夕食を取ったあと、テニスコートに向かっていると、背後から声をかけられた。
　皆守だ。
「やっと起きたのか？」
「メールで起こされたんだよ。今日はとっとと帰って寮でゆっくり寝るつもりだったのにな」
　頭をがしがしかきながら皆守は言う。隣に並んだ皆守は、向かう場所が同じだ。
「いつもそんなこと言ってんじゃねぇか。お前も、八千穂ちゃんに呼び出されのか」
「ああ。ったく、何なんだ？　お前は心当たりあるのか？」
「さっぱり。あ、居た」
　ちょうど練習が終わったところらしい。後輩たちが八千穂に挨拶をしている姿が見える。おお、テニスルック。健康的な太ももが眩しい。見に来いと言ったんだから、これぐらいの視線は許されるだろう。
　八千穂が振り返り、九龍たちに駆け寄ってくる。
「お待たせ。ごめんね、コートまで来てもらって」
「いやそれはいいけど」
　相談なんて、なかなかする場所がないのも確かだ。校舎には残れないし、寮はどちらかが入れないし。
「で、相談ってのは何なんだ？　具合の悪いおれまで呼びつけやがって」
「だってどうせ皆守くん仮病でしょ？」
「お前なぁ、そうやって人を日ごろの行いで決め付けるのは」
「皆守、嘘つき少年の話知ってるか」
「知ってるさ。嘘つきの話でも、今度こそ本当かも知れないと常に思っとかないといつか酷い目に合うぞって話だろ」
「……おれもそんな話の気がする」
「違うでしょっ。もー、それより相談を聞いてよ」
　八千穂の言葉に２人がようやく向き直る。八千穂は少し俯いて、声を潜めて言った。
「あのね……最近誰かに見られてる気がするんだ」
「へ……？」
「私だけじゃなくて、女子寮の女の子たちもそう感じる人がいて、」
「おいおい、覗きかよ」
「そんなもん警備員にでも頼めよ」
「違うの。みんなそう言ってるけど、私は覗きとか、そういうんじゃないと思うの」
「また女の勘か？」
「でも他の子も女の子だぜ？」
　普通に考えれば覗きだろう。八千穂は一体何を考えているのか。
　２人が更に言葉を待つ。
　八千穂は意を決したように言った。
「これはね……これは、もしかして異星人の仕業じゃないか……って、そう思うのよっ！」
「……………は？」
「……………悪いな、八千穂。よく聞こえなかったんでもう１回言ってくれるか」
「いいわよ。これはきっと異星人の仕業だと」
「お疲れさん。じゃ、葉佩。おれ先に寮に帰ってるわ」
「待て！　おれを置いてくな！」
　歩き出した皆守を慌てて追いかける。八千穂も当然着いてきた。そのまま走って前方に回りこまれる。
「待ってって！　まだ話終わってないでしょっ！」
「馬鹿野郎！　どこの宇宙に女子寮覗く異星人がいんだよ！」
　皆守がついに怒鳴り返し、八千穂は少し怯みつつも強く言う。
「だって月魅が言ってたよ？　異星人は常に私たちを誘拐する機会をどこかから窺ってるって」
「あれ、八千穂ちゃんその話聞いたっけ？」
「やっぱり七瀬かよ。お前にまでそんなこと吹き込んでたのか。ったく単純にも程がある。どうせどこからか入りこんだ変質者か男子生徒の覗きかなんかだ」
「まあ、いきなり異星人って言われてもなぁ。何かそれらしいものでも見たと か？」
「わかんないけど、昨日とかも、すっごく眩しい光が窓の外にあって、これまでも何度かそれが目撃されてるのよ」
「…………」
　皆守は黙ってしまった。
　九龍も前日に女子寮の方でちらりと見た光を思い出す。
「それは……あれだろ。覗きが使ってる懐中電灯とか」
　正直、そんなレベルの光ではなかったと思っているが。だが皆守はそれに同意する。
「葉佩の言う通りだ。どうせそんなもん錯覚だ」
　再び話を切り上げようとする皆守に、八千穂が非難の声を上げる。そして今度は泣き真似までしてきた。ううむ、わざとらし過ぎて真剣味が感じられなくなるぞ、逆に。
「ねえ葉佩くん！　葉佩くんは協力してくれないの？」
「きょ、協力？　って何を」
「だから。今日女子寮を見張って欲しいのよ」
「はあっ！？」
「異星人の仕業ってことを証明するために」
「…………」
　八千穂の目は本気だ。本気過ぎる。
　九龍は助けを求めるように皆守を見た。
「おれを見るな。八千穂の相手はお前がしとけ。おれは知らん」
　再び帰ろうと歩き始める皆守。ちょっと待て、と言いかけたとき先に八千穂が声を上げた。
「あっ、わかった。さては皆守くん……怖いんでしょ？」
　皆守の足が止まる。
「ああ！？」
　振り向いた。
　乗ってきた。
　お前……そんな挑発に……。
　そのままうんうん、と頷いて皆守が怖がってると決め付ける八千穂に食って掛かる。結局、見張りの約束をさせられてしまったようだ。
　……皆守が八千穂をからかってるような関係だと思ってたが、手綱握ってるのは八千穂ちゃんの方か、これ。
　そして九龍は八千穂から用務員室の鍵を渡された。異星人はどこに潜んでいるかわからないから探せと。あれ？　おれも既に決定してる？
「それじゃ２人とも、頑張ってねっ！」
　……決定しているようだった。










「あ〜寒ぃ、葉佩、お前寒くないのか？」
　学ランで震えている皆守が言う。実は九龍は下にアサルトベストを着込んでいる。適当に見回ったあとは遺跡に行こうかと考えているのだ。最近、主な用意は遺跡の井戸でやることになった。さすがに武器を持って出歩くのはまずい。
　九龍が軽く胸を叩いたことで気付いたのか、皆守は、はぁと白い息を見せる。
「ここに比べりゃ遺跡の方がマシかもな」
「確かに、あそこ結構あったかいよな」
　外の温度が届いてない。初めて入ったときは、まだ残暑の残る暑い日だったが熱気も篭ってなかったと思う。
　そういえばあれから二週間しか経ってないのに、随分冷え込んだなぁ。
「とっとと終わらせて遺跡行こうぜー。一回りしときゃいいのか？」
「……このまま帰ってもいい気はするがな」
「だよなぁ。不審者見付からなきゃ何もやってなくても一緒だし……居ると思うか？」
「はぁ？　異星人なんて居るわけないだろ」
「いや、そっちじゃなくてな」
　視線を感じている者が複数居る。気のせいで片づけられる問題ではない。
「ああ……。ったく大体八千穂の奴、何でおれたちにこんな危険なこと頼むんだ？　異星人に誘拐……じゃなくて不審者相手に怪我でもしたらどうするんだよ」
「お前、めちゃくちゃ気になってるじゃないかよ、異星人」
　やたらに出てくる単語に思わず笑ってしまう。意外にその気じゃないのか。
　そう言うと皆守は嫌な顔をした。
「まあまあ、頼られてるってことにしようぜ。クラスの男子より力はありそう、だろ」
「お前はな」
　鍛えてる九龍は結構がっしりした体格をしている。学ランだと見難いためあまり気付かれていないが。
　逆に普段から学ランの前を開けっ放しの皆守は、その細さが丸分かりだ。あまり力はなさそうだ。
「おお、だからおれに任せとけ」
「じゃあおれは帰っていいな」
「待て」
　慌てて引きとめようとしたとき、HANTが鳴った。メールの着信音。皆守は携帯と思ったらしい。開いてみれば八千穂から。
　異星人には会ったか？　という内容。
「……なるほど、八千穂ちゃん、異星人を危険視してないんだな……」
　友好的に接しろとは。つまり社交的だと思って選ばれたのか？　いやいや、皆守もそうだが、九龍だって社交的とは言い難い。
　続いて七瀬からのメールも入る。宇宙人との遭遇の分類について細かく教えられた。だが肝心の注意点は字数オーバーで切れている。
「あっはっは……」
　乾いた笑いを立てる九龍を皆守が妙な目で見ていた。同時に、皆守の携帯も音を立てる。
「……八千穂ちゃんから？」
「……ああ」
　皆守が携帯を見て顔をしかめた。
「八千穂の奴……まさかおれたちが異星人と接触するのを期待してるのか？」
「なんかそんな気がするなぁ……あ、また入った」
　八千穂からもう１通。
「そんなところでたむろしてないで茂みの方とか裏手の方とかも……って、八千穂ちゃんここ見てる！？」
　思わず女子寮を見上げる。ここは男子寮と女子寮のちょうど中間当たり。まあ、女子寮の窓からは見えるだろうが……どこだかさっぱりわからない。
「やれやれ……。仕方ない。とにかく軽く見回りだけでもしときゃ女どもの気も晴れるだろう。行こうぜ葉佩」
「おう。じゃ、まずはこっちな」
　女子寮の左側に向かって歩いて行く。動き出したとこは見えただろうか。九龍たちは懐中電灯すら持っていないので陰に入ると紛れてしまう。
「そういえばお前、この暗さ大丈夫なのか？」
「ああ？　これぐらいなら見えるだろ」
「まあここは明かり漏れてるからいいけど」
　裏手に入ると完全に真っ暗なんじゃないだろうか。そう思いつつ角を曲がったとき、突然飛び出してきた誰かとぶつかった。意識が皆守の方に向いていたため、完全に油断していて転がってしまう。
「うおっ、おい、大丈夫か」
　弾かれて倒れた九龍を反射的に避けた皆守が見下ろす。
　そう言うなら受け止めてくれ。
「痛ってぇ。くそっ、もろにぶつかった」
「問題なさそうだな」
「ああ、怪我はないな」
　立ち上がった九龍をざっと皆守が見てくる。そして同じように転がっていた男が叫んだ。
「おいっ、ちょっとはおれの心配もしろよ」
「ん……？」
　九龍の影になっている男を皆守が覗き込む。皆守に体を向けていた九龍もそこでようやく振り返った。派手なシャツに革ジャン。サングラスをかけた男が片手を上げて挨拶してきた。
「……不審者発見」
「何だ、このおっさんは？」
　思わずぽつりと呟いた言葉は、それより大きな皆守の声に遮られた。男は当然、そちらの言葉に反応する。
「おっさん……って、おれはまだ28だ！」
「威張るなよ。おれたちから見れば十分おっさんだろ」
　28かぁ……。確かに遠い……。
　何も言わない九龍の視線の意味もわかったのだろう。男が怯む。
「うぐっ……だからガキの相手は嫌なんだよ」
「皆守……まさかと思うけど、ここの教師じゃねぇよな？」
「当たり前だ。こんな怪しい教師が居てたまるか」
　さすがに教師全てを把握しているわけではない九龍の言葉に、皆守が即答する。多分皆守も教師を把握しているわけではない。その上で、まあ明らかに教師ではないだろう。
「警備員……マミーズの店員……」
「どれでもないな」
「よし、不審者だな！」
　捕まえようと飛びかかるが、あっさりかわされた。しかもそういう趣味はないとか言いやがった。この野郎。
「自己紹介がまだだったな。おれの名は鴉室洋介。ペット探しやら素行調査やら依頼されたことを調査するのが仕事さ。まぁ、平たく言えば私立探偵って奴だな」
「探偵……」
「君たち、ここの学生だろ？　丁度良かった、いろいろ聞きたいことがあってね」
　自分が不審者だということをわかっているのかいないのか、フレンドリーに話を進める鴉室を皆守が遮った。
「その前に」
「ん？」
「ここは完全な全寮制で関係者以外は入れないことになっている。何故探偵がこんなところに居るのか説明してもらおうか？」
　だよな。それが問題だよな。調査します、って探偵が簡単に入れるならハンターが学生に扮して潜入、なんて馬鹿ななことしなくてもすむはずだ。
　鴉室はその言葉に頷き、説明を始めた。
「実はおれは探偵って言っても普通の探偵じゃなくてね」
「おお。どんなの？」
「遠い昔、遥か彼方の銀河系での話だ……」
　鴉室は僅かに遠い目をして懐かしむような視線で語り始めた。
　ええと。
　要約すると、彼は悪い異星人と戦う宇宙刑事だと。
　どこかで聞いたなそんな話。
　九龍が適当に相槌を打って続けていると、鴉室は調子に乗ったのかどんどん喋りだす。だが、さすがに途中でネタが尽きたようだ。
「更には──って、まだ聞くの？」
　そのとき、いいタイミングで皆守の蹴りが入る。
　うおっ！　延髄直撃……！
　何だ今の！　プロレスかよ！
　見事に地面に沈んだ鴉室が後頭部を押さえて呻く。あれは痛い。
「くぉらああああっ！　いきなり何すんだ、このガキっ！」
　だが鴉室の復活は意外に早かった。すぐにがばりと身を起こし、皆守に食ってかかる。皆守も負けじと言い返した。
「やかましいっ。真面目に聞いてれば突拍子もない御託並べやがって。さっさとこの学園に居る理由を話してもらおうかっ」
　皆守の迫力に九龍は言葉を挟めない。鴉室もさすがに気圧されたようで、渋々といった様子ながら真面目に話し始めた。
　鴉室は、行方不明者の親から頼まれて捜査をしているとのことだった。
　そうか……そうだよな。子どもさんが学園で行方不明になりました、じゃ終わらないよな、普通の親は。つまりは……本当の一般生徒も、やっぱり巻き込まれているのか。
　鴉室は会話を終えるととっとと走り去って行ってしまった。この学園には協力者が居るという気になる言葉を残して。
　……そうでないと、やっぱり簡単には入れないか。
　少し考え込むようにしていた皆守も、すぐに視線を戻して九龍に話しかける。
「まぁ、考えていても仕方ない。とっとと見廻りを終わらせようぜ」
「そうだな」
　２人は再び歩き始める。
　……ん？　だから不審者ってあれじゃねぇのか……？

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