月光の底─5
「うわっ、寒いね〜」
「何だ、ここは……。これは氷か?」
「すげぇな……。真里野のとこも寒かったけど、さすがにこれは……」
寒すぎる。
皆守の目が明らかに「帰っていいか?」と言っている。駄目に決まっているので目を逸らしておいた。八千穂は体を動かさなきゃと、その場で足踏みしている。さすがだ。
「そうそう、動けば大丈夫! ってことで全力疾走ー!」
「おいっ葉佩!」
「あ、待ってよ九ちゃん!」
とりあえず正面の道に向かって走る。
……あ、前のエリアへの扉が。
「……こっちじゃなさそうだな」
「さっきのとこね。左にハシゴあったよ?」
「あー……じゃあそっちだなぁ……」
再び全力で戻る。九龍はベストを着込んでいるのでまだマシだが八千穂と皆守はやっぱり辛いかもしれない。どうしようかなぁ。八千穂には九龍の学ランを着せるという手があるが。っていうか皆守はとりあえず学ランの前を止めろ。Tシャツむき出しじゃ、そりゃ寒いだろ。
「よっし、じゃあ行くぞ」
ハシゴの傍にはいつものメモもあった。九龍はさっさと登って行く。後ろに続くのは皆守だ。
「……うわっ、このハシゴ冷たいー」
……そうなのか。
九龍は手袋をしているのでわからなかった。
これはやっぱり一度引き返すか。手袋と防寒着ぐらい用意して……
「葉佩っ、後ろだ!」
「えっ? おわっ!」
ハシゴを登ってすぐ後ろ。サルみたいな敵が居た。
「とっとと……」
慌てて腰に手を回す。最近練習中だった鞭が触れる。初めての敵はまず銃……とか考えている暇もない。とにかく鞭を一振り。
サルの悲鳴が上がった。
「まだもう一匹居るな……」
「うわ、マジだ」
鞭を何度か振るえば、敵は消滅した。
だがすぐさま次が来る。
「……ま、退屈しなくていいんじゃないか」
「お前なぁ!」
余裕ぶりやがって!
どうせ戦うのはおれだもんな!
「九ちゃん大丈夫?」
「大丈夫。大して強くねぇ」
更に何度か鞭を振るい、敵は消滅した。
だがHANTは敵影消滅を告げない。
「まだ居るな……」
「さっきサソリの音がしたぞ」
「うえぇ。あれ、嫌いなんだよなぁ」
壁の影からちらりと覗く。笠を被った敵が2体。奥にはサソリの姿が見えた。
「あれはなぁ……ここ!」
銃を構え敵の前に飛び出す。笠の中の目。これが弱点だ。何度も遺跡に潜って発見した。敵はしっかり悲鳴を上げるが……思ったよりダメージにならない。
「ああっ、もうまた強くなってやがる!」
九龍は敵の攻撃を受ける前にもう1度壁の影に隠れた。エリアを進むごとに、敵の力は強くなっている。攻撃力も、防御力も。
「大丈夫か?」
「……ま、落ち着いてやればいけるだろ」
さすがにもうこんなところでダメージを食らってられない。
慎重に敵の動きを見極めつつ、残りの敵を倒した。
HANTが敵影消滅を告げて、ほっと息をつく。
「……便利なもんだな、それ」
「今更か? まあ結構間違うこともあるんだけどな」
「意味ないだろ、それじゃ」
「安心させといて実は……ってことは滅多にないぞ? 敵が居ないのに敵影告げることはあっても」
「……駄目じゃねぇか」
「HANTが安全領域っつったら大丈夫なんだけどなぁ」
氷の道を歩いて行く。寒さのため、つい早足になる。ああ、息が白い。
その先は何だか墓のようなものに、大きなピラミッド型の山。ところどころ崩れているが、これは遺跡の古さのせいなのか演出なのか、どちらだろう。
「九ちゃん石碑あるよ」
「はいはいー」
その側には石像が二体。
「これを動かすのか?」
「皆守もわかってきたなー。そうだな、多分向かい合わせにすりゃいい。語り合った、とか書いてるし」
伝説の再現系は楽勝だ。
皆守が珍しく石像を動かしてくれた。寒いので動きたいのかもしれない。あ、そうだ、どうしよう、この寒さ。
「2人とも大丈夫か? 何なら引き返して毛布とか」
「私は大丈夫だよっ。動いてたら寒くないし!」
そう言って八千穂はテニスラケットを振り回す。
九龍は皆守を見た。
「……とっとと終わらせりゃいいんだろ」
「……やせ我慢はするなよ?」
八千穂が大丈夫と言ってしまったら駄目だとは言いにくいんじゃないだろうかと思いつつ、結局3人はそのまま先へと向かう。予備の手袋だけは、八千穂に渡しておいた。スマッシュ撃てなかったら困るしな。
そして次の部屋に入ると、すぐさま皆守が眠いなどと呟き始める。
寝るなよ? 寝たら死ぬぞ。
「っていうか何だここ……」
「すっごいね……。杭?」
太く尖った杭が岩に3本横向きに刺さり、それが進路を遮っている。岩も杭もいくつもあって、完全に柵が作られていた。
「……これ……登っていいのか?」
「ねぇ、九ちゃんこれ何?」
「……動かせそうだな」
「勝手に動かすなよー」
言いながら九龍はそこに向かう。円柱状の柱の両端に取手のように木の棒が2本。掴んで回せば……前方の大岩も動いた。
「うおっ」
「な、何だ?」
「すっごーい、動いたよ?」
「……なるほど、これで道を作るんだな?」
適当に動かしていればちょうど通れる道が開いた。
九龍たちはそこを通って進んで行く。
「あの像は動かさないのか?」
「何か動かす気はするなぁ」
岩の近くには2体の像が杭を挟んで立っている。八千穂がその一体を見てぽつりと言った。
「この像、謝ってるね。何か悪い事でもしたのかな?」
「ん? ああ、これ建御名方神か……」
「何だ、それは?」
「ええと何か……負けた神」
「……お前の理解はほんと適当だな」
「理解が適当なんじゃない。説明が適当なんだ」
「威張って言うな。説明できないだけだろ」
「……建御名方神を建御雷之男神は州羽の海まで追ったんだよ」
「石碑見ながら言うな」
像の先には石碑があった。
うん、やっぱり伝説の再現だな。
「九ちゃん、扉開かないよー」
「ああ。まずはこっちだ」
像の前に戻る。
この二つの像を……向かい合わせればいいんだろう、多分。
それには杭を動かして道を作らなきゃいけないんだが……。
「……さて……?」
動かせるハンドルになっている円柱は4つある。どれを動かすとどう杭が動くのか……まずはそれを把握しなきゃならない。
「……皆守、よく見とけよ」
「お前が考えろよ?」
「先手を取るな! ……やっちーも見ててね?」
「う、うんっ」
ごめん、やっちーには期待してないから緊張しなくてもいいよ。
皆守は欠伸してんじゃねぇ。
いや、そういう態度の割にしっかり見てるのは知ってるけどな?
やる気ない振りしてさりげに謎解けばかっこいいと思うなよ! それはおれがやりたい。
「これで……こうか。こっちはー……」
おや……?
「あ、真ん中空いたね」
「偶然だろ」
「偶然だけどな!」
適当に動かしている内に道が出来た。
こういう勘には元々自信のある方だったが、さすがに最近は勘に頼ることはやめていた。うん、やめても運はいいんだな、やっぱ。
失敗はすぐ忘れる九龍は建御名方神の像の元まで戻ると明らかに怪しげにあるレバーを引いた。
……ギミック解除。
許しを乞う姿で延々固まってるのは辛いなぁ、と石像相手に思ってみたりする。可哀想だよな、こいつ。
「わっ」
「ん?」
解除したと同時に、岩が勝手に動いていく。だがどうやら両端に通路が出来ただけのようで、要するにこれが最終的な杭の位置なのだろう。ハンドルはもう動かない。
「じゃ、次行くぞー!」
「九ちゃん、ここ宝箱いっぱいあるよ!」
「よし、全部開けろー!」
勿論何が起きてもいいように八千穂の後ろに付く。
宝箱開けるの楽しいもんな。それぐらいはやりたいよな。
そこにあった箱に入っていたのは……魚肉に桜肉。
「……冷蔵庫、か? ここ」
「凄い冷えてるよ」
「これが……超古代文明って奴か……」
とりあえずしっかり仕舞い込む。
皆守がそれを見つめて嫌な顔をした。
「……食べられるのか、それ?」
「多分な。一応ロゼッタに送ってみるか」
さすがに生肉を食べる気にはなれない。
……ここで焼いて食べてみてもいいんだけど。結局夜会でもほとんど食べられなかったからなぁ。お腹空いた。
「あ、九ちゃん、こっちにも扉ある」
「え? あ、ホントだ……」
先ほど石碑の後ろに扉を見つけていたし、てっきりそこが次の部屋への入り口だと思ったが。裏側にもう1個あった。
「……どっちだ?」
「入ってみればわかるんじゃないか」
「まあそうなんだけどな! じゃあとりあえずこっち」
近い方の扉を開ける。そこは細長い通路で……真ん中に下へ降りるハシゴ。その先に扉。
「また道が分かれたし……」
「いや、距離的にそのドア、さっきの奴じゃないのか?」
「へ?」
「あ、そうか。繋がってたんだね」
「え? え?」
慌ててHANTを取り出す。
……そんな気がした。
「とりあえず確認してみるわ。落ちるなよ」
ハシゴのある穴を飛び越えてドアへ向かう。
お前じゃあるまいし、という皆守の小さな声が聞こえた。
「……ホントだ。さっきの部屋だ」
目の前の扉……の先には石碑。
一つの部屋に両側から入るって。何だその作り。
「じゃ……次はこのハシゴってわけか」
「落ちるなよ」
「だからおれはもう落ちな……」
ずりっと。
ハシゴにかけた足が滑った。
「う、わっ……!」
何だ、このハシゴ、凍ってんのか!?
よりにもよって結構な高さがあり、九龍は上手くハシゴを掴めないまま下へと落ちた。
「九ちゃん!」
「何やってんだ、お前は!」
「ちょっ、待て、敵が居る、ここ!」
広い部屋のあちこちに。ええとサルとサソリと笠の敵と!
慌てて鞭を持ち、まずはサルを撃破。後ろから尻を叩くと大きな悲鳴が上がった。
……ううむ。鞭は意外に性に合ってたが、これは結構微妙な気分。
「キキー!」
もう1匹のサルが怒ったように近付いてくる。
その間に皆守たちもハシゴから降りてきていた。堂々としたもんだな、お前ら。
「やっちー、そっちにサソリ居たから頼む」
「え? えーっと」
「あそこだ」
「あっ、うん!」
皆守が指示して八千穂がそちらに向かう。
九龍はサルを撃破し、次は笠の敵に向かった。
「やっちー! それ以上進むな!」
敵の攻撃範囲に入る。
だが当然先に気付いていた皆守が八千穂の腕を引いた。笠の投げた手裏剣が八千穂の目の前を通る。
「ひゃっ……!」
「ええい、お前の相手はおれだ!」
笠の敵にはナイフで切りかかった。正面を向いてくれないと弱点が狙えないのだ。
八千穂がスマッシュでサソリを片付け、九龍も無事もう1匹を撃破する。
「よっし、ダメージなし」
「落ちた分以外はな」
「……お前はホント……」
水差しまくるな。
事実だけど。
まさか今更足を滑らせるなんてベタなことを仕出かすとは思わなかった。
「ここ凄いねー。雪降ってるよ」
「一体どこから降ってくるんだ?」
がっくり肩を落とす九龍には目もくれず、2人は舞い落ちる雪を見ていた。確かに九龍も、最初にこの部屋に入ったときから気になっていた。天井を見ればつららが。そして部屋全体も雪に覆われている。
「これも遺跡の神秘だなぁ……。おれ、こんなの初めて見た」
「やっぱりこの遺跡は特別か?」
「まあ、おれが今まで見た遺跡の中ではかなり特殊なんじゃねぇ?」
少し興奮しているせいか、寒さはあまり感じない。
九龍はとりあえず石碑へと向かった。
「そういや、おれ、雪積もってるとこ見るの初めてかも」
「え、そうなの?」
「映像では見るけどなぁ。あと人工雪は見た……って、これも人工雪か?」
「まあ自然のものじゃないだろうな、確実に」
皆守が天井を見上げる。
室内だもんな、ここ。
「石碑はなんて?」
「うーんと……とりあえずそれかな」
背後にある像を指差す。
火鑚の臼杵で、火を起こす、と。
「それをその導火線の上まで持って行く、と」
「んっ……結構重いよ」
「ああ、おれがやるって」
像を押し始めた八千穂を下げてずずずずとそれを動かして行く。皆守は手伝え、と言おうとしたが、ポケットに手を入れたままだらけた立ち方をしている皆守を見て口を閉ざした。
……あいつ、手袋ないもんな。あー、そろそろ魂の井戸あるはずなんだけど。予備の手袋取れないかな。
思いながらも像を動かし終える。
向きも……かな?
ぐるぐると回し、像が北に向いた途端、火花が散った。
「うおっ……」
慌ててそこから避ける。
火花は導火線を通り、その先の大岩に向かう。
「っ、伏せろっ」
「ひゃっ……!」
爆音と共に岩が砕けた。
ちょっ、危ねぇ……!
「……派手な仕掛けだな」
「うーわー、びびったー」
岩は木っ端微塵。その先の壁にも大穴が開いている。勿論、解除すればそうなる仕掛けではあるのだが、それにしたって乱暴だ。
「ハシゴがあるな。まずはそっちか?」
「相変わらずの視力だな。そういや、そっちの扉は開かないのか?」
部屋の奥に扉があるのは見えていた。まずはギミック解除だと放っておいたが……開く。
「あれ、開くの?」
「開くなぁ。っていうか暗……」
暗視ゴーグルのスイッチを入れる。
途端に、見慣れた扉が目に入った。
「やっちー、皆守! こっち! 魂の井戸だ!」
とりあえずはここで休憩といこう。
体が、冷えすぎてる。
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