あの炎をくぐれ!─3
マミーズを出た2人は、そのまま真っ直ぐ校舎に向かう。もうすぐ次の授業の始まる時間だが……出る気はあるのだろうか。
九龍が皆守を見ると、皆守は次の時間は化学か、などと言っている。
「出るのか?」
「だりぃ」
「だろうな」
一日全ての授業に居た試しがない。それでも何故か1〜2時間は出てたりするのだから、ホントに純粋に全て出るのには体力がもたないのかもしれない。使うよな、体力。
2人が校舎に入ったとき、何やら職員室が騒がしいのに気付いた。聞こえてくる声から、先ほどの爆弾騒ぎの件だとわかる。あ、雛川先生だ。
「何だ、気になるのか?」
「いやぁ〜、さっきのあれ、どうなってるのかなって。警察とか来るのか?」
怪我人は居なかったから面倒ごとを嫌う学校ならこのまま放っておくだろうか。何せ犯人は……多分学生だ。
「来ないだろうな。教師どもも何もしやしないさ。この学校の教師はお飾りみたいなもんだ。実権は全て《生徒会》が握ってる」
「そこまで凄いのかよ生徒会……」
生徒会、という名の別組織なんじゃないだろうか。スパイみたいに紛れ込む執行委員といい。
そのまま職員室を素通りして、渡り廊下へと向かう。階段で、上から誰かに声をかけられた。
「よう、甲太郎じゃないか」
甲太郎?
顔を上げると、顔に傷のある何だかたくましい男がそこに立っていた。男の視線は……皆守。
「あ、お前か」
甲太郎は皆守の名前。一瞬遅れてそれに気付き、少し驚く。皆守のことを名前で呼ぶような奴なのに、九龍は今初めて会った。
「……学生、だよな?」
肩にかけてるのは学ランだろう。やたら大人びた顔をしているが、まあこのぐらいの年だと珍しくもない──と思ったとき、皆守が言った。
「そういや葉佩はこの先輩に会うのは初めてだったな」
「先輩?」
「おいおい、同級生に向かってそれはないだろう」
「だ、だよな? 同級生だよな?」
「ふん、こいつはな葉佩。物好きにもおれたちよりも2年長く高校生をやってるのさ」
戸惑っていると皆守が皮肉気に言った。ああ、つまり留年しているのか。……なるほど。じゃあ誕生日次第でもう20歳だ。
「名前は夕薙大和。一応同じクラスだ」
「マジで!? おれ、見たことないぞ」
「ああ、おれよりも教室に居る率は低いな」
「いや、マジで、白岐さん以上なんじゃねぇの?」
遠慮なく言うと夕薙は苦笑した。夕薙はここに来る前は海外を飛びまわっていたらしい。ああ、入学が遅れているのかと思えば体を壊したのが留年の理由だと。それはこれ以上ツッコミ辛い。九龍が言葉に詰まっていると皆守が肩を竦めて言う。
「まあなんだかんだで入る間口は広い学園だからな。いろいろ訳ありの奴が揃うのも当然といえば当然か」
皆守はそこで九龍を見た。……いや、見るな。
「まあ人にはそれぞれの事情ってのがあるものだ。そうだろう? 《転校生》くん?」
妙に意味ありげに言われる。挑むような視線にそうだな、と笑って返した。ひょっとしたらこいつも……訳あり、か。
敵だったら嫌だなぁと思いつつ夕薙と別れる。皆守とは仲が良さそうだし、悪い奴じゃないだろうか。
そのまま階段を上がっていると皆守が言う。
「さて、お前次の授業はどうするんだ?」
「え……」
皆守は出るつもりで上がってきてるのかと思った。この聞き方から言って皆守はさぼるつもりだろうか。なら自分も、と思ったとき八千穂の声が聞こえた。
……ああ……。
逃げられなかったな、と皆守を見ようとするともう居ない。
ちょっ、逃げ足速すぎだろ……!
九龍に説教をかます八千穂もそれに驚いたようだ。諦めたように九龍のみ引きずって行く。授業道具が、と言いかけたが、チャイムが鳴って八千穂が慌てだしたため、結局手ぶらで理科室へと向かうことになった。
実験の授業は好きだ。
ビーカーやら薬品やらが並べられていると少しわくわくする。八千穂も同じ気持ちのようでちょっと興奮気味に話しかけてきた。
「試験管とかビーカーとか秤とか分銅とか、ガラス管とか……これって絶対ここでしか触らないものだしね。それに……なんかちょっと可愛いと思わない?」
……ちょっと興奮の方向性が違ったようだ。
ビーカーが可愛いか。それはまた面白い感覚だなぁ。
まあ九龍の部屋には調合のために部屋にビーカーや試験管があったりするしな。見慣れすぎている。
「さて、それじゃ始めよっか」
席順は教室と同じなためか、八千穂と九龍は同じ班だ。八千穂が非常に大雑把に薬品を入れていくのを少しはらはらと見ていると、教室内で叫び声が上がった。
先ほどマミーズに居た男たち。そこには──爆弾!
「ちょっ、またかよ!」
「え、葉佩くん!?」
「おい、伏せろっ!」
飛び出して向かうが、間に合わなかった。
爆発音と共に周囲に破片やガラスが飛び散る。悲鳴が上がり、辺りは騒然となった。
「何? 何? 何が起こったの?」
一瞬のことで、認識出来ている人物が少ない。爆弾の一番近くにいた生徒が耳を押さえて蹲っていた。周りの生徒たちが駆け寄っていて、九龍は近づけない。
「ふふふっ」
そのとき、マミーズでも聞いた幼い声が、九龍の耳に響いた。
「……お前」
人形のような少女がこちらを見ている。
そのままくるりと踵を返したので慌てて追いかけた。
あれが犯人。
執行委員……なのか?
九龍の後を八千穂も追ってくる。八千穂が少女の名を呼んで、その足が止まった。
「あら、リカのことをご存知なんですかぁ? ふふふ、そちらが噂の《転校生》さんですのね。はじめまして、A組の椎名リカと申しますぅ」
「初め……まして」
可愛らしい声と笑顔で挨拶されているのに、九龍の顔は強張る。知ってそうだったが、とりあえず名乗るとわざとらしく驚かれた。
どうしよう。
敵か。敵なのか。でも、こんな、小さな女の子──。
「ね、ねぇ。さっき何を見てたの」
戸惑う九龍をよそに八千穂が聞く。
九龍は一歩引いた。八千穂に任せてしまおうと思ったのだ。
案の定、椎名は爆弾犯だった。言い方から考えてやはりあれは生徒会の与えた罰──彼女は執行委員だ。
椎名は爆弾について楽しそうに語っている。理解は出来なかったが、それが……力なのか。そんな力まであるものなのか。
彼女も……呪われている。
「ふふふっ、試しにあなたたちもぱーんってなってみますか?」
無邪気な笑み。平然とそんなことを言う椎名に八千穂は負けずに声を張り上げる。
「駄目だよ、そんなことっ。死んじゃったらどうするつもりなのっ!」
そんな説教が通じるはずもない。罪の意識などないんだ。
九龍はそう思ったが、椎名の返しは、予想外のものだった。
「死ですかぁ? それだったら別に構わないと思いますぅ〜。だって、それならお父様がいくらでも代わりを用意してくれますもの」
「お父様……?」
「ええ。だから死なんて全然大したことではないですわよねぇ?」
当たり前のように同意を求められる。
「お前、何を……」
「人の死ってのはな、そんなものじゃない」
「皆守!」
いつの間にか階段に皆守が居た。騒ぎを聞きつけて降りてきたのだろうか。
「死んだ奴には2度と会えない。誰もそいつの代わりになんてなれない」
ゆっくりと階段を降り、椎名を見つめたまま皆守は言う。
「お前には本当に死の意味がわからないのか?」
やがて降りきった皆守が椎名と対峙する。椎名は少し怯んだように後ずさった。
「嘘ですわ、そんなの……」
「嘘じゃない。なぁ、葉佩」
今度は皆守に同意を求められる。九龍は頷いた。当たり前だ。それが真実だ。
だが椎名は激しく反発した。遺跡にちゃんと書いてあったと。突然出てきたその単語に驚いて椎名を見返す。遺跡……だって?
伊邪那岐と伊邪那美の神話。黄泉の国へ妻を迎えに行く話。それは……九龍も聞いたことがある。
椎名はそれを信じているのか?
椎名が去ったあとも、3人で呆然とそれを見送った。八千穂は憤っていたが、すぐに椎名が執行委員である可能性に気付いたようだ。遺跡、不思議な力、呪い……。
九龍が黙っていると、皆守が静かに言う。
「葉佩──。お前がこの学園に何をしに来たかなんておれにはどうでもいいことだ。だがな、死にたくなければもうあの遺跡のことは忘れろ」
それは本心からの言葉に聞こえた。九龍はゆっくりと顔を上げて皆守を見る。その表情をどう取ったのか、皆守がちっ、と舌打ちをする。
「嫌なんだよ、面知ってる奴が死ぬってのは」
思わずもらした言葉のようだった。すぐに皆守は「何言ってんだかなおれも」と呟いて去っていく。九龍はしばらく見送ったあと、隣に立ったままの八千穂に目を向けた。
「……なあ。おれの前の転校生ってさ。皆守と仲良かった?」
「え? ど、どうだったかな……でも一緒に居るところは何度か見たことあるような……」
死なれた経験があると、そう言ってるようなもんじゃないか。
おれの前の転校生も、遺跡に関わっていた可能性は高い。
ああ、もう、どうすりゃいいんだよ。
遺跡に行かない、なんて選択肢はない。そのために九龍はここに来たのだ。絶対死なないなんて……約束は出来ない。
チャイムが鳴って、八千穂がぽつりと呟く。
「授業終わっちゃった……。もう放課後だね。早く帰らないと……」
そう言うものの、八千穂は動かない。
「……ねえ葉佩くん。葉佩くんはまだ転校してきて少ししか経ってないけど、葉佩くんと私はもう友達、だよね?」
「当たり前だろ。友達じゃないとか言われたらおれが凹むよ」
「あははっ、うん、そうだよねっ」
八千穂は明るく笑って、皆守の去っていった方向を見る。
「皆守くんもさ、葉佩くんのこと友達だと思ってるから、だからあんなこと言ったんだよね」
「…………」
そうだろうとは思う。何だか恥ずかしくて頷けなかったけれど。
「……それじゃ、わたし部活があるから。皆守くんはああ言ってたけど、きっと葉佩くんが困ってたら力を貸してくれると思う。わたしもそうだからっ」
「ありがと八千穂ちゃん」
本当に、八千穂には救われる。九龍がようやく笑顔を見せたのに安心したのか、八千穂はそのまま駆け出して行った。九龍は一度階段を見上げる。教室にカバンを置いたままだが……。
まあ、いいか。
財布もHANTも持ってる。
九龍はそのまま階段を降りて行く。
椎名のこと、皆守のこと、生徒会のこと。考えることが多すぎる。
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