明日への追跡─4

 寮の裏手を歩いて行く。
 脇道は狭いため、女子寮が近い。窓の側を通るのはさすがにどきどきする。
「あ〜今日も汗かいちゃった」
「!?」
 2人は同時に足を止めた。間違いない。皆守は九龍の後ろを歩いていたが、九龍が止まったから止まったわけではない。はずだ。
「早くシャワー浴びないとドラマ始まっちゃうっ」
「おい、葉佩!」
 思わず窓際に寄ろうとした九龍の肩を皆守が掴む。
 危なかった。自分が不審者になるところだった。
「……早く行こうぜ。こんなところで騒ぎでも起こしたら──」
「いっひっひっひっひ」
 言いかけた皆守の言葉が嫌な笑い声に遮られる。
 聞き覚えのある声。
 2人してばっと振り向けば、そこに居たのは学園の公務員、境。
 ……こっちは正真正銘の覗きらしい。
 勿論九龍たちもお仲間認定された。そして煙草の火は消した方が、などとアドバイスまでされてしまう。
「おい。このじいさん放っといていいのか?」
「何でクビにならないのかはおれも常々思ってるがな」
 冗談の範囲で済ませている、八千穂のように抵抗できる相手にしかセクハラはしないから──だと思っていたのだが。
 ……覗き、ってどうなんだ?
 境は当然九龍たちを咎める気もないらしく、むしろこのスポットを見付けたことに感心して去って行った。
「不審者候補、また1人……」
「視線はあれだろ、どう考えても……」
 皆守も疲れた声を出している。
 これ、素直に報告していいのかな。
 でも、そういえば強い光って──。
 思った瞬間のことだった。
「な、何だ?」
 低い振動音。そして、眩い光。ついに来た!
 正体を見極めようと集中するが、突然湧き出た煙に視界を遮られる。咄嗟に口を押さえた九龍に対し、皆守は咳き込んでいた。
「何っだ、この煙……ごほっ」
「おい、大丈夫か?」
「……は、葉佩。あれを見ろ!」
「ん?」
 皆守に視線を向けた瞬間、いきなり肩を捕まれる。視線を戻せば、そこに奇妙なシルエットがあった。
「な、何だ?」
 光が強くてよく見えない。
 やがて、そちらから声が聞こえてきた。
「ワレワレハ、コノ惑星カラ、69万光年ハナレタ星カラヤッテキタ」
「……異星人」
「……ああ。やっぱりこの宇宙に、異星人は居たんだ」
 皆守の声が少し震えている。
 謎のシルエットは更に言葉を続ける。皆守が更に興奮気味に叫ぶ。
「葉佩……。今、おれたちは地球人の歴史的瞬間に立ち会っているんだ!」
「おお! これは学会に報告しないとな! ……って」
 そんなわけあるか、と叫ぼうとした瞬間。
 突然ぶつり、と電源の落ちる音と共に辺りが暗くなった。
 強い光だけではない、女子寮側の光も消えている。
 何やら女子たちの騒がしい声も聞こえてきた。停電、したらしい。
 謎のシルエットは、しばらく沈黙したあと、続ける。
「ワレワレハ」
 がんっ、とその瞬間相手に何かが当たった。悲鳴を上げて倒れる男。
 投げたのは……皆守。
 突然の暗闇の中ナイスコントロール。次第に目が慣れた九龍にも呻きつつ起き上がってきた男の姿が見えてきた。
「あぐ……か、顔に缶が」
「あ、悪い悪い。つい投げちまった」
 棒読みで皆守は言う。っていうか缶を投げたのか。あの音からいって中身入りだろ確実に。
「ちょっとっ、あんたっ! 痛いじゃないのよっ! 当たりどころが悪くて死んだらどうするのっ!」
 うお……男だと思ったら……お、オカマ?
「やかましいっ。この野郎、驚かせやがって! 紛らわしい登場するんじゃねぇ!」
 皆守は本気で怒っている。
 ……ごめん、おれノリツッコミだと思ってたんだけど。
 本気だったのかお前。
 それは……恥ずかしいな、おい。
 その辺りで誰かがブレーカーを上げたのか、女子寮側の明かりが戻ってくる。男の顔がようやくはっきりとわかった。
 ……うん、オカマだ。
 奇妙なシルエット、は何の仕掛けもない男自身の体格だったようだ。
 高笑いを上げる男を呆然と見る。言葉も出ない。
「さてはお前が異星人騒動の犯人だな? 大人しくそのマスクを取ってもらおうか」
 おいおい。
 さすがに地顔だろう、と思ったら男はやっぱりそう言って悔しがってる。
 そしてそこでようやく名乗った。
「朱堂茂美……ね」
 このインパクトなら覚えられそうだなぁ。
「あなたたちは皆守甲太郎と──転校生の葉佩九龍ね」
「え、おれたち知ってんの」
「この学園のいい男は全員すどりんメモに網羅してあるのよ」
「え、おれいい男!?」
「喜ぶなお前は!」
「あ、でも皆守入ってるレベルか……」
「どういう意味だっ!」
 オカマ相手でも悪い気はしない……っていうかホント、どれだけの人数あるんだ? おれ上位何位?
 聞きたくなったが、朱堂はすどりんメモの別分野について語り出している。その中には……女生徒の生態と傾向、が入っていると? うわ気になる、じゃなくて、
「お前が八千穂や他の女生徒たちを監視してたんだな?」
 そうそうそれ!
 朱堂はあっさりとそれを認めた。何だ。異星人騒動も監視の目も、一気に解決だ。捕まえようと身構えたとき……女子寮のざわめきが大きくなった。
 さすがにこれだけ大声で会話をしていたら気付かれるか。不審者に対抗しようと、女子たちはバットだの木刀だの包丁(!?)だのを用意し始めている。
 3人はそれを聞きながらにらみ合ったまま沈黙した。
「……それじゃ、私はこの辺で」
「おうまたな……ってな訳に行くか!」
 今度こそノリツッコミだった皆守だが、朱堂はすぐさま九龍たちの後ろを指す。
「ああっ! あれを見て!」
「ん?」
「雛川先生が着替えてるっ!」
 言われる前に振り返ってしまった九龍はその言葉に固まってしまった。
 ……うっわ、馬鹿な手に引っかかった。
 皆守は冷静にこんなところに雛川が居るわけないとか言ってる。言うな。わかってる! それはわかってるんだ!
「つくんならもっとマシな嘘つくんだな」
 うるせぇ!
 何故か皆守の方に反発を覚えていると結局朱堂は……逃げ出した。は、速ぇ!
「ちっ、逃がすかよっ!」
 即座に皆守も後を追う。こっちも速い。スタートの遅れた九龍はどんどん離されて行く。ちょっ、マジでっ、待てっ!
 だがやがて皆守は朱堂を見失ったのか足を止めていた。あ、あれより速いのか。
「野郎……どっちに行った」
「さ、さあ……」
 全速力で息が切れた。皆守の方が余裕がありそうな……な、何故だ。体力なかったんじゃないのかお前。
 怒りでテンション上がってんのか!?
 思ったとき、朱堂の高笑いが響いてきた。すぐさま皆守の体に力が漲るのがわかる。ああ、やっぱりテンションが違う!
「あっちかっ! おい、葉佩っ……」
 ぜえぜえ息をしている九龍をちらりと見て、皆守は舌打ちする。
「おれはあいつを追いかける。お前は何か武器になりそうなもの取って来い!」
 あのオカマが大人しく捕まるとは思えない……とのことだが、触りたくないだけじゃないだろうか。
 走って行く皆守を見送って九龍は大きく息をつく。
「はぁ……。もうあいつに任せとこうかなぁ……」
 手柄はあいつ一人の物になるけど。オカマ捕まえましたってのもな。
「どうするかなぁ……」
 部屋まで戻るのも面倒で、何か手ごろなものはないかと歩き回る。マミーズの脇で黒塚を見付けた。
「お前何やってんの?」
「やぁ、葉佩くん」
 まあ多分石を拾ってたんだろうな、あ、石って武器になるか?
 などと思いながら近付く。
「どうだい? 石の囁きが君にも聞こえたかい?」
 石を拾っている九龍を見て黒塚が言う。あーまあ、と適当に返事をしていると黒塚は大げさに喜んだ。
「素晴らしい、素晴らしいよ九龍くん!」
 完全に石のお友達認定された九龍は、更に黒塚からも友達だと言われた。
 プリクラを差し出される。
「え? いいのか貰って?」
「勿論さ。ぼくはいつでも君の力になるよ」
 ……力?
 ふふふ、と不気味に笑う黒塚にとりあえず笑い返しとく。そして思わず学ランの下にあるアサルトベストに触れた。遺跡内で拾った石。……九龍が謎の石の発掘でもしてると思っているのだろうか。
 九龍の方もプリクラを渡し、その場は別れる。
 変な友達出来たなぁ。
 拾ったばかりの石をぽんぽん、と手の中で跳ねさせる。入り口まで戻ったところで奈々子に会った。
「あ、奈々子さん」
「こんばんは〜」
 奈々子は手に何かを持っている。……ポスターか?
 九龍がそこに目を向けたのに気付いたのか、奈々子が聞いてきた。
「葉佩くん、特撮モノとかってお好きですかー?」
「ん? まあ好きだけど」
 日本を離れている間見ていない。そういや今はどんなのやってんだろう。……そうか、中学までは見てたなおれ。
 奈々子も好きらしく、少し盛り上がる。持っていたのは特撮モノのポスターだったらしい。聞いたことないなぁ。マミーズスポンサーね。ローカルヒーローか?
 帰り道、貰ったポスターをその場で開きながら思う。
「おっ……」
 そのときHANTがメールの着信を知らせて鳴った。
 皆守からだ。ようやく捕まえたのだろうか。
「……おいおい」
 例のオカマは、遺跡の中へと入って行ったらしい。
 あれと2人きりになるのは嫌だから早く来いと。そんなことが書かれている。
「……おれだって嫌だよ……」
 追われる途中穴を見つけて飛び込んだのか? 最初から知ってたのか?
 あそこは九龍の張ったロープがそのまま残っているが、知らずにそのまま飛び込めば大怪我だ。外からでは中の高さはわかりにくい。
 まあメールの様子からするとちゃんとロープ使って降りてるようだったのだろうか?
 下で待ち構えてたら……嫌だなぁ。
「あ、葉佩くん! ねぇ、覗き捕まえた!?」
「八千穂ちゃん……! ちょうどいい、一緒に来てくれ!」
「え? え?」
 墓地に向かう途中外に出てきた八千穂に会う。
 ……女の子が居た方が、マシだ。










 遺跡の中。
 朱堂の姿は見えない。どこかに隠れているのか。
「……おい、葉佩」
「……え……」
 見回していると、皆守が中央の円を指していた。……光が、ずれている。
「あれ? これって……」
 八千穂も呟きながらそちらに近づく。
「まさか……開いてるのか!?」
 慌てて光の指す道へ向かってみる。階段を駆け上がり扉に手をかける。
「……開いてる」
 何でこんなときに、と思った瞬間気付いた。
「まさか……あいつ執行委員なのか?」
「……さあな」
 一旦階段から降りる。着いて来なかった八千穂たちのもとへ戻ったあと、九龍は自分の装備を見直した。
「……中に入る。用意するからちょっと待っててくれ」
 魂の井戸へ。さすがに武器が石だけじゃどうにもならない。
 うんっ、と元気良く答えた八千穂は既にラケットを持っていた。女子寮から出て来たのも覗き犯を倒すためか? やっぱおれたち最初から要らなかったんじゃ……。
 そう思いながらも井戸を使って装備を整える。銃、ナイフ、爆弾。この辺りが今の基本武器といったところだ。爆弾は金がないのでまだあまり買えてないが。稼がないとなぁ。
 井戸から出てきた九龍を八千穂が急き立てる。覗き犯との戦い……なんだけど、ちょっと違うよな今の状況。
 扉の中は黄金色に輝いていた。部屋ごとに違うのかよ、ここは!
「うわ〜凄い。金ぴかだね」
「目が痛くなるぜ……」
「何かあれに合ってる気はしちゃうな……」
 朱堂の顔は既に強烈に印象に残っていた。思い出しつつ、階段を上っていく。大きく二手に分かれていたが、左は例の両開きの扉だった。やはり、これが椎名のエリアに繋がっている。
「葉佩くん、こっちに石碑あるよー?」
「ああ、今行く」
 ならば正しい道はこちらだろう。
 駆け下りて行く。石碑の近くに落ちている紙も見付けた。いつもの、ハンターが残したメモだと思い拾い上げて思わず声を上げた。
「どうした葉佩?」
「葉佩くん?」
「何だ、これ……!」
 それは朱堂からのメモ。ハンターのメモの代わりに置いていったらしい。それが欲しけりゃ追いかけてこいってか? 九龍は脱力した。
「うわー凄いね何か」
 皆守は嫌なものを見たような顔で視線を逸らす。うん、いや、そのまんま嫌なもの見たな、これ。
「……見なかったことにしよう」
「だな」
 九龍はひらりとそのメモを下に落とした。だが、それではここに来る度に目に入ってしまうことに気付く。
「……八千穂ちゃん、持っててくれる?」
「うん? いいよ」
 丁寧に折りたたんで八千穂に渡す。ごめん。でも何かピンクだし、女の子が持つ方がいいよな、うん。
 九龍は勝手に頷いて、改めて石碑の方に目を向けた。前回の探索で石碑が読めない、なんてことがあったが、これは読めた。これは……罠に対する忠告か? やけに簡単だ。
「何て書いてあるの?」
「まあ……走れってさ。何か仕掛けがありそうだ。走る準備しとけよ」
 扉に手をかける。そこは細く、長い道。認識した瞬間、部屋全体が揺れているような振動に襲われる。
「な、何だ?」
「葉佩くんっ、上!」
「うおっ!」
 天井は先の鋭い杭がびっしり。それが……落ちてきている!
「は、走れ!」
 そういうことか! と九龍は駆け出す。八千穂たちも付いてきた。どうせ後ろの扉は開かない。天井が落ちきる前に蛇のレバー倒せってことだろ!
 案の定、部屋の先に蛇のレバーがある。まだ天井までの空間は余裕があった。
「何だ、こんなに慌てなくても」
 レバーを下ろす。
 良かった、までが言えなかった。
 天井が止まらない。
「な、何でだ?」
「今、何か砕けたような音がしたが……」
「もしかして壊れちゃったのかな……?」
「…………」
 皆守と八千穂がレバーを覗き込む。思わずそちらを見れば……確かに、いつもほどレバーが下がってない。何より、開錠音はしなかった。
 扉に駆け寄ってみるが開かない。その間にも天井は迫っている。
「おいっ、このままだとまずいぜ」
 立っていられないほどまで来た。九龍も座り込みながらアサルトベストを探る。
「ど、どっかにヒビ入った壁とか……!」
 ほとんど膝で歩いているような状態で探すも、何も見付からない。上を見上げると、もう杭はすぐそこだ。
「は、葉佩くん……」
 まずいまずいまずい。
 心臓が高鳴る。
 落ち着け。落ち着け。何かあるはずだ。何か!
 そのとき、かちっと何やら音がして、振動が止まった。
「…………?」
「あ、戻ってく……」
 天井がゆっくりと元の位置に戻って行く。九龍は呆然とそれを見た。
「……なんとか助かったみだいだな」
「……なんで」
 今更手が震えだした。今。今死に掛けたのか、おれ?
「あ、レバー下がってるよ」
「ああ……さっきの天井で押されたのか?」
 2人の言葉にそちらに向かう。立ち上がらなかった。……立ち上がれなかった。
「おい葉佩、大丈夫か?」
「怖かった……」
「私も怖かったよ〜。ホントに駄目かと思ったもん」
 九龍はそこでようやく立ち上がる。顔が強張っているのがわかって、2人から視線を逸らした。
「葉佩?」
「意地の悪い罠もあるもんだなー。天井が押せる角度まで下ろしときゃ何もしなくても止まるんじゃねぇか」
 声の方は何とか普通に出た。おかげで大分落ち着いてくる。
「石碑には走れってあったけど、ここに来るまではそんな大した距離じゃねぇよな。子どもでも辿り着ける。惑わしやがるよな。2人とも大丈夫か? 腰抜けてないか? ほら、早く立てよ」
「……喋りすぎだお前は」
 皆守と八千穂も立ち上がる。皆守に突っ込まれたが、ばくばくしていた心臓は大分治まった。だから、いいんだよ。
「ほら、とっとと次行くぜ」
 2人は平気なのだろうか。顔が見れなくてわからない。
 まあ、こういうときは考えるより行動だよな。動いてればいつもの自分に戻る。
 九龍は左手でドアに手をかけ、右手はナイフを握る。
 この状態で銃は撃ちたくないな、と何となく思った。


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