星の牧場─5

 散々ハシゴを登ったあとはまたハシゴを降り続ける。何なんだこの作りは、と思いながら降りて、皆守たちを待つ。降りるときは皆守が最後だ。九龍が見上げれば八千穂のスカートの中は見えるかもしれないが、勿論そんなことはしない。
「何かハシゴばっかりだねー」
 八千穂がとん、と地面に足を付いて言う。
「なぁ。ハシゴ嫌いんなんだけどなー。手塞がるし。ま、降りるときは飛び降りりゃいいんだけど」
「それで前に怪我したの忘れたのか」
 皆守も降りてきた。怪我なんかしてない。体痛くなっただけで。
 皆守が居ない探索でも実は飛び降りて足をくじいたことがあるのは黙っておいた。椎名も黒塚も(そのときのバディだ)、言いふらしはしないだろう。
「おれも初めての場所ではやんねぇよ」
「やっただろうが」
「もうやんないっての! さあ、行くぞ!」
 狭い道。一人分しか幅のない場所は嫌いだ。背後の様子も確認しにくい。
 だが少し進めば広い場所に出た。石碑。蛇の形をしたレバー。何かあるようだ。
「さて、どれどれー」
 まずは石碑の前に立つ。
 難しい……いや、でもあれだけ勉強したんだ。大丈夫。わかる。
 真剣な眼差しで石碑を読み込む九龍を、皆守たちはただ後ろでじっと見守っている。……うん。
「わかったのか?」
「そっち行ってみりゃ多分な」
 何かを注ぐ順番を書いてあった。それが何かは先に行かないとわからない。
「何か社があるな」
「こっちのは……ツボ?」
「おお、多分それだ」
 社を通り越し、左に5つ、右に3つの壷を確認する。これが酒瓶だろう。九龍はまずHANTを取り出した。
「何やってるの?」
「いや、東はどっちかなーって」
 HANTはその辺の位置まで教えてくれるからありがたい。石碑に東だの西だの書かれても正直わからない。ああ、そういえばHANTがあるからコンパスは持ち歩かないんだよな、おれ。
「西から東へ。北から南へ、これを動かしゃいいんだと思う」
「それは勘じゃないんだな?」
「おお。間違いない」
 自信満々に言えば皆守はちょっと怯んだようだ。勉強したんだぞ、ホントに。
「葉佩くん、こっちの石碑はー?」
「あ……一応読んどくか」
 勘じゃねぇよ、とは言い損ねた。
 九龍は勘でも自信満々に言ってしまうので、こういうとき伝わりにくい。
 さて、もう一つの石碑に書いてあったのは……何だこりゃ? 最初と最後は火を噴く。他の顔は……。
「ああ、多分これ次の部屋の奴じゃねぇかな」
「あ、そうなの」
「ああ。ここ関係なさそうだし」
 とりあえず動かすこと!
 一番西で一番北の壷から動かしていく。今回は本当に自信があるのだが、八千穂たちはどこか不安げに着いて来ていた。……やっぱり前回のあれは悪かったよな。
 無事最後まで動かし終えると、どこかでかちゃり、と音がする。
「今の音は……この社か?」
「あ、先入んなよ」
 皆守の言う通り、社の方に秘宝が現れていた。
「ほら! 正解だっただろ!」
「凄いよ葉佩くん!」
 ここは勘だけではどうにもならなかっただろうなぁ、と思いつつ秘宝を手にし、ポケットに入れる。ほぼ同時にHANTが警告音を発した。
「な、何なになに?」
「………敵だ」
 九龍は社を飛び出し、先ほどの酒瓶の通りに向かう。
「八千穂ちゃん、敵は多分この先だ。スマッシュいける?」
「いつでも行けるよ!」
「よし、あの先!」
「うんっ!」
 2人同時に飛び出す。その瞬間、化人たちが一斉にこちらを見た──気がした。
「うわっ!」
「きゃっ……!」
 多い!
 1、2、3……8!?
 まさかこんな狭いところにこんなに密集してるとは思わなかった。近付くのはやばい。
「八千穂ちゃんっ!」
「いっくよー!」
 スマッシュは数匹まとめてダメージを与えるのに有効だ。九龍は銃に構え直し、ミイラっぽい敵の足元を撃って行く。何か箱かぶってるみたいな感じの敵は初めて見る。弱点がわからない。
「葉佩くんっ、もうボールないよっ!」
「下がってろ!」
 上から順番にそれらしきところを撃っていく。くそっ、全然ダメージなんねぇ!
 化人が、腕を振り上げた。
 やばい!
「うあっ……!?」
 腕はそのまま地中に沈み、下から九龍目掛けて襲ってきた。顎にヒット。不意を付かれてふらついた九龍を背後の皆守が支える。
「おいっ、大丈夫か」
「くらくらする……」
 視界が揺れる。だがまだ目の前に敵が居る。九龍は休むことなく銃を撃ち続けた。上手く力が入らないが、背後の皆守が支えてくれている。悪いが終わるまでそのまま頼む。
 結局弱点にはヒットしなかったものの、何とか敵は消滅した。くそっ、やっぱり初めての敵への対応が悪い。
 空になったマガジンをポケットに入れ弾薬を込め直す。
 皆守から離れ歩こうとしたが、立ちくらみがしてそのまま座り込んでしまった。
「は、葉佩くん?」
「大丈夫大丈夫。でもちょっと待って……」
 やばい、何か吐き気がする。変な攻撃受けたなぁ。
 九龍はポケットからビタミン剤を取り出した。保健室で瑞麗に貰ったものだ。無理矢理飲み込んでじっとしていたら、大分回復した気がした。
「……一旦井戸に戻るか?」
「……いや……うん、大丈夫」
 立ち上がって状態を確認する。心配げな2人の視線がちょっと痛い。でも八千穂ちゃん、八千穂ちゃんは今日同じ状態だったんだぜ?
 大丈夫って言われたって心配なものは心配──あー、じゃあ口で言っても駄目だよなぁ。多分顔色悪いし。
「今までの経験からいくとあと一つ二つ突破すれば井戸があるはずだ。そっちに行く方が早いだろ多分」
「八千穂のボールも、もうないんだぞ」
「……とりあえず次の部屋行ってから考えようぜ」
 既にヒントは石碑にある。火を噴く、という言葉からするとトラップ系の部屋だろう。九龍は皆守たちにもわかるようその部分のヒントを読み上げる。
「最初と最後は必ず火を吹く。他の頭は交互に火を吹く」
「何だ、それは」
「次の部屋の状況……かな。多分何かの頭? の像とかあって、それが火を吹いてんだと思う」
「…………」
 皆守が嫌そうに顔をしかめる。八千穂も少し緊張気味にラケットを握り締めた。
「さ、行くぞー」
 帰りたいと言われる前にとっとと扉を開く。頼むから1人にしないでくれ。
「うわっ、暑っ」
「こ、これ通るの……?」
 早速目の前を炎が横切っている。とりあえず入って直ぐの場所は安全地帯のようだ。皆守が入ったのを確認し、炎が途切れる時間を計算する。
「……どんだけ距離あるかなぁ。ちょっと待ってて」
 タイミングを合わせ、炎が途切れた瞬間顔を出した。
「は、葉佩くん危ないよ?」
「うわ、暗っ」
 先が見えない。
 慌てて顔を引っ込め、炎が通り過ぎるのを待つ。
「……どうだった?」
「……とにかく全力疾走。ってかこれの次のとこってどの瞬間で吹いてるんだろ……」
 交互に火を吹くらしいが、向かった瞬間火を吹かれたらたまったもんじゃない。しかも、狭いからやっぱ縦一列になるなぁ、ここ……。
 九龍は2人を振り返る。
「……ちょっと先見てくる。タイミングはかってから戻る……か、もしくは合図するから。耳澄ませといてくれ」
 こういうときは自分が行くしかないんだよなぁ。あれ? でもバディやってたときも先に行って危険の確認してこいとか言われてたな。いつもこんなことやってんのか、おれ。
「……ホントに行くのか、これ」
「行くんだよ。じゃあ、いち、にぃ、の」
 さん、と叫びながら九龍は駆ける。炎が噴出さない僅かな時間。だが、その分距離は短い。目の前の火を吹く頭を睨みつけながら角を曲がる。この先は……遠いな! 暗視ゴーグルのスイッチを入れても、暗闇の先が見えない。思った瞬間、ゴーグルの視界が光に包まれた。
「う、あっ……」
 ゴーグルのスイッチを切った瞬間、炎が体に吹き付ける。咄嗟に伏せたが、それでも吹き続ける炎が九龍の体を焦がして行く。グローブをした手で頭を守る。学ランに火が移り、炎が消えた瞬間、慌てて消しながら叫んだ。
「今だ! 来い!」
 ここの頭が今回火を吹いた。次は火を吹かない。ああ、もう、来て確認するしかないって最悪だな!
 走ってきた皆守と八千穂が、うずくまる九龍を見てぎょっとする。九龍は慌てて体を起こそうとして、激痛に悲鳴を上げた。体全体が熱くて感覚が薄かったが、相当なダメージだ、これは。
「は、はばき、く」
「落ち着いて八千穂ちゃん……。この通路は今回火を吹かないから。今の間にこの先まで行くぞ」
 心配している余裕も手当てしている余裕もない。ここは一気に駆け抜けなきゃまずいのだ。
 九龍は駆け出すが、歩く度に体中が痛い。皆守が背後で舌打ちするのが聞こえた。
「とっとと走れ。急がなきゃまずいんだろうが」
「いや、わかって──っ」
 突然後ろから脇に手を差し込まれ、皆守にほとんど引きずられるような状態で走らされる。
 ちょ、ちょっと、待て!
「痛たたたた! 痛ぇ! 痛ぇって!」
「我慢しろ。……この先が火を吹いてるぞ」
 言われて顔を上げれば、視線の先で横切る炎。やべぇ!
「うわ、次ここ来る! 急げ!」
「だからお前が急ぐんだよ! 八千穂、先に行け!」
「え、で、でも」
「いいから行け!」
 議論している時間も惜しい。八千穂が2人の間をすり抜け、次の通路へと曲がる。それを見て少しほっとした。ここで火を吹いても八千穂を巻き込まない……って、この距離で浴びたら、おれも皆守も死ぬな。
「くそっ……!」
 痛みを堪えて必死で走る。通路を曲がった瞬間、背後で火を吹くのがわかってぞっとした。
「葉佩くん……」
「どこまで続くんだ? ここは」
「わかんねぇ……! とにかく、次の通路まで急げ!」
 ぐるぐる回る通路をひたすら走って行く。汗だくになり、感覚が麻痺して来た頃、八千穂が叫んだ。
「ねえ! この最後の頭、ちょっと違うよ!」
 最後?
「見えるのか?」
 九龍を支える皆守が叫ぶように言う。そうだ、通路の先なんて遠すぎて暗視ゴーグルつけても見えないのに……。
「うん、ちょっと距離が短いから、」
 言いかけた八千穂の声を、焦ったような皆守の声が遮る。
「八千穂っ! 戻れっ!」
「えっ?」
 はっとした。
 最初と、最後は必ず火を吹く。
「きゃっ……」
 慌てて戻った八千穂だが、少し火が掠ったようだ。ラケットがからん、と地面に落ちる。
「八千穂ちゃん……!」
「葉佩、どうするんだ。この通路も次で火を吹く」
「行くしかないだろ……!」
 火を吹かない僅かな合間を縫って。
 2人は足を速め、通路の角まで来た。
「八千穂ちゃん、ごめん、すぐ立って。この炎が消えたら走るから」
「う、うん……!」
 八千穂がラケットを拾い、立ち上がる。ここに居てはどちらにせよ炎の餌食だ。最後の通路は距離が短いらしいし……。
「走れっ!」
 火が消えた。熱気の中3人は走る。そして奥の頭に辿り着く。通路は……ない!
「え、行き止まり!?」
 八千穂の声が背後から聞こえる。行き止まり。行き止まり、だ。
 どうしよう、どうすればいい。もう火が吹き出る──。
「葉佩っ、石碑には他に何か書いてなかったのか!?」
「あ? あ、あっ!」
 遠呂智を討つには八塩折!
「これだ!」
 仕舞っていた秘宝をセット!
 ぽんっ、と小さな爆発のようなものが起こって……隣の壁が開いた。
「……火、吹かないね」
「ああ……。これでギミック解除、なんだな」
 最後の最後で肝を冷やした。九龍は一気に力が抜け、ほとんど皆守にもたれかかるような状態になった。
「おい」
「……疲れたぁ」
「そりゃこっちの台詞だ」
 言ったと同時に皆守が手を離し、九龍はそのまま地面に落ちる。
 ……おい。怪我人だぞ。
「八千穂、大丈夫か?」
 そして八千穂は心配するのか!
「うん、そんなに痛くはないけど……水かけないとやばいかなぁ」
 八千穂の左腕のシャツが焦げて穴が開いている。あああ、ごめん。後で弁償するから!
 腕の火傷跡も……多分治るから……!
「……戻るか?」
「いやいや、とりあえず先行くぜ。扉は……開かない方針で」
 それが正解だった。
 通路の先には魂の井戸。
 他の場所の確認もそここに、メモすら拾わず3人は中へと飛び込んだ。


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