あの炎をくぐれ!─4

 考え事をするには散歩が一番だった。部屋でじっとしているのは苦手だし、あまり激しく動きながら考え事はできない。問題はぼーっとしてしまい、何かにぶつかったり躓いたりすることが多くなることだ。まあここなら車も来ないし。
 と、全く関係ない方向に思考がいってるのに気付いて慌てて頭を振る。
「やぁ、葉佩くん」
「ん? あ、黒塚」
 いつの間にか廃屋街まで来ていた。こんな場所があるのもこの学園の凄いところだと思う。おそらく昔使っていた校舎とかなのだろうが、使わないなら潰してしまった方がいいのではないだろうか。GUN部が演習に使っていると聞いたことがあるので、これはこれで役に立っているのか。
「お前何してんの、こんなとこで」
「ここにはいい石がたくさんあるんだよ」
「石か。やっぱり石なのか」
 石について語りだす黒塚は、極めている者特有の輝きがあると思う。不気味だし、着いてはいけないが、素直に賞賛したい。でもおれを巻き込むな。
「……お前は石の声が聞こえるんだ……」
「そうだよ。葉佩くんは聞こえないのかい? 大丈夫、君も大切な石を見つけて毎日語りかけていれば、いずれこの声が聞こえるようになるはずだよ」
 そこまでしないと辿り着けない境地か。
 さすがだ。
「……まあ、おれもそんな石に出会えることを祈っとくよ」
「ぼくもそれを祈ってるよ。ふふふ、石はいいよね〜」
 再び自分の世界に入っていく黒塚を置いて、九龍は方向転換した。
 とりあえず寮の方に向かっていると、礼拝堂で雛川を発見する。
 九龍は昼の出来事を思い出した。雛川は、一人職員たちと戦っていた気がする。生徒会が全てを決めるというこの学園の法に納得できないのだろう。何せ生徒会のあれは恐怖政治……って、あれが生徒会の仕業ってのは知ってるのかな?
 何となく声をかけ辛くて、九龍は音を立てないようにそこを通り過ぎる。
 寮に戻る前に、外から少し眺めてみた。皆守は……居るか。
 夕飯どうしようかな、と思いつつ階段を上がって行く。ちょうど夕薙が部屋に入るところに出くわした。
「よぉ。確か葉佩……だったかな」
「おお。そうか、寮にはちゃんと居るんだな」
「ああ。ここがおれの部屋だよ。最初は2階に入れられたんだがな。空いたときに飛び込ませてもらった」
「あー、嫌だよな別の学年と一緒は」
 と言っても年齢の違う夕薙からすれば大して変わらないじゃないかとも思うが。
「それより何でお前体操服? 体弱いとか言って部活か?」
「ははは、いや、これは単に楽だからさ。部屋でごろごろしててつい寝込んでしまってもしわにならないしな」
「お前、私服ないのかよ」
 まあ室内でジャージで居る奴は結構居る。単に半袖体操着に違和感を覚えただけだ。そこはTシャツでいいんじゃないかとも思うんだが。
 少しそこで話して、そろそろ自分も部屋に帰るかと歩き出したとき、夕薙が言った。
「──君も、夜遊びは程ほどにな」
「!?」
 振り返ったとき、夕薙は既に部屋の中に入っていた。
 意味深な台詞に九龍の足も止まる。
 ……やっぱり知ってるなぁ、あれ。
 皆守が教えたんだろうか。単に墓に行ってるのを目撃したとかではあの台詞にはならない。……夕薙が、こちらかあちらの関係者だとしたら話は別だが。
「あー、何なんだよ、あいつ」
 敵か味方か。
 悪意は感じないが、様子見をされているだけかもしれない。
 腹の探りあいは苦手だ。
 いっそ直球で聞いてみるか。
「……ただの学生だったら悪いしなぁ」
 九龍は頭をかきつつ、自分の部屋へと戻った。










 この遺跡に入るのは、今日で5回目だっただろうか。
 皆守と八千穂と取手と、全員いっぺんに呼ぶことはない。それでも、既に慣れた様子で2人はロープを降りてくる。やっぱり元々の運動神経なのだろうか。
「あれ……?」
 上から八千穂が迫ってきたので、今日は見ないように、と視線を逸らすと今までと違う部分に気付いた。中央の光が、移動している。
「どうしたの葉佩くん?」
 そちらに向かった九龍に、とん、と軽く降りてきた八千穂が着いてくる。その後ろで皆守が降りてくる気配もした。今日のバディはこの2人だ。
「いや、この光、確か昨日まではここに……」
 その光の先に目をやって、九龍は思わず飛び出した。
「あ、葉佩くん!?」
「開いてる……!」
 正面にあった扉。それまで固く閉ざされていたそこが、いとも簡単に開いた。何だ。どこかで条件をクリアしたか? ひょっとして時間の経過か?
「どうしたんだ葉佩」
「いや、こっちの扉が開いてるんだよ。昨日まで開いてなかったよな?」
「知るか。おれは昨日は来てない」
「あ、そっか。八千穂ちゃん覚えてるー?」
「うーん、そういうのの確認は全部葉佩くんがやってるから……」
「だよね……」
「どうするんだ? 入るのか?」
「そうだなー。考えてても仕方ないし。よし、行こうぜ!」
 新たに開いた扉を開ける。
 今までとは少し違った雰囲気の部屋。直ぐ側を蝶が飛んでいた。
「……マダム」
「え、何?」
 蝶に触れようとした瞬間。そこにゆらりと人影が現れる。八千穂と皆守が驚きの声を上げていた。
「この世は泡沫の蝶の夢……」
「や、やっぱりマダム!? マダム・バタフライだ!」
 怪しい仮面をつけたその女性は九龍の言葉に微笑んだ。
 噂にだけは聞いたことがある。遺跡に現れる謎の女性。アイテムと引き換えに、滅多にお目にかかれない、秘宝を授けてくれる存在。その女性はやはり、九龍に取引を持ちかけてきた。
「うっ……と、今は何もない。で、でもまた来るよ! いつでも居る!?」
「私はいつでもここにいるわ……。今はお行きなさい。その心の望むままに……」
 また会いましょう、と低い声を響かせて、マダムは再び蝶へと戻った。九龍は呆然とそれを見る。
 すげぇ。
 すげぇ。叔父さんの話、嘘じゃなかったんだ……!
 眉唾ものの話も多い叔父なので、これについても話半分だった。なのに、会ってしまった。
 マダム・バタフライだ。
「ね、ねえ葉佩くん、今のって」
「あー。遺跡の神秘の一つかな」
 固まっている八千穂と皆守に振り向いて笑う。今までも消える化人など不思議な出来事は見ていたはずだが、蝶が人に、だとやはり違うだろうか。九龍にとっては、それが伝説の女性である点が大きかったのだが。
「さ、固まってないで行こうぜ。お、ハシゴあるじゃん。おい、これは皆守が先に来いよ?」
 常に最後尾の皆守にそう言う。ハシゴを登るときに八千穂の後ろ、は許せない。というか、八千穂にはそろそろスカートで来るのを止めて欲しいところだが。
「結構長いな……」
 九龍はハシゴを飛び降りる癖があるので、降りるときは用心しなければならない。癖というか面倒なだけなのだが。
「うおっ」
「どうした?」
「何? 九龍くん」
「いや、ちょ、これ見てみろよ」
 ハシゴを登り切り、少し進んだ瞬間見えた扉。それはエリアの最奥を意味するもののはず……。
 慌ててHANTを開く。すぐに気付いた。これは、取手の居たあの場所に繋がっているのだ。
「あれ? この扉って」
「うん、多分あそこの反対側だ。……何度やっても開かなかったんだよなぁ」
 何気なく手をかけてみる。……ちょっと待て、動くぞ。
「開いてるのか?」
「……開いてるな。くそっ、どういう仕掛けか全然わかんねぇ!」
 とりあえずここは置いておこう。どうせなら先に進みたい。HANTで辺りを調べながら緩い階段を上っていく。また狭い通路だ。縦一列になるから嫌なんだよな。まあそうでなくても皆守は並んでは来ないが。
 先の扉は開いていて、九龍は何も考えずに中に飛び込む。
 暗い。
 ほんの一メートル先もよく見えない。
「うわっ、真っ暗だね」
「ああ、転ぶなよ?」
「わかってるよ」
 遅れて入ってきた八千穂と皆守が言う。九龍はそれを確認して暗視ゴーグルのスイッチを入れた。縦長の部屋。それほどの面積はないが、両側に棺。嫌な予感はする。
「2人とも、おれから離れるなよ?」
 そう言えば八千穂が頷いて九龍の学ランを握ってきた。
 うお。びっくりした!
 暗闇は苦手ではないが、暗視ゴーグルのバッテリーは少ない。急がなければ、という思いが九龍を焦らせる。しばらく進んだところで、突然かちっと音がした。床で、何か踏んだ手応え。
「あ……」
「なになになに!?」
 一斉に両側から蠢く気配。
 敵かよ!
「まずいな。囲まれたみたいだぜ」
「何!?」
 後ろの皆守の言葉に振り向く。
 前に4匹。後ろに2匹!
 2人を隠す場所もない。
「ちょっ、八千穂ちゃん、ごめん、後ろの2匹お願い!」
「うんっ。いっくよー!」
 八千穂が敵に向かってスマッシュを放つ。だが、暗闇だからか綺麗に命中しない。勘だけで撃ったのだろう。っていうか後ろには皆守も……。
「おいっ、おれに当てる気か!」
「あっ、ごめん! 大丈夫? 当たんなかった!?」
「いいからあっちを何とかしろ」
 皆守が前に出てきて八千穂の腕を引き、位置を交換する。
 八千穂のことは皆守が見ているようだったので、九龍も目の前の敵に集中した。初めて見る敵。弱点がわからない。
 九龍はナイフでひたすら敵を切りつけて行く。弱点探ってる余裕はない!
「よしっ」
 4匹全て倒したとき、背後でも八千穂が敵を倒したようだった。息が切れてる。ごめん、無理させて。
「八千穂ちゃん、大丈夫?」
「うんっ。全部倒したよ!」
「さすがだな!」
 そして何もしていない皆守はいつのまにかアロマに火をつけていた。ああ、それなら暗視ゴーグルなしでも見えそうだな。
「さて、次の扉は開かない、と……。うん、まあこれだな」
 すぐ近くに蛇の杖。迷うまでもない。レバーを下ろせば、開錠音が聞こえた。
「おっと」
 暗視ゴーグルのスイッチは切っておく。勿体無い。っていうか大分消費しちゃったな。次の部屋も暗かったら一度戻って充電してきた方がいいだろうか。
「おっ、広い部屋だ」
「その壷は怪しいな」
「……だな」
「お宝?」
「や、多分違う」
 化人に変わる壷は何度もみている。九龍はナイフを構えてゆっくりと近付いた。
「来たぞぉっ!」
 クモと……何か宙に浮いてる、何だこれ!
 考えてる暇などない。とりあえず切りつけてみるが……固い!
「うおっ」
「葉佩くん!」
「大丈夫っ! 下がってて!」
 倒せないでいる内に攻撃を食らってしまった。
 熱っちい! 少し火傷をしているかもしれない。
 心の中だけで叫んで銃をがむしゃらに撃つ。やはりダメージ効率は悪そうだ。あちこち撃ってみても弱点にヒットしない。それでも、何とか一匹倒した。
「葉佩っ、後ろを狙え」
「え?」
 もう1匹同じ敵が居る。皆守の言葉通り、動いた隙に回りこんで撃てば見事にヒットした。敵が悲鳴を上げる。
「よっしゃ!」
 クモ二匹はナイフで仕留めた。やっぱり初めて見る敵はきついな。
「大丈夫? 葉佩くん」
「あー平気平気。このベスト、耐熱性だしな」
 学ランが少し焦げてる気がしたが、気にしていられない。
「それにしても皆守、お前よくわかったな」
 攻撃を受けた辺りを払いながら言うと、皆守は「ああ?」と訝しげな顔をする。
「弱点。背中でビンゴだったぞ」
「えっ、そうなの? 皆守くん、すごーい!」
 八千穂も素直に賞賛したが、皆守は呆れた顔をしただけだった。
「あのな……お前が正面全部撃って、それでもヒットしないんだから後ろにあると考えるのが普通だろうが」
「でした……」
 ああ、駄目だなおれ。っていうか全部撃ったとかよくわかったなぁ。
 何だか情けなくなりつつも、しっかり弾薬は込め直す。これだけは忘れないようにしないと行けない。以前弾切れで酷い目にあったことがあるのだ。
「さて、それじゃこの部屋は……と」
 何やらギミックがありそうだ。石像はHANTに取り込まなきゃな。
 青い水の溢れる堀を飛び越えて、石像の前まで来る。八千穂たちは着いてこなかった。足場が狭いのでまあいいだろう。
「この水、なんだろ?」
「よくわかんねぇもの触るな」
 手を伸ばしかけた八千穂の腕を皆守が引っ張っている。うん、あっちは任せておけばいい。
 改めて石像を見る。何やら文字が彫られているのがわかった。
「ええと……我が……心の乾きを……炎の涙で満たせ……? かな?」
「何それー?」
「これ伊邪那美の像みたいだなー。多分何かの解除ヒントだよ」
 とん、と飛んで元に戻り、更に奥に進む。石碑と、円柱。円柱の前には窯があった。
「火花がぱちぱちしてる……。きれいだねっ」
「皆守ー、八千穂ちゃん戻しとけ」
 窯を覗き込む八千穂を皆守が後ろから引っ張る。八千穂に注意するより皆守に頼んだ方が早いようだ。それを横目で眺めて九龍は石碑を読んだ。これは……単なる伝説か。
「何て書いてるの?」
「伊邪那美の話。知ってる? 火の神を生んで焼け死んじゃった伊邪那美」
「あっ、ついこの間授業でやった!」
「え、マジで」
「九龍くんも居たでしょ!」
「……あっはっは」
 聞いてなかった。
 とにかく、まあ、こういうときはこの伝説を再現すればいいんだよな。
「ねえ、あっちの宝箱は?」
「ん? ちょっと待って」
 石碑の正面に箱。九龍は一度辺りを見回し、棺や壷がないことを確認してそれを開ける。中には石炭が入っていた。
「おお。多分これだな」
 それを持って窯の前へ。
 放り込んでみた。
「……それでいいのか?」
「……燃やせばいいんだけど……燃えないなー。八千穂ちゃん、ティッシュとか持ってない?」
「あ、あるよ」
 スカートから小さなポケットティッシュを取り出す八千穂。うんうん、やっぱり女の子だ。
「ちょっと貰うね」
 石炭に巻きつけてみる。途端に勢いよく燃え始めた。ちょっ、いきなりここまで!?  慌てて下がり、皆守と八千穂を背で押す。しばらくすると、開錠音が聞こえた。
「……開いたみたいだな」
「よっし。次行くぞー!」
「葉佩くん、ここ何かひび入ってるよー?」
「あー、その辺はあと。新しいとこはどんどん進みましょー!」
 HANTをかざせば空間があることを示してはくれたが。
 一晩の時間はあまりないのだ。一度入った場所でも何度でも探索出来るようだし、何より実は、爆弾を持ってきていなかったりする。……だって、まさか新区画が開いてるなんて思わなかった。
「葉佩、開いてるみたいだぜ?」
「うおっ。先行くなよ!」
 勝手にドアの前に向かっている皆守に叫んで慌ててそちらに向かう。坂の下にあった扉へ、反対側から飛び降りた。
 初めての区画。
 やっぱりこれが探索の醍醐味だよな。
 興奮でにやける九龍は皆守に冷たく突っ込まれつつ、扉を開いた。


次へ

 

戻る