時をかける少女─5
一人で入る遺跡内。
何だろう、この寂しさは。
ああ、スカートが気になるんだな、と九龍は思ってみたが突っ込んでくれる相手もいない。
とりあえず最初の石碑へと向かって解読する。
その間も、何の音も聞こえない。
改めて、いつもバディたちが結構喋っていたのだと意識することになった。うるさいとか邪魔だとか言ったこともある。もう言わないから誰か何か喋ってくれ。
「因幡の白兎……かな」
石碑を読みながら一人納得して扉へと向かった。
七瀬の体では銃が大きく感じる。さすがにナイフは不安で、今日は銃で主に戦う予定だった。あ、しまった、制服破っちゃったらどうしよう。
やっぱりせめて着替えてくるべきだった、と思いつつも扉を開ける。
水音の流れる部屋の中。奇妙な声の敵は……カエル!?
「何だ、これ……!?」
カエル……カッパ……ううん、カエルの方が近いか。
そんなことを思いながら銃を撃つ。見事腹の真ん中に命中し、敵が悲鳴を上げた。
「よっしゃ、一発で弱点!」
叫んでみても返す相手は誰も居ない。
やっぱり、寂しい。
慎重に間合いを計りながら残りの敵も倒して行く。落ち着いてやれば楽勝のようだ。九龍は息をついてリロードしつつ部屋の中を見回す。
兎の像に鰐の像。
先ほど石碑で読んだ因幡の白兎。
兎を動かしてみると、それに伴い鰐も動いた。
「……兎が鰐の上に乗って……とか、どうでもいいか」
自分が向こうに渡る道が作れればいいのだろう。
いくつか動かしてその道を発見する。
「楽勝楽勝、っと」
とんとん、と鰐の上を渡りながら九龍は呟く。
「…………」
やっぱり、誰も答えてはくれない。
九龍はHANTを取り出すと皆守へとメールを打った。
「因幡の白兎の伝説だな。ここは鰐に乗ればいいんだよ! これはわかりやすかったな!」
わけがわからないだろうが、知ったことじゃない。
迷惑メールは皆守宛に限る。
九龍はそのままHANTを仕舞い、石碑へ向かった。
どうせまだ寝てるだろう。返事は多分ない。
「ええと……うわ、次は罠か? 焼ける岩、大木の裂け目、殺意の矢……と」
怖ぇよ、と思いつつ九龍は扉を開けた。
今度は銃を構えない。罠の場合必要になるのは機敏な動きだ。あと勘。
本当は頭、かもしれないがそれは考えないことにしておく。
開いた先は真っ暗闇の部屋だった。
罠の発動音も聞いて、慌てて暗視ゴーグルのスイッチを入れる。
嫌な発射口が見えた。
しかも、ここも先ほどの部屋と同じく水が流れている。部屋の中央が開いている形で、うっかりすると落ちそうだ。
「もってくれよ、バッテリー……!」
部屋の構造を覚えて移動、は無理そうだった。
とりあえず左に向かい、何やら人の顔になっているレバーを発見する。
下ろそうとして、その上にある絵柄に気付いた。
これは……下ろす順番が関係あるって奴か?
「さっき読んだ石碑! な、何だっけ……!」
思わず後ろを振り返る。
取手や皆守なら! あと黒塚でも! 答えてくれたかもしれないのに!(八千穂は多分覚えてない)。
「最後が殺意の矢! それで……」
他のレバーを確認しに向かう。絵柄を見れば思い出すかと思ったのだ。
そもそもさっきの絵は何だ? 何を表して……。
「痛っ……!」
そのとき、横から衝撃が来た。爆弾か?
よろけて歩くと目の前に槍が突き出てくる。慌てて避けて尻餅をついた。体が痛い。目の前のレバーの絵柄だけ確認して引き返す。次……あと、どこだ。
そこから割と近くに発見する。水を飛び越えなければならない。ふらふらしつつ飛び越え、最後の確認。
だが、それでもやっぱり石碑の順番は思い出せなかった。
「くそっ……」
戻ろうと飛び上がった瞬間、また衝撃。
突き抜けるような痛みが肩に走る。
矢か。
何とか水に落ちずにはすんだが、ダメージが酷すぎる。
九龍は這うように元の扉の位置に戻った。暗視ゴーグルの充電がそこで切れる。
暗闇の中、罠の振動音だけが聞こえた。
……ここは安全地帯。だけど。
扉に手をかける。
……開いた。
元の部屋に戻ると、先ほどまでの罠の振動が嘘のように静まり返っている。
九龍は思わずずるずるとそこに座り込んだ。
血に染まった足がスカートの間から覗いている。
「…………最悪だ」
ふらふらと立ち上がり、来た道を引き返す。ジャンプするのも辛い。罠をありったけ体に受けたのだ。死ななかっただけ幸いだろう。
……おれが死んだら、七瀬ちゃんはどうなるんだろう。
無事体に戻れました、なんて話にはならないか。そもそも……これは七瀬の体なのであって。
扉を開きハシゴを降り、階段をゆっくりと下る。
魂の井戸に入り、ほっと一息ついた。
……遺跡内で負った怪我はここで治せる。
九龍はそれを知っているからこそ、いつも無茶をする。
痛みには慣れている。後遺症は怖いが、すぐに治るとわかっている怪我なら何の問題もない。
……本当に、そうだろうか。
井戸の中。体が癒され、傷もふさがって行く。
汚れた制服に顔をしかめ、出来る限り水で流してみた。
多分矢を射られた肩口辺りは、破れているだろう。
「……着替えていいかなぁ」
井戸から取れるのは九龍の部屋のものだけ。
九龍のサイズでは合わないだろう。身長差は10センチほどだが、幅が全然違う。
「……ここまで汚れたら一緒かな」
制服弁償します、と心の中で呟き九龍は立ち上がる。
ついでにHANTを開いて再び皆守へメールを送った。
「大ピンチ。爆弾受けて槍かわしたら矢に射られました。何で助けてくれなかった!」
……さすがに、怒られるだろうか。
言葉だけ聞くと凄い惨状だ。いや、実際酷いんだけど。
「あ、七瀬ちゃんに正体ばらすの決定だよな、これ」
これだけ制服をぼろぼろにして何をしてたかなど……上手い言い訳なんてない。
いい機会だよな、と思いつつ九龍は再び先ほどの部屋へと向かって行った。
今度は慎重に石碑の言葉を覚え、その通りにレバーを動かしトラップを解除した。
発射口の位置もしっかり見極めれば、攻撃だって受けなくてすむのだ。
どうもそういうのは皆守に頼り切っていた気がする。
「さて、次の部屋は……」
また水。今度は部屋を完全に二分していた。簡単に飛び越えられる範囲ではあるが。
水の音はこの区画に入ってから延々聞こえ続けている。どこから流れが来てるのだろう。
そんなことを考えつつ石碑に向かい、解読。
「ええと、蛇と蜂と……?」
像の札。札を入れる場所。
いつもなら勘でやってしまうところだが、とりあえず慎重に考える。何度も石碑を読み直しながら、ジャンプして像を動かし、再び札を取り──敵が現れて、九龍は固まった。
「じゅ、銃……!」
慌てて準備をしている間に敵が寄ってくる。
クモ。弱点を狙えば早いが、この位置からだと狙いにくい。
九龍は前方に向かって跳んだ。
こちら側からなら狙いやすい──そう思って振り返った瞬間、クモの攻撃が振りかかる。当然だ。ここはまだクモの射程内。
「く……そっ……」
手が痺れる。だが、動かないほどではない。
しっかり弱点を狙って、多少の攻撃は覚悟で撃ち続ける。そもそもこの小さな部屋、逃げるスペースすらない。
無事クモを消滅させ、ギミック解除を再開。受けたダメージは……結構でかい。
「……戻るか……」
何度も引き返して井戸に行っていたらどれだけ時間がかかるかわからない。
だが、死んでしまっては元も子もない。
出来るだけ一部屋一部屋を万全の状態で挑みたかった。
何せ、七瀬の命も多分かかってる。雛川の命も、なのだろう。
バディたちが居ない分、かっこつけることもなく素直に引き返す選択肢を取れた。
ああ、いつもはかっこつけて我慢してんのかおれ……。
気付いてしまったことに何だか情けなくなる。
引き返し、再び傷を癒して次の部屋。
また、敵が大量に居た。だが入り組んでいるため何とか敵の攻撃範囲から逃れつつ戦える。弱点がわかりやすい奴らで良かった。ああ、それでも頭に水槽乗せた敵は銃が効き辛い。弾が足りなくなるかと思った。井戸に引き返したときに補充はしているけど。
「でも今回はダメージなし、と」
慣れて来た、とでもメールしようかと思ったが、さっきからホントに全く返事がかえって来ないのでやめておいた。
取手や朱堂なら返してくれるかなぁ、と思いつつ、心配かけそうだしなぁと思い直す。
というか、取手なら信じてくれたんじゃないだろうか……。
今更そんなことを思う。
運動部は部活があるしなぁ……。
しかもみんなエース級。八千穂なんて確かキャプテンだ。邪魔するのも悪い。
「……まあ次行くか」
敵の居なくなった部屋で石碑を読む。
伝説の話だが、再現は簡単そうだ。
天詔琴、天詔琴……。
鼻歌を歌いながら動かしていく。動かすものはギミックを解除している、という実感が湧いて好きだ。
ええと、須佐之男命があれだから……。
動かして、更に木を回そうと思って気付いた。
「……壊れてやがる……」
古い遺跡だからだろうか。
何だかちょこちょことギミックが壊れている。
補修の材料は……当然持ってない。
「……また戻るのかよ……」
せっかく無傷で勝利したのに。
九龍は再び井戸まで走ってシーリング剤を取ってくるはめになった。
約束の午後7時は……もう過ぎている。
「おれ、頑張ってるんだからな……!」
少しぐらいは待てよ? そう心の中で叫びながら、戻った九龍は無事その部屋のギミックを解除する。
走りっぱなしで息が切れていた。
「次の部屋は何だっ!」
細い板の道。通路っぽいが、ここもまた何かあるのだろう。
すぐ側に石碑がある。
「……うえ……」
読めない。
あれだけ勉強して、随分石碑の解読が出来るようになったものだと……思っていたのに。
「難しすぎるだろ……」
これが読めないと、また罠やギミックの解除が出来ない。
九龍はそれでも、いつもの通り前へ進む。水の音が激しくなっている気がする。その理由は、角を2回程曲がったところで気が付いた。ここから、水が出てるのか。
そこで九龍は、地面の水かさがさっきより上がっているのにようやく気付いた。
流れる水がたまってきている。放っておけばこの部屋は水で満たされる。
「そういうことかよ……!」
溺死させるための罠。解除方法は三つ並んだ蛇のレバー。
「くそ、おれの勘なめるなよ……!」
もたもた進んでいたせいで水は既に九龍の足元まで届いている。
三つのレバー。
こういうときは順番通りじゃないんだよな。左から順、とか右から順、じゃない。真ん中は最初か最後。おれの勘では……最後! ならば左から行くか右から行くかの二択だ!
九龍は腕組みして真剣な顔でそんなことを考える。
実際その程度の考えで今まで罠を解除してきたのだ。
考えてる時間だって本当は惜しい。
九龍は思い切って左側のレバーから動かした。
「よし……よし!」
無事一発解除。
「やっぱ凄いだろ、おれの勘……!」
誰も見てないのが残念で仕方ない!
メールだけ送っておこう。
九龍はHANTを出して皆守へのメールを打つ。
『罠解除。おれ凄ぇ』
……段々何をやってるんだろう、という気になってきたが、こうでもしないと気が紛れない。
誰かに褒めて欲しくてやってるわけじゃないのになぁと九龍はワイヤーをよじ登りながら思う。
登った先で秘宝をゲットし、更にハシゴを降りると最後の部屋が見えた。
魂の井戸もある。
「……最後まで来ちゃったな……」
あれ、真里野への連絡とか、おれ、どうするつもりだったんだっけ?
ついつい探索に夢中になって深く考えていなかった。
とにかく……真里野はここに居る。
九龍の代わりに来た、とでも言うしかない。
部屋の隅にあった秘宝を回収し、扉の前へ立つ。
「……ん?」
回収した秘宝は二つ。ちょうど、それを埋めこめるような穴がある──四つ。
「あれ、まだ足りない?」
そう思いつつ隣にあった石碑を読む。
東は東へ、南は南へ、か。
「こっち……だよな」
とりあえず持っている秘宝を当てはめてみた。次の瞬間、鍵が消滅し開錠音が聞こえる。
「……あれ?」
これで良かったのか。
窪みはあるけど空けたまんまでいいとか。
いろんな鍵があるもんだ。
九龍はひとまず引き返し、井戸に入った。
戦闘準備を整える。
これで……出来れば真里野に勝ちたい。
時刻は約束の7時を大幅に過ぎていた。
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