明日への追跡─1

 今日も雨かぁ……。
 九龍は窓の外を眺めてため息をついた。
 ここ3日ほど、雨が降り続いている。おかげで全く遺跡に行けてない。遺跡の中まではそう降り込まないだろうが、出入りで確実に濡れるだろう。墓地付近の土は柔らかくて泥だらけになるし、そうなると痕跡を消すのが面倒になる。皆守辺りは嫌がりそうだし、取手は嫌とは言えない性格だろうから逆に誘いにくい。女の子は制服濡れるのやっぱ嫌だろうし……。
 と、いろいろ考えてはいるが実際のところ、行っても仕方ないなという思いが強い。椎名の区画も調べ尽くし、いまだ他の扉は開く気配は見せない。
 取手と椎名から聞いた話から考えて……おそらく、鍵は人だ。
 特定の人物が遺跡に入る、あるいは遺跡で何かをする、それで開く扉というものがある。この場合は遺跡に縛られた墓守。取手も椎名も、扉を開けていたという自覚はない。自分がその場に入るとき、そこは常に開いていたと。
 それが意思でどうにかなるものなのかはわからない。
 執行委員を1人2人捕まえて遺跡に放り込めば開くのかもしれないが、確実ではない。何より、執行委員が取手や椎名と同じような呪いにかかっているのだとしたら……何とかしてやりたいという気持ちもある。
 九龍は窓から離れてパソコンを付けた。学校のサーバーから全校生徒の名前とアドレスを探すことが出来る。
 この中に、執行委員が居る。
 何かしらの問題を抱えている生徒が、それだろうか。さりげなくクラスメイトなどにも聞いてみるが、一番の問題児として上がるのは皆守の名だった。そりゃそうだ。
 よく考えれば、取手や椎名などを問題児などと言えば陰口になりそうだ。不良という意味じゃない、だがどう言えばいいかわからない。
「うーん……」
 皆守に聞けばお前だろ、などと言われるし。
「とりあえず、もっと友達作ることかなぁ」
 九龍は寮の部屋を出る。ずっと皆守や八千穂と居るせいか、他にあまり親しい人間が出来ない。取手が一歩引いてる感じなのは少し寂しい。取手も取手で距離を測りかねているのか。共通の趣味でもあればいいんだけどな。
「ん?」
 部屋の外はやけに静かだった。いや、正確に言えばそこそこの部屋で歓声やら悲鳴やらが上がっている。だが廊下には人気がない。何やら各部屋で盛り上がっている様子がわかって、更に寂しくなった。
 何だよ。誰かおれを誘え……!
 九龍は乱暴に隣の部屋をノックした。
 皆守出て来い。
 部屋からは明かりが漏れている。居るのは間違いない。テレビの音が聞こえるが、皆守は出てこなかった。テレビ付けたまま寝てんのか?
 仕方なく九龍はトイレにだけ寄っていく。そこにも誰も居なかった。トイレの窓から、何やら強い光が見えた気がして少しそちらに寄る。
「女子寮か?」
 警備員のライトか何かか、と思いつつ、それきり光は見えず、首を傾げつつ部屋に戻る。手持ち無沙汰になった九龍は、それからずっとゲームをしていた。










 前日の盛り上がりの理由はすぐ知れた。
 朝の教室内。クラスメイトたちが話しているのはテレビの特番。外が雨で部活が早く上がった生徒も多く、結構な人数が見ていたようだ。
 ……テレビかぁ。
 日本を離れていた間何だかいろいろ着いていけなくなっていて見ていない。2年の空白の間に起こった話をされると妙に寂しいのだ。だが、友人との話題のためには見ておくべきだった。
 メールを見る振りをしながらひたすら聞き耳だけを立てる。
 異星人に誘拐? 巨乳金髪美人との交配?
 なるほど、そういう系統か。九龍も嫌いではない。今は宇宙の神秘より地球の神秘に目を向けるので精一杯だが。
「ったく、あほが。メディアに踊らされやがって」
 話していたクラスメイトたちが何やらトイレに駆け込んだのと入れ違いに皆守が入ってきた。
「おはよ」
「よぉ。何かおれは、この学園で過ごしてるのが情けなくなってきたぜ。葉佩、お前も金髪美人の異星人に興味あったりするのか?」
「美人にも異星人にも興味はあるけど、交配は怖ぇなぁ」
 何か変形しそうではないか。
 九龍の異星人イメージも大概間違ってる。
「何だそりゃ。ま、異星人っていやタコみたいな形って相場が決まってるしな」
「うわ、想像させるなよ!」
 金髪美人の異星人がぞわぞわと触手を伸ばしてタコになるところを想像してしまった。タコって! タコって……!
「ふん、UFOだの異星人だのテレビや小説が創り上げた虚構に過ぎないさ」
 くだらない、といつのもように吐き捨てる皆守。
「いや、タコみたいってのもテレビや小説じゃねぇ?」
「だから異星人なんて居ないって言ってんだ」
 そうなのか? だったらタコとか言うなよ。
「古人曰く──『人間の姿は気味が悪くて好感が持てないが、慣れれば大丈夫だろう』」
「うおっ、びっくりした!」
 突然響いてきたのは七瀬の声だった。
 七瀬はくいっ、と眼鏡を上げて教室の中に入ってくる。七瀬はどうやら、宇宙人肯定派のようだった。まあそうだろうな、とは何となく思っていた。そういう不思議な物は好きそうだ。しかも七瀬の場合、確かな知識の裏づけがある。
 異星人の存在の証拠について滔々と語る七瀬の声は、正直半笑いでしか聞けなかったが。計算式がわけわからない。うん、要するに可能性はゼロではないとね。それだけで十分。
「おれも居ると思ってるよ」
 そう言えば七瀬は嬉しそうに頬を染める。
 九龍の場合、見たって奴が居るなら居るんじゃないか、程度だが。だって別に否定する理由はない。否定する知識がないとも言う。
「私たちって何か似てますね……」
 七瀬はそう続けた。そんなにも、今まで七瀬の言葉を肯定してくれる者が居なかったのだろうか。九龍は少し複雑な気分になる。やっぱり七瀬は、ロゼッタに入ればいい。
「きっといつか、その存在が明らかになる日が来ると私は思ってます」
「おれたちが生きてる間になったらいいよなー」
「はい。皆守さんもそうは思わ──皆守さん?」
 振り向けば、皆守は壁にもたれかかって寝ていた。
 2人の呆れた目線に、皆守が顔を上げる。
「ふぁ〜あ、異星人談義は終わったか?」
「寝た振りか? 寝た振りだったな、今の?」
「まぁ、もし異星人が居たら、おれも会ってみたいもんだな。……生きてる内に」
「お前やっぱ聞いてただろ?」
「ふふっ。気を付けた方がいいですよ」
「何をだよ?」
「異星人は常に私たち人間を誘拐する機会を窺っています」
 船に連れ込み、実験体にし、記憶を消す。
 七瀬はそう言って異星人による誘拐の事例をことこまかに語っていく。あー、そうだよな。敵意を持った異星人の話ってのも結構聞くんだよな。七瀬ちゃんはこういうのまで全部知った上で、異星人に居て欲しいんだなぁ。
 異星人の話が聞こえてわざわざ他のクラスまで入りこんで来たのか。
「それから、日本でも」
 更に語ろうとしていた七瀬だったが、そこでチャイムが鳴った。七瀬ははっとしてそこで言葉を切ると、挨拶もそこそこに慌てて教室を出て行く。帰り際、九龍の方を振り向いた。
「それじゃ、また。探索、頑張ってくださいね」
 にこりと笑って言われたその言葉を問う暇もなく、七瀬の姿が消える。九龍はゆっくりと顔を動かして皆守を見た。
「おい、お前の正体ばれてないか?」
「……あっはっは……」
 八千穂ちゃんか?
 それともおれが何か迂闊なことやった?
「八千穂辺りはもう仕方ないが、ちょっとは気を付けた方がいいと思うぜ。不穏な生徒がいると分かれば下手すりゃ退学って事にもなりかねないからな」
「うわー、そうだな、気を付けよう……」
 間違いなく書類の偽造はやっているのだから、目を付けられるだけで危ない。ロゼッタがそう簡単にばれるようなことはしないとは思うが……九龍自身がミスしたらどうしようもない。
「まぁ、お前の場合退学云々よりあの遺跡で死ぬ可能性もあるがな」
「嫌なこと言うな! っていうかおれが死んだらお前も道連れだぞ?」
「あほか。おれは危なくなったらとっとと逃げる」
「この薄情者……! そのときは八千穂ちゃんたちも一緒にお願いします」
「どっちだよ」
 まあ実際、今のとこ死ぬかもしれない、というほどの目には合っていない。だから危機感が薄いのだろう。しかし戦闘中は逃げ道が塞がれていることも多いから、洒落じゃないんだよな……。
「そういや、まだ聞いてなかったが、お前は何のためにトレジャーハンターなんてやってるんだ? 金か? 名誉か? それとも、スリルか?」
「えー……その中じゃ、スリルが一番近いかなぁ」
 かっこいいから、なんて言ったら蹴られるか。
 というかお前は一緒に付き合ってわからないのか! あのわくわく感!
「平穏な生活の何が不満なんだ? 何も知らず、何も関わらず生きていけるなら、それも悪くないと思うぜ?」
「一緒に遺跡入ってる奴が言うなよ。……ああ、お前遺跡でも寝るような奴だったな」
 そういえばそうだった。
 戦闘中ですらうとうとしていたりする。そしてたまに九龍ごと攻撃を避けてくれる。……これに関しては、さすがにもう偶然ではないと思っているが。素直に助けられないのかお前。
 言うと助けてくれなくなりそうなので言わないことにしてる。
「そういや、どうも静かだと思ったら八千穂の姿が見えないな」
「あ、おれもそれ気になってた」
 そろそろ八千穂の突っ込みが入る頃なのに。と、同時に教室を見渡した瞬間、その八千穂の声がどこからか響いてきた。ばたばたと廊下を走る音。すれ違った相手にしているのだろう挨拶。それがだんだんと近付いてくる。やがて教室に飛び込んできた八千穂は、何か言うより早く目の前の椅子に派手に躓いていた。
「痛ったぁ……」
「何やってんだお前は」
「やっばーい、寝坊しちゃったよ〜」
 椅子を直しながら立ち上がる八千穂に、皆守が呆れた目を向ける。
「何時だと思ってんだよ? 寝坊したって時間じゃないだろうが。おれのこと言えないぜ」
「だからってお前が言うなよ」
 皆守だって今来た。つまり、今起きた可能性が高い。
 八千穂は唇を尖らせて遅刻の理由を語る。目覚ましが止まってた……うん、普通だ。しかも床で寝ていたらしい。寝相悪いんだろうか。悪そうな気はする。
 首が痛い、と首筋を押さえる八千穂。そのとき、何かに気付いたように声を上げた。
「あれぇ? 何か首筋に出来てる〜。これ、虫刺されかなぁ?」
 八千穂がその首筋を見せてくる。確かに赤い点があった。
「虫刺されだな」
「やっぱり〜? あそこ墓地の森が近いせいか虫が入ってくるんだよね〜」
 もおっ、と憤る八千穂と対照的に、皆守は顔色が悪くなっている。
「ん? どうした皆守?」
「あ、あぁ、いや別に」
 少し呆然としていた皆守が九龍の言葉で我に返ったように呟く。そしてそのまま気分が悪くなったと教室を出て行ってしまった。
 女の子の首筋を見て?
 いや、何かそんなタイミングだったぞ?
「あ、行っちゃった。変な皆守くん」
 八千穂はあまり気にしてないようで(まあ何せ保健室に行く皆守、は日常光景だ)、すぐさま話題を切り替えてきた。何か相談があるらしい。
「……ん? 今じゃ駄目なの?」
「うん、放課後、部活終わったら話すから待っててくれる?」
「いいよ」
 どうせ暇だし。とまでは言えない。
 昨日まで降り続いた雨は止み、今日はいい天気だったが、扉が開かない事情は変わらない。
 そこで教師が入ってきて、2人ともそれぞれ自分の座席へと戻った。
 また、退屈な授業が始まる。
 ……ああ、やっぱ遺跡入りてぇ……。


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