六番目の小夜子─6

 次に目を覚ましたのは、魂の井戸の中だった。
 心地よい光の中、全身を襲っていた激痛が消えているのに気付く。
「あ、九ちゃん……!」
 体を少し動かしたことで気付いたのか、泣きそうな顔をした八千穂が寄ってきた。一瞬、状況を把握出来ない。
「……ええと」
「大丈夫!? ねぇ、もう大丈夫だよね……!?」
 八千穂が九龍の肩を掴む。慌てて九龍は頷いた。痛みはない。体力も……回復しているか。力を入れて八千穂を掴み返すと、ようやく八千穂が力が抜けたように座り込んだ。
「良かったぁ〜……。もう、なかなか目覚まさないからどうしようかと思ったよ……!」
「ええと……どうやって、ここに?」
「皆守くんが運んだんだよっ! 九ちゃんいつまで経っても帰ってこないからって、皆守くんが迎えにいって、」
「甲太郎が? あいつ、あそこから降りてきたのか?」
 ロープを持ってろと言ったのに。
 あの辺りはロープを縛れるような場所もなかった。降りるなら八千穂にするべきだろうと思う。八千穂では皆守や九龍を引っ張り上げるのは無理だ。
「何があるかわかんないから……。場合によっては引き返して墨木くんか真里野くんでも連れて来いって言われて……」
「ああ……」
 確かに、九龍が行ったっきり帰ってこないエリアに八千穂を一人行かせるなど無理か。でも、じゃあどうやって戻った? っていうかあいつはどこだ?
「ん? 結局誰か呼んだのか? ってか甲太郎は?」
「皆守くんはさっき外に……」
 と、八千穂が扉に目をやった瞬間、そこが開いた。
 皆守がいつもの通りパイプをくわえたまま、そこに立っている。
「……起きたのか」
「あー……悪ぃ。何とか回復しましたよ。なぁ、お前あの部屋からどうやって戻ったんだ? やっちーが引き上げたわけじゃないよな」
「あ? ああ、お前あの扉開けなかったのか」
「扉……。あー……そうだ、開錠で力尽きたんだ……」
「あの扉が中央の広い部屋に繋がってたんだよ、ちょうど2階あたりか? お前抱えて跳ぶのは無理そうだったから1度下まで降りた、っつうか落ちたが」
 2階の扉。小さな足場しかないところだ。確かに跳ばないとどこにもいけない。
「……それはどうもありがとう」
「お前は少し痩せろ。重過ぎる」
「鍛えてんだよ! ……って、あれ? おれの装備は?」
 そこでようやく気が付いた。
 九龍が着込んでいたベストが脱がされている。学ランの下だったからか、学ランもなかった。見渡せば部屋の隅に積まれて置いてあるのが見えたが。腰に差していた鞭やナイフ、肩から提げていた銃も持っていない。
「……それごと一緒に運ぶのは無理だったんだよ。悪かったな」
「いやいや……確かにおれの体重と合わせると80キロ超えるしな、これ……」
 それでも間違いなく皆守より重いだろう九龍を背負ってハシゴを登ったのか。完全に気絶してたし重かっただろう。どれだけ面倒かけたかようやく実感されて、九龍は情けない顔になった。
「ええと、マジでごめん……な」
 上目遣いに言うが、皆守はそれには答えずその場に腰を下ろす。
「何だったんだ? 敵か?」
「あー、まあな。初めて見る敵が4体ぐらい出るわ、失明食らうわで……逃げ道全然なかったし」
「そうなんだ……。火傷しか怪我がないから、トラップかなって言ってたんだけど」
「え? あー、そうか。血は出てなかっただろ。いや、出てたけど熱で塞がれたのか? そうそう、そいつが何かロボットみたいな敵でさ! 電気攻撃みたいな感じだったんだよ。あれはマジで……痛かった」
 しかも攻撃を受けたどこか一箇所が、じゃない。全身に走る痛みは、行動を鈍らせるのに十分だった。今思い返してもぞっとする。よくもまあ、気を失う前に全部倒せたものだと思う。
「そ、っか……。怖いね……」
「弱点はわかったんだけどな。あー、そうだ。失明にはな、治療薬あるんだよ。今度はそれ持ってとこう……」
 立ち上がった九龍は井戸から目薬を取り出す。代わりにトラップが壊れていたときのための補修材を全部部屋へ戻した。ここは、井戸へ取りに帰るのが比較的楽そうだし。薬や武器を増やしといた方がいい。
「まだ続けるのか」
「え? いや、そりゃまあ……。あー……えと、でも、敵強くなってるから危ないかも……」
 あそこまで酷い状態になったのはバディが居なかったこともあるのだが。
 皆守や八千穂が居たとしても、2人ともかなりのダメージを負っていたことは間違いない。
「何だ、帰って欲しいのか?」
「……居て欲しいです……」
 だが、やはりもう1人はごめんだ。
 皆守が助けに来てくれなかったら野たれ死んでいてもおかしくない状態だった。2階の扉から……落ちても1階。そこから魂の井戸まで……行けた気がしない。
 九龍のそんな表情を見て、八千穂がまず反応を示す。
「私もちゃんと付いてくよ! 大丈夫っ、今度は私が九ちゃん守るから!」
 びゅっ、と八千穂のラケットが音を立てる。
 何て頼もしい。
 九龍は皆守に目をやった。
「わかったから行くならさっさとしろ。いい加減眠ぃ」
「それいつも言ってんだろ……って、あの、今何時……?」
「……遺跡に入ってから2時間は経ってる」
「マジで……」
 敵と戦った場所に行ったのは何時ぐらいだっけ。
 ああ、皆守が九龍を井戸まで運ぶのも時間かかっただろうな。そもそも、九龍が戻ってこないから見に来たって……そこでどれだけ皆守たちが待っていたかもわからない。
 そして、九龍が井戸に入ってからどの程度で回復したのかも。
「悪ぃなぁ、マジで。やっちー、やっぱ眠いんなら先帰ってもいいぞ?」
「おい、おれは」
「お前どうせ朝起きねぇだろ!」
「私は大丈夫だよ。どうせこの時間はまだいつも起きてるし」
「……じゃ、行くか……」
 これからどれだけかかるかが問題だと思ったのだが。
 帰って欲しくなかったのは確かなので、九龍はそれ以上言わなかった。










 最初に行ったのは、九龍が倒れた部屋。
 それ以外の扉はまだ開いてないらしい。
 九龍が目を覚まさない間、皆守がいろいろ見回っていた。暇……だったのか? いや、多分井戸に一緒に居るの嫌だったんだろうな。何となく九龍もそれはわかる。
「それは何て書いてあるの?」
「供物は全部で四つ捧げよ。一つ目は……玉祖命……? に。二つ目は……ええと、布刀玉命……かな」
「そこの円盤か」
「ああ。ここはやっぱ……ガスか炎だよなぁ」
 下についている噴射口。
 失敗すれば罠が作動するのだろう。
「玉祖命ってどれー?」
「待て待て、今見る」
 横に並んだ5体の像。
 それぞれに供物のマークがついた円盤がある。さーて、どういう意味だ?
「玉祖命はこれ。布刀玉命は……ああ、この四つ目」
「それで。どうするんだ?」
「……さあ」
「おい」
「一つ目ってどれだ? 円盤だとわかんねぇ」
「え、一つ目って供物のことなの?」
「ん? 違うのか?」
「おれは最初に玉祖命のそれを動かすんだと思ったが」
「あー……え、でもこれ動かすのって……」
 とりあえず動かしてみた。
 どちらにせよ、最初にいじるのがこれなのは間違いない気がする。
「うおっ!?」
「わ、他のも動いた」
 連動するかのように他の像の円盤も動く。
 ……余計わからなくなった。
「お得意の勘はどうした」
「ここでそれやるとマジで死ぬ」
 とはいえ、考えてもこれ以上わからない。
 何度か回してみるが、法則をつかめたところで誰にどれを捧げていいかわからないなら同じことだ。
 供物の絵は像の数と同じく5つ。
 おそらくそれぞれ違うものを捧げるのだろうということぐらいはわかるが。
「ええい、とにかく次布刀玉命!」
 よくわからないままにそちらの円盤を回す。何回まわす、の指示もない。とりあえず1回だけ。
 罠も発動しなければ、ギミック解除の形跡もない。
「次はー?」
「……次は……」
 石碑には2人の名前までしかなかった。それは確かだ。九龍が解読できなかったわけではない。
「……わ、わかんねぇ……」
「これも神話じゃないのか? 玉祖命に捧げる供物とか」
「あっ……!」
 読んだ。それはどこかで読んだ覚えがあるぞ。
「わかったの九ちゃん!?」
「…………」
 だが、全く思い出せなかった。
「ちょ、ちょっと2人とも待っててな……?」
 九龍はそこから離れ、2人から見えない位置に行くと、HANTを取り出しメールを打つ。
 ええと。玉祖命に布刀玉命と……他3体に捧げる供物……じゃないな、この3体が捧げる、だったか?
 ええい、とりあえずこの辺教えてくれ七瀬ちゃん……!
 メールを送信。
 とりあえず音を消して返信を待つか、と思ったら2人は普通に背後に居た。
「……何やってんだお前は」
「……カンニング」
 皆守がため息をつく。
 いいだろ! 勘で適当にやって怪我するよりは!
 10分後、ほとんどメールを打つ時間だけだったろう返信が来て、ようやく九龍は作業を再開した。
 これで像と供物の組合せはわかった。あとはそれにあわせて回せばいい。それは……やっぱり回る法則を見つけなきゃならないんだろうか。
 と、深く考えることもなく、意外に簡単に供物は揃ってくれた。
 あー、やっぱあれ順番指示してただけか。
 ……ほとんど偶然だとは、言わない方がいいだろう。
「解除ーっと」
「次はどこ?」
「……開いてない扉、かな?」
 勘で答えたが違ってた。
「隠されし部屋で怒りに震えん、ってのがあったなそういえば」
「遅ぇよお前!」
 結局扉は開いておらず、元の場所に戻ったとき皆守が言う。
 この部屋には隠し部屋がある。
 ひび割れた場所を見つけてはいたが、後回しにしていたのだ。これが解除に関係あるのか。
「あ、それさっきの?」
「おお。小型削岩機、これでひび割れた壁なんか一発だぜ!」
 早速使うときが来たようだ。
 これのおかげで安い爆弾は持ち歩かなくてすむようになった。
 壁を壊し、開いた場所からハシゴを登る。
 そこにある扉は……開いていた。
「……行くぞ」
 何があるかはわからない。
 用心しつつ次への扉を開く。一応、銃は手に持っておいた。
「……んー?」
 敵影は告げられない。それでも九龍は銃を下ろさず進む。大きな石像。更に進むと別の部屋にも大きな石像……。
「……何だ?」
「何か、変な匂いがするよ?」
「……ん?」
 皆守と八千穂の言葉に振り返る。一瞬視界が揺れた。
「何……だ?」
 体が重い。
 そこでようやくHANTが警告音を立てた。
 毒、ガス……?
「2人とも息止めろっ!」
 走って扉に向かう。
 開かない。
 トラップを解除するしかない。
「頭痛ぇ……」
 気分が悪い。吐き気がする。
 何か薬、と思うが吐き気が酷くて飲める気がしない。
「2人とも、大丈夫かっ……」
 八千穂が座り込んでいた。皆守は立ってはいるが、苦しそうだ。
「九龍っ……さっきの、スーツ……」
「え? あ……!」
 一番最初の大部屋。そこにあったのは放射能保護スーツ。放射能? と思ったが、あれは、ここで使うものか! ガス用のものだとは皆守も気付いていたのかもしれない。
 だが一着しかない。
 取り出している間に、その九龍の思いを読んだのか、皆守がすぐさま続ける。
「お前が、使え」
「え……」
「それで、とっとと、何とかしろっ……」
 無茶言いやがって……!
 だが、それしかないのは確かだ。
 九龍まで動けなくなったらおしまいだ。
 スーツを着込み、ついに座り込んでしまった皆守に薬や救急キットを全部投げておく。
 何とかしてくれ。何とか繋いでくれ。
 皆守が受け取ったのを見て、九龍は部屋に飛び込んだ。
 頼むから解除するまで死ぬなよ……!
「石像……動くのか、これ」
 一体動かせば、どこかで別の石像が動いている音を感じた。
 この部屋は石碑も何もない。
 片っ端からやってみるしかない。
 スーツを着れば途端にダメージはなくなった。
 まだ吐き気は続いているが、動きに支障はない。走り回り、石像を動かし、背中の秘宝を取り、はめていく。今度は息が切れるが、止まっている場合じゃない。
 皆守や八千穂には目を向けない。見ても焦りしか生まれない。
 次は……次はどこだ。
 考える前に走る。じっとしていられない。
 最後に一番最初の像に秘宝をはめ込み、ついにHANTが安全領域を告げた。
「…………っ」
 直ぐにスーツを脱ぎ捨て、九龍は2人の下へと向かう。
 八千穂は目を閉じたままぐったりしていた。心臓が高鳴っていく。
「……終わった、か?」
「甲太郎っ……!」
 皆守が壁にもたれかかったままこちらを見上げてきた。八千穂の呻き声も聞こえる。とりあえず──生きてる。
「歩けるかっ。井戸に行くぞ……!」
「ああ……」
 八千穂は目を開けない。
 九龍は八千穂を抱きかかえて扉へと急ぐ。
「甲太郎……!」
「……すぐ行く……」
 ふらつきながら立ち上がる皆守。だが動こうとしない。皆守のダメージも、酷い。
「っ、すぐ、戻るから……!」
 九龍は叫びながら部屋を飛び出す。
 魂の井戸までが遠い。
 九龍の体力も限界近かったが、休んでいる場合じゃなかった。
 ハシゴを飛び降り、ドアを開ける。途中で八千穂を背負いなおし、今度はハシゴを上がる。
 さっきの皆守は、この道を辿ったのか。
 井戸が近くて帰りやすい?
 こうなると全然そんな気がしねぇ……!
 それでも何とか辿り着き、八千穂を井戸に放り込む。
 乱暴でごめん、でもまだ皆守が。
 すぐさま井戸を出る。大部屋までは来ていた皆守は、何故か一番下の階に居た。通路まで跳べなかったのだろう。落ちたのか。
「甲太郎っ!」
 ほとんど一瞬だが、九龍も井戸へ入ったおかげで体力はかなり回復していた。
 ダメージを承知で飛び降りて皆守のもとへと向かう。
 痛みも何も、気にしている場合じゃなかった。


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