地獄の才能─3

「さ〜て、と」
 昼食が終わったあと、八千穂は次の授業の準備とかで先に帰ってしまった。何かの当番らしい。そういえば九龍は係とか委員会とか全く関わってないのだが、それでいいのだろうか。転校生だから免除されているのか。とりあえず下手に聞いてじゃあやってくれと言われるのも嫌なので放置している。
「七瀬ちゃん居るかな〜」
 暇になった九龍はマミーズを出て図書館に向かっていた。雨は上がったが、屋上はまだ濡れているだろうし、とにかくそろそろ七瀬とはっきり話した方がいい。書庫室や司書室なら何とか2人きりになれるかもしれない。
 そう思って扉をくぐる。最初に目に入ったのは、入り口近くで本棚の前に突っ立っている真里野の姿だった。
「は、葉佩」
「あれ、真里野?」
 何やってんだ、こんなところで。
 九龍はつい呟いて、真里野がそれに動揺を見せる。昼休みに図書館に居て何がおかしいと。本が読みたくてここに来ただけだと。
 それはまあそうなんだろうと何も言われなければ思ったが。
 何でそんなに言い訳染みてんだよ。
「お前も本とか読むんだな。いや、何か意外でびっくりしたけど」
 古書や巻物は似合いそうだ、と口に出さずに思う。
 真里野は何故かしつこいほど頷いて本が読みたいだけだと繰り返した。
「そういや真里野、あのときのことなんだけど……」
「あのとき、とは?」
「あー、いや、あのな……七瀬ちゃんが行っただろ? お前の……えっと、あそこに」
 一応図書館内。誰が聞いているかわからないので曖昧に言う。だが真里野はそれにも動揺した。馬鹿、変な反応見せるな、と思ったが真里野の様子はどうにもおかしい。先ほどからの言い訳染みた感情の篭ってない言葉といい、このうろたえようといい。
「……お前は、その」
 あれが自分だったと。
 言うべきなのかどうかはいまだに迷っていた。
「お、お主、その、七瀬どのとは……」
「ん?」
 九龍が言葉に迷っていると真里野の方がそれを口に出す。
 僅かに顔を赤くして視線を逸らす様子。真里野は全身で背後を気にしていた。そこに居るのは──七瀬。
「……お前さぁ、ひょっとして」
「な、何だ!? 拙者はただ本を読みにここに」
「何でそっちに行くんだよ、いや、まあいいや大体わかった」
 まさか、という気持ちが強すぎてつい目を逸らしていたが。
 やっぱり真里野、七瀬に惚れたか。
 いや、もう、真里野と戦ったあとの反応からも怪しいとは思っていた。思っていたが気付きたくなかった。
 お前が惚れた相手の中身、おれだぞ……。
 とりあえず言わなくて良かったのかもしれない。多分ショックどころじゃないだろう。うん、でもおれ、あのとき精一杯七瀬の演技したし。強さに惚れた、以外なら多分そんなに間違ってないよ、うん。
 九龍はそれがこの状況への責任感から逃れるための思い込みだと自覚しているが、考えないことにした。
 なんつーか……ごめん、真里野。
「そうだ、お主に渡そうと思っていたものがあるのだ」
「うん?」
 ようやく落ち着きを取り戻したらしい真里野が懐から何かを取り出す。
 それは、剣道場の鍵だった。
 いつでも来い、か。うん、一度ちゃんとした勝負はしてみるべきかな。試合、だと反則とかいろいろあって九龍にはよくわからなくなるのだが。
 それから真里野には「白い仮面の男」に対しての忠告も受けた。
 多少聞いてはいたが、やはりファントムは執行委員をけしかけて九龍と敵対させようとしていたらしい。肥後の言葉とも一致する。まあ敵には違いないんだけど。卑怯者だの大切な者を奪いに来るだの、勝手な誤解を植えつけられるのは嫌な気分 だ。
 現在暴走中の執行委員も、何を言われていることやら。
 図書館内ではそれ以上話せず、九龍は真里野に手を振って別れる。そのまま七瀬の元へと向かった。
 真里野がこちらを気にしているのがわかる。ここで司書室で2人きりに、なんて絶対言えない雰囲気だ。
「やっ、七瀬ちゃん」
「あ、葉佩さん──どうも」
 存在には気付いていただろうが、声をかけられてようやく七瀬が顔を上げる。
 また、お互い気まずい空気。
 とりあえずあのときのことをお互いに謝罪する。
 遺跡の探索を行っていることについては既にメールで話してあった。勿論、ぼろぼろになった制服への言い訳でもある。
 結局制服の弁償は八千穂を通じてしてもらっていた。
 何となく、ようやくすっきりした気分になったとき、七瀬が少し言いにくそうに俯きながら言葉を出す。
「あの、ところで──どういうわけか、私たちが付き合ってる、なんておかしな噂が流れてますよね」
「あー……うん。やっぱり聞いた? 何かその……ごめんな」
 九龍の姿のまま自室に帰ってしまった七瀬にも問題があると思うが、あそこでとっとと逃げられなかったのは九龍の方の反省点だ。結局言い訳も七瀬にさせてしまっている。大体、あの出来事の原因は、やっぱり九龍なのだと思うし。
「いえっ、こちらこそ……! 私は別に、迷惑とかそういうことはなくて、」
 七瀬は顔を赤くしながら本を抱きしめるように腕に力をこめる。
「私たち、あんなことがあったとはいえ、まだお互い知らないことが多いというか、」
「な、七瀬ちゃん?」
「やだ、私ったら何を言って──」
「お、落ち着こう七瀬ちゃん。マジでおれでいいの? いや、じゃなくて! おれも別に迷惑なんかじゃ……いや、ちょっと待ってそれも何か違……!」
 落ち着くべきは自分のようだ。
 あああ後ろに真里野が居るのに!
 おれはどうすればいいんだ、もう……!
 お互い赤くなったあと、七瀬はおずおずと何かを差し出した。
 プリクラだ。
 そういえば真里野のプリクラをまだ七瀬に渡していない。
「ありがとう……。あの、良かったら今度から遺跡にも1度来てみない?」
 今度は完全に声を潜めて、九龍は言う。
 七瀬は目を輝かせて頷いた。
 まるでデートの誘いのような言い分には妙に健全な反応。遺跡への興味が勝っただけだろうか。つまり遺跡>九龍? いやいや、何を比べてんだ、おれ。
「あと、これ前に言ってた真里野のプリクラ。ごめん、一応貼っといて。見られることはないと思うけど万が一」
「あ、そうですね。わかりました。あの、真里野さん……最近よく図書館にいらっしゃるんですよ」
「そうなんだ……」
「ええ。葉佩さんは、あの、私の姿で何を……」
 銃で撃った後パンツ見られました。
 ……言えるか。
「今度詳しく説明するよ……」
 九龍がハンターであること。遺跡探索をしていること。その先で真里野と会ってプリクラを交換したこと。雛川が何者かに攫われていたこと。
 大体、これまでに七瀬に話したのはそれぐらいだった。
 仲間に引き入れるなら執行委員のこと、ファントムのこと、全て話した方がいい。メールではどうにも面倒くさかったが、遺跡に来てくれるなら内緒話はし放題 だ。
 何だか安心して九龍は息をついた。
 七瀬とのことをどうしようとずっと思っていたのだ。
 バディとして、はこれで解決だ。
 あとは……恋の問題……?
 一番はっきりしなきゃいけないのは自分の気持ちだよなぁ、と九龍は思う。
 七瀬のことは好きだが、恋人として考えたことはない。
 真里野が惚れているらしいことも考えると憂鬱だ。友達と三角関係とか。絶対面倒だ。そういえば最初に八千穂を対象から外したのもそのせいだったか……? 皆守が八千穂に気があると思ってたもんな。いまだにその辺はよくわからないが。
「ん? 葉佩じゃないか」
「お、夕薙」
 図書館から出ようとしたところ、入ってきた人物に足を止める。
 夕薙。そういえば彼も図書館に居るところはよく見かける。はっきり言って教室での遭遇率より高い。
「お前授業は?」
「今日は午後から出ようと思ってるよ」
「相変わらずの重役出勤かよ。図書館に居る方が多くねぇ?」
「まあいろいろ調べたいことがあるからな」
 夕薙はそう言って持っていた本を軽く持ち上げる。返却に来たのか。一応借りて帰ったりもするんだな。
「お前って意外に超常現象とか、その辺の本よく読んでるよな。何だよそれ、呪い?」
 覗きこんでみれば呪術、の字が見える。
 そういうのは嫌いなんじゃないのか。
 見上げると、やっぱり僅かに嫌悪が見える。
「葉佩、お前は呪いなんかの類を信じるか?」
「信じるかって言われてもなぁ」
 実際あるし。
 と言っても多分夕薙は否定を求めてると気付けば迂闊に口に出せない。
 案の定、そんなものはあるはずがないのだと強い口調で言われる。
 だからお前、怖いって。
「否定するためにそういう本読んでんのか?」
「おれはよくわからないものを、わからないからと言って否定する気はないよ」
 立派な態度だ。立派な態度なんだろうけど、絶対に最初に先入観がある。
 やっぱりいずれ夕薙には呪いの実例を見せてやりたかった。
 案外実際見ればあっさり納得するんじゃないか?
 柔軟なように見えて、この一点だけは固い夕薙に一体何があったのか知らない が。
 ……何かあったのか?
「どうした、葉佩?」
「いやー。別に」
 そうだよな。これほどまで嫌うからには、何かあったはずだ。以前にも思ったはずだ。突っ込んじゃいけない話題だ、と。
「それじゃ、おれは教室戻るわ。夕薙も5時間目ちゃんと出ろよ?」
「努力はするよ」
「おい」
 ひょっとしてこいつ、皆守と似てんじゃないだろうか。
 言い方が違うだけで言ってること大差ないぞ。
 何となく2人が気が合ってるっぽい理由がわかってしまった。
 九龍の思い込みかもしれないが。










 そして結局夕薙は午後の授業に出てこなかった。
 昼寝しに来ているのに比べれば図書館に通ってる方がマシだろうか。
 皆守は午後の授業には出ていたが(屋上が濡れて使えないからかもしれない)。
「やれやれ、今日もやっと終わったな」
 チャイムが鳴り、その皆守は一つ欠伸をして立ち上がる。授業に出ても寝ているのでやっぱり大差ない。
 とっとと寮に帰ろうとする皆守に八千穂が座ったまま疑問の声を上げた。
「いつも不思議だったんだけどさ」
「何だよ」
「皆守くんって毎日こんなに早く寮に帰って何してるの?」
「何ってそりゃあ昼寝とか……あとはまあ──昼寝とか」
「お前……」
「うわ、信じらんないっ。ほんっと不健康なんだから」
「ある意味物凄く健康なんじゃね。お前って悪さとは無縁の不良だよなぁ」
「誰が不良だ」
「お前だお前」
「うーん、でも皆守くんは不良って言うより問題児って感じだよね」
「あんま変わんねぇんじゃね? まあおれも不良って言うと煙草吸って酒飲んで暴力振るってってイメージはあるけど」
 そのせいで最初びびってしまったのだ。皆守は不良というには大人し過ぎる。でも不良には違いないと思う。少なくとも真面目な生徒ではない。
「皆守くんもさ、もっとスポーツに打ち込むとかいろんなことにチャレンジしてみればいいのに」
「チャレンジねぇ。なら今度試してみるか。一日何時間寝られるか──」
「何だその不毛な挑戦」
 っていうか本気で24時間突破しそうだな、いや、でもこいつ結構ちょこちょこ起きてるか、と思っていたとき、突然破裂音のようなものが辺りに響いた。
 一瞬周りの生徒たちも静まり返って音の方向に目を向ける。
 今のは……銃声?
 何だかそれっぽかった。
「なぁ、今のって……」
「そう遠い場所じゃないな……。行ってみるか葉佩」
「お、おお」
 廊下に向かう皆守に、九龍も慌てて着いて行く。後ろから八千穂も続いたのがわかった。音はおそらく階段方向。他の生徒たちは、戸惑いつつもそちらに向かおうとはしない。執行委員の処罰である可能性にみんな気付いているのか。
 階段下の踊り場に、倒れてうずくまっている男子生徒と、その側に座り込んでいる男の姿が見えた。僅かに血の色も見える。
「目が……目がっ……」
「おい、大丈夫か……!?」
 慌てて階段を駆け下りる。ほとんど泣いているような声音で、男子生徒が生徒会の名を告げる。やっぱり……処罰か。
「おい、お前、撃った奴を見たのか?」
 皆守は側に座っていた男子生徒の方に話しかけていた。そのとき九龍は階段下から上がってくる人影に気付く。夕薙。後ろの男子生徒が混乱しながら皆守に状況を告げている間に、倒れていた男の手をゆっくり離し、傷の確認をする。
 九龍は何となく、それを見守っていた。
「大丈夫だ。こめかみを掠ったせいで血が目に入っているだけだ」
「あ、そうなのか……」
 ちょっとほっとして九龍は息をつく。男子生徒が顔を抑えたままなので見れなかったのだ。夕薙が倒れた生徒を保健室に運ぶようにと、一緒に居た男に告げ、そこでようやく皆守も夕薙に気付いた。
「──大和」
「よぉ。まったく、ここは相変わらず賑やかな学園だな」
「お前、ずっと居たのかよ……」
 ひょっとしたら図書館に居たのか?
 いや、ここは休み時間以外は七瀬が鍵をかけてしまうはずだ。司書室や書庫室は休み時間ですら鍵がかかっている。九龍は七瀬から合鍵を預かってはいるが。
「ああ、すまん。やっぱりまだ体調が優れなくてな」
「ん? じゃあ保健室か?」
 爽やかに言われても真実味はまるでない。夕薙は笑顔を見せたあと、少し真剣な顔になって辺りを見回した。
「まあな。それにしても……随分と物騒な匂いが残ってるな」
「ん?」
「何だよ、おれには何も匂わないぜ」
「まぁ、甲太郎の鼻はカレーとラベンダーの違いぐらいしかわからないからな」
 酷い断言をする夕薙に、皆守は顔をしかめる。
「勝手に言ってろ。で、結局何なんだ」
「決まってるだろ。硝煙の匂いだよ」
「硝煙……」
 言われて九龍は顔を上げる。
 確かにこの辺りに火薬の匂いは漂っている。花火のときのようなそれは正直硝煙と言われてピンと来ない。九龍の使っている銃でこのような匂いはしないからだ。皆守もそう思ったのかと思ったが、何の匂いもしないとか言ってる辺り本当に鼻が利いてないだけかもしれない。明らかにしてるぞ。火薬の匂い。
 普通なら先ほどの音とあわせて爆竹か、と思うところだ。実は爆竹見たことないけど。
「まぁ、例の執行委員って奴の銃なんだろうなぁ。改造銃か? どちらにせよ物騒だな……」
 こんな火薬使ってたら、確か暴発の恐れだってあるんじゃないか?
「ああ。葉佩、君は今の生徒会のこんなやり方に賛同できるかい?」
「何だよ、いきなり。おれはファントムを支持する気はないぞ? まぁ、だからって生徒会の味方も無理だけど」
「そうだな。生徒会が真に学園の生徒のための組織ならばこんな暴挙には出ないはずだ」
「悪い奴を処罰、ってだけならともかくなぁ」
 大して悪くもない上に処罰が重過ぎる。
 だが、呪いとファントムのことがある以上、生徒会に対してあまり攻撃的にもなれないのが今の九龍だ。
「そういえばファントム来なかったね。どうしてだろ。案外恥ずかしがり屋さんとか?」
「八千穂のその発想は大好きだよ」
 苦笑いして九龍は言った。
 夕薙の方は相変わらずそのファントムに対して冷めた目で見ている。いつもは影から様子を見ていたかのような早さで駆けつけている、と。ファントムに対する疑いがはっきり出ている。何かを知っている、というより無闇に鋭いんだろうか、こい つ。
 だが何故か夕薙はこの学園の謎を解く役割を九龍に振って来た。お前なら真実に迫れるとか何とか。何でこいつはおれをそんなに買い被ってるんだ? ハンターであることに気付いているにしたって、むしろ夕薙の方がそういうの向いてそうなんだけど。
「大和……お前な、あまりこいつを焚きつけるのはよせ」
 その夕薙の言葉に反応したのは皆守の方だった。
 やっぱりおれ、焚きつけられてる?
 そりゃぁ自信はあるか、って言われたらないって言うのも悔しいけどさ。
「この学園の禁忌に近付けば、待っているのは生徒会による処罰だけだ。いくら転校生とはいえ、命を賭けるほどのものなんてないだろ」
「皆守……」
 真剣な声で言われて、九龍は何も言えない。たまに皆守はこうなる。本気で、九龍を止めようとしているように感じるときがある。普段は冗談交じりにごまかしているが、心配はされているのだろう。何せ本当に……命の危険はあるのだから。
「それは葉佩の決めることであって、甲太郎には関係ないことだろう? そもそも甲太郎こそ、どうしてそんなにムキになる?」
「それこそ、お前には関係ないことだろ?」
 夕薙はその皆守に対してこちらもまた、強い口調で返した。いつものからかうような笑みを見せているが、目は真剣だ。
 間に挟まれた九龍はどうしていいやらわからない。
 何この状況。やめてやめて、シリアスな空気はやめて! でもここで笑い飛ばす勇気はない。その緊張を破ったのは八千穂の慌てたような声だった。
 こういうとき……ホント助かるよ、八千穂ちゃん。
 緊張が解け、夕薙と皆守もお互い目を逸らす。葉佩のことでおれたちが争うのもおかしな話、とか言い出されてまさにそういう状況だったのに気付いた。ああ、もうホントに居た堪れなかったよ……!
 しかし、少なくとも皆守は九龍のことを考えてくれてると思うのだが、夕薙は一体何なのだろう。
 夕薙がこの学園の謎に興味があることも、それを追っていることもわかる。それに──九龍を利用しようとしているのか。やっぱ……敵じゃなくても味方じゃないってのが正しいのかなぁ。
 皆守と仲が良いせいで距離を置き辛かったが、今の様子からするとやっぱり離れてた方が正解か?
 だが直ぐに夕薙は調子を取り戻して、いつものように皆守をからかって行ってしまった。言い返す皆守に笑う八千穂。普段通りの空気に九龍は却ってついていけな い。
 下校のチャイムの音が鳴り始めた。


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