あの炎をくぐれ!─5
次の部屋にはまた、大量に敵。
「さっきの奴……! 畜生、向こう向け!」
背中が弱点の、空中浮遊する敵が2体、正面に居る。ここからじゃ弱点に当たらない。回り込もうとしたら、左側にも敵が居た!
「葉佩くんっ!」
「痛っ!」
敵が投げてきたのは……手裏剣!?
必死で交わすが頭をかすった。ゴーグルの淵に当たったので切れてはいない。多少の打撃ダメージだけだ。
「くそっ!」
手裏剣を投げた敵は、おそらく最初の暗闇で出会ったのと同じ。弱点はまだわからない。ナイフでひたすら切りつける。
「八千穂っ皆守っ、こっちだ!」
敵が消滅した瞬間急いでそちらに飛び込む。八千穂の腕しか引けなかったが皆守もついてきた。同時に2人の居た場所に、空中浮遊の敵の攻撃が炸裂する。危なかった!
「2人ともこっち……ってクモ!?」
逃げた先にはクモも居た。こっちに近付いてくる前に銃を撃つ。弱点に当たったようで、敵は簡単に消滅した。
「よし、ここで2人とも待機!」
と言いながら九龍も動かず、部屋の中央に位置する像の影から空中浮遊の敵を狙う。背中にあるパイプ。あれが弱点なら横からでも狙えるか……って届かない!
影から出て少し進めば何とかヒットした。
「おし」
弱点ビンゴ。
撃ちまくってようやく2匹が消滅する。
これで終わりかと思ったとき、背後から奇妙な声が聞こえた。
「葉佩くん、まだ居るよ!?」
「ああ、もうっ!」
八千穂と皆守を通り過ぎ、狭くなっている通路へ。手裏剣の敵がもう1匹! 倒してしまえば、ようやくHANTが敵影消滅を告げた。ああ、そうだ。これが聞こえるまで油断しちゃいけない。
「怪我したか?」
「いや、大丈夫」
一度暗視ゴーグルを外して確かめてみる。うん、さすがに頑丈だ。
「ちょっと傷いったぐらいだな。まあ前から傷だらけだけど」
攻撃を受けるのもそうだが、壁にぶつかったり転んだり。……とは言えない。そもそもこれは貰い物だ。貰った当初から結構傷はあった……気がする。
「葉佩くん、こっち石版あるよー」
「はいはい、今行く」
こちらもまた伝説の続き。
そうだ、伊邪那岐は結果的に妻を殺した息子を殺したんだっけ。愛する妻の命を奪いし者許すまじ、か。かっこいいけど、息子に言う台詞じゃねぇよな。
「何かわかった?」
「ううん……」
石版の前に出てみる。
「……多分剣がいるな」
「剣?」
「これ……じゃ駄目だよな。どこかにあると思うから探すぜー」
ナイフを取り出してみたが、勿論そんなものではどうにもならない。いや、どうかなる場合もあるんだけど。
先ほど敵が出てきた通路に進むと扉が一つ。その先には……魂の井戸。
「おお、ありがたい、あとで補充しようー」
「あ、私もボール取る!」
「うん、先にここ開けるなー」
……って、開かないでやんの。
「うん、もっと奥だ」
とりあえず井戸はスルーして先に向かってみる。
井戸と扉の間にも通路があったが、とりあえず後。どこが正しい道かなんてわからない。どうせ全ての道は調べる。
「こっちも何か像があるねー」
「こっちの扉は開かない……と」
「石碑はあるぜ」
「ああ。多分それだな」
更に奥に進んだ先に、石碑と石像。
扉の開錠はこれだろう。
石碑の前に立ち、書かれたヒントを読む。
「わかった?」
「…………」
「葉佩?」
「…………」
九龍は黙って石像の方に移動する。
ふむふむ、人物の描かれた四角柱で四面にはそれぞれ形や表情の違う絵がある。更に頭、腰、足と分かれたそれは動かせる。
「あ、それ動かすの?」
「……だな。で、どれかの組合せで扉が開くはずだ!」
「どれかって?」
皆守が冷静に背後で言う。
「…………」
「よし、2人に問題だ。3つの部位がそれぞれが四面ある。組合せは全部で何通りか!」
「……お前、まさか」
「あ、何か数学でそういうのやった気がする」
「マジで? まあ多分計算しない方がいいけどな!」
ええと、頭はまずこれで、腰はこれで、足を四回……うん、違うな。次に腰を変えて、もう1回足を四回分まわし……。
「本気で全部やるつもりかよ!」
「ええい、話しかけるな、わかんなくなるだろ!」
皆守の呆れた声にそう返す。
幸い、間違った組合せだからといって罠が作動したりはしないようだ。当然だ。回すときにどうしても別の組合せが発生する。
「……が、頑張ってね」
八千穂の小さな声に小さく頷く。2人が壁際に離れていくのがわかった。
……うん、せめて見守ってて。
がちゃがちゃとひたすら組合せを変えていく作業。結構重いので体力を使う。今更手伝ってくれとも言いにくい。
背後では八千穂が何やらぶつぶつ言っている。皆守に話しかけているのだろうか。見てねぇのかよ……!
皆守の方は欠伸まで聞こえるし!
「わかった! 64通りだよ葉佩くん!」
「ん、ん……?」
突然大声を上げた八千穂に振り向く。
にこにこしながら八千穂は手で6と4を1回ずつ作った。
64通り……ああ、組合せがね。うん、計算してたのね。
高校の数学はそんなことまで習うんだなー。いや、中学に習ったものでも九龍は覚えちゃ居ないが。八千穂も八千穂で、かかった時間からして普通に数えたのかもしれない。
「……ありがとう八千穂ちゃん。うん、頑張ります」
視線を戻す前にちらりと皆守を見ればうとうとしていた。
そんなことだろうと思ったけどな!
そしてついに、正解に辿り着く。
かちっと音がして、それ以上動かせなくなった。
「鍵が開いた音がしたね」
「ああ、やったみたいじゃないか」
……一体どれだけ時間かかったかなぁ。
見たくはないが、確認のために時計を見る。
……また、日付は変わるな、これ。
学校さえなきゃ夜明けまでやってもいいのに!
「鍵の音は向こうでしたぜ?」
「ああ、うん、おれもそんな気はした」
近くの扉は開かなかったため、引き返す。先ほど開かなかった扉が開いた。
中は敵の山。しかも部屋が狭い。
あああ、八千穂ちゃんのボールも先に補充しとくんだった!
っていうかそういえばリロードもしてねぇ!
やっぱりツメが甘いぞおれ! 九龍は自分自身に突っ込みながらナイフを構えた。
そしてあっさり敵を殲滅し、壷を開ける。
「秘宝ゲット、と。剣だからさっきのとこだな」
「……お前、井戸入っていけよ」
皆守が何だか嫌そうな目でこちらを見ていた。
うん、まあちょっと攻撃は受けまくったかもしれない。
いや、あっさりだ、あっさり! 一人で仕留めたんだから頑張った方だろ!
「……って、あ、ひょっとしてお前ら怪我した?」
「いや」
「私は大丈夫だよー」
戦いになると後ろが見えていないことが多い。これまでは良かったが、今はハンターなのだ。守るべきバディが後ろに居るのに、それを忘れちゃいけない。
「とりあえず行くか」
……井戸の方に。
実はちょっと体が痛い。すぐ側に井戸があると思ったせいで無茶をしてしまったのだろう。井戸に入れば怪我はすぐ治る。遺跡内で負った怪我限定ではあるが。
だが、それに頼りすぎてはいけない。
井戸を経由し、最初の部屋の像に剣を刺せば、一番奥の扉が開く音がした。
神話の再現、ってことだけど息子を刺す様子を繰り返すのは嫌だなぁ。
そんなことを思いつつ、音がした方向へ九龍たちは向かう。
「行ったり来たり忙しいとこだな」
「そうだな。お前ここで寝てるか?」
「その手があったか」
「いやいやいや! 着いて来いよ!」
本気で足を止めた皆守に思わず突っ込む。八千穂は笑っているだけだった。冗談か? 冗談なのか?
奥の扉は開いていて、そこにはまた広い空間。敵影は見えないが……全体を把握するだけで大変そうだ。
「わっ、こっちのは赤いよ!」
「ん?」
そこには、青い水の張った部屋と同じような石像に、堀。確かに、こちらの水は赤い。何で着色してるんだろう。
「まるで血の色だな」
「嫌なこと言うな」
石像の前までジャンプする。男性の顔なので予想はついていたが、やはりこちらは伊邪那岐だ。我の赤き怒りを静めよ、と。この赤い水のことだろうなー。
ジャンプして元に戻る。石像の前の祭壇が、多分キーワード。
「石碑とかあったか?」
「いや、見当たらないな」
「お前見えるとこしか見てないだろ」
「私見てくるねっ!」
八千穂が元気に駆け出して行く。元気だ。そしてありがたい。
九龍はその間に祭壇を調べた。HANTが反応してくれる。
……塩酸が必要だって?
んなもんあっただろうか。井戸まで戻らないと。
そう思ったとき、八千穂の叫びが聞こえた。
「ねえ葉佩くんー! こっち、あの金色の輪っかあるよー!」
「金色の輪っか?」
「あの、ワイヤー引っ掛ける奴じゃないか?」
「おお!」
走って行ってみるとビンゴだった。前の区画でもあったんだよな、こういうの。
早速ワイヤーを飛ばして上がってみる。目の前に宝箱。中には……。
「し、塩?」
「何かあったー?」
「ええと、あっ、あっちにハシゴが見える!」
ちょっと離れた足場に見える突起。あれは間違いなくハシゴだ。
九龍はそこを飛び、ハシゴを確認して一気に飛び降りた。
「うわ、うわわわわわわ〜!」
高い!
どんっ、と尻餅を付いた九龍は痛みでしばらく動けない。
またやってしまった。いつかやると思っていた。
しかもこんな思いをして来たそこには何もなかった。
扉はあるが、あれ、開かないし。
「おい葉佩っ、大丈夫か!」
「葉佩くんー!」
悲鳴が聞こえたのだろう。九龍を呼ぶ声に何とか体を起こす。
「だ、大丈夫だ……!」
叫ぶ。だが、声が微妙に弱々しい。ああ、くそっ。
痛みを堪えてハシゴに手をかける。
早く戻らないと心配させてしまう。
そう思って上を見上げたとき、こちらを見下ろしてくる男の姿が見えた。
「み、皆守」
「何やってんだ、お前は」
「いや、ちょっと足滑らせて」
「おれには自分から飛び込んだように見えたがな」
「うるせぇ! 見てたのかよ!」
わざわざ登ってきた皆守に何を言っていいかわからず、九龍は俯き気味に階段を上る。
「……とりあえず井戸戻るぜ」
「怪我したのか?」
「や、物資調達」
怪我と言えるほどのものじゃない。本当に。
井戸に戻り塩酸を調合すれば、無事そこのギミックは解除できた。赤い水が引いて行く。
「下に何かあるよ?」
「おお、壷だ壷ー」
秘宝ゲット。
ん? これで終了か?
「ここってどこかに扉あった?」
「ううん、見てないよ」
「じゃあここ行き止まりだよな……」
「井戸の隣に通路があっただろうが。あそこまだ行ってないんじゃないか?」
「そうでした……」
ホント、突っ込まれながらじゃないと駄目だなおれ。忘れてたよマジで。
そしてゲットした秘宝は、どうやら最後の扉の鍵だったらしい。
「……そういや、この扉って区画ごと一つずつあるのか? 人間の墓守……居るのかな」
「……椎名か?」
「うわ、そんな気がしてきた……!」
銃弾の確認。装備の確認。
まさか。まさかとは思うが。
九龍は覚悟を決めて扉を開いた。
「ようこそ、葉佩くん。やっぱり来たんですのね。それはつまりぃ、『死』を恐れてなどいないってことですよね?」
「椎名ちゃん……」
本当に、居た。
部屋の中央で無邪気に笑っている。
九龍は銃を構える。
「それは、きみもそうなんだな?」
八千穂が息を呑む音が聞こえたが、直ぐに取手のことを思い出したのだろう。何も言わず九龍たちを見守っている。
撃っても恐らく大きな怪我にはならない。
それはつまり、脅しにもならないということだが。
案の定椎名はそれを見ても楽しそうに笑ったままだった。
「あなたの望む罰を差し上げますわ──」
すっ、と目が暗くなる。だが怯んではいられない。一発、二発、と銃を撃ち込む。さすがに頭や胴体を狙うのにはまだ躊躇いがあった。腕や手。大したダメージになってくれない。
同時に現れたクモは先ほど弱点を見つけたので楽な敵だが、散らばり過ぎてなかなか全部倒せない。
「ぽいっですの」
近付いてきた椎名が爆弾を投げる。九龍は慌てて下がった。だが、爆発の規模が大きい。
「うおっ……」
爆風に思わず目を瞑る。くそっ! でも距離は掴んだ!
「2人とも離れてろよっ!」
回りこみながら雑魚を蹴散らし、椎名の攻撃範囲に入らないよう気を付けながら撃って行く。幸い、椎名自身の行動範囲が広くなかった。
「もうっ! 何なんですの!」
次第に椎名に焦りが見えてくる。もう少しだ。落ち着け。ここで油断して近付いちゃいけない──。
「きゃあああああっ!」
やがて椎名から大きな悲鳴が上がり、黒い砂が吹き出た。そうだ、まだこれがあったんだ。
「葉佩っ、来るぞ!」
「おお!」
急いでリロードして敵を迎え撃つ。今度はサソリか!
「八千穂ちゃん、サソリ頼む!」
皆守は八千穂を頼む、と声に出さずに叫んで大型の化人に向かって銃を構えた。……壷? 壷に顔があるような妙なデザイン。撃ってみれば悲鳴が上がる。
「おーよーよー」
奇妙な音が、同時に発せられた。
「?」
攻撃を、食らった?
見えなかった。だが体に痛みが走る。そして痛いのに……眠い。
「やばい! 寝そう!」
「ええっ!? なに皆守くんみたいなこと言ってるのっ!?」
「皆守っ、アロマ消せ! 眠ぃ!」
言葉に意味はない。叫ぶことで何とか覚醒を維持する。ひたすら銃を乱射して、ついでに八千穂ちゃんのスマッシュにも助けられ、無事敵は消滅した。
残されたのはオルゴール──。
「それ、椎名さんの?」
「多分な」
拾って椎名のもとへ戻る。椎名はそれをただじっと見つめていた。
忘れていたことを、思い出したらしい。……遺跡の呪いは、そんなことまで忘れさせるのか。
そして椎名はまた、取手と同じく、それを取り戻した九龍に感謝を述べる。
「いや、おれはただ……」
ここに椎名が居るかも、なんて直前まで考えていなかったのに。
椎名からプリクラを渡されて少し戸惑う。まあ、悪い気は、しない。
解放された椎名は、少し、強い目になっていた。良かったな、と素直に思う。
「……これからよろしくな」
「はい。任せてくださいですの」
そうして、その日の探索は終了した。
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