月光の底─4
「葉佩くん、こっちこっち」
「あ、鴉室さん」
寮に入ろうとしたところを呼び止められた。そうだ、鴉室からメールが来てたんだっけ。寮の影から手招きする鴉室に、九龍も辺りを見回したあと素早く近付いた。相変わらずの派手な格好だ。溶け込む気はないのか。
「いや〜待ちくたびれたよ。メール見てくれただろ?」
「見ましたよ。一瞬誰かと思いましたけど。鴉室ってあんな字書くんですね」
「あー、読めなかったか。すまんすまん。タイトルをどうしようか考えてたら名前のことを忘れてたな」
「タイトル? ああ、必ず会える、っての? あれ、誰に会えるんですか?」
「……君、そういうメール貰ったことないの?」
「え? そういうメール?」
首を傾げると、鴉室は苦笑してまあいいかと勝手に話を切り上げた。何だよ。気になるじゃないか。
これも後で皆守に聞くか、と思いつつとりあえず鴉室の用件の方が先だ。
「それで、わかったことって何なんですか?」
「あー。そうそう。葉佩くんは、この11月22日が何の日か知ってるかい?」
「……今日? 明日じゃなくて?」
明日は祝日。勤労感謝の日だが。
「そう。夜会は毎年この日に行われているそうだ。どういう意味があるか……わかるかい?」
「……教えてください」
わかるわけがない。
素直に言った九龍に、鴉室は笑って説明を始めた。頭の軽そうな調子のいい男からすらすらと理解不能の言葉が流れてくる。おいおいおい! ついていけねぇ……!
「……つまり、今日は古来より霊を鎮める儀式を行うのに最適とされてきた日なんだ。これがこの学園において何を意味するのか……」
「最後のそれだけでいいです、鴉室さん……」
神さまの名前やら天界がどうこう言われてもさっぱりわからなかったが。
とりあえず、今日が鎮魂祭だというは理解した。
つまり、夜会はそのための? 参加した生徒は何かさせられるのか?
「どうよ、おれもね、毎日遊んでるわけじゃないだろ?」
「そりゃそうでしょうけど。ホント尊敬しますよ鴉室さん……」
用語をいろいろ覚えていることを。
鴉室は嬉しそうににやけた。そうだろそうだろ、と乗ってこられると、言ったことを後悔しそうになるが。
ああ、こんな人でもちゃんと勉強してるんだなぁ。
「で、おれに手伝って欲しいことってのは?」
この情報の交換条件がそれなのだろう。
鴉室が少し真面目な顔になって言った。
この学園の謎、そして立ち入り禁止の墓地について。
鴉室は──墓を掘り返そうとしている。
「……マジっすか」
「大マジだよ。君だって気にならないか? あそこに埋められているものが本当は──何なのか」
真剣な目で言われるとごまかしも効かない。
正直これまで気にしたことはなかった。九龍にとって興味があるのは墓の奥にあった遺跡。その上の墓石などカモフラージュぐらいにしか考えていなかったのだ。
そういえば以前……墓守がそこに棺を埋めている姿を見た、とクラスの男子が言っていたか。あのときは椎名の事件のごたごたがあって忘れていた。墓地の下に死体があるのなんて普通だ、と九龍は思っていたが──ない、と言われているものがあるのなら、それは異常だ。まして死体。そこらに転がっているものではない。
墓守に倒されたハンターたちが埋まっている……やはりそれが、答えだろうか。
鴉室は行方不明者の捜査をしていた。墓で行方不明になった生徒は……あそこに埋まっている可能性が高いのか。
「……何か、嫌ですね」
何が出てくるかを考えたら。
だが鴉室は少し呆れたように言った。
「おいおい、ひょっとして怖いのか? 大丈夫だって。おれがちゃんと付いてるから」
「そういう問題じゃないでしょ……」
本当に死体が見付かったらどうするつもりか。誰にどう言えばいいんだ。ひょっとしてそのときのために学園の生徒を巻き込みたいんだろうか。
九龍もあまり騒げる立場ではないのに。
「さ、それじゃ行くぜ。ほら早く。今の内に!」
ちょうど人気が途絶えたところだった。こういうのを読むのは上手いんだろうな、と思いつつ、九龍は鴉室の後を追って墓地へ走る。何か見付かったら君にとっても有益な情報になるだろ、と鴉室は軽く振り返って言った。
……この人どこまで知ってんだ。
墓に入ってることは確実にばれてるよなぁ。
ほぼ毎日のことなので正直警戒心がなくなっていた。だって、生徒会にはもうばれてるし。
「さてと、この辺りでいいかな」
一応人目を気にしてか、鴉室は墓の一番奥。森の影になっているようなところで足を止めた。既に日は沈んでいて、ここには寮からの光も届いていない。暗視ゴーグル持ってくれば良かったな、と九龍は空を見上げた。
ざっ、ざっ、とひたすら墓を掘る音だけが辺りに響く。
九龍は地面に腰を下ろしたまま、ぼんやりと作業する鴉室の姿を見つめていた。
スコップが一つしか見付からなかったため、九龍は何もすることがない。じっとしているのが苦手な九龍は早く終わらないかとひたすらそればかり考えていた。
すると、その視線に気付いたのか、鴉室がふと顔を上げる。
「……なぁ、葉佩くん。そろそろ交代してみないか?」
「え? ああ、やりますよ」
というか最初から任せてくれたら良かったのに。
鴉室は何も言わずに直ぐに掘り始めていたのでやりたいのかと思っていた。
スコップを受け取ると、鴉室は九龍の座っていた場所に入れ違いに腰を下ろす。妙な姿勢だったので辛いのだろう。歳かねぇ、とか言い出すのでそうじゃないかと返しておいた。大人というのは年寄り扱いしろだのするなだのいろいろと面倒くさい。
黙って作業を続ける九龍を見ながら、鴉室はぽつりと言った。
「なぁ、葉佩くん。実際のところ君って何者なんだ? 知ってるんだぜ。夜な夜なここに出入りしてること──」
「あ、やっぱり……? 興味あります?」
手を止めて鴉室と目を合わせる。鴉室は笑っていた。
「そりゃあな。君の方は? おれに興味ないの? 貧乏探偵ってのは世を忍ぶ仮の姿で、実は、とか」
「あー、いいなぁ、そういうの。いや、実際只者じゃないとは思ってますよ? マジで」
こんな探偵居てたまるか。
と、勝手に思っている。
鴉室は陽気に笑ってそんなに期待されるとな〜などと呟いている。そういや初っ端で宇宙刑事とか言ってたなぁ、この人。
結局、まともな答えなど返ってこないということだ。
「お? そろそろか?」
がちっ、とスコップが何かに当たった。
2人してそれを確認し、あたりの土を取り除いて行く。
中には確かに棺があった。
「……これ、開けるんですか」
「そりゃぁ、開けなきゃ意味ないだろ──よっと」
鴉室が棺の蓋を取る。固定はされていなかったのか、それはあっさり開いた。
「なっ……!?」
九龍は思わず声を上げる。鴉室も一瞬絶句したように見えた。
「……おいおいおい〜。こいつは聞いてた話と随分違うんじゃないか?」
もとより九龍は、行方不明者の所持品を埋めてるという話はあまり信じていなかった。死体である可能性だって考えてはいたが、中にあるのは──明らかに、ミイラ。
「これ、いつのなんですか……」
「……そういや、確か彼らの力に襲われた者は精気を吸い取られるって話もあったな……」
「…………」
それは取手の話だ。
鴉室はこのミイラが、生徒会の手によって「作られた」ものだと言っているのか。さらにはこれは……生きているかもしれないと。
「……鴉室さん」
どうするんだ、これ。
そんな話、九龍の手には負えない。
「そこにいるのは誰だ……?」
そのとき、聞き覚えのあるしゃがれた声が聞こえてきた。九龍がびくりと反応している間に鴉室はとっとと立ち上がる。
「やばいっ、葉佩くん、それじゃおれは今日はこれで! んじゃ、また会おう」
墓守のじいさんだ。
さすがに延々作業してたら見付かるか!
「ちょっ、鴉室さん……!」
っていうかおれを置いて行くな!
慌てて九龍も立ち上がり、鴉室の後を追う。
途中鴉室の落とした鍵を拾っている間に、既にその姿は見えなくなっていた。
「……何だよ、もう……」
また会おうったって。どこに居るんだ。
今夜のことは胸に秘めておけることじゃないぞ?
「……あー、くそ」
とりあえず泥だらけになった体を何とかしよう。というか腹減った。夜会では食事が出るらしいが、さすがに9時まで何も食べないのは辛い。
風呂と食事と……まあ、間に合うな。
九龍はそう判断して、自室へと戻って行った。
夜会は仮面舞踏会。無礼講ってこういうことかよ、と思いつつ九龍は渡された仮面を付ける。こういうのはちょっと楽しいと言えば楽しい。元々知っている顔が少ないので誰だかわからなくなったところであまり意味はないのだが。
「えへへ〜。どうどう? 似合う?」
八千穂は八千穂で特徴的なお団子頭のせいか、誰だか丸分かりだ。女性用の仮面は特に、ちょっと派手な眼鏡状態なのでわかりやすい。男の仮面は顔半分を覆うので、逆によっぽどじゃない限りわからないだろうが……。
「あ、あの」
そこで後ろから声をかけられた。
「ん?」
振り向いた先には白い仮面をつけた男……取手だ。
八千穂もすぐにわかったようだった。うん、この特徴的な手の長さはな。隠せないよな。取手は今回の夜会でピアノを担当するらしい。ああ、そういう風に披露できる特技があるのはいいなぁ。取手はかなり緊張している様子だったが。九龍もちょっと楽しみになった。
「それじゃ、そろそろ食事を……」
「うんっ、あっち、おいしそうなのいっぱいあるよ!」
軽くパンは食べてきたが、まだまだ足りない。八千穂と2人で料理の並ぶテーブルに向かったとき、少し辺りがざわめいた。
「?」
気付けば九龍のすぐ傍に、黒いコートを着た男と、派手なドレスの女が立っている。何故かこの2人だけ、制服じゃない。他の生徒たちと同じように仮面を付けているが、誰であるかはすぐわかった。この威圧感、このスタイル、他に居るはずがない。阿門と双樹だ。
そういやここ……敵陣なんだよなぁ。
料理に手を伸ばしつつもそう思う。ここで戦闘になるとも思ってないので気は抜けていた。
双樹からは踊らないの、と言われたが勿論はなからそんな気はない。会話は八千穂に任せて自分は食事を……そう思っていたら、双樹は九龍の方に視線を合わせてきた。
「よかったら私と踊ってくださらない?」
「へ……」
からあげを頬張っていた九龍は間抜けな声を上げる。挑発的に笑って、双樹が手を差し出してくる。
これは……やっぱ受けなきゃいけないんだろうか。
女性の誘いって断っちゃ駄目だよな?
ちらりと八千穂を見つつ、九龍はおずおずとその手を取る。すぐさまそのまま中央まで引っ張って行かれてしまった。ちょっ、何か……何か凄い注目されてるんだけど!
そりゃあこの目立つ女性と一緒なら当然か。いや、みんな見てるのは双樹の方だよな。おれなんか気にしてないよな?
半ば願望としてそう思う。ダンスなんて全くわからない。無様なことになるのは確実だ。よく見れば、周りの生徒たちも結構適当なものなのだが、この女性相手にそれでいいとは思えない。
「ええと、全然わかりません」
とりあえずそう言うと双樹は笑った。
「素直な人ね。それじゃ、私がリードしてあげる。緊張しないで。楽しく踊れればそれでいいんだから」
「はぁ……」
こういうゆったりしたダンスにあまり楽しみを見出せない。スタイル抜群のこの女性と密着するところに楽しさを見出せばいいのだろうか。正直あまり意識したくない。意識すると……やばいだろ、これ。
そう思って精一杯別のことを考えているのに、双樹は更に体を寄せてくる。双樹は九龍とそう身長が変わらない上に、ヒールのせいで目線が九龍より僅かに高い。顔が間近だ。キスでも出来そ──いやいや。
「あなた……危険な香りのする人ね」
「うえっ?」
踊りながら、双樹はぽつりと言った。
土、埃、血、鉄錆、太陽、そして硝煙。
そんな匂いを……させてるのか、おれ?
双樹の上げるその香に、覚えがないとは言えない。土に関しては先ほどの墓堀作業のせいだろうが。おかしいな。風呂、入ってきたのにな。混んでたので確かにざっとしか流してないけど。
「あなた、本当は何者なの? そう尋ねたらあなたは答えてくれるのかしら?」
「……別に今更隠すもんでもないけどね」
遺跡に入って執行委員を解放している。その事実だけで十分なのではないだろうか。その正体が何であれ、生徒会の敵には違いない。
双樹は九龍の言葉に何も言わなかった。もう、曲が終わる。
ああ、何か大して動いてないのに妙に疲れた。普段使わない筋肉が使われているのだろうか。
双樹はさらりと九龍から離れて微笑む。
「今夜はありがとう。とても楽しかったわ」
「…………」
何とも言えず黙って阿門の下へ戻る女性を見送っていると、ピアノの音が途切れたのとほとんど同時、どこかで携帯の着信音がした。受け取った子たちの会話が聞こえる。あー、そういえば音切っといた方がいいのかな、と思った次の瞬間、ばちばちっ、と激しい音と共に女生徒の悲鳴が上がった。
「な、何だ!?」
「なんだ、あれ!」
「お、女がっ!」
あたりのざわめきに視線をやれば、女生徒がシャンデリアの真下、宙に浮いていた。いや、髪が……シャンデリアにくっついている?
「おい、下ろせ!」
「何だよ、どうなってんだよ、これ!」
「九ちゃん……!」
数人の生徒が女生徒を下ろそうと机や椅子を動かしている。八千穂が九龍の元へ駆けてきた。
「ねえ、これってどう……あ、あれ?」
「ん?」
八千穂が窓の外を見て動きを止めた。つられて振り向けばそこには──トト!
「あいつ……!」
即座に理解する。
これは、執行委員の処罰。
窓に向かって駆け出したとき、またどこかで携帯が鳴った。
「あっ、待てこら!」
男子生徒のざわめきが上がる中、トトが窓から離れて行く。窓……って、開かないのか、これ!
「九ちゃん! さっき、男の子が変なメール貰ったみたいで、」
「出てったのか!?」
八千穂が外を指しながら言ったため、思わずそう声を上げる。九龍は八千穂と共に外に飛び出した。
先ほどの女生徒も、変なメールを受けたと言ってた子だろう。これは予告か? そう思った途端、前方で男の悲鳴がする。遅かった!
男は石のようなものをぶつけられ……歯が折れていた。
「酷ぇ……」
泣きそうな顔で口を押さえる男子生徒から思わず目を逸らす。そのとき八千穂が気付いた。
一人目は髪を……二人目は歯を……。
これは、5番目の童謡だ。
そして、九龍のHANTも音を立てる。
「…………」
黙って、それを開く。
そこには、その童謡全文が載っていた。
「さんにんは剣を刺して……」
これが、おれか?
「九ちゃん、それって……!」
顔を上げたとき、目の前に剣が迫っていた。
…………え?
「構えっ! 撃てー!」
ばきんっ、と弾けるような音がして九龍は思わず目を瞑る。
迫っていた剣を銃弾で叩き落したのは──墨木。
「墨木っ……!」
「間に合って良かったでありマスっ! 九龍ドノっ、お怪我はありませんでしょうカっ!」
墨木が駆け寄ってくる。九龍は搾り出すような声で言った。
「……ないよ。ありがとう。マジで助かった」
目の前に突きつけられていた剣。あのままだと確実に顔に刺さってたよな、あれ……。
思い出してぞくりとする。
執行委員の制裁?
洒落にならないぞ、これ!
「それは良かったでありマスっ。自分もほっとしたでありマス」
墨木も息をついている。咄嗟に剣を銃弾で叩き落すとか。
凄ぇよ墨木。
「ホントびっくりしたぁ〜。でも、さっきのって……」
「ああ……」
剣の向かってきた方向に3人同時に視線をやる。
墨木はそちらを見たまま言った。
「気を付けてくだサイ。敵はどうやら磁力を操るようでありマス。自分の銃も……ちょっと油断するとどこかへ飛ばされそうでありマスっ」
「マジかよ……」
九龍は丸腰だ。下にアサルトベストすら着ていない。あれは着るとどうしても目立つので人前に出られる格好じゃない。……少しは堂々とアーマーを着込んでいる墨木を見習った方がいいかもしれない。ここに居ると、自分の職業を忘れがちになる。
「何故……彼ヲ助ケル?」
そのとき、茂みの奥からトトが現れた。ゆっくりとした足取りで、心底不思議そうに墨木を見る。墨木は……トトにとっては、裏切り者か。
トトの言葉に墨木は怯まず答える。トトのあれは、やはり生徒会の処罰。ついにというかようやくというか、それが九龍にまでやってきた。トトは……生徒会を崇拝しているようだ。力を与えてくれた者を神と呼び、従っている。トトはこの異国の地で……ずっと、一人だったと。居場所を与えてくれたのが、生徒会?
それでも、おそらくトトは何かの呪いにかけられている。今までもずっと、そうだった。
「トト……お前は絶対何かを忘れてる。お前を救うのは生徒会じゃないぞ。おれだ」
「…………」
トトは無表情にこちらを見ていた。
いや、何か反応しろ。それとも、これは困惑しているのか?
とりあえず墨木は横で感動している。
「ボクハ……ボクノ使命ヲ果タサナケレバ……」
結局九龍の言葉には何も言わず、トトは去って行った。
今夜の相手は──あいつだ。
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