六番目の小夜子─1

 トトを解放してから、約3週間。
 次の敵は、生徒会役員なのだろう。彼らが扉を開くことで、九龍は先に進むことが出来る。
 今までの執行委員と違って、名前も顔も居場所も全てがわかっている。話もした。だけど扉を開け、と──どうしても言えなかった。
 言ったところで開いてくれるわけでもないのだろうけど。毎晩遺跡に潜って新しい扉が開いていないことに、少し安堵している自分が居る。
 おかしい。
 自分は秘宝を手に入れるためにこの学園に来た。
 何度も探索して、早く新しいところに入りたいと、そんなことばかり思っていた。
 なのに今、九龍は先に進むのが怖い。
 先に進めば進むほど……別れのときが早くなる。
 出来るだけこの学園に居たいのだと。別れを引き延ばしたいのだと。さすがにもう気付いている。
 どうしようと皆守に言ってみれば知るか、と冷たく返された。
 まあそうだろう。
 だけど、九龍が進みたくないと言ったとき、少しだけ──ほんの少しだけ、皆守は安堵していたようにも思う。だったら進まなければいいだろうと、いつもの投げやりな口調で、それでも少し真剣に、皆守は言った。
 ああ、お前もおれが居なくなると寂しいか、と茶化すように言って蹴られたが。
 お前も、などと言ってしまったことには後で恥ずかしくなった。
 おれの方は皆守限定じゃねぇぞ、と頭の中で言い訳している。
 やっちーに七瀬ちゃん、奈々子ちゃんに黒塚、取手、椎名ちゃん、肥後、朱堂、真里野、墨木にトト。秘密を共有する仲間。勿論クラスメイトも。夕薙とは皆守を挟んでよく話すし、八千穂の友達も──。
 ……ん?
 八千穂が仲良くなりたいと積極的に近付くせいで巻き込まれるようによく会話した少女……が、居なかったっけ……?
 九龍は顔を上げた。
 朝の教室。ざわつくそこを見渡してみる。今日は空席が少ない。あれ、っていうか全員座ってるってことは──。
 九龍はそこで初めて教室の前に視線を移した。雛川と、見慣れない男子生徒が一人。
 ああ、既にショートホームルーム始まってたのか。全然気付かなかった。
 教室のざわめきはその見慣れない男子生徒に対してのもののようだった。
「みんな静かに。今日はまた1人、転校生を紹介します」
 雛川の声が響いて、ざわめきは少しだけ薄くなる。だが、声が小さくなっただけで、相変わらずみんな喋っている。もう12月も半ばだってのに、転校生?
 疑問の声に答えるかのように雛川が説明を続ける。
 転校生の名は喪部銛矢。外国暮らしが長く、両親の希望でここに入った、と。どこかで聞いた話だ。それは、九龍が転校してきたときに使った理由とほぼ同じ。
 ……まあ外国暮らしなら多少不自然な時期でもありにはなるよなぁ。
 九龍は転校生を見つめる。こいつ……お仲間かな?
 咄嗟にそう思った。
 普通の転校生だとは思えない。ロゼッタならば何か連絡が来るだろうから……別組織か。
 緊張が走る。
 もしそうなら──探索を引き延ばしたいとか言ってる場合じゃないじゃないか。
 先を越されるわけにはいかない。
「九ちゃんっ」
「ん? ああ、やっちー」
 チャイムが鳴り、雛川が去っていく。考え込んでいる内に休み時間になっていた。
 八千穂がいつものように九龍の下までやってくる。
「びっくりしたね〜。また転校生だって。ここは確かに人の入れ替わりの激しい学園だけど、こんな立て続けにふたりも転校生が、しかも外国から来るなんて初めてだよ」
「……へぇー……」
 これは珍しいこと、なのか。
 そういえば何でこのクラスなんだ。最近転校生が来たばかりなら別のクラスになるんじゃないか。単に人数の都合だろうか。まさか九龍がいるから……なんてことはあるまい。クラスの指定まで出来るとは思えないし。
「用心しなきゃな」
「え、何で?」
「いや、だってお仲間の」
 可能性がある、と言おうとしたとき突然横から声をかけられた。
「キミ……」
「わっ……」
 八千穂が驚いて声を上げる。
 そこに居たのは、転校生の喪部。ゆっくりとした動作で歩いてきて、カバンを置く。というか……おれの隣の席かよ。
 そこを指定されてはいたのだろうが、ぼーっとしてたので気付かなかった。確かに皆守と九龍の間にある席はずっと空席だったので、そこに入るのが当然だろう。
「キミ、確か──葉佩九龍、だね」
「……知ってんの?」
「この学園には、余所ではお目にかかれないおもしろい場所があると聞いてたんだが、よかったら今度、案内してくれないかい?」
「……お前」
 挑発的な目線に九龍は逆に力が抜けた。
 やっぱお仲間か。しかもおれのことを知っている。
「嫌だよ。行きたいなら自分で探せ」
 今更やってきて横から掻っ攫おうなんてムシが良過ぎるな。
 笑ってやると、喪部も少し愉快そうに唇を歪めた。
「くくくっ、キミ、悪くないね」
 喪部はそれだけ言うとカバンを机に置いたまま去ってしまった。
 ホントに探しに行ったのだろうか。
 この世界、変な奴が多いけど、潜入任務するには怪しすぎるんじゃないか。
「何か喪部くんってちょっと雰囲気怖いねー」
「なー。あれ絶対失敗だよな」
「失敗?」
「あいつ、多分ハンターだと思うんだけど」
「えっ!」
 八千穂は大げさに驚いた。気付いてなかったのだろうか。九龍のことは会ってすぐ只者じゃないだのなんだの言っといて。
 ……あれ、潜入任務駄目なの、おれの方か?
「へえええ。やっぱり同業者ってわかるものなの?」
「やっちー、小さな声で。……いや、っていうか怪し過ぎるだろ、この時期の転校生」
「あ、ごめん。……でも、この学園だとあんまり珍しくないって言うか」
「……だから、それまでの奴もハンターだったんじゃね?」
「……えええええー……」
 八千穂が何かを思い出すように視線を彷徨わせた。
 今までに会った「転校生」のことか。
 ……この席に元々居た奴も、そうなんだろうなぁ。
 喪部の席をちらりと見る。
 八千穂は納得したように頷いた。
「そういえば只者じゃなさそうな人多かったかなぁ。私が2年のときとか、みんなでどう見ても20代後半にしか見えないって噂があった人もいたし。……あの人も居なくなっちゃったな……」
「へえ……」
 20代後半。
 見たまんまだとしたら、まあ何ともご苦労なことだ。
 九龍みたいに年齢がぴったり合うことは、確かにそうないだろう。
 ……あの喪部、はいくつなのだろうか。
 普通に高校生で通じる外見だったとは思うが。
「そっかぁ……そうだよね。みんな、そのために来て……」
 居なくなる。
 2人は何となく喪部の机に目をやった。
 居なくなる、というのがどういうことか。
 探索を繰り返し2人は実感している。
 化人にやられるか、罠に引っかかるか、執行委員に倒されるか。
 これまでの転校生が歩んだ運命を……あまり考えたくはない。
 それが九龍にも、まだいつ襲いかかるかわからないということには、目を瞑っておこう。










「……あいつ今日全部さぼりかぁ?」
 昼になっても皆守が姿を見せない。
 最近こんなことはなかったので油断していた。昼前にメールでも送れば良かったな。
 そう思いつつ九龍は立ち上がる。八千穂はチャイムとほとんど同時にクラスの子に連れ出されていた。今日は一人で昼飯かなぁ、と思っていたとき、教室の入り口から声をかけられる。
「よぉ九龍」
「あ、大和」
 こちらも午前中全く姿を見せなかった男が、昼休みになってようやく教室に入ってきた。夕薙に関してはいつものことなのであまり気にならない。
「お前、今頃来たのかよ。毎日毎日重役出勤だなー」
 それでもとりあえず九龍は突っ込んだ。
 夕薙は学校に来ない日だって多い。夕薙はそれに笑って返す。
「君は毎日真面目に出てるんだな。勉強するのは面白いか?」
「おれにそれを言うか。知ってんだろうが」
 九龍のテストは、ろくに授業に出てない皆守や夕薙よりも壊滅的だ。何故だ。お前らいつ勉強してるんだ。
「ははは。わかったからそんな顔をするなよ」
「おれに勉強の話はタブーだからな」
 九龍の情けない顔に夕薙は笑う。
「まあ、それでも寝食の心配をせずに勉強に打ち込めるのは学生の特権だから な」
「勉強しろってか。いや、もう余計なお世話だから」
 そもそも九龍はエセ学生なのだが。
 そこはさすがに言えないので、ただの勉強嫌いで通しておく。っていうか勉強はしてるんだ。学校の授業に関係ないだけで。ああ、でも古典が少し上がってきてるぞ。 ちょうど神話とかやってるし。
「悪い悪い。どうも君らより2年も長く制服を着てるせいか、つい説教臭くなってしまったな」
 ホントは2年どころじゃないけどな。
 九龍の高校生活はここ3ヶ月ほど限定だ。
「お前のそれは性格だと思ってたけどなぁ」
「これでも昔はこうじゃなかったよ」
「信じらんねぇ」
 そう言うと夕薙はまた笑った。だが、ふと真剣な顔になって言う。
「2年か……。おれにはもう時間がない。この学園に来たことが無駄ではなければいいが……」
「?」
 九龍が首を傾げていると、夕薙の背後から声がかかった。
 教室に入ってきたのは……雛川。
「きっと無駄なんかじゃないわ、夕薙くん」
 通りがかりに聞こえた夕薙の台詞が聞き捨てならなかったのだろうか。
 今からでも頑張れば卒業出来ると力説している。あそこまで授業に出てなくても大丈夫なものなのか。ああ、でも出席日数の計算ってどうなってるのかよくわからない。2年多く通ってる分も加算されてるなら、実は巧妙に日数を計算した上で休んでたりするのか、夕薙。
「いや、その……卒業のことを言ったわけじゃなかったんだが……」
 夕薙は雛川に気圧されて呟くように言う。
 夕薙には──何かがある。既に考え疲れたその思いがまた浮かんだ。
 一向に行動は起こさないので九龍も気にしないことにしていたが、目的があってこの学園に来ていることは間違いないだろう。
 まさかあの子が手に入るか入らないかって話ではないだろうし。……ないよな? ……って、あの子って誰だ……?
 夕薙は雛川に対して適当にごまかし、雛川もすぐにそれを受け入れた。夕薙が授業に出ることが多くなって嬉しいとか言ってる。これで増えてる方なのかよ、出席……!
 だがよく考えれば九龍が転校してからほぼ一週間、彼の姿は見ていなかった気はする。それに比べれば──出てきている方か、確かに。
「あとはあの子ももう少し顔を出してくれるようになるといいのだけど……」
 そして雛川は呟くようにそう言った。
 あの子?
 思わず教室を見回す。
「あの子って甲太郎のことですか?」
 夕薙が言った。いや、皆守は夕薙よりはまだ出ている方だろう。
 思った通り違ったようだ。
「皆守くん? そうね彼も以前よりは……。葉佩くんが転校してきてからは教室に居ることが多くなったものね。ひょっとしたら葉佩くんのおかげかしら?」
「えー……そ、それは」
「仲良いものね、2人とも」
「さぼるときも一緒です」
「それは駄目よ」
 めっ、と叱るような視線でさらりと言われた。
 半分ボケなのでもうちょっと反応欲しいです。
「でも……他にも誰かいたような気がするの」
 雛川はそんな九龍を気にせず、いつも胸に抱えている出席簿に目を落とす。
 出席簿にも見付からない誰か。
 皆守や夕薙以上に出てこない奴……確かに居たような。
「先生、それはひょっとして女の子じゃないですか?」
「あ、おれもそう思う」
 いつも窓際で外を眺めてて、それを八千穂が……八千穂が?
 考えているとき、ふわりといい匂いが教室に広がった。
 思考がぼやける。
 そういえば朝からしてるな、この匂い。
 温室からだろうか。
 雛川も夕薙も同じことを思ったらしく、何となく温室の方向に目を向ける。
 そして夕薙は何か用事があると言って行ってしまった。一緒に昼にしようかと思ったのに。
 そういえば夕薙は温室を気にしてるよな、あそこにはいつも彼女が……。
「……わかんねぇ」
 思い出せない。
 何なんだ。
 雛川が去ったあとも、もやもやが残り、再び机に突っ伏してると、今後は元気の良いいつもの声が聞こえてくる。
「九ちゃんっ。……あれ、何やってるの?」
「何もやってない。甲太郎居ないから昼どうしようかなー、とか」
「えっ、まだ食べてないの? じゃあ私もまだだから一緒に食べようよっ」
「え、マジで? 何か、友達とどっか行ってなかった?」
「ちょっと話してただけだよ。そうそうっ、凄い話聞いたんだ」
 八千穂が九龍の正面に回る。
 机の上に手をついて、切り出された話は──学園の七不思議。
 6番目の少女。
 何だか順調に怪談も消化されてるなぁ、と思いつつ八千穂の話を聞く。
 時計台に現れる謎の少女。八千穂の友達が発見したらしい。
 それは、誰かに似ている。なのに誰も思い出せない。
 真っ黒な、長い髪をした少女──
「うー名前が出てこないー。九ちゃん思い出せる?」
「…………」
 自然と口を開いて……固まった。
 誰だ。本当に誰だ。確かに、居たと思うのに。
「……やっぱり九ちゃんも思い出せないの?」
「白岐幽花……だろ」
「あ」
「甲太郎」
 ふわり、とアロマの匂いが漂って僅かに今までの香りがかき消される。
 皆守はぼりぼりと頭をかきながら教室に入ってきた。
「ったく、お前らまでこのざまとはな。どうなってんだ」
「しらきかすか……。うーん、確かにどこかで聞いたことあるんだけど」
 九龍もそうだった。
 その名前は記憶に掠ってくる。だけど、何も浮かんでこない。
「おいおい、本気で言ってんのか?」
 皆守が真剣な顔で八千穂を見る。そして九龍にも目を向けてきた。
「九龍……お前も、か?」
「…………」
 九龍は何も言えず、ただ頷いた。
 異常事態だというのが、ようやく実感されてくる。
「ちっ──」
 皆守は舌打ちをして、そのまま出て行ってしまった。
 イラついている様子に何だか申し訳なく思う。
 何故、思い出せない。
「あ、皆守くん、どこ行くのっ!」
「……どうせ屋上だろ。あー、もうなんなんだ……!」
 自分だけ、ではない。
 八千穂も、雛川も夕薙も。多分誰もが忘れている。
 一人の少女。しらきかすか。
 八千穂は不安げに九龍を見る。
「何か……忘れちゃいけないことを忘れちゃってる気がする」
「……おれもだよ」
「何だろう、何だか凄く不安で……怖いよ」
「……うん」
 うつむいてしまった八千穂の頭を軽く叩く。八千穂は少し驚いたように顔を上げると、嬉しそうに笑った。
「へへ、ありがとう九ちゃん」
「……いやいや」
 自分も不安で、仕方ない。ただ八千穂に触れたかっただけかもしれない。
「でも……何で皆守くんはあんなにはっきり覚えてるんだろうね」
「……何だろうな。そこに謎を解く鍵があるのかな……」
 後で皆守に会いに行くかと思いつつ、九龍たちはとりあえず昼食に向かう。
 ……今はイラついてるようだし、な。


次へ

 

戻る