時をかける少女─2
「ええと、おれは……葉佩九龍だけど」
お前は何だ? 侍? 侍なのか?
見た目だけではない、喋り方から動作から、全てが侍としか言いようがない雰囲気を出していた。侍って言ったら喜ぶだろうか、このタイプ。
などと呑気に思っていると、男はとんでもないことを言い出した。
彼は──生徒会執行委員だと。
「……いきなり名乗られるとは思わなかったな。おれに会いにきたのか?」
「ああ。同胞が倒されていくのを見て、お主と手合わせをしてみたくなったのだ」
「なるほどな……。考え方まで侍染みてんなぁ」
言うと、やはり少し嬉しそうになった。気のせいかもしれない。いや、でもちょっと頬上がったような?
「どうだ? 拙者とひと勝負してもらえぬか?」
「そりゃ執行委員ならいずれ戦わなきゃならないし、おれはいつでも歓迎だけど? でも──今、ここでか?」
墓の中でないと意味がないのではないだろうか。
というかこの男──解放されたくて来たってわけじゃ、ないよな?
呪われし力を授かったとか言ってるけど、自分が呪いにかかってる自覚はあるのか?
「拙者はいつでも良い。手合わせしてもらえるのなら、」
「あら、葉佩くん?」
真里野が言いかけたとき、突然廊下から声をかけられた。……雛川だ。
授業が始まっているのに教室に残っているのを疑問に思ったのだろう。まずいとこを見られたなぁ。
「あなたはB組の子ね? 真里野くんだったかしら。どうしたの? もう授業は始まってるわよ」
雛川は怒るでもなく、ただ首を傾げながら中に入ってくる。まずは理由を聞こうということかもしれない。
雛川に気を取られていた真里野は九龍に視線を戻し、言う。
「邪魔が入ったな。葉佩九龍よ。続きは後でだ。正々堂々と、このことは他言せぬよう」
御免、と言って真里野は去って行った。
どこまでも時代がかった男だ。
というか、他言しちゃいけないのか。遺跡の中ならバディ連れて行きたいんだけどなぁ。いや、勝負自体はタイマンでやるよ? やるけど。
「葉佩くん……ごめんなさい、何かお話中だったかしら?」
「や、いいですよ。終わったとこなんで」
終わってなかったが。内容までは聞いてないだろうと適当なことを言って、九龍はようやく教科書を取り出す。
……途中から出るの嫌だから、さぼっちゃおうかなー……。
そう思った九龍を見透かすかのように、雛川はにっこり笑って言った。
「音楽室はあっちよ。急いでね」
「………はい」
まあ、音楽室横からでも屋上には……。
「私もあとで見に行っちゃおうかしら」
「いってきまーす……」
やっぱばれたんだろうか。
珍しく皆守が居るみたいだし、大人しく授業受けるか。
九龍は殊更ゆっくりと音楽室へと向かった。
あー、昼飯まであと1時間……。
3時間目が終わり、九龍は空きっ腹を押さえて屋上へ行こうかどうか迷っていた。皆守は結局2時間目が終わった頃には姿を消していた。今日は天気もいいし、屋上の方だろう。あー、パン買ってくるかなぁ。
売店に向かおうとしたところ、ちょうど階段を上ってきた夕薙と会う。いつものように学ランは肩にかけ、半袖Tシャツ姿。だが、やっぱりいつもの通り体調不良らしい。
ホント、一体どこが悪いんだろ。
「よぉ、葉佩。もう授業は終わったのか?」
「さっき3時間目終わったぜー。おれはこれから飯」
堂々と言い切ると夕薙が苦笑する。そしてそこには突っ込まず、今日の騒ぎについて聞いてきた。まあ虫取り網持った高校生が駆け回ってればな。モップ持ってる奴が居るのは初めて聞いたが。確かに、どうするつもりだ。モップ。
「何かツチノコ見た奴が居るらしくてな。それでみんなでツチノコ探そうって感じらしい。八千穂ちゃんも張り切ってるし、おれも放課後は付き合わされるかなぁ」
「おいおい……ここはどこだ? 未開のジャングルや秘境の奥地じゃないだろ? 新宿だぞ?」
「そんなところに居るなんて人間が自然を破壊したせいだ、みたいなこと七瀬ちゃんが言ってたな」
九龍の言葉に夕薙は呆れたため息をついた。
「まさか、きみもツチノコが学園に居るとか思っているんじゃないだろうな?」
「見たって奴が居るなら居るんじゃねぇの? いや、おれも錯覚だった場合何と見間違えたかなぁとかは考えたけど。やっぱ蛇か? この学園、蛇ぐらいなら居るよな?」
「おれは見たことはないが、まあ居てもおかしくはないだろうな。……蛇ならば」
「あー、やっぱ夕薙はツチノコ否定派か」
強い口調とその表情で伝わってくる。馬鹿にしているわけでも面白がっているわけでもない、むしろそれは──嫌悪、に近いように見えた。
「ツチノコに限らず、世界中で目撃されたUMA──未確認生物が発見された例はない。ネス湖のネッシーもプエルトリコのチュパカブラも真相は不明なままだ」
お前詳しいな。
ネッシーはともかく、チュパ? 何だって?
皆守はツチノコも知らなかったんだぞ。
と、頭には浮かんだが言葉に出す隙もなく夕薙は続ける。
「『不明』というのは明らかになっていないという意味だけではなく、明らかに出来ないという意味もあるだろう。つまり、奇跡だの呪いだのと一緒で、UFOやUMAなども存在しないと言う事さ」
「また乱暴な話だな、おい……」
物凄く反論したいのだが、正直夕薙に口で勝てる気はしない。絶対おれより知識もあるし。こっちは言えないことだらけだし。っていうかこいつにとっては奇跡も呪いも一緒くたか?
あー、呪いの実例突きつけてみてぇ。
思いながら夕薙を見る。つい、睨むような視線になったのだろう、夕薙からそんなに怒るなと言われてしまった。余裕だな、お前。
そのまま体の調子に話題が移った。夕薙の体調不良は、何かの病気ではないのだろうか? よくわからないが、突っ込んで聞いていいものやらわからない。雛川辺りが夕薙の心配をしていたし、学校側には具体的な病名が伝わっているのだろうか。単に夕薙が上手く騙しているだけかもしれないが。こいつ、絶対それが出来そうだ。
「きみは、どこか具合が悪いところはないのか?」
「ん? おれ? 昔っから健康だけが取り得だよ」
風邪ぐらいは引くが。
馬鹿じゃない証拠だ。うん。
「そうか。それは良かった」
夕薙は奇跡や呪いは否定するが、精神の意味には興味があるらしい。
精神によって病を克服出来るか、か。
「病は気からってのは嘘じゃねぇと思うけどな、おれは。具体的な話になると無理だけど」
実例を聞いたことはある気がするが、今何ひとつ浮かべることが出来ない。こういうのが夕薙や七瀬との差だよなぁ。
「まあ、その辺りは瑞麗先生の分野だな。何といっても臨床心理士の──」
言いかけた夕薙は、ふと九龍の後ろに目をやって言葉を止めた。
思わず九龍も振り向く。
窓の側に白岐が居た。いつの間に。3時間目までの授業には出てなかった気がする。
外を見ていた白岐は、そのまま自然な動作でこちらに歩いてくる。
「こんにちは」
「あ、こんにちは白岐さん」
どうも白岐相手だと妙に緊張する。八千穂のあれがうつったのだろうか。あ、そういえば夕薙って確か白岐のことが──。
思わず夕薙を見ると、夕薙は当たり前のように白岐のことを見つめていた。そして何を見ていたかと問い詰めている。強い口調で。ただ外を、と答える白岐に嘘をつくな、とまで言った。
「おい、夕薙……」
こっそり夕薙の服を引っ張るが、まるでこちらに目を向けてこない。何考えてんだよ、白岐さん困ってるだろ!?
その白岐が九龍の方に目を向けてきて、九龍は慌てて手を離す。
「転校生というのはみんな好奇心旺盛なのかしら」
「まあ、おれはそうだし、こいつもそうみたいだけど。夕薙の興味はちょっと違ったとこにあるんじゃねぇ?」
意味ありげに聞こえるように頑張って言ってみたがスルーされた。
ううん、腹芸って難しいな?
いや、腹芸とは違うか、コレ。
「それよりもまだおれの質問に答えてないぜ? 一体、そこの窓から何を見ていたのか」
「しつこいなお前」
そんなに重要なことか? いや、下にいい男でも居たなら問題だけど!
……居るのか? ひょっとして白岐に好きな男とか?
結局白岐は景色を、と先ほどと同じ答えしか返さず、夕薙も諦めたのか、そういうことにしておこうと頷いた。信じてないじゃないか。
話は終わったとばかりに去って行こうとする白岐の進路を、夕薙が腕で阻む。
「待てよ、白岐」
足を止めた白岐が、僅か頭を上げて夕薙を見上げる。
「今度、晩飯でも一緒にどうだい?」
……うお。食事に誘った!
ここまで直球に来れば白岐もわかるだろう。いや、もうわかってはいるのだろうか。
どう答えるのか、九龍まで一緒にどきどきしながら白岐の反応を見る。
「……考えておくわ」
やがてぽつりと白岐はそう言った。
何故か緊張していた九龍も何となく力が抜ける。
そしてようやく白岐はそこから去って行った。夕薙はその後姿をじっと見つめている。しかしその視線は、恋する男の視線にはどうしても見えない。
……何なんだろうな。白岐に誰かを重ねてるんだろうか。白岐自身を見てる気がしないんだよなぁ。
まあ色恋沙汰に通じてるとはとても言えない九龍なので、気のせいだろうと思うことにする。
夕薙は学園の謎や怪談についての考えを独り言のようにもらしたあと、最後に繋げる。
「おれの見たところ、白岐は何かを知っている。この学園に隠された何かを、
な」
チャイムが鳴った。
夕薙は結局教室には向かわず、屋上へと登って行く。
九龍はそれを見送りながら考えていた。
……そういえば、夕薙も転校生、同じ目的を持っている可能性があると──最初に思ったんだっけ。
自分とは別のアプローチで謎に近付いているのかもしれない。それが……白岐なのか。
確かに白岐は何かを知っている感じがする。そして、何かに捕らわれている雰囲気も。
……白岐も、執行委員?
それはありえるなぁ、と自分の想像にため息をついた。
そうなったら、絶対に八千穂だけは連れて行けないよな……。
結局4時間目まできっちり授業を受けてしまった九龍は、急いで教室を飛び出し売店へと向かう。
夜食分の補充もしなければならないので大量に買い込んで、そのまま保健室へ向かった。走って駆け下りて、このまま屋上までまた駆け上がるのも億劫だし、もしここに皆守が居たならここで食べてしまおうと思ったのだが、今日は瑞麗の姿しか見えなかった。取手も居ない。まあ、今日は調子良さそうだったしな。
「おや、葉佩。どうした? 今日は皆守は来ていないぞ」
「みたいですね。まあそれはどうでも良くて──先生、またビタミン剤、くれませんか?」
遺跡で使っていたらなくなってしまったのだ。瑞麗は笑って棚からそれを取り出してくれた。理由を聞かれないのはありがたい。でも、それはそれでよっぽど疲れて見えるとか、そんなのか?
最近勉強と探索のしすぎだしなぁ。
「あ、そうだ、瑞麗先生はツチノコって知ってます?」
「ツチノコ?」
「何か、今話題らしいですよ、学園で。誰かが見たらしくって。ツチノコってそんなに有名なものなんですかね?」
皆守が全く知らなかった衝撃は、後になると、実は知らない人間も結構多いのか、という疑問になった。九龍だって人が話しているのを聞いたわけでも、絵や写真を見たことがあるわけでもない。
瑞麗はふむ、と煙草を揺らしながら言った。
「ツチノコね。私は見ていないが、確か日本古来より存在すると言われてきた幻の生物、だったかな」
「おお、さすが詳しいですね」
そういう方向での答えが返ってくると、知識があるなぁと思ってしまう。
単に表現上の問題か?
九龍なんて漫画で見た、としか言えない。
「それにしても──この学園は、閉鎖空間の割に何かと事件が起こるから退屈している暇がないな」
「ですねぇ。不思議な噂には事欠かないみたいですし」
おれが転校してからってだけでも、と言い掛けて、瑞麗の言葉に遮られた。
「特に、誰かさんが転校してきてからは。──なあ、葉佩?」
「……やっぱそうなんですか」
何となく、目を逸らしていた事実を突きつけられる。
九龍が転校してきてから一ヶ月。
ほとんど週一ペースで何か起こってるんじゃないだろうか。
「君は自分がトリガーであることをしっかり認識しているようだな」
認識させたのは先生です。
「ま、わかっているならもう少し自重してもらいたいとこなのだがな」
今自覚したばっかなのに。
っていうか自重ってどうすれば。
墓に入らない? 執行委員と関わらない?
どっちも無理だ。
九龍は曖昧に笑って保健室を後にした。
空腹はピークを過ぎてしまって、今はあまり気にならないが、とっとと屋上へ行きたい。
階段へ向かおうとしたとき、職員室の方から声をかけられた。
「あら、葉佩くん」
「あ、先生」
雛川先生。
「これからお昼?」
雛川は、九龍の下げた袋に入った大量のパンを見て、目を丸くしていた。
……一食分じゃないですからね?
ついでにおれだけで食べるわけじゃないですからね?
口には出さずに言い訳する。
ついでなので聞いてみた。
「先生、ツチノコって知ってます?」
雛川もまだ若い。世代的にはどうなのだろうか。
「ツチノコ? 確か、蛇みたいなトカゲみたいな感じの生き物よね?」
「そうです、やっぱ知ってますよね」
皆守だけじゃないのか。知らないの。
「それがどうかしたの?」
「いや、見かけた奴が居るって聞いて。先生は見ました?」
「さあ……見てないわね。男の子って爬虫類とかそういう生き物が好きな子多いわね。葉佩くんもそうなの?」
「いや、おれは別に」
別に嫌いとか気持ち悪いとは思わないが、熱心に眺める気もない。
というかツチノコってそういう分類で語られるものでもないような。
「先生も爬虫類はちょっと駄目ね。何だかヌルヌルテカテカして怖いし」
「? 爬虫類はむしろ乾いてません?」
あれ? ヌルヌルって両生類だよな? 違ったっけ?
蛇ってヌルヌル……ヌルヌル動く、とか? ううん、表現って難しい。
自分の知識にまるで自信のない九龍は強く断定も出来ず、そうだったかしら、と呟く雛川にも首を傾げることしか出来なかった。
後で七瀬ちゃんに聞いてみようかなー。あー、七瀬ちゃんも爬虫類とか苦手だったりして。女の子だしな。
「それじゃ、おれはツチノコ探しに行ってきます」
「気を付けてね?」
屋上に昼ご飯に、とは言わずそう言ってみたら大真面目に返された。
九龍は苦笑いしながらも階段を駆け上がって行った。
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