星の牧場─4
九龍は自室に戻ったあと、直ぐにJADEショップに繋いで弾薬や爆薬の補充をしていた。これで夜中までには届くからありがたい。
床に座り込み、銃の手入れをしながら考える。
今日、おそらく新しい扉が開く。
勉強も特訓もまだ全然足りてない気がしたが、開くからには進まないわけにはいかない。装備は慎重に。遺跡の中では落ち着いて。
自分に言い聞かせながら、ちらりと時計を見た。
初めて入る遺跡はどれだけ時間がかかるかわからない。今日もまた12時を回る可能性は高い。じゃあやっぱりバディは……皆守かな。
朝は好きなだけ寝ている男なので少々夜更かしになっても構わないだろう。
もう1人は誰にするかな……。
九龍は銃を置いて手帳をめくる。
遺跡に連れて行く仲間は、2人まで、と決めていた。遺跡自体に広さがないのでそれ以上多くなると動きが取り辛い。
出来れば女の子が欲しいけど、八千穂ちゃんは倒れたばっかだしなぁ……。椎名と取手は昨日付き合ってもらったばっかだし。皆守と朱堂を一緒にするのもなぁ。黒塚は初めての遺跡だとあちこちに興味持って大人しくしてない。
いざとなると意外に選択肢がない。今まで新しい区画の探索は全て皆守と八千穂とでやってきたのだと思い出した。……八千穂ちゃん、様子見に行ってみるかな。
銃を仕舞い立ち上がる。そのとき、メールを受信した。
「あー、先にメール送っといた方がいいかな」
いきなり尋ねるよりも。寝てても困るし。
受信音にそんなことを思いつつメールを開く。何と奈々子からだった。
「え、店員も送れちゃうのか、これ」
いや、学籍番号さえ知ってればわかるのか。言った覚えはないが、別に調べられないこともないのだろう。
昼間来てくれて嬉しかった……か。……リップサービスでここまではやらないよな……? な?
九龍は部屋を飛び出すと、皆守の部屋の扉を叩く。しばらくして眠そうな声が聞こえてきた。
「何だ一体……」
「なあお前、奈々子ちゃんからメール来たか?」
「は?」
昼間一緒に来たのは皆守も一緒だ。マミーズでは大抵皆守とセットのような気もする。勢い込んで聞く九龍に皆守はしばらく沈黙する。
「ああ、マミーズの店員か。何であいつがメールなんかするんだよ」
「来てないんだな!」
ってか奈々子ちゃん、で分かれよ! お前頑なに「舞草」とか呼んでるけど、大抵みんな名前呼びだぞ。
「これは……これはやっぱ脈ありだよな? あったかいスープ用意するべきだよな!」
そんなことを奈々子はメールに書いていた。あとカニが食べたいとか。
一人盛り上がる九龍の手元を、皆守が覗き込む。人のメールを勝手に見るなと言いたいところだったが、見せたい気持ちも多少あったのでそのまま読ませる。
「……たかられてんじゃないのか、これ?」
「そういうこと言うなっ!」
せめてねだってると言え。奈々子ちゃんはスープが飲みたいんだよ。
「お前何か、スープの材料持ってねぇ? しょうゆとかコンブとか!」
「しょうゆならあるが……お前持ってないのか」
「料理する暇ねぇんだもん」
「おれがやったカレー鍋は」
「インテリアと化してます──って痛っ」
蹴られた。いつか使う気はあるんだよ! 時間がないだけで!
「あー、でも使ういい機会だな。カニはあるんだから、何とかだしを……」
「……カニ?」
「遺跡で拾った」
「拾うな、そんなもん。まさか食わせる気か」
「いや、あれ食べられるぜ普通に? あ、そうだ、前のとき海草拾ったよな、あれ使えないかな……」
ぶつぶつ呟く九龍を見て、皆守がため息をつく。
「用件はそれだけか? おれは寝る」
「あー……今夜、付き合って欲しいんだけど」
「ああ、適当に声かけろ」
欠伸をしながら皆守はばたん、とドアを閉めた。拒絶は感じない。時間まで寝てる、という意志だ。
相変わらず付き合いはいいんだよなー。入ったら文句言うくせに。
今回は特に八千穂絡みだし、誘わないわけにはいかない。
「……っと。取手にも聞いてみるかな……」
だしを取れるものは持ってないかと。
カニすきを作る気満々の九龍は一旦部屋に戻って、自室内の食料を確認する。夜食用のパン以外はほとんど遺跡で拾ったものだった。味も衛生面も問題ないことはロゼッタを通して確認済みだ。これも遺跡の神秘だろう。
……この骨、いいだし取れそうだなー。
危険なことを考えつつ九龍は調理を始める。寮内には一応簡単な調理場があったが、九龍はあまりそこを使っていない。汚いし、覗き込まれるし。結局小さなコンロを買ってあった。料理に使うのはこれが初めてだが。
「待ってろよ奈々子ちゃん〜」
味見をしてみると、なかなかだ。皆守にも食わせてみたいが、さすがにこの短時間でもう1回起こすと蹴り飛ばされそうだ。
できた鍋を取り分けて九龍は急いで寮を駆け下りる。ちょうど、奈々子がドアを開け、外に向かっているところだった。
「奈々子さんっ! ちょっと待って!」
「へ? あ、葉佩くんじゃないですかぁ〜。こんばんは〜」
「奈々子さん、仕事終わったの?」
「ちょうど今終わったところですよぉー。もーヘトヘトですぅ」
腕や腰を押さえる奈々子。九龍はいまだとばかりにカニすきを渡した。
「これ、さっき部屋で作ってたんだけど、どう?」
「え? え?」
奈々子がそれを覗き込み、絶叫を上げた。
「ええええ〜! こっ、これを私のために〜!」
「ちょ、ちょっと奈々子さん……! 静かに……!」
1年生がざわついている。九龍は急いで奈々子を外へと連れ出した。
奈々子が感激した様子でカニすきを食べている。ああ、嬉しそう。もう何か、踊らされてるんでもいいや、と思う。年上のお姉さんに騙されるならなぁ? ありだよな。
食べ終わった奈々子との間に少し沈黙が流れ、奈々子は意を決したかのように九龍に何かを差し出した。
「あの……葉佩くん、良かったらこれどうぞっ!」
プリクラだった。
「え、これって……」
「きゃ〜、きゃ〜、渡しちゃった〜っ!」
受け取った九龍に、1人はしゃぐ奈々子。当然これは……友達の証、だろう。
九龍は慌てて生徒手帳を取り出し、奈々子の手で貼ってもらう。おおお、まさかマミーズの店員もこれをやるとは思わなかった。九龍も奈々子の持っていた手帳に連絡先を書き込み、奈々子は仕事があるからと去って行く。九龍はしばらくそれをぼんやりと見送っていた。
あのはしゃぎ方とか、何か、おれって……恋されてるというよりは……憧れられてる? 何か、芸能人にはしゃぐような。
おれ……この学園に来てからもててねぇ? なぁ、絶対もててるよな!?
転校生、という特別な立場が何か目を引くのだろうか。それともトレジャーハンターの経験が、やっぱり何か雰囲気変えたのかな。
トレジャーハンターになって女の子にもてもて! なんて。
胡散臭いにも程があると思っていた叔父の言葉が、ひょっとしたら当たっていたのかもしれない。
「おい……何で八千穂が居るんだ」
「い、いやぁ。もう大丈夫だって言うし、それに……行きたいだろ?」
九龍は八千穂に目を向ける。いつものようにラケットを握り締めた八千穂は力いっぱい頷いた。
「うんっ。仲間外れは嫌だよっ。それに……タイゾーちゃんが、居るんでしょ?」
「……多分な」
執行委員であることは間違いない。八千穂は当たり前のように肥後を心配していた。正直自分も八千穂に居てもらった方がありがたかった。肥後に下手なことを言われたらキレそうだ。それが執行委員にかけられた呪いだとわかっていても。
ああ、自分もやっぱ相当怒ってるなぁ、と九龍は他人事のように思う。
皆守は舌打ちして「……あほが」と小さく呟いたが、それ以上は言わなかった。いつものように九龍、八千穂、皆守の順番で遺跡を降りて行く。
大広間では、案の定新しい場所が開いていた。魂の井戸の隣。これが、肥後の区画か。
「……行くぜ」
「勉強の成果を見せろよ」
「プレッシャーかけんなっ!」
最初はいきなり下り坂。慎重に、慎重に進む。そして左に曲がった先にはハシゴ。
「八千穂ちゃん最後な」
「うん」
ハシゴを上るときは八千穂が最後。これもいつの間にか決まっていたことだった。八千穂は相変わらず制服姿で来る。誰もスカートで来るなとは言わないのだから当然かもしれない。こういうとき前に回される皆守ですら、八千穂のスカートに文句を言ったことはない。……スカートの方がいいとか、実はそんなことを思っているのかもしれない。九龍も含めて。
「あれ、またハシゴ」
小部屋を通ってハシゴ、またハシゴ。どこまで続くんだ、これ!
と思った瞬間目の前に石碑が現れた。
「何やってんだ、早く行け」
「あ、ああ」
ハシゴを登りきり、スペースを開ける。皆守と八千穂が登ってくる間に石碑を見た。
「さて、読めるのか」
「8人の娘の中でただ1人、櫛名田比売のみが生き残った。足元に目をこらし、同じ道を辿るべし」
淀みない九龍の口調に、皆守が少し感心の声を上げた。おおおお! この反応は嬉しい! 結構簡単だったけどな!
「くしなだひめ……? って何?」
「ええと、確か……ヤマタノオロチの話で……生贄にされそうになって生き残った子……だったかな?」
神話は随分読んだが、名前とあまり一致していない。櫛、に何か見覚えがあった。櫛に変えられたとかそんなんじゃなかったかなぁ。
「へぇ。8人の中で、ってことは他の子は生贄になっちゃったの?」
「そうそう。確か全部姉妹?」
話しながらも九龍たちは進む。途中でマダムに挨拶しつつ、奥に行くと、怪しいパネルのような物が地面にあった。
「ストップ! 何かある」
「ああ。無闇に踏まない方が良さそうだな」
「じゃ、これは飛び越えるってことで」
赤いパネルを飛び越える。九龍が進まないと皆守たちも来れそうにないので、振り返る前に先を見た。赤いパネルに挟まれた緑のパネル。……これは多分大丈夫なんだよな?
跳ぶ。
何も起こらない。
よし。
「次は……あ、結構遠いな」
今度はパネルが3つ並んでた。本当に。このメンバーで良かったかもしれない。椎名だとこの距離飛び越えられないんじゃないだろうか。
跳んで、無事着地。そこで九龍は後ろを振り返った。
「その緑のパネルは踏んでも大丈夫だから。あとその次結構長いから気を付けろよ
」
「うん」
「ああ」
2人は軽く返事して、とんとん、と飛び越えてくる。
「これって踏んだらどうなってたの?」
「罠の発動、だな。噴射口とか見当たらないし、こういう狭い道だと……落とし穴とか、上から何か降って来るとか……」
下り坂の先には大穴があった。おお。下が見えねぇ。
「……あー、あれかも。大きな岩が転がってくる奴」
「あっ、漫画とかで見るなぁ、そういうの」
「穴に岩が落ちて扉とか壊さないようになってんのかな。じゃ、この先に……」
九龍は穴の先を見つめて沈黙する。一度、振り返ってみた。八千穂がきょとん、とした顔でこちらを見ている。
「どうしたの葉佩くん?」
「……ここの罠ってさ。1回発動させたらもう発動しないんだよな」
「お前まさか」
「さすが理解が早いな皆守! いや、一度踏んどいてさ? 何とか逃げ切っとけばあとで楽じゃねぇ?」
「ええ〜! でも危ないよ、葉佩くん!」
「……いや、でも後々誰かが引っかかって怪我しないためなんだよ八千穂ちゃん」
真面目な顔で九龍は言って、皆守に目を向けた。
「というわけで頼む、皆守」
「ふざけんな」
「お前が一番足速いだろ!」
「あほか! 一般人に危険なことさせるんじゃねぇ!」
「ここまで付いてきてる時点で変わんねぇよ! 大丈夫だって、お前の足なら逃げ切れる!」
「根拠は」
「勘!」
「八千穂、先行くぞ」
「あ、こらっ!」
するりと九龍の横を通り抜け、皆守はとっとと穴を越えてしまった。八千穂も普通に付いて行く。
九龍は仕方なくそちらに跳んで行った。
「どうしてもやりたいならお前がやれよ」
「おれ、いろいろ持ってるから重くて速く走れねぇんだよ」
「持っててあげようか?」
「……いや、結構絶妙なバランスで入ってるからこれ。ま、仕方ない。次行くか」
割と本気だったのだが。あー陸上部の朱堂なら行ってくれるかなぁ。
「何か帰るとき引っかかりそうで怖いんだよな。皆守、ここ通るとき言ってくれよ?」
ここに罠があること。
皆守はアロマパイプを揺らしながらぽつりと言う。
「……覚えてたらな」
覚えとけ。
「私、覚えとくよっ!」
あー八千穂ちゃんありがとうな。
でも正直八千穂ちゃんの記憶は自分と同じぐらい信用出来ない。
……頼むよ皆守。
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