地獄の才能─5

 新しい区画は、やっぱり開いていた。
 九龍と執行委員が出会うことが、キーになっているのだろうか。執行委員たちはいつも墓に居るわけではないらしい。一体どういう仕組みになっているのかいまだによくわからないが、今日は開く、と何となくわかるようになってきた。
 彼らも無意識に解放を望んでいるのだと、それを九龍に託しているのだと勝手に決め付けることにした。そうでもなければやってられない。
 墨木はまた、九龍に銃を向けるのだろうと思う。
「なんか、ここムシムシするね〜」
「前のとこは寒かったのにな。一体どうなってるんだ、この遺跡は?」
「それはもうおれも常々思っている。でもこれこそ遺跡の神秘だろ?」
「喜べる気持ちは全くわからないがな」
「さー行くぞ」
 マダムに挨拶しつつ、早速最初の石碑を読む。
「読めるのか?」
「読める読める。任せとけ」
「最近の九龍くん凄いよね。勉強したんだ〜」
「そりゃまあ命に関わるからな」
「何度も死にそうになってようやくわかったのかよ」
「うるせぇ。勉強嫌いのおれが頑張ってんだろ」
「で、何て書いてあるの?」
「ええとな。《葦原中国》へ降り立った天若日子。《下照比売》を妻とし、《天上》へと帰ることはなかった、だな!」
「すごーい九龍くん!」
「……何だそりゃ、また神話か?」
「天若日子知らねぇ? 何か、ええと、恋に溺れて自分の使命放棄しちゃった神さま」
「えー、そんな神さまいるの?」
「おお。神話もちゃんと勉強したんだぜ」
「理解が適当じゃないか」
「いちいちうるせぇな、お前は……!」
 少しは褒めろよ、と思うが皆守に褒められても気持ち悪いだけだな、と思い直す。
「じゃ、行くぜ」
 石碑が関係するのは、おそらくこの次。
 広い部屋に足を踏み入れた途端、背後の空間に壁が下り、閉じ込められた状態になる。これは、朱堂の区画の最終地点でもこんなのがあったな……!
「な、何、この音?」
「落ち着け。慌てるな。よく見ろ、床に明らかに怪しいふくらみがあるだろ? こういうときは正しい順番であれを押すんだ」
「正しい順番って?」
「……ええと」
 え、さっきそんなこと書いてたか?
 こういうとき……こういうときは……。
「おいっ、わかったのか?」
 床のスイッチに向かって走る九龍に後ろで皆守が怒鳴る。
「こういうのは連続じゃないんだよな、だから真ん中は一番最初か一番最後で、」
「お前は結局それかっ!」
「だってわかんねぇんだからしょうがねぇだろ……!」
 次々と床のボタンを押していく。
 三つ全て押して蛇のレバー……って、駄目か!
 ごごご、と嫌な音とともに両側の壁が迫ってくる。
 今度は壁か……!
「やばいな……」
「このままだと潰されちゃうよ〜」
「待て待て待て……! 手前からで駄目だったんなら一番奥から……!」
「葉佩っ、さっきの石碑は関係ないのか!?」
「だってわかんねぇよ! 天若日子の話だろっ、北とか南とか上とか下とか出てな……」
 ……出てた、か?
 下照比売は……下?
「さ、さっきの……な、何だっけ!?」
「えええ、九龍くん覚えてないの!」
「下照比売を妻とし……それで、えっと」
 そこしか出てこない。
「天上へ帰ることはなかったとかじゃなかったか?」
「それだー!」
 そうだ、最初は葦原中国の文字が出てた。つまりは中、下、上か!
 下、は手前でいいのだろう。方向的にもこっちが南だ。順番に押してレバーを引く。壁の動きが止まり、ゆっくりと元の位置へと戻って行った。
「……解除完了ー……」
「怖かった〜」
「葉佩……」
「いやっ、さっすが皆守くんだな! お前が覚えててくれるからおれは覚える必要ねぇなぁ、とか」
「ある意味尊敬するがな、その根性」
「あれ、何か怒ってる?」
 そりゃあまあ命の危険があるのにこんないい加減なことやってちゃな。
 いや、もうマジでごめんなさい……。
 それでも、どうしてもシリアスな空気になるのが嫌で真面目に謝ることが出来ない。
 次の部屋はハシゴのある小部屋で、その上は……完全な森だった。
「へえ、こんな所に森があるとはな。自然の力ってのはすごいもんだな」
「いやいやいや、これは遺跡の神秘、ってそんなこと言ってる場合かっ、何か居る」
 また、見たことのない敵が居た。
 草のような花のような、
「あ、たまねぎ」
 たまねぎのような、
「って違うっ!」
「ん? ああ、まあたまねぎは動かないしな」
「おれもお前のそういうとこ尊敬するわっ!」
 この状況で何を冷静に!
 九龍はとりあえず銃を向ける。その顔か、そのめしべみたいなのが弱点だろ……ビンゴ!
「こいつら射撃に弱い。楽勝だぜ」
「九龍くん、向こうにも居るよ! スマッシュ撃とうか?」
「いや、とっといて。おれが何とかする」
 木の影に隠れてしまえば相手の攻撃範囲には入らない。
 更に奥に居たこうもりも無事倒し、九龍たちは最初の位置へと戻る。
「何か新しい区画に入る度に見たことない奴いるなぁ」
「今のたまねぎはどこが弱点なの?」
「あのたまねぎは上の細長い部分……って、たまねぎで決定かよ」
 まあ形は確かにそれっぽかったけど。
 九龍は石碑の前に座り込みながら、何となく笑い出しそうになる。
 ああ、やっぱりいいなぁ、バディが居るって。
 これぐらいのやりとりはしたい。初めて見たものへの驚きや興奮ぐらい共有したいじゃないか。
「よっし、これは多分その向こうだな」
「読めたのか?」
「ばっちり読めた。何なら音読してやろうか? 天若日子は、天佐具売の言葉に迷い、」
「あ、また天若日子?」
「おお。これも伝説のまんま。ええと……うん、多分ここに矢が要る。どっかに矢、ないか?」
「あ、あっちに壷あるよ」
「この先にもあるぜ」
「先って……見えねぇよ」
 とりあえず八千穂の言った壷から開く。
 ……って、開かないし。
「……おい?」
「その壷は違うな。向こうだ」
「……開けられなかったのか」
「的確に言わんでいいっ!」
 ああいう開錠が難しいものには秘宝は入っていないから大丈夫だ。
 実は全く根拠ないことを言って九龍は先の壷に向かう。ホントに遠い。何でこんなのが見えるんだ皆守。
「おっ、秘宝発見!」
 軽く開いた壷には、やはり秘宝。
 急いで戻って台座にセットする。
「これって……鏡を動かせばいいの?」
「だろうな。八千穂も段々わかってきたなー」
「えへへっ、ずっと一緒にやってるもんね!」
 鏡で光を反射させていく。こういうギミックはわかりやすい上に楽しくていい。
 部屋の奥に留まっていた皆守がその光の軌道を追っている。
「これで、伝説の再現が完成ってわけか」
 矢から伸びた光が女性の像へと突き刺さる。
 そう、天若日子は遣いとしてやってきた鳴女を射殺した。
「石碑が読めなくても、神話さえ知ってれば何とかなるのか?」
「そういうところもあるな。おれは一応両方勉強したけど」
 七瀬はこちらがわからないと知れば、きちんとわかりやすい言葉で説明してくれた。最初の頃は七瀬の言葉自体がちんぷんかんぷんだったのだけど。あれも買い被られてたってことなのかなぁ。
「さ、次だぜー」
 怪我一つ負わず、悩むことなくギミックを解除した九龍は、最初の失敗を忘れかけている。実際失敗したわけじゃないしな、あれ。
「あ、またたまねぎ」
 部屋を開けて最初に居たのは前の部屋でも見た植物のような敵。
「お前も言ってんじゃねぇか」
「それがわかりやすかったんだよっ」
 会話をしながら敵に銃を向ける。右側にも敵はいたが、無茶せず、相手が近付いてくるのを待った。
 ここで飛び出せば敵に囲まれてしまう。
「おれも考えて戦うようになっただろー」
「そういうことを戦闘中に口に出さなきゃいいんだがな」
 残りの敵は、女とたまねぎとこうもり。
 銃を構えていた九龍は、たまねぎとこうもりを先に始末した。女型の敵は銃が効きにくい。
「うおっと……!」
 そうこうしている間に、その女型の敵は間近まで迫っている。九龍は慌ててナイフに持ち替えた。
「って、あれっ!?」
 このタイプは簡単に倒せる、と高をくくっていたら、思ったよりダメージになってない。見た目は同じだが、強くなってる……!
「う、わっ……」
「あー眠ぃ……」
 振り上げられた大剣をナイフで受けようと腕を上げる。だが、それより早く皆守が後ろから九龍の体を引き寄せた。間一髪で敵の攻撃を避ける。
「だからお前っ、いい加減そのやり方……」
「九龍くん、前っ!」
「ああ、もうっ!」
 口論している場合じゃなかった。
 必死で敵をナイフで切りつけ、ようやく女の悲鳴が上がる。
 ああ、やっぱり何度聞いても嫌だな悲鳴は。
 HANTが敵影の消滅を告げて九龍は息をついた。
「……何だ? 何か文句あるのか」
「いや……助かったけどさ」
 最近よく助けてくれるようになったと思う。でもいい加減普通に助けてくれてもいいと思うんだよな? 眠いとか言われて引きずられるのは微妙な気持ちになる。
「何かここ、凄く水が溜まってるね」
「八千穂ー。先行くなよー」
 九龍が立ち止まると勝手に追い抜いてしまう八千穂にため息をつきながら、九龍は皆守から視線を逸らし、部屋の奥へと向かう。今度は何やら鳥の像が多い。
「ええと石碑は……と、あった」
「読めるのか?」
「しつこいな! 読めるっての」
 天若日子の親神達は嘆き悲しみ鳥たちに……って、この話知らねぇな。神話もまだまだ完璧じゃないんだよな……。
「ねえ、どうすればいいの?」
「……鳥達は中央に集いて役目を果たした」
 九龍はそこだけ音読して振り返った。多分重要なのはここだろう。
「中央に向ければいいのか?」
「そういうことだな」
 八千穂が手伝い、順番に動かしていく。皆守は動いてなかった。こいつ、ホント手伝う気皆無だよな。
「な、何か出てきたよ?」
「ううん? これは……」
 光が集まる玉のようなもの。
 何だかやたらに汚い。カビだらけじゃないか。これが本来の姿じゃないだろう、絶対。
「次はどうするんだ?」
「……これを磨きましょうー」
「は?」
「丁度いいところに洗剤があります」
「お前そんなもの持ち歩いてるのか……」
「ここはホントいろいろ持ち歩いてないと困るんだもんよ……」
 なにせ壊れてるギミックだらけ。作られてからの時間が経ち過ぎているのだろう。墓守はわざわざ直しちゃくれない。
 今回は補修剤をいろいろ持ってきた。洗剤はついでだったが、これは多分役に立つ。
「ほらなぁ!」
 磨かれた玉は光を反射し、無事次の扉への道を作った。
「何でも片っ端から、ってのは悪くはないんだぜ」
「……時と場合によってだがな」
「……まあ、そういうツッコミもたまにはありがたい」
 調子に乗って失敗することの多い九龍だから、それは間違いなく。
 ああ、だから知的でクールな美人パートナーが欲しかったんだ、おれは。
 ちゃんと自分の欠点最初からわかってたじゃないか。
「さあ次は……って暗っ」
「気をつけろ、そこにハシゴがあるぞ」
「お前はやっぱり見えてんのかよ……!」
 暗視ゴーグルのスイッチを入れる。
 九龍も夜目は利く方なのだが、皆守には全く敵わない。
「やっぱお前夜行性か」
「どういう意味だ」
「あははっ、確かに昼間はずっと寝てるもんねぇ」
「おれは夜もちゃんと寝てる」
「ちゃんととか言うな、不健康優良児」
 進むと、確かにハシゴがあった。これは気付かず落ちたら大変だ。
「八千穂、見えるか、ここ?」
「ええ? 見えないよ」
「ゆっくり一歩……もう一歩。ストップ。その下」
「あっ、わかった」
「おっけー、そのまま降りて」
「八千穂を先に下ろすのか」
「いや、だって」
「九龍くん、ここ短いよ?」
「お? マジで?」
 すぐ下から八千穂の声。これはホントに大した距離じゃない。九龍は遠慮なく飛び降りる。
「ったく……」
 皆守も呟きとともに降りてきた。ハシゴの下も真っ暗だ。
 慎重に進むが、その部屋にはメモと、壷が一つあっただけだった。
「……鞭発見」
「……何だそりゃ」
「鞭は立派な武器だぜー。使ったことねぇけど」
「何か難しそうだね」
「あー、練習しないとお前らに当たりそう」
「使う気か」
「使えるもんは使わなきゃな」
 とりあえずは必要ないので仕舞っておくが。
 そういえば一度一緒に潜ったハンターに鞭が得意な女性が居た。あれは……正直怖かった。
「さて。次辺り敵が居そうだ。慎重に行くぜ」
 居た。
 女にたまねぎにこうもり。
 ここは大体このパターンか?
 いまだたまねぎの攻撃範囲はわからないが、攻撃を受けてみる、という気も当然ない。慎重に影に隠れながら敵を倒す。
 今回、戦闘は楽勝だなー。
「何だ、もう終わっちまったのか?」
「お前もたまには葉佩くんすごーいとか言ってみろ」
「……言って欲しいのか?」
「止めてくださいお願いします」
 おれが悪かったです、などと言いながら中央の石碑へ。
 んんん?
 読んでから振り返る。
 床に敷き詰められた少し違った絵のあるパネル。
 大きな顔の像が二つ。
「…………」
「読めないのか?」
「いや、読めるんだけど……ちょっと待って」
 像の一つ。
 こちらにも文字は彫ってあった。
 そこに立った途端、パネルが盛り上がる。罠の発動音はない。だが、ギミック解除に必要なのは……。
「……全てを歩み、か」
「九龍くん?」
「ええとな。多分ここから向こうの像までこのパネルを全部踏んできゃいいんだよ」
「そうなの? 簡単じゃない」
「いや、多分それも順番がある」
 九龍はパネルを踏まないようにして、もう1度石碑の前まで戻った。
「5日目に最北西の地を、23日目に最南東の地を踏んだ」
 声に出して読み上げる。
 全員で顔を見合わせた。
「最北西ってどっち?」
「ええと……そこかな」
 HANTを出して東西を確認しながら言う。
「じゃあ最南東はあれか」
「5日目、23日目ってのはやっぱり5歩目、23歩目ってこと?」
「多分な。……だからこういってこういってこう……ん? 5、6、7……あれ、これじゃ駄目か」
「そうじゃなくて、こっちからこういってこういって……」
 八千穂が指で道を示していく。……でも、駄目だ。
「あれぇ?」
「ええと、それじゃあこういってこういって……」
「さっきもそうじゃなかった?」
「だからこう……って、これじゃ全部埋まんねぇか」
「ええと、1、2、3……」
 八千穂と2人でああでもないこうでもないと言い合う。
 皆守は……うとうとしているのかと思えば真剣にパネルを見ていた。
「皆守っ、お前も考えろ」
「……こうじゃないのか?」
 1、2、3、と数えながら皆守が道を示していく。
 23番目で最南東。そして……全て踏めた。
「おおおお!」
「凄いっ! それだよ多分!」
「ってかお前黙ってると思ったら考えてたのか! 意外に謎解きは好きだよな、お前!」
「いいからとっとと踏め」
「おう。……って、どうだったっけ」
 蹴られた。
 おれの頭で一回で覚えられると思うなよ……!
 偉そうに言うな、と言われつつ皆守の誘導でパネルを踏んでいく。どうやら正しい道を選ぶと火がともるようだ。何度もやれるならそれで試してみても良かったな。
 無事全てのパネルを踏んで隣の像に着く。扉の開錠音がした。
「おっけー! 解除!」
「凄い、順調だね」
「おれも進化してるんだよー」
 まあ皆守が居なかったらどれだけ時間がかかったかわからないが。
 それでもさっきの難しい石碑が読めたのは間違いなく勉強の成果だ。
「……油断するなよ」
「……はい、ご忠告ありがとう……」
 ありがたいときもあるけど、水を差された気分になることも多い。
 心配されてるんだと思うと何も言えないけれど。
 やたら長い通路を歩いて、九龍は次の部屋への扉を開けた。


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