地獄の才能─2
4時間目の授業は自習だった。
クラスメイトたちが、教師がこの時間の前に撃たれたなどと話している。
撃たれた、なんて日本で普通に話題に出ることだったかなぁ。いや、まさか本物の銃じゃないと思うが。
「生徒会なんてなくなればいいんだよな」
「生徒会なんて……」
当然その話題で持ちきりの教室内。生徒会に対する不満はどんどん高まっている。ファントムという味方をつけたこと、大勢で揃って騒げることで出来上がっているこの空気が、九龍には少し居心地が悪い。
執行委員の呪いのことも、ファントムの本性も知っているからだろうか。
隣に座る八千穂も似たようなもののようで、クラスメイトの噂から一歩引いた位置に居るようだ。
「何かますますいや〜な雰囲気だね」
「ホントにな。まあ生徒会もやり過ぎなんだけど……」
ここ最近のそれは本当に異常だ。ファントムに乗せられたからと言って……校舎内で人を撃つか? それともそれが生徒会の意思でもあるのか。その撃たれた教師が……実はハンターだったりするのか。
「確かに最近の執行委員の暴走振りは目に余るものがあるからな……」
「あ、皆守くん」
「お前、自習になると戻ってくるとか何なんだ?」
4時間目になってふらりと姿を現した皆守に言う。これじゃあ出席扱いにもならない。
「でも珍しいね、皆守くんがそんなこと言うなんて。以前だったらプハーとアロマ吹かしながら『そんな奴らと関わりあいになるような行動を取る方が悪いのさ……』とか言っちゃってたのに」
「八千穂凄ぇな……」
綺麗に皆守の言葉をトレースしたかのような言動に少し感心する。
皆守が嫌そうに顔を歪めた。
「あのな……。お前、おれをどういう目で見てるんだ」
「いやいや、今までのお前なら絶対そう言ってたんじゃないか? お前意外と校則に厳しいもんな。確かにそもそも校則破んなきゃ罰を受けることもないんだけど」
「ねー。やっぱ変わったよね、皆守くん」
「まあいい変化なのか悪い変化なのかよくわかんねぇけど」
柔軟になった、のだろうか。
執行委員に楯突くようになる、としたらそれは悪い方向かもしれないが。
まぁ皆守は執行委員のことも仮面の男のことも知っている。単にそれ故の発言だろう。
「ちっ、勝手なこと言いやがって」
「あ、どこ行くの」
「どこだっていいだろ。まったく、お前はおれの監視役かよ」
「ちょっと皆守くんー!」
「あーあ。八千穂がからかうから照れたんじゃねぇの?」
「え、私のせい!?」
教室から出て行ってしまった皆守。怒っている様子でなかったが、少しイラついているようには見えた。こういうときは近付かない方が無難だ。
「ま、あんな奴は放っといて。おれたちももう昼にしない?」
「もぉー、まだチャイム鳴ってないでしょ」
「いや、だって自習だしさぁ……」
このまま律儀に時間が終わるまで教室内に居なくても。
だが八千穂からは叱られてしまった。
こういうときは皆守の方が融通利くんだよなぁ。ってかあいつの校則守る基準はよくわかんねぇ。
「終わったらすぐマミーズ行こうよ。今日はちょっとカレー食べたい気分かも」
「えええ〜? 珍しいな八千穂が」
「私だってカレーぐらい食べるよ? 皆守くんが頼んじゃうと何となく頼みにくいんだけどね」
「あいつ結構うるさいもんな、カレーに関しては」
カレー食べるときは水飲まないとか?
まあ九龍は適当に流しているが。いちいち全部聞いてはいられない。
「あ、そうだ。おれこの前やっとカレーラーメン食べたんだけど。あれ結構いけるんだな」
「え? 今まで食べてなかったの?」
「だってカレーにラーメンって。今までのおれの常識にはなかったんだよ……!」
「あれは結構人気メニューだよね。私も好きだけどなぁ」
「でもやっぱりカレーうどんがないのは気になるよな」
「九龍くんなら作れちゃうんじゃない?」
「あー。材料手に入るかなぁ」
いつの間にかカレー談義になってしまい、結局2人は授業終わりのチャイムが鳴るまで話し続けていた。
……だからな? これなら、わざわざ教室に居なくても一緒だと思うんだよな?
教室を出て、マミーズに向かう途中七瀬に会った。
何だかまだ微妙にぎくしゃくする。メールではお互い話はしたし、図書館にも行っていたが、2人きりで話せるときがない。何せ七瀬の自室に九龍が居たことが発覚して数日間──2人揃って学校を休んでいた事実は、妙な噂を広めるのには十分だった。お互い、意識しすぎてろくな会話が出来ていない。数日間、九龍は自室に居た、七瀬も自室に居た、と皆守と八千穂が証言したが、盛り上がる生徒たちには特に関係がなかったようだ。そもそも皆守と八千穂の言葉だしな。庇ってると思われるよな。
七瀬の部屋に居た件も、雛川の証言がなければ停学ぐらい食らっていたかもしれないと皆守には言われた。ならばあそこに雛川が居たのは幸運だったかもしれない。
「私たちこれからごはんに行くんだけど、月魅もどう?」
結局会話は八千穂に任せて、九龍は一歩引いていた。
こんな態度じゃ益々怪しまれるのかなぁ。今まで通り、と思っても、そもそも今まで通りの時点で噂が経っていたのだからどうしていいのかわからない。
そもそも七瀬は迷惑に思っているのかどうか──。
そこを聞きたいと思ったが、七瀬は軽く昼食の誘いを断る。調べたいことがあるらしい。そういうときの七瀬の顔は妙に頼もしい。ああ、七瀬が動揺するからこっちもつい、照れちゃうんだな、とそのとき気付いた。
「4番目のファントムか……」
七瀬が調べていたのはそのことだったらしい。九龍もそれには真剣に頷く。
七瀬は、雛川を攫った男の姿を知らない。これは後でこっそり言っておくべきだろう。
ついでに七瀬からファントムに関するこれまでの情報を仕入れて九龍は思わず礼を言う。調べものなら七瀬だな、ホント。
たちまち顔を赤くして俯いてしまった七瀬に、しまった、と思わず思ってしまった。
ああ、やっぱ意識してるよな。絶対おれのこと意識してるよな七瀬ちゃん……!
固まってしまった九龍だったが、八千穂が明るくその場を終わらせて、2人は再び外に向かって歩き出す。八千穂も、七瀬の九龍に対する態度は気になっているらしい。頼む。頼むから気にしないでくれ……!
「あ、雨降ってる……」
「え?」
階段を降り、玄関口に向かったところで八千穂が声を上げた。
九龍もそこでようやく雨の音に気付く。かなり激しい音がしているのに今まで全く気付かなかった。
八千穂が傘を取ってくると駆け出してしまったので九龍は手持ち無沙汰にその場に佇む。
九龍は傘を持っていない。買う気もない。
これぐらいの距離なら濡れてもいいと思うんだけど。
だが、それは男の意見か。
あ、ひょっとして相合傘か?
でもそこまでやっても八千穂との噂は立たないんだろうなぁ。
何故だろう、と腕組みして考えていたとき、背後から何やら呻くような声が聞こえた。
「ん?」
思わず振り返る。だがその瞬間「見るな!」と鋭い声がして慌てて視線を戻し
た。
な、何だ……?
切羽詰った声に思わず従ってしまったが、放っておくわけには……。
もう1度振りかえろうとしたとき、再び声がした。
「あ、ありがとう、で、ありマス……」
「え?」
何故か礼を言われてしまい、九龍はそのまま固まった。
呻き声の主も、先ほどの鋭い声も、今の声も、同一人物。
どういうことだ? と思っているとそれに答えるかのように背後の人物は話し始めた。
「あ、あのっ……その……ど、どうしても、怖いのでありマス。自分を見る人の視線が……。痛くて、苦しくて……、恐ろしいのでありマス。ですから、そのっ……」
「あー……」
そういう、ことか。
だから『見るな』ね。
九龍は正直何と言っていいかわからない。だが男は気にせず続ける。誰かに話したかったのだろうか。見知らぬ相手に何を、と言い出す男にそう思う。
「情けないでありマス……」
まあ情けないっちゃ情けないのかもな。
でもそんなことは言えないし、言いたくもない。
「まあ、そういう悩みは人それぞれあるしな。聞くぐらいならいくらでも聞いてやるぜ。そういうのはちゃんと話した方がいいよ」
どちらかと言うと瑞麗先生の分野だが。
今度瑞麗に聞いてみようか。
九龍は正直自分の言葉が、こういう相手にどう響くのかわからない。だから、何か言うのが怖い。本当に聞いてやることしか出来ない。
だが男はそれで良かったようだ。見も知らない相手だからこそ安心して話せる──か。なら、怖いという視線は知り合いの者か? まあ関係ない人間の前でなら少々失態をさらしてもいいかと九龍でも思う。そういう話かどうかはわからないが。
「こんな事では正義を貫くことなどできナイ……こんな事デハ……」
やがて男は呟くようにそう言って、その場から去って行った。
足音が聞こえなくなるまで、九龍はその姿勢のまま固まっている。
……正義?
気になる言葉ではあったが、そこへ八千穂が戻って来たため、それ以上考えることは出来なかった。
ああ、やっぱり相合傘だ。
「八千穂って相合傘とか気にならない方?」
「えっ、だって、それは……九龍くんだし」
「あれ、どういう意味?」
おれとなら嬉しいからいい、のか。別に意識しないからいい、のか。
どうにも反応を見ていると後者のような気がする。
とはいえ九龍も多分……八千穂相手だと妙な意識はしないですむ。
勿論隣に並ぶと、やっぱり胸大きいな、などと考えてたりはするのだが。
「諸君! われわれは今こそ立ち上がるべきときである! ファントムこそはこの学園の真の守護者であり、われわれを生徒会の圧制から──」
そのとき雨の音を破る鋭い声が、九龍たちの耳に響いてきた。
「……何だ、あれ」
「うわぁ〜。あれが今をときめくファントム同盟?」
「凄ぇな、この雨ん中……」
聞いている生徒も結構多い。聞き手はほとんど傘を差しているとはいえこの人数。これは、生徒会も無視出来ないんじゃないか? こんなに堂々と生徒会への不満をぶちまけてもいいのだろうか。
「むしろ今までこういうのがなかった方がおかしいのか……?」
「……みんなそんなにこの学園のこと嫌だったのかなぁ。確かに最近の厳し過ぎる取り締まりはおかしいなって思うけど」
「今まではここまで厳しくなかった……?」
「少なくとも撃たれたり斬られたりなんてのは聞いたことないよ……?」
あとは精気を吸われたり爆弾で狙われたり?
これらも全て、異常なのだろうか。
そういえば──彼らが墓守になったのは、いつだ?
彼らは学園の生徒。入学前は少なくとも別の墓守が居たはずだ。いや、最近強化されたという可能性もあるか?
九龍は何となく白岐のことを思い出していた。
以前皆守が言ったことがある。白岐も1年の頃はあんな感じじゃなかったと。
執行委員として呪いにかけられることで変化があるのは、呪いが解けたあとの彼らを見ていると一目瞭然だ。
九龍は彼女を、執行委員かもしれないと思っている。
「あっ、白岐さん」
「えっ?」
ちょうど考えていたときに、八千穂が声を上げる。
温室近くに白岐が居た。屋根の下で、雨宿りをしているようにも、花を見ているようにも見える。ご飯に誘っちゃおう、と八千穂が元気良く駆けて行く。
初めて見たときは随分白岐に対して遠慮があったように思うのだが、最近の八千穂は積極的だ。八千穂も──変わったのだろうか。
残念ながら白岐は既に昼食を取った後だったらしいが、八千穂はめげずに話し続ける。
白岐は少し戸惑っているようにも見えるが、迷惑そうな様子はなかった。何せ八千穂を心配して保健室まで来たぐらいだもんなぁ。あのときのことを八千穂はそりゃあもう喜んでいた。報告した九龍まで嬉しくなったぐらいだ。あ、あのことがあったから積極的になったのか?
そのちょっと前からだった気がするが。
「そういえば白岐さんも見た? ファントム同盟」
「まだ向こうでやってるぜー」
雨音のせいで何を言っているかははっきりわからなくなってきたが、少し遠くから響いてくるその声はまだ続いている。白岐はどう思うのだろう、と思ったがあまり関心がなさそうにぽつりと言った。
「羊の群れが安全に生きるためには羊飼いの存在が必要なのに……」
「えっ?」
八千穂が驚いたように目を見開く。
九龍も驚いた。
つまり……生徒会が必要だと。
白岐はそう言ってるんだよな?
白岐は九龍に視線を合わせて聞いてくる。
「柵を越え、群をはぐれた羊を果たして誰が守るというの? 葉佩さん──生徒会は本当にこの学園にとって不要な存在だとあなたには、言い切れる?」
「白岐さん……」
やっぱり、彼女は執行委員なのだろうか。
強い言葉に戸惑っていると更に続けられる。
「あなたはこの学園について何を知っている? あなたの敵は誰? 味方は誰? 何が正義で何が悪?」
「ちょ、ちょっと待って白岐さん……!」
何だか混乱してきた九龍は慌てて白岐の言葉を止めた。
何だ。何を言い出すんだよ、いきなり。
そんなこと──考えたこともない。
「おれはただ……」
遺跡の秘宝を盗りに来ただけ。
だが、学園のごたごたに首を突っ込まないわけにはいかないことはもう知っている。生徒会が正しいとは九龍には思えない。呪いをかけられた執行委員の姿を見ているからだ。だけど、ファントムだって許せない。
つまり結局、
「おれの邪魔する奴が敵で、おれは正義じゃないけど、おれの敵も多分正義じゃない」
それが結論だった。
秘宝を奪いに来た九龍は、決して正義ではない。むしろ悪だ。墓守は、無法の侵入者からそれを守っているだけだ。だけど、そのやり方だって……正義とは言えな
い。
九龍の言葉にそう、と白岐は小さく頷いた。
くれぐれも見誤るなと、そう忠告を残して。
何で、そんなことを?
九龍を揺さぶるためとも思えなかった。
何となく八千穂と2人で見送りながら沈黙する。
八千穂も考えているのだろう。今の白岐の言葉の意味を。
だが九龍と同じく難しいことを考えると──
「う〜わかんないっ。考えてたら余計にお腹空いちゃったよ」
「そうだなー。とっとと行くか」
混乱した末に放棄する。
だがたまに、それで答えが出ることもある。
九龍は白岐のおかげで今はっきりと自覚したようなものだ。
九龍は侵入者。そして生徒会もファントムも──九龍の邪魔をする敵だ。
正義も悪も関係ない。九龍はただ、墓を暴くだけ。
それが執行委員の解放に繋がるだけなら何の問題もない。
生徒や教師を撃ったという男も、早く、解放出来たらいい。
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