六番目の小夜子─5

 時計台の上に居た白岐は、思ったよりも元気そうだった。
 縛られているわけでも弱っているわけでもなく、いつものようにただ佇んでいる。九龍を見たときも、あまり驚いた様子は見せなかった。
 狭い部屋の中には、一応清潔そうなベッドや机にキャンバスまであって、生徒会がそれなりの待遇をしようとしていたことはわかる。だからって許せるものでもないが。
「大丈夫だった? 監禁されてたんだろ」
「ええ……でも乱暴に扱われたわけではないわ。彼らにとってそれが必要だっただけ──」
「いや何でだよ。おれも夕薙も雛川先生も……八千穂ちゃんも気にしてたんだぞ、君のこと」
「…………」
 八千穂、でさすがに表情を変えた。
 ……っていうか、やっぱり脈ないな大和。
「……まあ、白岐さんのせいじゃないんだけど。その、」
 少し俯いた白岐に慌ててフォローをしようとするが、浮かばない。
「……と、とにかくここから早く」
 出よう、と言いかけた言葉を、白岐が遮った。
 それよりまず、彼女たちの言葉を聞いてくれと。
 ……彼女たち?
「うおっ」
「な、何だ……!?」
 どこからともなく響いてくる鈴の音。うっすらとした光と共に現れた双子。
「……この前の……!」
「九龍、知ってんのか?」
「……いや」
 知ってると言っていいのかどうか。
 双子はあのときと同じく、少し悲しげに語り始める。彼女たちは……墓を守り続けてきた精霊。そんなものが──あるのか。
 小夜子、真夕子と名乗ったその精霊は、九龍に言う。
「あなたならば、辿り着くことができるのかもしれない。この遺跡に眠る秘宝―――九龍の秘宝に」
「…………」
 九龍の、秘宝?
 それが、あの遺跡に眠る最後の秘宝か。
 そうだ。九龍はそれを得るためにここに来た。
 熱い気持ちが湧き上がる。
 久々に思い出す、遺跡に入るときの昂揚。秘宝を手に入れる瞬間の興奮。
 2人は、それを九龍に託すのが正しいことかどうかわからないと呟くように言う。
 そんなの関係あるか。
 おれの獲物だ。
 絶対手に入れる。
 九龍の表情をどう見てとったのか、双子は少し悲しげに目を伏せる。
「人の欲望が王を目醒めさせる。怒りと憎しみに満ちた王を封じるためにこの墓があるのです」
「へ?」
「あなたはここまで知らずとはいえ、そのたがを壊して進んできた……」
 ……ああ。
 遺跡の最奥には何かが封印されている。
 九龍のやっている行為は、それを解き放つこと。
 確かに知らなかった。だけど、それは、トレジャーハンターをやっていれば、珍しくない行為だ。
 封印の先に秘宝がある。
 解かなければ手に入れられないなら、解くだけだ。
 大体、墓守が犠牲になってまで守らなきゃいけないものって何だ。その犠牲だって生徒会が押し付けたものじゃないのか。違うのか?
 黙って話を聞きながらも、九龍は考える。
 執行委員はともかく役員たちは……知っているのだろうか。自分の身に呪いを振りかけてまで、守ろうとしているものを。
「葉佩―――どうか、彼女を悪しき者の目から隠して下さい」
「ん?」
 双子が、白岐を見る
 白岐──生徒会によって存在を隠された……双樹が守ってやれといった……白岐は、何かに狙われている……?
 生徒会による白岐の隠蔽は、白岐のためだったと?
「葉佩、どうか―――この地の平穏を守って」
 全てを話し終えた双子は、九龍が疑問の声を挟む余地もなく、出たときと同じようにすうっと消えていった。
 九龍は呆然として立ち竦む。
 墓守も、策を講じている? 墓守の身にも危険が迫っている?
「……何だよ。生徒会って何なんだよ」
 墓守が守っているのは秘宝ではない。
 封印。
 もし、それが解かれたとき、何が起こるのか。
「……甲太郎ー、今日阿門のとこ行ってみないか」
「……1人で行け」
「冷てぇ」
 噛み付いてばかりじゃ何もわからない。
 少し、頭を冷やす時間も必要かもしれない。
「……白岐さんは……何も知らないの?」
「ええ……私にも……まだよくはわかってはいない。私という存在がこの学園に何をもたらすのか……」
 意味ありげな忠告を繰り返してきた少女。
 とにかく……守らなければならないのだろう。それだけはきっと、真実だ。
「……おれもよくわかんないけど、これから、白岐さんはおれが守る!」
 力強く宣言した九龍に、白岐は少し笑った。
「ありがとう葉佩さん。──これを」
 白岐から受け取ったプリクラと連絡先。
「……九龍」
「甲太郎ー、ちょっと部屋帰って煮詰めるぞ!」
 もう頭がショート寸前だった。
 誰かに話すことで九龍の考えはまとまっていく。
 生徒会は敵。生徒会は墓守。墓守は遺跡を守る。遺跡には何かが封印されている。白岐は狙われている。生徒会はそれから守りたい。生徒会は封印を解きたくない。 墓守は何かを犠牲にしている。秘宝を手に入れることがどういうことか。
「……わかったから、寮に帰ってから話せ」
「おお? おれ、もう口に出してた? まだ何かあったっけ?」
「あとは……ファントムか」
「ああ、そんなのもいたな……」
 時計台から3人でぞろぞろと降りていく。
 寮に帰る間際、白岐から言われた言葉でようやく気付いた。
 墓に入って、執行委員を解放していくこと。それは封印の解放でもあること。
 学園の闇が濃くなっているのはそのせい──九龍は、本当に学園の秩序を乱していたのだ。
「……何か凹むわ」
「だからって止めるつもりもないんだろ」
「……まあな」
 今夜は双樹のところに行く。
 人を巻き込む封印なんざ、解放してしまえという思いに変わりはない。










「何か機械がいっぱいあるねー。ロボットとかもいるかな?」
「ロボットかぁ。ここまでのからくり見てるとそれもありか?」
 新しいエリアにはいつもの通り皆守と八千穂を連れてきた。八千穂には白岐のことを教えに行ってそのまま付いてこられた感じだったが。せっかく思い出せても、やはり忘れていた、という事実自体が重かったらしく、八千穂は落ち込んだままだった。自分の思いが弱かったからだと……そう思っちゃうよな。夕薙に対して、ちらりとでも、お前白岐さんのこと好きなんじゃなかったのかと思ってしまった自分を否定出来ない。夕薙は……彼女のことを思い出して、今どう思っているだろう。
 何となく、会いに行けなかった。
「あ、マダム居るよ、マダム」
 八千穂は遺跡に来て、元気を取り戻したように見える。新しいところにはわくわくするのだと言っていたし、今はそれでテンションを上げたいのかもしれない。
 九龍は頷いてマダムのところに駆けて行った。
「今日は何も交換しないの?」
「今特にないなぁ。この間結構いろいろ作ったんだぜ。小型削岩機とか永久電池とか! やっぱ古代の叡智は凄いよな。便利になるぜ、これから」
「えー、どんなの? 見せて見せて!」
「お前ら歩きながらはしゃぐなよ……」
 皆守の呆れたツッコミを聞きながらも九龍は言われたアイテムを取り出している。やっぱりいつもより八千穂のテンションは高いかもしれない。それでも、扉の前では一応気を引き締める。
「さて……次はどんなとこかな」
「楽しみだねー」
 楽しみか。
 八千穂ちゃん絶対トレジャーハンターの素質あるぜ。
 思いながら扉を開く。一瞬固まった。
「九ちゃん?」
「ちょ、ちょっとストップ。気をつけろ、ここ狭い」
 扉から二歩踏み出せばまっさかさま。一人歩くのが精一杯の通路が壁に沿ってあるだけだった。これは……吹き抜けになってるのか……。
「うわ、高ーい。下がよく見えないよ……」
「とりあえずハシゴは……あるみたいだな」
「落ちるなよ」
「わかってるよっ」
 かなりの広さの部屋だった。何階分かがまとまっているのか。とりあえず全部把握しとかないとなー。
「一番上は扉が一個、と。とりあえず下降りるぜ」
「やれやれ……」
 ハシゴを降りながら中の構造を把握していく。ジャンプしないと行けない扉とかあるな。何か怖いぞ、この作り。
「あ、魂の井戸発見」
「え? ホントだ。まだ何もないのに?」
「んー、変な作りだよなぁ」
 そもそもボス戦直前にある方が変な作りなのか?
 あれが普通になってたが。
「ここは井戸だけ……っと、よーし、次ー」
 その調子で更に降りていくと一番下まで辿り着いた。途中ジャンプした先に壷があったが、開けなかった。開錠ももうちょっと頑張らないとな。せっかくのお宝を放置してしまうのは寂しい。
「階層的には5階か?」
「まあ、そんな感じだな」
 皆守の問いに答えながら改めて見上げる。結構な高さだ。落ちたら洒落にならないな、これ。
「この部屋には扉ないね」
「代わりに石碑2つに壷2つ、と。……何だこれ?」
 壷の1つには作業着のようなものが入っていた。HANTで調べてみる。……放射能保護スーツ、だと?
「怪しげな服だな……」
「何か宇宙服みたいー」
「宇宙服はもっとごついんじゃないか」
 背後でバディの会話が聞こえる。
 ……これ、言った方がいいか?
 何だよ、放射能って。
「どうした九龍?」
「いや。とりあえず石碑読むなー」
 考えるのはあとにしよう。全ての情報を手に入れてからだろ、やっぱり。
「…………」
「何て書いてんだ?」
「……読み上げるから2人とも覚えておいてくれ」
「お前な……」
「だってどこに使うかわかんねぇよ、これじゃ!」
 扉は全部で三つ。
 そのどれかに関係あるのだとは思うが。
 隠されし部屋で怒りに震えんとかさ。神話は神話なんだろうけど、結構直接的なアドバイスっぽいよな。
 九龍たちはそのままもう1度辺りを見てまわり、最上階へと戻る。ああ、ハシゴが多くて嫌だな、ここ。でもこの短さなら降りるときは飛び降りられそうだ。1階ずつなら多分問題ない。
 最上階の扉は普通に開いたが、護符がないと開かない扉と、穴が一つあるだけだった。
「この穴、ハシゴとかないね……」
「……降りたら戻れなくなるんじゃないのか……。悪ぃ甲太郎ちょっと残っててくれ」
 ポケットからロープを取り出して投げる。皆守は呆れた目でこちらを見た。
「降りるのか? 他の部屋確かめてからでいいんじゃないか?」
「面倒くせぇ」
「おいっ!」
 皆守の声は無視して、九龍はその穴から飛び降りる。
 とりあえず下に針山とかはない。大丈夫だ。
「痛って……!」
 が、結構高かった。
「何やってんだ、おい!」
「やっちー、降りてくるなよ! かなり高いわ、ここ!」
「それぐらい見て気付け!」
「九ちゃん大丈夫? 怪我はない?」
「あー。尻打っただけ。痛ってー」
「大丈夫そうだな」
「そりゃそうなんだけど、おれは痛いっつってんだぞ!」
 上と叫び合いながら、九龍はとりあえず辺りを見回す。細い通路。行き止まりに扉。それ以外には何もなかった。
「何かあったかー?」
「扉しかねぇな。ちょっと行ってくる」
「えええ、大丈夫なの? 私も行くよ?」
「だから高いって。すぐ戻るから待ってろよ」
 それだけ言って九龍は扉へと向かった。
 って、敵……!
 扉を開いてすぐ。真正面に敵が居た。おまけに初めて見る。やっちー。ロボットっぽい。ロボットっぽいよ……!
 何て言ってる場合でもなかった。
 慌てて銃を構えて敵を撃つ。腕にわっかみたいなのがあるぞ、これか?
 撃ってみるが違うっぽい。
 いつも通り頭から撃って首でヒットした。ヒットしたが……
「ぐあっ……!」
 敵が攻撃態勢に入る前に倒しきれなかった。電気がほとばしるのがはっきり見えた。体全体に痛みが走る。それでも必死で敵を撃つ。倒した、と思った瞬間、今度は横から来た。
「痛って……」
 思わず片膝をつく。酷いダメージだ。何とか横を向いて敵を視界に入れる。その後ろにも、もう1体来ているのがわかった。
 やばい。
 必死で銃を連射している間にも、背後の敵が近付いてくる。爆弾を使おうにも、こんな至近距離で飛ばせば九龍自身も危ない。下がるスペースすらない。
「こっの……!」
 何とか一体。すぐさま次の敵。攻撃態勢に入ったのが見えて、慌てて横に転がる。石碑にぶつかった。スペースがなさ過ぎる。
 弾薬を込めなおし、また撃つ。ナイフや鞭で何とかなる相手にも見えなかった。撃っている間にも、まだ、近付いてくる敵の音。
「がっ……」
 また、攻撃を食らう。同時に相手を撃破した。
「!?」
 だがその瞬間、視界が暗くなる。
 これは……今まで何度か経験がある。
 視力に影響を及ぼす敵の攻撃。
 失明状態。
 何も見えない。使えるのは耳だけ。
 近付いてくる敵の機械音。
 今、九龍の後ろには誰も居ない。
「っ………」
 汗が滲む。
 どうしろってんだ。どうしろってんだ、これ。
 九龍は銃を抱えたまま爆弾を取り出した。ふらつく体を起こし、壁にもたれかかると勘でそれを投げ込む。機械音が響いて、当たったのがわかった。だが、倒れていない。
「侵入者ハ排除スル」
 がしゃがしゃと近付く音。
 近づけてたまるか!
 九龍は更に爆弾を投げる。全部使っても構わない。とにかく、目が見えるようになるまで。
「う、あっ……」
 だが、間に合わなかった。
 再び全身に激痛が走り、九龍は膝を付く。
 すぐ側に、敵の気配。
「く、そっ……!」
 こうなったら、少々爆風に巻き込まれても!
 もう1度投げて腕で顔を覆う。ああ、左手に銃持ったままだ、おれ。何やってんだ。
 だが、敵はそれで消滅した。
 爆風で体が叩き付けられるが全身の痺れのせいか、あまり気にならない。
 目は、まだ見えなかった。
 HANTは敵影消滅を告げない。
「まだ、いんのかよ……」
 声を出すのすら辛いのに気付いて口を閉じた。
 どうせ聞くものは居ない。
 耳を澄ませて、敵の声を探る。先ほどまでの機械音とは違う。聞き覚えのある声。……あいつだ。背中にパイプ背負って浮いてる奴!
 弱点を狙わないと厳しいのはわかっている。だが今の状態で狙えるわけもない。
 幸い通路の狭さから敵が来る方向だけははっきりわかる。
 九龍は何とか立ち上がりつつ、もう1度爆弾を漁った。
 ……足りるか?
 敵が居るはずの通路に向かって適当に投げてみた。だが、当たった気配が全くしない。くそ、まだ遠いか?
 爆弾を握り締める。当たらなければ意味がない。だが、近付かせすぎると敵の攻撃範囲に入る。
 ……もう一発。
 まだ、当たらない。
 九龍自身の投げる力が弱っているのかもしれない。これ以上爆弾は無駄に出来ない。
 自分の荒い息遣いが敵の気配を読むのを邪魔する。九龍は少しゆっくりと呼吸を繰り返し、息を止めた。
 ……今か!?
 投げる。
 敵の悲鳴。
 まだ倒れない。
 残りあと……一発かよ!
「クラエー!」
「!?」
 熱風が九龍の全身を覆った。
 取り落としそうになる爆弾を慌てて握り締める。
 熱っつ……。
「こ、のやろ……!」
 爆弾を投げた。
 至近距離で炸裂。敵の断末魔が聞こえる。HANTが告げる敵影消滅。
 九龍はその場に倒れるように転がった。
 ……お、終わった……。
 全身の激痛に動けない。体に力も入らない。火傷もかなりしているだろう。視力も、まだ回復してなかった。
「甲太郎ー……やっちー……」
 HANTで……メール……って、駄目だ、遺跡内で普通の携帯は使えない。自力で助けを呼びに?
 ……ちょっと待って、もうちょっと回復してから……。
 じっとしていても動けるようになるとは思えなかった。あまりにも帰らなければ心配して見に来るか? だが、この部屋から出る手段があるのかどうか……。
「あ……?」
 考えている間に、ようやく辺りが見えるようになってきた。ああ、おれ、目開きっぱなしだったのか。見えないせいで気付いていなかった。
「……っ」
 腕を立てて、必死で体を起こす。
 この状態で戦ってたんだ。
 あと少し我慢しろ。
 自分に言い聞かせながら部屋の中を歩く。石碑はあった。トラップらしきものも見える。だが、それより、扉……。
「あった……」
 開くか?
 鍵は……かかってる? だが、これは多分自力で何とか……。
 工具を取り出す手が震えている。鍵穴に差し込んで動かそうとするが上手く行かない。ようやく開いた時点で、九龍は完全に気を失った。


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