明日への追跡─6

 魂の井戸があった。
 まずはそこで休憩。装備も整え直す。あー弾随分使っちゃったな。八千穂もボールの補充をしていた。皆守は相変わらず欠伸をしている。いや、でもここに来るまでそんな様子はなかった。やっぱり皆守なりに最初の部屋で緊張したのか。
「出来たか? とっとと朱堂捕まえに行こうぜ」
 あ、そっちか。でもそれなら何で今欠伸する。
 部屋を出る。井戸の部屋と並んで扉が二つ。この部屋自体には像と石碑。
「何か下に怪しい穴あんなー」
「また何か出てくんのか?」
「多分。ええと……」
 石碑の前に立つ。
「えーと、我が踊れば天照大御神様は自ら戸を開かれます? おおお、天の岩戸か!」
 それは聞いたことがある。部屋の前でどんちゃん騒ぎだっけ。
「読めたのか」
「……何とかな」
「踊るって、これ?」
「だなー。多分扉の前まで持ってきて……って重……!」
 動く仕掛けにはなっているようだ。ほんの僅か動く。だが摩擦が強すぎる。
「み、皆守手伝って……!」
「何だこりゃ。こんなもん無理だろ」
「錆びてるの?」
「いや、これ鉄じゃないし……動くようにはなってんだよ」
「油でも敷いたらどうだ?」
「……それいいかも」
 どうも床との摩擦で動かないようだし。
 九龍は井戸に向かって植物油を取ってくる。何でも部屋に揃えておくのはいいことだ。
「お、動いた」
 今度は一人でも何とかなる。いや、先ほど皆守が力を入れてたようには見えなかったが。
 適当に動かして回してれば解除。錠のばちばちが消えた。
「あとは鍵……か」
「今度は2つ必要そうだな。配置とかも関係あるのか?」
「多分なー」
「葉佩くん、あっちの壷はいいの?」
 開いてない扉に向かった九龍たちに、八千穂が問いかける。見てみれば確かに部屋の奥に壷が1個。中には秘宝があった。
「おっと、こんなとこにもあったのか」
「気付けよお前……」
「お前気付いてたんなら言えよ!」
 この部屋には他にも壷はあった。それらを開けて回収した気になってた。
「前から思ってたが……ハンターの割に注意力散漫過ぎないか?」
「おれもそう思う」
 きっぱり言い放つ。
 心配するな。自覚はしてる。
 とにかくまず中央の扉だ。……と、思ったが開かない。
「あっちみたいだな」
 秘宝を仕舞い、開いてない最後の扉に向かう。
 部屋いっぱいに。
 サソリの大群。
「うおおっ……!」
「団体さんのお出ましだな」
「落ち着いてんじゃねぇ! 八千穂ちゃんっスマッシュ!」
「いっくよー!」
 相変わらず強い。数匹まとめて倒してくれる。
 九龍もナイフを使ってひたすら殲滅。皆守は扉にもたれかかってアロマを吹かす。よく考えればおかしな配置だぞ、これ!
「何だよ、もう終わっちまったのか?」
「はいはい、お前の出番はありませんでしたよ」
 一面の赤にはびびったが、狭い部屋なのでそう数が居たわけではない。
 九龍はとりあえず一番端にあった石碑に向かった。ああ、またあの噴射口あるし……。
「だー! これも読めねぇ!」
「……葉佩」
「言うな! 何も言うな!」
 この部屋にあった秘宝は何だか丸い玉。扉に使う奴じゃねぇよなぁ……。
「それをどうするんだ?」
 見つめていると皆守が後ろから覗き込む。
「……あの土台に置く!」
「じゃあやれよ」
「くそ……」
 何か部屋が狭い分、噴射口がよく見えて怖い。
「確率5分の1だね」
「両端はないと思うな、おれ」
「じゃあ3分の1だ」
 八千穂ちゃん……無邪気だな。
「おれの勘では……ここ!」
 右から2番目に置いた。
 罠が作動した。
「きゃっ!」
「や、八千穂ちゃんっ!?」
 その瞬間、皆守が八千穂を掴んで無理矢理伏せさせた。今の音は……矢か?
「み、皆守っ、頼むぞ!」
 八千穂ちゃんを!
 急いで玉を取り外すと、その左、中央の台に玉を置く。
 じゅわっ、と紫の煙が上がった。
「と、止まったか……」
「お前との探索は命がけだなホント……」
「……なー」
 今回本当にそう思う。これまでの区画ではそこまでの危険は感じたことなかったのに。
 九龍は戦闘は得意だが、罠の解除が駄目なのだ。何せ、石碑が読めない。あれは罠のヒントになっているというのに。
 っていうか、こんな目にあったらさすがにもう、2人とも着いてきてくれないかな……。
 口に出して聞くことは出来なかった。
 罠の解除と同時に、先ほど開かなかった扉も開いている。敵の用心をしたが、中には誰も居ない。小さな通路のような部屋は奥に壷があるだけだった。
「……秘宝ゲット」
 これで二つ。
 これ……あそこの鍵だよな?
「あれ、あの扉に入りそうだよね」
「おれも今そう思ってたとこ」
 行ってみる。入りそう。入りそうだが……どちらをどちらに入れればいいのかわからない。
「……2通りなら簡単に試せるか」
「お前……」
「あー、でもそんな単純じゃねぇかなぁ。鍵2つと見せかけて、実はどっちか1つだったり?」
 でもそれだと入れた時点で解除されてしまう可能性がある。侵入者を引っ掛けようとするならそれもないだろうか。
 ここの噴射口は下にある。この場合、出てくるのはガスや炎だろう。避けられるようなもんじゃない。
 でもまあ、多分2通り! 急いでやれば大丈夫……って、罠発動!?
 嫌な振動。慌てて入れ替える。
「……はあ……」
 無事、錠は消え去った。
 何だか疲れきっている。
 おかしいな、罠発動もまたスリルの一つ、以前ならもっとわくわくしてたはずなのにな。
 それは多分、死の恐怖を実際に味わったことがなかったからだろう。
 九龍はそんな自分に気付きため息をつく。
「まだ終わってないぞ」
「わかってるよ……!」
 これから、あのオカマに会うのだ。
 こうなったら八つ当たりさせてもらおうかな……!
 物騒なことを考えつつ、九龍は扉を開いた。










「オーホホホホホッ! ここまで追ってくるとはなかなかやるじゃないの。若い男を夢中にさせるなんて、私って罪なオカマ……」
「あ、あほなこと言うなっ! おれはお前を追ってきたんだ! ……ん?」
 それは朱堂の言葉の肯定だ。朱堂が喜んでしまった。
「そ、そうじゃなくて、いや、追ってたのは……」
「いいのよ。ごまかさなくて。あなたの情熱的な眼差しには最初から気付いてたわ……」
「あ、あの」
「でも残念ね。せっかく会えたのに、私はあなたを処罰しなくちゃならない」
「…………」
 そうだ。こいつは……執行委員。
 それが掟、なのだ。
 九龍の後ろで皆守が頭をかきながら言う。
「執行委員だか何だか知らないがな。そんなことより八千穂や女生徒を監視してた理由は何だ? まさか生徒会の掟に違反した者がいないか見張るためか?」
 そうか、そういう理由もあったか。だが朱堂はそれには答えなかった。その前に力を見せる、と。
 九龍は即座に銃を構える。朱堂は余裕の眼差しで自分の力について語った。
 ダー……ツ?
「うおっ!」
 ただのダーツじゃない! 目とかに刺さらなきゃダーツぐらい、と一瞬思ってしまったが、九龍の想像したような小さな遊戯用のものではなかった。当たり前か。
「しかも蛇かよ……」
 ここに来て新たな敵。ナイフも銃も効き辛ぇ。この狭い部屋、弱点探ってる余裕もなさそうだ。
「八千穂ちゃんっ!」
 雑魚は任せる!
 九龍は朱堂に向かって駆ける。
 悪いが、一回殴らせろ!
「あうっ……!」
「おい、葉佩……」
「葉佩くんっ、ボールなくなっちゃったよ!」
「えええええ!?」
 朱堂を何発か殴ったが、それより蛇が。八千穂と皆守の方へ向かっている!
「お前ら動くなっ!」
 叫んで銃を撃った。おおお? 弱点ビンゴ!?
 呆気なく消滅した敵。後ろの模様だな!
「葉佩! 後ろだっ!」
「でっ……」
 蛇を倒していたら、今度は後ろから朱堂の攻撃。痛ってぇ……!
 背中……肩の付近に突き刺さった痛み。これは……血も出てるな。
 朱堂の方を向き直る。よりによって右腕側。腕が動かし辛い。
 しかも何やら悪寒が走り、銃の照準も上手く行かない。
「ふふふ。大人しく負けを認めたらどう?」
「あほかっ。お前なんかこれ一本で十分だ!」
 ナイフを両手で構える。動かしにくいが、既に朱堂の方にも結構なダメージがあるのだ。ほとんど肉弾戦になり、勝ったのは──九龍だった。
「ああんっ……! か、体が……!」
 朱堂の体から悲鳴と共に黒い粉。
「くるぞ葉佩」
「……ああ」
 息を切らしながら九龍は皆守に近付き、背を向けた。
「悪ぃ、矢、刺さってるだろ? 抜いてくれ」
「あ? 抜いたら余計血が出るんじゃねぇか」
「腕が動かし辛いんだよ! 何か痺れてきたし……! 止血はこれで」
「絆創膏かよ!」
 皆守はツッコミつつも矢を抜いてくれた。口論してる時間もないとわかってるからだろう。既に敵の姿が見えている。止血の時間はない。
 ああ、でも変な痺れは取れた。何かのツボにでも入ってたかな。
「また蛇かっ!」
 回りこまなければ弱点は狙えない。八千穂のスマッシュも尽きている以上、自分でやるしかない。
 九龍は水を一口飲んで蛇に向かった。回り込めない敵は動いてくるのを待つ。
 その間に大型化人も迫っている。逃げ場がない。
「っつ……!」
「うわっ……」
「きゃ……!」
 攻撃を受けた。背後で皆守たちの悲鳴も聞こえる。この狭い部屋の中。バディの逃げ場もない。
「2人とも大丈夫かっ!」
 敵から目を逸らさず後ろへ下がる。その間にも銃を撃つ。狙いが定まらない。弱点……弱点は。
「う……くそ、」
「葉佩くん……」
 2人の呻き声。それに気を取られた瞬間、また攻撃を受けた。
 今度は皆守たちの居る場所まで弾き飛ばされる。
「葉佩っ」
「葉佩くんっ!」
 2人までは攻撃が届かなかったのか、悲鳴は聞こえなかった。
 安心して敵を見ようとして……固まった。
「おいっ、大丈夫か」
 肩を捕まれびくっと体が跳ねる。
「み、皆守……」
「おい?」
「やべぇ……見えねぇ」
 何も見えない。
 視界が暗い。
 部屋が暗くなったわけじゃないことぐらいわかった。
「見えないって……お前」
「いや、大丈夫……大丈夫だ。こういう攻撃する化人居るんだよ、たまに。すぐ治るから……」
 失明状態になる攻撃。
 実際に自分がなるのは初めてだ。これは、思ってた以上の……恐怖。
 銃を乱射する。皆守と八千穂が背後に居ることが確実なのが救いだ。だが、ほとんど当たってないのがわかった。
 肩にかけられた手に力が入る。
「……もっと右だ」
「え?」
「さっき尾ひれに当たったとき、反応が激しかった。多分あそこだろ」
 皆守の手が九龍の腕を誘導する。力を込められた場所で引き金を引けば、化人の悲鳴が上がるのがわかった。
「八千穂、下がってろよ」
「う、うんっ」
「おい、敵、今どこに」
「落ち着け」
 皆守の声が近い。すぐ後ろから肩を支えているのがわかる。見えない中だと異様に安心するのは確かだった。
「眩いか?」
「っ!?」
 敵が叫んだ。攻撃をするときの声。一瞬固まるが、そのままぐらりと背中から押さえ込まれて体が傾く。
「あー、眠ぃな」
「……お前な」
 避けさせてくれたらしい。
 そしてもう1度外れた照準を皆守の誘導で合わせ直す。
 敵の断末魔と共に、九龍の視界も元へと戻った。










 敵が消滅した後に残ったのはコンパクトだった。
 そうだ、朱堂も……呪いにかかっていたのか。
 何を忘れていたのかはさっぱりわからなかったが、素直に負けを認めて九龍にプリクラを差し出してきた。
「……まぁ……貰っとく」
 朱堂の手帳に一応いつものように名前とアドレスを書き込んでいく。おい。おれ以外の名前が一つもないぞ。
 ……プリクラは、今は持ってないことにしておこう。まだ余ってるけど。
 大体まだ──話を聞き終わったわけじゃない。
「さぁ、それじゃ白状してもらうわよ? 何で女子寮を覗いていたのか」
 そう、それだ。
 全て終わるのを待っていた八千穂が、遺跡を出て墓地まで来てようやく朱堂を問い詰める。
 朱堂は言った。
 羨ましかった、と。
「……は?」
「うう……」
 朱堂の顔が歪む。不気味な……いや、それでも本人は精一杯メイクをしてお洒落をして……綺麗になろうと、しているのだ。
 どうあってもなれない女生徒に……近付くために。
 朱堂の涙ながらの言葉を聞いて、九龍は激しく反省した。
 ノリのいいオカマ……だからといって悩みがないわけじゃない。調子に乗ってからかっていれば……その影で傷付いていることもある。
 九龍は皆守を見た。
 どう考えてもこっちの方が酷いことを言っていたが……皆守は胡散臭そうに朱堂を見たままだった。
 酷いなお前。
 八千穂の方も朱堂の言葉に心を打たれたらしく、見逃してやることになったようだ。まあ……エロ目的じゃないのなら、いいのか。
 境のことを伝えるか迷ったが、今言うべきじゃないな、と思う。
「いいのかよ、八千穂?」
「うん。このことはここにいる私たちだけの胸にしまっておこうよ」
「まあお前がそれでいいならいいけどな」
 皆守の怒りの方はもう晴れているらしい。もういつものようにけだるそうにアロマをふかしている。
「ありがとう……ありがとう八千穂さん……」
 うずくまっていた朱堂に八千穂が手を貸して立たせる。ああ、友情の成立だなぁ。
 そう思ったときだった。
 立ち上がった朱堂がふらつき、九龍にぶつかる。もう先ほどまでの嫌悪感はない。大丈夫か、と普通に言おうとして……朱堂の学ランから落ちたものに気付いた。
「おい朱堂。何か落としたぞ?」
「あっ、いっけない」
 皆守の言葉に朱堂が反応する。
 見えた。
 見えてしまった。
 女の子の着替え写真。
 よりにもよって八千穂のそれが一番上にあった。さ、3度目だぞ見るの……!
「男子生徒に頼まれてた写真落としちゃったんだわ。せっかく苦労して隠し撮りしたのに。汚れたら売り物にならないから気を付けなくっちゃ」
「…………」
「…………」
「…………」
 3人は沈黙した。
 冷えた空気に気付かず、朱堂はそそくさと写真をしまい、そこから去ろうとする。
 当然──八千穂が止めた。
 ごすっ、といい音がする。
 墓から出た朱堂へのダメージは当然……先ほどの九龍の攻撃よりも大きい。
「……おれ、反省してたのに」
「あんなもんに騙されてんじゃねぇよ」
 ぼこぼこに殴られる朱堂を一歩引いて眺める。
 九龍の呟きに皆守はそう返した。
 そうなのか? お前、ただあいつが気に食わなかっただけじゃないのか?
 九龍も皆守も、それ以上は何も言わない。
 墓地には朱堂の悲鳴だけがひたすら響いていた。


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