回収して、ついでに最後の扉が開いているのを確認し、戻ってきた。
それなりに時間が経っている。
機械的に次の準備を行い、全て終わったあと、九龍は2人の前に座り込んでいた。
「……それにしてもびっくりしたねー。毒ガスとかってホントにあるんだ」
「……そりゃあるだろ。むしろ侵入者殺すには一番効率良いんじゃないか。息しないわけにはいかないしな」
「あー、そうだよね。私も息止めろって言われて止めたんだけどさ。私は1分が限界なんだよねー。皆守くんは?」
「10秒」
「ええええっ、それは短すぎるよっ! っていうか嘘でしょ!」
「そうだな……その倍は」
「それでも20秒じゃん! 皆守くん運動しないからだよ」
「おれより先にへばってた奴が言うか」
「だ、だって急だったし……! あ、でも九ちゃんはさすがだよね。ずっと立ってたし。九ちゃんは何秒ぐらいいけるの?」
「……ええー、数えたことはないけど、2〜3分ぐらいはいけるんじゃね?」
「凄ーい! さすがトレジャーハンターだよね」
「2分と3分じゃ違いすぎないか。ってかそれはトレジャーハンターに関係あるのか」
「細かいこと気にすんな。って、あるに決まってるだろ! 1度だけだけど、湖に沈んだ秘宝取りにいったこともあるぜー。泳いで。あれ結構深かったなぁ」
「なるほどな……。そういえばここも水責めの部屋があったとか言ってたか」
「えっ、何それ、私知らないよ?」
「おれが1人で行ったときのだよ。ほら、水が流れてる区画あるだろ? カエルみたいなのが出てくる」
「あー。え、あそこで?」
「そうそう。水かさどんどん増してくるって奴。そういややっちーらって泳ぎは? 溺れたりする?」
「私は普通かなぁ。皆守くんはいつも水泳の授業さぼってたみたいだよ?」
「え、何お前実はカナヅチとか」
「そんなわけあるか」
「確かねぇ。月魅は全然駄目だった」
「あー、それっぽい」
どんどんどんどんいつもの調子を取り戻していく。
このまま……乗ってしまってもいいのだろうか。この空気に。
本当は、もう2人をこれ以上連れていくべきではないとわかっている。
ハンターとバディは一蓮托生。九龍はずっとその覚悟だったし、死ぬときは一緒だと思っていた。それは……プロの話だ。2人はただの学生。おれと一緒に死んでくれなど、言えるはずもない。それはもう、冗談でごまかせるレベルの話ではなくなった。ここは、それだけ、危険な場所。
「朱堂ちゃんとか男子の水着なのか? 一応恥らうのか、その辺?」
「ああ、半袖タイツみたいなの着てやってたってのは聞いたことあるな。何言ったか知らねぇが教師も許したらしいぜ」
「まあなぁ、心が乙女なら胸出すのは……? いや、胸ないよな……?」
「今更突っ込むとこか、それ?」
考えている間にも、軽い会話だけは続いていく。
今日は早めに遺跡に入ったにも関わらず、既に日付は変わっていた。
なのに言い出せない。一人で行く、とも、一緒に行こう、とも。
「……さて」
会話が途切れたとき、皆守がアロマの火を消した。
「そろそろ行くか? いい加減眠くなってきた」
「皆守くんはいつもでしょ。そうだね、行こう」
2人が立ち上がる。一瞬呆然とした九龍は、慌ててそれに続いた。
「……何やってんだ、早く来い」
「九ちゃん先頭でしょ?」
「…………おう」
妙に緊張して、九龍は2人の間をすり抜ける。ぎこちない動きに、皆守が目を留めた。
「何だ? まだどっか悪いのか?」
「え? いやいや、もう元気だぜ、ってかへばってたのお前らだろ」
「そんなもんとっくに回復してる」
「怪我とかなかったしねー」
「……そうかよ」
何事もなかったかのような言動に気が抜ける。気を遣って明るく? いや、そんな感じでもない。だからといって真実気にしてないというわけでもないだろう。それともこの2人、本気で死の覚悟をしてここに来てんのか。おれですら正直そんなのないのに。
「おい九龍」
「九ちゃん、早く」
既に最後の扉の前に居る2人。
ああ、もう。やっぱ考えに沈むとか似合わねぇ、おれ。
「お前ら邪魔だろ、そこ……!」
扉の前にだけ取り付けられているような小さな足場。3人乗ると窮屈だ。
それでも細身の3人。何とか誰も落とさずそこに乗れる。
……肥後は無理だな、ここ。そもそもジャンプが無理か?
「……行くぜ」
2人が九龍の後ろに付く。
それを確認して、ゆっくりとその扉を開けた。
『敵影を発見』
「やっちー、スマッシュっ! あの、パイプ背負った浮いてる奴!」
真っ暗な部屋。
九龍は迷わず暗視ゴーグルのスイッチを入れる。
永久電池作ったんだぜ。これで付けたり消したりしながら勘で戦わなくてもすむ!
「いっくよー!」
八千穂に敵の姿は見えてないだろう。
だがさすがに慣れている。少し高めに狙いを定め、2匹まとめて倒してしまう。
その間に見渡せば、部屋の中には人一人分ぐらいの窪みがいくつか。そこにロボットのような敵が一匹ずつ収まっていた。
「あれの攻撃範囲はわかるのか?」
「……そんな余裕なかったよっ」
この暗闇でも皆守には見えたのか、ロボットを指してそう言う。
九龍は答えを返しながらも銃でまず一番近くの敵を撃った。
「やっちー、ここ入って!」
「まだスマッシュあるよ?」
「あっ、と、じゃああれを頼む!」
敵が消滅した窪みの前。出てきたロボットに八千穂が残りのスマッシュをぶつける。九龍はその間にも次の敵を撃っていた。
「なくなったっ!」
「じゃあ、そこに……」
「そこってどこ!?」
「ここだ!」
皆守が八千穂を引きずる。そうだ、八千穂にはこの部屋の構造が見えてない。暗視ゴーグル、バディの分も買うべきか、やっぱ?
「敵発見。敵発見」
「うおっ」
八千穂がくぼみに入るのをつい見届けてしまい、敵が近付いてきているのに気付かなかった。残りのロボットはあと二体。
「九龍っ、一旦下がれ!」
「わかってるよ!」
皆守と共に慌てて移動する。敵の後ろに回りこみ、首の稼働部をひたすら撃つ。どこからでも狙える弱点はいいな、楽で!
無事その敵も消滅。
あと一匹は……九龍の正面に居た。
「ギギギギギ」
「っと……!」
敵が腕を振り上げ、電気が来る、と緊張が走った瞬間、九龍の体が傾いた。
甲太郎!
「食らえっ!」
いつものように助けてくれた皆守に礼を言う間もなく、敵に銃弾を打ち込んでいく。途中でリロードするはめになったが、それでも、間に合った。
次の攻撃を受けることもなくすんだ。
「何だよ、もう終わっちまったのか?」
「……いっやぁ、こんな呆気ないもんなのか……?」
まあ今回は逃げるスペースがあったんだが。
あと八千穂が3匹倒してるもんな……。皆守居なかったら攻撃受けてるし。
「お前らホント、頼りになるバディだよ……ありがとう」
心底そう思った。いつもは冗談交じりにしてしまう言葉にやたら感情が篭る。おかげで言われた2人も一瞬言葉に詰まっていた。あ、これはちょっと面白い。
「そ、そうでしょっ、頼りになるでしょ私っ」
「……ふん」
いつもとはちょっと違った反応が見れて、思わず笑みが浮かぶ。
何だよ、可愛いじゃん、その反応。
「で、次はどうするんだ?」
「そこに見るからに怪しげな像があるだろ」
「見えないよ?」
「あー、ごめんなやっちー。近付けばわかるよ」
ええと、簡易電池が必要?
さすが機械エリア?
「……せっかく永久電池作ったのに」
「何だ?」
「電池が必要だとよ。部屋にはあるからもう1回井戸行ってくるわ」
「あ、私も行く」
「え? どっか怪我でもした?」
「ボール使いきっちゃったよ」
「あ、そっか」
部屋を出て電池を取りに行く。皆守まで付いてきた。暗闇に1人が嫌とか言わないよな、お前。
「あの部屋……トラップがありそうだな」
「え、そうなの?」
皆守の言葉に八千穂が応える。
井戸へは足場から飛び降りるのが近道だ。大した高さでもないので皆守や八千穂も含めて一緒に降りてくる。
「蛇の杖やら発射口やらがあったぞ」
「お前ホントによく見えてんなぁ。蛇はおれも見たけど」
そんな会話をしながら、元の場所に戻る。
セットしたら、トラップ発動?
トラップ発動のためにこの電池セットするようなもんか?
「下にもあるな、噴射口……」
「……マジかよ。ちょっ、先に安全地帯確認しようぜ」
「下からのはガスだったらどうにもならないんじゃないか?」
「あー、さっきのスーツ使えるかな」
「炎だった場合逆にきつそうだな」
「……見極めて、かー?」
とりあえず蛇のレバーがある窪みに入れば壁の発射口からの攻撃は届かないだろう。っていうか窪みの数だけレバーがあるって何なんだ?
「これって、どれかが正解?」
「うーん、特にヒントないし、全部下ろすんじゃねぇかなぁ」
「じゃ、私ここの前に居る!」
「あー、そうだな。やっちー、合図したら下ろしてくれ」
どうせ暗闇の中では八千穂は自由に動けない。安全地帯に居てもらおう。
甲太郎は後ろに居ろ。何か飛んできたら頼む。
声に出しては言わず、皆守が後ろから離れないのを気配だけで確認して九龍は電池をはめた。
そして、次の瞬間に現れたのは秘宝。
「九ちゃん、まだー?」
「……これ取ったら発動、だな多分」
八千穂にも聞こえるよう、少し大きな声で言って九龍は秘宝を取った。ここは低い振動音がずっと響いている。だからと言って声が聞こえないほどではないだろうが。
『作動音を確認』
「わかってんよ……! やっちー、下ろして!」
「うんっ!」
下ろす順番はあるのかもしれない。
だったら、違う順番なら下ろせないんじゃないだろうか。
八千穂は下ろしたよ、とそれだけ伝えてくる。九龍は八千穂の隣の窪みに飛び込んでレバーを下ろす。
ここ、2人入るので精一杯だな。それでも相当狭い。
「次っ!」
もう一つ先の窪み。
レバーを下ろし、出ようとしたら皆守も入ってきた。
「おいっ」
「一旦止まれ」
「ん?」
皆守の後ろで爆発音。火が吹いてるのも……よく見えた。
「うわぁ……」
これはさすがに、全部は避けられない。
皆守だって横や背後からの攻撃には弱い。当たり前だが。
「……よしっ、行くぞ」
罠は一定の間隔で噴出したり止まったりする。止まった隙を狙って皆守を押し戻しながら次に向かう。
「甲太郎はそこに居ろっ!」
2人一緒に入ってしまうと身動きが取れない。
同じことを思ってはいたのか、皆守は大人しくそこに戻っていた。
正面の窪みに入りレバーを下ろす。
次に行こうとしたとき、皆守が叫んだ。
「焦るな、止まっとけ!」
「っ……」
思わず足を止める。
瞬間、目の前に質量のある何かが横切った。
爆音と、部屋に広がる熱気。
……危なかった。
そうだ。九龍はいつも早く解除しよう、早く敵を倒そうとそればかり考えて──退避を忘れる。
大分マシになってきたはずなのだが。
「……よしっ」
最後のレバーを下ろして、無事罠は解除された。
扉の開錠音も聞こえる。
その次の部屋は、敵の群れ。
入ってすぐ見えるのはパイプの敵。
「向こうに集団が居るな……」
「げっ、マジだ……。やっちー、先にあれ行く!」
先の空間は暗くて見えない。ゴーグルのスイッチを入れれば確かに奥にロボットが固まっているのが見えた。
「えっ、えっ!?」
正面に居る2匹を無視して奥まで走る。八千穂たちも戸惑いながら着いて来た。
「おいっ、囲まれるぞ!?」
「やっちー、ロボットにスマッシュ! 急いで!」
八千穂の攻撃なら奥に居る全てが攻撃範囲に入る。九龍は後ろを振り向き、パイプの敵を撃った。どうせこいつの弱点は背中。
皆守は一瞬迷うように2人を見たが、結局八千穂側を向いた。
「いっくよー!」
ロボットたちに八千穂の攻撃が炸裂。
敵の攻撃を皆守が避けさせる。
「九龍っ、来るぞ!」
九龍には言葉だけだった。それで十分。九龍は振り返らずにその場を移動して、攻撃を交わす。
八千穂がスマッシュを撃ち尽くす頃には、無事全体撃破出来ていた。
「……終了ー」
「……お前な。いきなり敵の中突っ走ってくんじゃねぇよ」
「いや、もう、お前らにはっきり言っとくけどな。ロボットの攻撃、おれもう2度と食らいたくない……マジで相当痛い」
そう言うと皆守が顔をしかめた。八千穂も心なしか青ざめる。
正直、火傷の方がマシだったんだよ、ホント。
さっきも攻撃受けそうになったとき体が固まってしまっていた。まだまだ痛みの記憶が新しすぎる。
「……じゃ、次行くぞ……って、おお、ようやく最後だぜ!」
2人を置いてとっとと先に進むと見覚えのある扉が見えた。
本当に、ようやく、だ。
「やっちーのボール、補充しといた方がいいな。あと……爆弾かなぁ」
弾ももうない。
今回何度井戸に寄ってることやら。
ああ、井戸の位置はこれで正解だったってことなんだなぁ。
以前訪れたというハンターも、これだけ苦労したのかな……。
思いながら、九龍は来た道を引き返していた。
「ふふ……待っていたわよ、葉佩」
「……なんか、遅れてすみませんね」
いつから待ってたんだろう。いつもおれ、数時間単位で待たせてるよな。っていうかおれたちが途中で死んだら……やっぱわかるんだろうか。
扉の正面に立っていた双樹は、特に待ちくたびれた様子も見せず笑っている。墓の奥に居ると力がわいてくると……言ってたなぁ、そういえば。
「もうわかってるでしょう? あなたのしていることは誰にとっても迷惑なのよ。諦めて引き返す気にはならないかしら?」
「今更か? 逆だろ。ここまでやったなら最後まで行くしかないだろ」
九龍が遺跡の奥に進むことで、封印はどんどん解かれていく。
だけど、ここでやめたらそれで終わりだとは思えない。解放された執行委員か……また、別の悩める生徒を使って墓に縛り付けるんだろう。人を使った封印など繰り返させるわけにはいかない。全ての封印を解き、秘宝を手に入れる。そして、双子の言う「王」も、倒してみせる。それしか、もう九龍の進む道はない。
そう、ここに来る前に結論付けていた。
寮の部屋の中。皆守相手にひたすら喋って、自分の気持ちをまとめて。
皆守は最後まで反対しているようだったが、放っておけ、なんて話には乗れない。大体今の時点で、白岐にも墓守にも危険が迫ってるんだろ。止まれない。
九龍は銃を構えた。
双樹も戦闘態勢になる。もうこれ以上おれを揺さぶろうとすんなっ。
いっぱいいっぱいなんだよっ!
「っ蛇か!」
双樹を守るようにして現れたのは5匹の蛇。
九龍はすぐさま銃から鞭へと持ち替えた。つい先日、この鞭は強化されたばかりだ。長く伸ばして攻撃範囲も広がっている。2匹いっぺんに倒しながら、九龍は引いた。
「うふふっ」
近付いてくる双樹には銃を向ける。
弱点はどこだ。胸か? イレズミか?
「あああ〜ん」
攻撃が当たって双樹が悶える。
九龍は銃を取り落としそうになった。
「おいっ!」
「ちょっ、くそっ、色仕掛けなんて通じねぇぞ、おれには!」
「嘘付くな」
「乗ってくれよ、そこはっ!」
敵に弱点ばらすとか、それでも仲間か!
いや、ホントに色気なんざ……気にしてる場合じゃないんだけど。
双樹から距離を取りながらひたすら銃で撃っていく。
部屋があまり広くない。ぎりぎりまで逃げて、ようやく攻撃範囲外だ。
なかなか倒れない。弱点にもヒットしない。
……だけど、焦るな。
飛び出して鞭でも使いたい。
それで逃げられなくなったら意味がない。
やがて、一際大きな悲鳴が上がった。
次の敵は、また何だか気持ちの悪い敵。
蛇には鞭で、大型化人には銃で。
無事、ダメージを受けることなく戦闘は終了した。
あとに残されたのはぬいぐるみ。
「……双樹」
「それは……私の……」
やはり、役員にも預けていた大切なものがあった。
大事そうにぬいぐるみを抱く双樹が、今までより少し幼く見える。
「……私……思い出してしまったのね……。ごめんなさい阿門さま──」
双樹が目を閉じた。
思い出して、しまった?
「……お前、知ってたのか? 忘れてるものがあること……」
「……当然よ。これは……阿門さまにだからこそ預けた、私の弱い心……。まさかあなたに知られることになるなんてね……」
大切なものが、弱い心?
阿門にだから預けた?
それじゃあ役員は……自ら呪いにかかっているのか。そうだ、この呪いは、確かに強い力を手に入れることが出来る。
「……双樹」
「責任、とってくれるんでしょうね?」
「ええっ!?」
意味ありげに微笑む双樹。
助けを求めるように振り返ったが、皆守も八千穂も何も言ってこない。
皆守などもう終わったと言わんばかりにそっぽを向いてる。欠伸してないだけマシだが。
「……どういう意味か凄ぇ怖いんだけどなぁ。ま、おれでいいなら?」
阿門よりゃマシだ。
とはさすがに言ったら怒られそうだ。
まさか付き合えって意味じゃないよな。双樹は阿門と付き合ってるんだろうし。……いや、これで駄目になったとか言うのか? 代わりにおれ? ……それもそれでまあ歓迎……いや、でも、ううん。
頭を抱えてしまうが、最初にすんなり断定したせいか、双樹は笑って九龍にプリクラを差し出してきた。
……ま、なるようになるだろう。
くっついてくる双樹にどぎまぎしながら、九龍は来た道を引き返して行った。
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