星の牧場─6

「よっしゃー! 次行くぜー!」
 井戸で休むこと30分。
 完全復活した九龍は元気良く叫ぶ。
 皆守は完全に寝ていた。
「起きろ、この野郎」
 蹴ろうと足を振り上げたのに避けられる。起きてんのかよ!
「ふぁ〜あ、もういいのか?」
「おうっ、見ろ。治ってるだろ?」
 ぼろぼろの学ランの下にあった傷も火傷も完全回復。ただし、学ランがそのままなので見た目は全く変わらない。皆守は八千穂の方に目を向けた。
「……大丈夫そうだな」
「うんっ。さあ、皆守くんも早く立って! 張り切って行くよ!」
「……お前ら、さっきより元気良くなってないか」
 皆守が疲れた顔で立ち上がる。皆守は皆守で何でテンションが落ちてるんだ。井戸の中に居たくせに。
「あ、もうここが一番奥なんだね」
「おお……来たなぁ」
 両開きの大きな扉。当然ながら、まだ錠は付いたままだ。
「これは刀の形かな?」
「だな。どっかに刀あるはずだ。行くぜー」
 引き返し、先ほどスルーしたメモも拾う。反対側の一番奥に、石碑があった。
「……うん。やっぱり剣かなぁ。……そっちの部屋だろうな」
 開いてない扉があと一つ。まあ中にあるんだろうと考えて、気軽に扉を開い た。
「うわ、真っ暗」
「嫌な予感がするな……」
「はいはい、戦闘開始ね」
 HANTの警告を聞きながら九龍は部屋に突入する。突然真横から、嫌な音が聞こえた。
「ん?」
「葉佩くんっ蛇!」
「おわっ」
 しゃっ、と噛み付きに来る蛇を慌てて避ける。先に進むが、追いかけてきた。この先にも敵は居るだろうに! 挟み撃ちかよ!
「八千穂ちゃん、スマ……ああっ、待ってっ!」
 先ほど八千穂はボールの補充もした。だが、ここで蛇に向かってやると九龍にも当たる。
 真っ暗な部屋の中、九龍は暗視ゴーグルのスイッチを入れた。
 ぞろぞろと敵が並んでいる。
「いいよっ、蛇お願い!」
 通路から外れた瞬間、八千穂のスマッシュが蛇に炸裂する。九龍はその間に武器をナイフに持ち替えた。敵が九龍を取り囲むように向かってくる。
 すぐそこは井戸だ。
 なら、少々の怪我は気にするな!
 心の中でそう叫び、九龍は飛び出した。背後で八千穂がスマッシュを打つ音も聞こえている。とにかく、これに巻き込まれないことが第一だ。
 暗視ゴーグルのおかげで視界は良好。井戸で充電も出来ている。蛇の悲鳴と同時に、八千穂が声を上げるのが聞こえた。
「葉佩くん、倒したよ! 中は!?」
「まだだ! 入ってくるな!」
「で、でもまだ敵居るんでしょ? ボール残ってるよ!」
「あほか。この暗闇で打ったら葉佩に当たる」
「あ、そっか」
 ありがとう皆守、その通りだ。
 ナイフでざくざく切りつけながら九龍は敵の攻撃も受ける。全員九龍に向かっている。大丈夫、通路に敵は居ない。
「っと……」
 壷に躓いて、がしゃん、と派手な音と共に九龍は倒れる。八千穂たちの声が聞こえるが、返事している余裕はなかった。咄嗟にナイフを捨て、銃でろくに狙いも定めず敵を撃つ。
 敵が怯んだ隙に急いでその場から後ずさった。っと、ゴーグルのバッテリーがそろそろやばい。
 銃を撃ちつつ立ち上がる。さっきも見た、四角い箱のようなものを被った敵。それが、腕を振り下ろした。
 甘い!
 下から来るのはもうわかっている。咄嗟に後ろに跳んで銃を更に乱射する。回り込みながら撃てば、ようやく弱点にヒットした。
「終わりっ!」
 首かよ。狙いにくいな。
 そう思いつつ銃を仕舞う。落としたナイフを拾った瞬間、視界が真っ暗になった。バッテリーが切れたらしい。危ないところだった。
「終わったのか?」
「あー。もう大丈夫。って、この辺りに秘宝が……」
 戦いの最中割ってしまった壷の中には、確かに秘宝があった。ちらりとしか見なかったが、剣の形はまさにあの錠前にぴったりだ。
 なのだが。
「くそ、暗いっ!」
「見えないの?」
「バッテリー切れちゃったんだよ」
 一旦井戸まで行って充電してこようか、と思ったときしゅぼっ、という音と共に光が見えた。
「あ」
 皆守の、ライター。
 黙って九龍が探していた辺りにかざしてくれる。それは、直ぐに見付かった。
「おー、あったあった。悪ぃ、その手があったな」
「お前はHANTだのゴーグルだのに頼りすぎなんじゃないのか」
「おれも今そう思ったよ……」
 そういえばライターすら持ってないな。ライターはいつも同行のハンターが持ってたからなぁ。……あ、皆守が持ってんだからいいのか。
「さて、それじゃあそろそろボス戦だ。気合入れていくぞ」
 勿論、その前に井戸に寄る。先ほどの敵との戦闘でも、また随分ぼろぼろになっていた。学ランはもう駄目だな、これ……。明日休もうかな。
「この中にタイゾーちゃんが居るんだよね」
「……多分な」
 八千穂ちゃんの制服も明日までにはどうにもならないなぁ、などと考えていたが、八千穂の不安げな声に思考を戻される。
 大丈夫。これから呪いを解いてやるから。
 九龍は、最後の扉を開けた。










 部屋の中はやはり暗い。だが、その巨体はさすがに直ぐに確認出来た。
 扉が開いたのに気付いたのか、悲しげな顔でこちらに近付いてくる。
「やっぱり来ちゃったんでしゅね……」
「タイゾーちゃん……」
 肥後は、九龍の後ろに居る八千穂を見て、更に悲しそうに顔をゆがめた。
「どうして八千穂たんまで……。みんな、どうして悪いこころのいいなりになってしまうのでしゅか」
「悪いこころって何だよ。お前の方がよっぽど……」
 言いかけて、慌てて口を閉じる。
 だから。肥後を責めるなおれ!
 自分に言い聞かせている内に八千穂の方が一歩前に出た。真っ直ぐに肥後を見つめている。
「タイゾーちゃんに悪気はないのはわかってるよ。でも、間違ってるよ。幸せにしたいって気持ちは間違ってないけどっ、それで誰かを傷つけちゃ駄目だよ!」
「そうだよ、やち……いや、とにかく、お前の目を覚まさせてやる!」
 八千穂ちゃんはお前のせいで倒れた……など、改めて突きつけることでもない。皆守は不満そうだが。お前はホントに黙ってろよ。余計な挑発しそうだし。
 銃を向ける。肥後は目を伏せた。
「ぼくは、この場所を知ってしまった人を見過ごすわけにはいかないのでしゅ」
「ああ。執行委員だもんな! 戦おうぜ!」
 というか、戦ってくれないと困る。
 ある程度のダメージを与えれば黒い砂が吐き出る……九龍はそう解釈しているし、今のところそれで合ってるはずだ。
 肥後が戦闘態勢に入ったことはHANTが伝えた。蛇もたっぷり寄ってくる。こいつら、ナイフも銃も効きにくいから嫌いだ。弱点は狙いにくいし。
 八千穂ちゃんのスマッシュはなるべく複数まとめて使いたいんだよな。だったら蛇を引き寄せるか。肥後はあまり素早くなさそうだし。
「蛇が集まったところでスマッシュ頼むな」
「うん」
 こういう戦い方も、この一週間いろいろ試して学んだ。一瞬付けた暗視ゴーグルで敵の位置も確認。下がりながら、何発か蛇に弾を当てて行く。
「……肥後の脂肪って何か、パンチとか弾きそうじゃねぇ?」
「……あまり効かなさそうではあるな」
 死にはしないとは言っても、やっぱりあまり人に対して銃は使いたくない。拳でぼこってるのもはたから見て気持ち良い光景じゃないだろうが。
「八千穂ちゃん、今っ!」
 叫んで、同時に九龍はその横に回りこむ。八千穂が撃ちもらした蛇を弱点狙いで倒すため、そして肥後に近付くためだった。
「肥後っ!」
 肥後がこちらを向く。この暗闇。肥後もあまり視界が効いてないのだろうか。
 墓守は墓の中で絶大な力を発揮する。自分のエリアぐらい目を瞑っていてもわかるくらいかと思っていたが。なにせ取手は目を塞いでいたわけだし。
「覚悟しろよ……!」
 銃を撃つ。今まで以上に効いてる気がしない。全部弾かれてんじゃないのか、あれ。
 腕やら足やらヘソやらいろいろ狙ってみるが、ダメージ効率が悪い。そうこうしている間に肥後はどんどん近付いていた。
「早く終わらせてご飯にするでしゅ!」
「うおっ!?」
 肥後が転がってきた。突然のことに避けきれず、弾き飛ばされる。
 そんな攻撃ありか!
 あー痛ぇ。
 今日は本当にダメージが酷い。
 それでも九龍は立ち上がり、そのまま跳んだ。
「あれ? どこに行ったでしゅか?」
 一瞬九龍を見失った肥後がきょろきょろしている間に回り込み、足に強烈な蹴りをかます。
 くそっ、倒れねぇか!
 至近距離でひたすら撃ち込む。弾薬の補充も素早く済ませ、肥後が攻撃に移る隙を与えない。少し後ろでは八千穂が無事、蛇を殲滅していた。
 ……ホントに強い。
 ひょっとしてこっちを八千穂ちゃんに任せた方がいいんだろうか。
 思ったとき、肥後から一際甲高い声が上がった。
 終わった、ようだ。
 九龍は再び弾薬を入れ替える。
「皆守っ、肥後頼むぞ!」
「……どうしろってんだ、これ……」
 HANTの警告音が鳴り響く中、部屋のど真ん中で倒れてしまった肥後は皆守に任せる。まだだ。ホントの元凶はここからだ。
 何かが現れたのはわかるが、暗くて確認が出来ない。九龍は再びゴーグルのスイッチを入れた。顔が下にある。逆さまっぽい敵の姿が目に映る。
 って、今度はクモか!
 そして部屋に散らばっている雑魚の姿も、同時に確認した。
 クモはまだ狙いやすい方だ。だが、かなりばらけているので、集まるのを待つより九龍が動き回った方がいい。
 九龍は先ほどちらりと浮かんだ提案を、八千穂にぶつけてみた。
「八千穂ちゃんっ! あのでかいの頼む!」
「えっ!?」
「ボール、あと何個!」
「3個しか、」
「十分! ぶつけといて!」
「わ、わかった!」
「おい! 何考えてんだ!」
 肥後を引きずりながら皆守が叫ぶ。九龍はそれに答える暇もなく、クモの撃破に向かう。っと、今までの部屋の奴より強いな……!
 それでも弱点を狙えば何とかなる。動き回りながら八千穂もしっかり視界に入れた。今度は常に暗視ゴーグルのスイッチを入れている。八千穂ちゃんが危なければ助けなければ。
 だが、肥後を運び終わった皆守がそちらに向かうのが見えた。……任せとく か。
 八千穂のスマッシュで敵が悲鳴を上げている。これは、かなりダメージを与えてそうだ。
「葉佩くんっ! 全部打ったよ!」
「よし、離れてろ!」
 言うまでもなく皆守が八千穂を引きずって行っていた。
 九龍もちょうど、最後のクモを倒し終える。
「お前にはとっておきだぜー」
 爆弾を取り出した。ガスHG。1発が結構高い!
 実は弾切れ間近だったのもあって、九龍は躊躇いなくそれを敵に投げつける。
 弱点に当たったらしく、化人は断末魔の悲鳴を残して消え去った。
「やったー!」
 八千穂ちゃんが後ろではしゃいでいる。うん、半分以上は八千穂のダメー ジだ。
「何だ、それは?」
「……聖書、かな」
 肥後の宝物。
 ようやく取り戻せた。
 壁際に居る肥後のところに持って行く。……皆守、ちょっと引きずり方乱暴過ぎないか? 何か学ランが結構ぼろぼろ……。
「うう……それは……」
 だが肥後は、聖書を見た瞬間目を見開いて体を起こした。
 思い出した、らしい。
 大切な何かを。
 ……自分を省みることを、かな?
 想い出に浸って、泣きそうな顔をする肥後を黙って見守る。
 どうして忘れていたのだろう、と呟く肥後は、やはり取手や椎名たちと変わらない。だが、肥後にはまだ忘れていることがあるようだった。
 白い仮面の人。
 墓守の呪いとは、また別なのだろうか。
 考えても思い出せないらしい肥後はやがて顔を上げ、九龍にこう言った。
「やっぱりぼくなんて駄目なのでしゅ。こんな自分のことなんて好きになれるはずがないのでしゅ。葉佩くんだってそう思いましゅよね?」
「いや、何でだよ」
 自分が嫌い、なんて言ってる奴は確かに嫌いなのだけれど。
 九龍は反射的にそう言っていた。
 そういう話ではない、とも思ったせいかもしれないが。仮面の人を思い出せないのは、多分肥後のせいじゃない。
 葉佩の否定をどう取ったのか、肥後は何かが吹っ切れたようだ。
 自分のことを好きになれるように頑張る、ならいいじゃないか。
 おう、頑張れ、などと偉そうに思ってみる。
 そういう結末の方が、気持ち良い。
 肥後から渡されたプリクラを受け取って九龍は笑う。
 ここに来る前のもやもやもようやく消えていた。肥後が八千穂に謝っている姿を見ながら一歩引く。
 皆守に肩を捕まれた。
「痛っ」
「……お前、また怪我してんのか」
「今日のおれは傷だらけのヒーローよ?」
 帰りは井戸に寄って行かねばならないだろう。
 皆守の呆れたため息を聞きながら、九龍は苦笑いをする。
 とりあえず、明日は学ラン何とかしなきゃなぁ。


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