星の牧場─2

 売店は混んでいた。
 食事が終わった辺りで、文房具やら雑誌やらを買いに来ている客も多い。実質昼休み時間ぐらいしかないもんなー。ゆっくり買い物出来るとき。
 九龍は生徒の隙間から適当にパンを抜き出し清算する。
 アンパン、やきそばパン、コッペパン。
 あ、カレーパンがない。
 皆守は贅沢にもそれしか食べないからカレーパンは一番消費が早い。迷ったが、まあ今日ぐらいいいかと思い直す。さて図書館に、と思ったとき、通路の前に大きな人影があった。
 でかい! っていうか何だあの制服!
 一瞬わからなかったが、普通の学生のようだった。学ランのボタンが弾け飛びそうなぐらい引っ張られていて非常に気になる。男はやたら甲高い声で売店を見ながら呟いていた。
「ああ、またぼくはやきそばパンを食べられないのでしゅね……」
 どうやら混雑で近付けないらしい。というか、この体格であそこに突入すると邪魔だろうな。通路、通れるのか?
「おおい、そこの……」
 何て声をかけていいか迷う。だが男は声よりも匂いに反応した。
「この香ばしいソースの香りは……」
「これか? ほれ」
 袋から出したパンを投げる。男は少し目を丸くして慌ててそれを受け取った。
「きみは……まさか見ず知らずのぼくにこれをくれるでしゅか?」
「んー。まあいいよ、高いもんでもないし」
 実はやきそばパン、それほど好きでもないし。
 九龍は大体シンプルなコッペパンの方が好きだ。カレーパンもあんパンも、基本バディたちに渡すために買ってるようなものだった。
 名前を聞かれたがお礼に来られても面倒なので適当にごまかす。
 何故か男はそれに感動したようだった。
「きみは……ぼくを見ても笑わないんでしゅね。こんなぼくの姿を見ても……」
「いや、まあ、別に……」
 そして男はそんなことを言い出した。
 いや……その学ランはちょっと笑えるとは思ってる。突っ込みたくて仕方ない。ただ初対面で堂々と目の前で笑う奴もそう居ないと思うんだが。
 笑われるとしたら愛されてんじゃないかなぁ。ああ、でも笑われる方はそうは取らないよな。
「そうだ! きみ、何か悩みはないでしゅか?」
「は?」
「辛かったり寂しかったり苦しかったりすることがあれば、ぼくが何でも解決してあげるのでしゅ!」
 頭が悪くて悩んでます。
 思わず言いそうになったが、続いた言葉に思わず口を閉じる。
「きみの中の悪いこころをぼくが吸い取ってあげるのでしゅ!」
 悪い、こころ?
「いや、おれ別に悪いこころなんて……」
 あるか?
 あるだろうな。
 でもやきそばパン奢った初対面の男にいきなり悪いこころとか言うか!
 いい人だっつったじゃないか!
 男はにこにこと時間と場所の案内だけをして去って行った。
 放課後のセミナー?
 放課後なんて大した時間校舎に残れないだろうに。
 それよりセミナー、という単語も引っかかる。今日そんな単語を聞いたような。
「よぉ、葉佩じゃないか」
「ん? ああ、夕薙。珍しいな」
 保健室の方から歩いてくる夕薙。今日の午前中も姿を見た覚えがないし、本当に授業に出ていることが少ない。
「ああ、今日はちょっと体の調子が良かったんでな」
「保健室から出てきてか?」
「ちょっと見てもらってただけさ。午後の授業には出るよ」
「あんまり無理すんなよー──って、それじゃ卒業出来ない気もするけど」
 2人は何となくそのまま階段を上り始める。午後から出るということは昼食はもう終わらせてるのだろう。
「白岐もそうだけど、お前ら卒業する気あるのか?」
 白岐も授業中見かけることは少ない。夕薙と違って学校には来ているのだが。何で教師に何も言われないんだろうとも思う。まあ、夕薙よりも白岐の方が体が弱いという話が通じそうだが。
「白岐か──」
 夕薙は何故かそこに反応した。
「葉佩、きみは白岐をどう思う?」
「は?」
「きみは、白岐とは親しいのか?」
「いや……あんま話したことないけど……」
 真面目な顔をして聞かれ言葉に詰まる。夕薙はそうか、と安心したように笑った。
「おれは彼女に興味がある」
「うえっ!?」
 そして、再び真面目な顔になって、強い口調でそう言った。
 彼女のような神秘的な女性は初めてだと。彼女の謎を解き明かしたいと。
「そ、そうか……。頑張れよ?」
 何だかちゃらけたことも言いにくく、九龍は何とか声を絞り出してそう言った。
 お前白岐が好きなのー、とか。からかえる雰囲気じゃないんだけど。何だ、その怖い目。
「きみがいつかライバルにならないことを祈ってるよ」
 図書室に向かうために足を止めた九龍を追い越し、夕薙は振り返ってそう言った。
 何でライバル視されてんだ、おれ!?
 夕薙は再び笑顔に戻ると、それじゃ、と3階へ向かって歩き出す。
 おれ、白岐と何かやったか?
 噂になるようなことなど何もないはずだし。話しかけられたことはあるけど、何か忠告されただけだしなー。というか、噂になるならまず八千穂ちゃんとだよな。そんな話全然聞かないけど。いや、八千穂ちゃんはむしろ皆守とか?
「七瀬ちゃん、居るー?」
「あ、葉佩さん」
 図書室に入りながらも、そんなことを考える。
 話は早めに切り上げて、皆守にでも聞いてみるか。とりあえず「夕薙が白岐を好き」という話題は、早く振ってみたいと思った。










「って、屋上に居るし……」
 屋上の扉を開けた九龍は、中に駆け込もうとして思わずそこで足を止めた。
「なんだ葉佩か。お前、図書館に行くんじゃなかったのか?」
 いつものように給水塔にもたれかかっていた皆守がこちらに気付いて言う。
「あー、もう終わった。まだまだ先は長いなー。そういや七瀬ちゃんからも隣人倶楽部の話されちゃったよ」
「あいつも興味あるのか?」
「いやーなさそうだったけど」
 超古代文明以外に彼女の気を惹けるものがあるのだろうか。
 ただ何故か、九龍には……興味を持たれている気がする。恋とか、そんなんじゃなくて。さっきも、九龍がここに来たことで学園に秘められた謎がどうとか。……そういや、白岐や夕薙にも似たようなことを言われた気がする。やっぱり遺跡探索のことを指してるのだろうか。あいつらは知らないはずなんだけどなぁ。
 九龍は皆守の隣に腰を下ろす。
 夕薙の話題をするつもりで来たのに、夕薙が屋上に居たため、さすがに話し辛い。
 っていうかどうせならもっと近くに居たらどうなんだ。
 少し離れたフェンスのところにもたれかかっている夕薙を見て思う。
 皆守と夕薙は相変わらず仲が良いのか悪いのかよくわからない。夕薙は教室に入れば必ず皆守にちょっかいかけていくが。その後、別に話し込むわけでもない。まあこの2人が何を話すのかなんて想像も出来ないが。カレーの話なんか爽やかに笑って遮りそうだ。夕薙。
「あ〜ら葉佩ちゃんっ!」
「うおっ! 朱堂ちゃん!?」
 のんびりそのまま日に当たっていると突然屋上の扉が開いた。入ってきたのは元執行委員のオカマ……朱堂!
 しまった、朱堂からメール着てたけどろくに読んでない。毎回毎回愛のポエムとか送られても困るんだよ!
「もしかしてここでお昼寝? 確かに、ここで眠るのは気持ちいいかもしれないけどぉ、もろに紫外線浴びちゃうし、お肌にはあんまり良くないのよぉ?」
 だが朱堂はメールのことには触れず、そう言った。
「紫外線って。おれ、男だからどうでもいいだろ。それなら朱堂ちゃんこそ、ここに来ない方がいいんじゃねぇの?」
 言ってから、ちょっときつい言い方だったか? とも思ったが朱堂は素直に心配と取ったようだ。感激してる。うん、だってお肌に悪いなら、ねぇ。朱堂ちゃん心は女なわけだし。
「でも駄目よっ、葉佩ちゃんの方も! せっかくきれいなお肌なのに勿体無いわ! 今すぐ日焼けクリーム塗ってきなさい」
「持ってねぇよ」
「仕方ないわねぇ。私の貸してあげるから」
「い、いや、いい。もう降りるから。皆守──」
「一人で降りろ」
「もう授業始まんだろ!」
「おれは寝る」
「駄目よ皆守ちゃんっ! こんなところで寝ちゃ! そうよ、むしろあなたの方が危ないわ、毎日毎日こんなところで日に当たって!」
 朱堂のターゲットが皆守に移動した隙に九龍はそこから抜け出した。後ろで皆守が九龍を呼ぶ声がする。
 うるさい。とっとと降りなかったお前が悪い。
 ……この分だと夕薙も絡まれるんじゃないか?
 と思ったが、屋上を出て振り返ると夕薙が居た。
 ちゃっかり抜け出してきたらしい。
「さすがだぜ夕薙……」
「ん? 何か言ったか?」
 九龍の呟きは聞こえなかったようだ。
 何でもない、と言って九龍は教室へと走る。後ろから朱堂の声が追いかけてきた。










 5時間目の授業を無事に終え(皆守は帰って来なかった)、6時間目は体育。
 班別に分かれて体育館内でバスケ中だ。使える面積に限りがあるので、試合するチーム、審判のチームと、何もすることがない休憩中のチームが出来る。現在九龍たちは休憩中だった。
「あー、おれたちの出番まだかよ」
「今日はもう回ってこないんじゃないか」
 確かに、時間的には今日はこのまま終わりだろう。ぼんやり前を見つめてみるが、人の試合を見るのはあまり好きではない。参加したくて仕方がなくなる。正直、九龍はスポーツに関しては下手の横好きなのだが。
「それにしてもお前、6時間目の体育なんてよく出てきたな」
 5時間目に戻らなかった時点で今日はこのまま帰るんだろうと思っていたのに。
 そう言うと皆守は顔をしかめて言った。
「雛川に見付かっちまったんだよ。最近、屋上も安寧の地じゃなくなってきたな……」
「お前があそこに居るのはもう広まり過ぎてるもんなぁ」
「大和の奴はちゃっかり早退してやがるし──」
「まあ、体弱いんなら体育はな……」
 5時間目は出ていた。
 授業を聞いているようには見えなかったが。
「あっ、そうだ皆守、夕薙がさ、」
 昼に聞いた話をようやく思い出す。今なら話すチャンスだと思ったとき、突然外で悲鳴が上がった。
「何だ?」
「明日香っ! 大丈夫!?」
「八千穂ちゃん!?」
 女の子たちが悲鳴混じりに八千穂を呼ぶ声。八千穂が……倒れたらしい。九龍は慌てて立ち上がる。
 ちょうどそのときチャイムが鳴った。
「ちっ、やっぱりこうなったか。おい葉佩──」
「何やってんだよ、行くぞ!」
 座ったままの皆守を置いて九龍は外へ飛び出そうとする。
 だが直ぐに教師に呼び止められた。
「葉佩っ、まだ片づけは終わってないぞ!」
「う…………」
 教師の言葉に足を止めてしまう。
 体育館から見える外の光景──保健室に運ばれる、のだろうか。
 教師に背負われぐったりしてる八千穂に嫌な汗が滲む。
 固まっている九龍に、皆守が後ろから声をかけてきた。
「落ち着け。教師が見てるなら大丈夫だ。とりあえず着替えてから保健室に行ったんでいいだろ」
「……お前も行くよな?」
「……行かなきゃ後で何言われるかわかったもんじゃないからな」
「お前なぁ……」
 心配しろよ、と軽く突っ込みながら仕方なく片付けの方に戻った。皆守は手伝う気はないらしい。壁に背を付いたままそれを眺めている。この野郎。
「終わったか? とっとと行くぞ」
「はいはい」
 とりあえず落ち着きは取り戻せた、と思う。
「……それにしても倒れるなんてな……」
「朝から顔色悪かったからな」
「ダイエットのし過ぎか? 女の子って運動しないで食事抜いたりするもんなぁ」
 八千穂の場合、運動もする方だし、食べてないのにいつものペースで動き回って限界が来てしまったのかもしれない。……それだと、「この馬鹿」ぐらいで済むかな。
 それでも不安になりながら、九龍は素早く着替えて保健室へと向かった。


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