地獄の才能─6

 扉を開けた途端に石碑が見えた。
 思わず止まってしまった九龍に、後ろから来た八千穂がぶつかる。
「きゃっ、ど、どうしたの?」
「ああ、ごめん。石碑あったから見てた」
「何て書いてあるんだ?」
「ええと、葦原中国平定を目指す高天原の神々は……」
 言いかけて、思わず振り向く。
「? 何だよ」
「いや……」
 読めるのか、とようやく言わなくなった!
 ああ、読めるぞ、読めるもんな!
「それも神話?」
「ああ。神話の再現系か? 奥に何かある?」
「ええと……わっ、凄い、何これ?」
「触ったらひとたまりもなさそうだな……」
「何だよ、一体何……って、うわ」
 先には大きな像があった。その周囲は何やら強力な電気で覆われている。
「強力なプラズマ感知……」
 HANTで調べてみる。
 うっすらとだが、像に秘宝があるのが見えた。
「この電気を何とかしなきゃな……他に何かあるか?」
「えー、この部屋は何も……あ、ここ坂になってる」
「ん? 上に何かあるな」
 相変わらず八千穂と皆守は好き勝手な方向に動く。だが情報は的確だ。九龍は皆守の示した場所を見上げて八千穂の方に向かった。
「ここ登れるんだなー……あれか」
 登った先からジャンプする。そこには風化したゴムのようなものと……金属パイプのようなもの。間に電気が走っているのがはっきり見てわかる。
「何か怖いね……」
「この電気を何とか止められりゃいいんだろうけど……」
「そのゴムは使えないのか?」
「うおっ、お前まで来るなよっ」
 狭い足場に3人乗っては危なくて仕方ない。落ちたら感電死確実だぞ、これ。
「ゴム? これ? 何かぼろぼろだけど」
「使えそうもねぇな……」
「あ、そうか、ゴムって電気通さないんだっけ」
 そんなことすら思いついていなかった九龍を皆守が呆れた目で見る。
 いやいや。考えればわかったから。知ってるから。
「ゴムかぁ……。誰か何か持ってる?」
「ゴム……あ、髪止めてるゴムあるよ!」
「いや、それじゃ小さすぎるかな……」
「ゴムねぇ……」
 皆守も呟いたまま反応しない。
 九龍はそんな皆守をじっと見つめる。
「何だ、さっきから」
「……お前、コンドームとか……って、おい! 蹴るなよ! ここはホントに絶対蹴るなよ!?」
 皆守の足が上がって慌てる。
 何だよっ、八千穂の前でそういうこと言うなとかそんなことでも言うつもりかっ!
 ……そうなのかもしれない。
 九龍だってここに居るのが七瀬や奈々子なら間違いなく言えない。
「……仕方ねぇ。ゴム取りに戻るか」
「また引き返すの?」
「八千穂たちは居ていいよー。おれだけ行って来る」
「この先の扉は開かないのか?」
「んー? あー、ギミック解除で開く類じゃなければ……」
 ……開いた。
 しかもその先には魂の井戸があった。
「あっ、これならゴム取れるね」
「おお。そうか、そろそろ井戸あってもおかしくなかったな」
 皆守も随分遺跡の構造に慣れてきている。
 実は一番慣れてないのはおれか? そんな馬鹿な。
 とにかく、井戸からゴム風船を取り出し、膨らませて使ってみる。無事、電気の流れは止まり秘宝を回収出来た。
 何でも拾っとくもんだ。
「……さて」
 秘宝を最後の扉にはめ込めば、いつものように鍵が消滅する。
「……2人とも、準備はいいな?」
「おー!」
「……ああ」
 珍しく皆守も返事した。
 この先には、恐らく墨木が居る。
 銃、ナイフ、爆弾。九龍は改めて装備を確認し、扉を開けた。










「やはり来たカ葉佩九龍──」
 入り口正面で背筋を伸ばして立つ墨木。
 昼間や夕方見せた弱気は感じられない。強い口調は虚勢のようにも思えるが、それよりもこの場所、この墓の中に居ることが墨木の気持ちも強くしているのだろう。
 相変わらずガスマスクで表情は見えないが、睨まれていると強く感じる。
「これが最後の警告ダ。命が惜しくば即刻この場から撤退セヨ」
「嫌だね」
 こんなやり取りも、もう慣れたものだ。
 九龍は銃を構えたまま、ゆっくりと墨木に近付く。
「おれはお前と戦いに来たんだよっ! 勝負だ墨木!」
 そう吼えると墨木は少し驚いたように体を引いた。こんな敵、今まで居なかったか? おれは遠慮はしない。勝てばお前が呪いから解放されると知っているんだから。
「墨木くん、九龍くんは、君を救いに来たんだよ」
 そうそう、だから大人しく倒されろ?
 なんて言っても無駄だろう。
 この場所だけは荒らされるわけには行かないと、再び墨木の体に力が漲る。それが、呪いとともにある墓守の使命。
「覚悟を決メロ、葉佩九龍──」
「それはこっちの台詞だっ!」
 現れるコウモリたち。
 位置がばらけている。九龍は回り込みながら銃で撃っていく。無闇に敵の中に飛び込んでいくことはもうしない。
 慎重に敵の動きを見極めながら、九龍は銃を握り締めた。
「九龍くんっ、スマッシュは?」
「まだいい。……いや、墨木に一発いける?」
「任せてっ」
 相変わらず何もしていない皆守は放っておいて、九龍はコウモリに集中する。八千穂の放ったスマッシュは……墨木にあまり、効いてない。
「ちっ、効き目悪ぃな。八千穂下がってっ」
 コウモリを一掃し、九龍も一緒に下がる。
 だが、その前に墨木の銃が九龍に向かって火を噴いた。
「いっ……」
 胸の辺りに、一発。
 アサルトベストは防弾チョッキ代わりにもなっている。
 だが、威力の低い銃だったおかげで貫通しなかったが、あまり頼れるものでもない。
「九龍くんっ!?」
「下がっ……て!」
 さすがに銃だけあって、射程距離が長い。九龍は攻撃を諦めて一旦下がっていく。下がりながらこちらも撃つが、さすがに墓守。大したダメージにならない。
「フリーズっ!」
「うるせえっ……!」
 撃ち合いになった。
 九龍の銃は本物だ。威力も射程も、九龍の方が上。だが、下がり続けて下がりきれるものでもないし、何より一発で受けるダメージはこちらの方が圧倒的にでかい。
「皆守ー……」
 皆守は九龍のすぐ後ろに居る。半分ぐらいは避けてくれるのだが、蓄積されたダメージで、九龍の動き自体が鈍っている。
 痛い。
「……我慢しろ」
「くそっ、救急キット出す暇もねぇ……!」
 片っ端から撃ってるが、弱点にもヒットしない。長期戦になると集中力のない九龍にはきつい。
「……葉佩、後ろに回れるか?」
「後ろ?」
「あいつの後ろだ」
「……ああっ!」
 いつか言われたことがある。
 正面全部撃って弱点にヒットしないなら……後ろ!
「八千穂っ、スマッシュ!」
「うんっ!」
「むっ……」
 九龍と皆守と八千穂と、同時に動き出したことで墨木の対応が一瞬遅れる。
 八千穂が墨木にスマッシュを撃った隙に、すれ違いざま後頭部目掛けて至近距離で銃弾をぶっ放した。
 ……ホント、墓守相手じゃなきゃ出来ねぇな、これは。
 頭が吹っ飛ぶことはなく、代わりに墨木の大きな悲鳴が上がる。
「ビンゴっ!」
 墨木が反撃に入る前に残りの銃弾を全て撃ちつくした。
 やがて、墨木の体から黒い砂が吹き出てくる。
「葉佩っ、リロードしとけっ!」
「ああっ! 八千穂っ、手当て頼む!」
 皆守が墨木を隅へ引きずっていき、駆けつけた八千穂に救急キットを放り投げる。八千穂の手当てを受けながら九龍は銃弾を込めなおした。もう、残り少ないが。
 HANTの声と部屋の振動を聞きながら、九龍は目を凝らす。
 ……今度は、サソリか。
 色が違う。厄介そうだ。
「はいっ、終わりっ!」
「さんきゅ、八千穂っ! 皆守っ……」
「来るぞ!」
 サソリの頭を撃っていく。思った通り、いつもより弾を使う。
「スマッシュいけるよっ」
「……もうちょっと集まってから頼むっ!」
 かなり危険だが、あまり無駄に使いたくもない。
 寄って来たサソリに向かって八千穂がまとめてスマッシュをぶつけていく。くそっ、八千穂のスマッシュですらこの程度のダメージか。
「何だ、ありゃ。木のおばけか?」
「うわっ、もうあんなとこまで来てんのか……!」
 サソリにてこずっている間に大型の化人が迫っている。
 九龍は爆弾を手にした。いつものガスHG。
「……あ、そうだ」
 その前に。
 九龍はガスHGを皆守に預けて、以前作った粉爆弾を取り出した。
「何それ? 九龍くん」
「まずはこれっ!」
 ゴム風船に粉を入れただけの簡易爆弾。勿論ダメージなんて大したことはない。ただ敵を粉だらけにするだけだ。
「何やってんだ、お前は」
「これで爆弾が効きやすくなるんだよ!」
 椎名から聞いた話だった。
 九龍は皆守に渡したそれを改めて放り投げる。
 どこを狙ったわけでもなかったが、ど真ん中。それは弱点に命中した。
「よしっいける!」
「な、何か迫ってきてるよ!?」
「その前に倒すっ!」
 持って来た爆弾を片っ端から投げる。ついでに八千穂にも残りのスマッシュを使ってもらった。もうあまりなかったが。
「く、九龍くん……」
「おい、葉佩……」
 もう敵は目の前。
 なのに、倒れてくれない。
「これが最後の一発!」
 爆弾を投げた。
 倒れない!
「うわっ……!」
「きゃあっ……!」
 そして、ついに敵の攻撃範囲に入った。
 3人まとめて吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられる。
「痛ってぇ……」
「う……」
「や、八千穂っ! 大丈夫か!?」
「馬鹿野郎っ、お前は、前見てろっ!」
「皆守……!」
 今は視界に入れない。
 九龍は銃を構えると、先ほどの弱点に向かって銃を連射する。
 まだか。まだ倒れないのか……!
 再び敵が攻撃動作に入った。
「っ……!」
「……くそっ……」
 小さな呟きと共に九龍の体は床に押し倒された。敵の攻撃が真上を過ぎていく。
 皆守だ。八千穂と共に無理矢理伏せさせたのだ。
「ぐっ……」
 礼を言ってる暇もない。
 ダメージが強くてほとんど動けない九龍は、再び銃を構えて乱射する。まずい、もう少しで弾が切れる……!
 そう思ったとき、ようやく、敵が大きな悲鳴を上げて消滅した。
 同時に、かちっ、と弾切れの手応え。
「…………」
 敵が消え、ペンダントのようなものがことりと落ちるのを見ても、九龍はしばらく動けなかった。
「おい、八千穂っ、大丈夫か」
「痛たたたた……。ちょ、ちょっと待って……」
 八千穂は起き上がれないようだった。駆け寄ろうにも、九龍も足をくじいたのか、引きずるようにしか動けない。
「……墨木……」
 部屋の隅で墨木が起き上がっていた。
 呆然としたように九龍たちを見ている。
 九龍は足を引きずりながら、中央に落ちたペンダントを拾う。それは、トリガーのようだった。
「そ、それは……そのトリガーは……」
「お前んだろ」
 放ると、墨木はそれを受け止め、じっと見つめる。何かを思い出しているのだろうことがわかる。
「……葉佩、先に井戸に寄ろうぜ」
「ああ……。墨木、お前も帰るだろ? もうここを守らなくてもいいはずだ」
「…………」
 墨木はうなだれた。
 そして小さく頷く。
 忘れていたことを、思い出したらしい。
 それは……兄との思い出か。銃は大切な者を守るためにあるという教えか。
 墨木にとっては、同じことかもしれない。
 思い出してしまえば……仮面の男の怪しさにも気付くのだろう。
 この呪い、生徒会にとってもいいことばかりじゃなさそうだな……。
「自分は……自分が、情けないでありマスっ……!」
「まあまあ、もう思い出したんだろ? 大丈夫だよ、これからでも正しく使えばさ」
 日本で銃を正しく使う機会がどれだけあるのか知らないが。
 そもそも正しく使う、というのもおかしい気がする。だが墨木にとっては、ちゃんとした真実がある。
「葉佩ドノっ、自分の銃は葉佩ドノにとって必要でしょうカ」
「お?」
 立ち上がった墨木が、背筋を伸ばして問いかける。
 九龍はそれに少し笑った。
「おお。協力してくれるんなら、すげぇありがたいよ? 手始めに……肩貸してくれると助かる……」
「はっ! 了解でありマス!」
「いや、そんなかしこまらなくていい……」
 駆け寄ってきた墨木に肩を借りて、九龍は歩き出す。
 八千穂は皆守が支えていた。皆守ももろに攻撃を受けたはずだが、九龍たちよりダメージが低そうだ。意外に痛みに強いのか、かっこつけてるだけか。
「これを……是非もらって欲しいでありマスっ」
「ああ。おれのも貰ってくれよ」
 墨木から渡されるプリクラ。
 結局今回もダメージ酷いけど……まあ、結果オーライだよな?


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