あの炎をくぐれ!─1

 取手を解放してから一週間が経った。
 九龍はその後、何度か遺跡に行ってみたものの、他の扉の開錠方法は見付からない。あのとき唯一開いていた扉は、あの後もそのまま開いている。
 取手の話から推測するに、あの扉は──
「葉佩くんっ!」
 思考に耽っているといつの間にか授業が終わっていたらしい。少しざわついた教室内で八千穂が声をかけてくる。何度かの探索には八千穂にも付き合って貰った。彼女のスマッシュは、本当に武器として通用する。取手の力も、完全に失われたわけではないようだった。呪いが解けてないのかとも思ったが、後遺症のようなものだと思う。一度体が覚えた力は、そのまま残ってしまうと聞いたことがある。
「ね、葉佩くん。休み時間に図書館行ってみない? 今なら月魅がいるって言ってたからさ。取手くんの、あの黒い砂、ずっと気になってるんだよね。考えてたら授業が全然頭に入ってこなくてさ。月魅に聞けば何かわかるかもしれないし」
「あー、確かにあの子の知識は凄いけど……ばらすのはなしだよ?」
「わかってるって!」
 本当は全て話して協力を仰いでもいいとは思うのだけれど。話すなら九龍からきちんと話したい。八千穂の自主性に任せているととんでもないことになりそうな気がするのだ。皆守にはあっさりばらしたし。あれから誰かに言った気配はないが、釘は何度でも刺しておいた方がいい。なにせすぐ忘れそうだ。
「それにさ、あの遺跡の壁画とか飾りとか、どこかで見た気がするんだ。確かに前でテレビで。なんだっけなぁ、ほら、石っぽいっていうか砂っぽいってい うか」
「ごめん、さっぱりわかんない」
「全く、どういう記憶力してんだ」
 九龍が苦笑してると隣から声が聞こえてきた。九龍は驚いて振り向く。
「お前、居たんだ」
「あのな」
「あ、皆守くん。皆守くんはわかる?」
 朝は居なかったと思うのだが、いつの間にか教室内に居た皆守に八千穂が聞く。皆守はため息をついて言った。
「お前が言いたいのはエジプトのピラミッドだろ」
「あ、そうそれ!」
「……お前凄いな」
 勿論ピラミッドという単語を覚えていたことではなく、八千穂のあの説明で理解したことだ。なるほど慣れている。
「そうそう、あの棺桶とかまさにそんな感じだったよね。ね、それも一緒に月魅に聞こう」
「そうだなー。ま、時間ないしとりあえず行くだけ行ってみるか」
 九龍と八千穂が立ち上がる。八千穂は当然のように皆守に言った。
「ほら早く。皆守くんも」
「はぁ? 何でおれが」
「いいじゃない。一緒に探検した仲でしょ?」
「そうそう。っていうかお前が居てくれないと困る」
 八千穂の通訳に。
 ついでに八千穂に強く言えるのも多分こいつだけだ。
「あのな……。取手の件では成り行き上関わったがな。これ以上おれを巻き込むな。所詮おれには関係ないことだろ」
「関係なくないもんっ」
「はぁ?」
「だって友達の友達はみな友達って言うじゃない」
「友達って……。誰と誰がだよ」
「だから、葉佩くんと皆守くん、葉佩くんと私。ほら、皆守くんと私も、もう友達じゃない」
「お前……」
「ちょっと待て、お前ら友達じゃなかったのかよ!」
「だってあんまり話したことなかったし……」
「それはさすがに皆守が可哀想じゃないか?」
「どういう意味だ」
「ほんとは白岐さんにも聞いてみたかったんだけど、どこに行っちゃったのかなぁ」
「おお、スルーか八千穂ちゃん」
 八千穂はたまにナチュラルに人の言葉を無視する。多分自分の思考でいっぱいいっぱいになってるだけなのだろうが。
 皆守はめげずに八千穂に話しかけた。
「何でそこで白岐が出てくるんだよ」
「だって白岐さんって私の知らないこといっぱい知ってそうだし、せっかくだからいろいろ話したいな〜って」
「目当てはそっちだろ」
「も〜いいじゃないそれはっ。それより早く行こう。休み時間終わっちゃうよ!」
 元気に廊下に出て行く八千穂。九龍と皆守が動かないでいると、外から大声で2人の名前を呼んできた。
「ったく、なんて強引な女だ」
「ねぇ〜! 皆守くん! 葉佩くんー! 皆守くんー葉佩くんー!」
「わかったから名前を連呼するなっ。あー、だから八千穂と関わるのは嫌だったんだ。葉佩、お前も覚悟しとけよ?」
 結局皆守は立ち上がり、九龍も後に続く。
「初日にちゃんと覚悟しました」
「……なるほどな」
 皆守は少し笑っていた。
 八千穂の声で注目を集めていた3人は、何だか少し居心地悪く図書館に向かった。
 ……目立つのもまずい気がするんだけどなぁ。










「私の持ってる知識がお役に立てるのなら嬉しいです。遠慮せずになんでも訊いてくださいね」
 七瀬はほとんど表情を動かさずに淡々と言う。あまり感情が表に出ない方なのだろう。八千穂とは対照的だと改めて思う。それでも多分これは笑顔だと判断して、九龍は遠慮なく訊く。
 ……って、何て言えばいいんだ?
「えっとね。黒い砂についてなんだけど」
「黒い砂……ですか?」
「そうそうっ、取手くん……は関係なくて、えっと、その、」
 いきなり取手の名前を口にする八千穂。あああ、やっぱり駄目だこの子! そしてフォローしようにも言葉の出て来ないおれも駄目だ!
「……やれやれ」
 背後で呆れた声が聞こえる。やる気なさげに後ろに居た皆守が一歩前に出てきた。
「人体に異常な影響を及ぼす黒い砂状の物について何か聞いたことはないか?」
 そして皆守はそう言った。
「あ、そうそうそれっ、そういうこと! 皆守くん、あったまいいー」
 褒められてるのに皆守は嫌そうに頭をかいてまた下がる。
 何か悔しいけど助かった。
 七瀬は戸惑いつつも、しっかりと答えを返してくれる。カビ、砂鉄、灰。
 確かに現実的に考えるならその辺だろう。
「呪術的な分野にまで話を広げるともっと様々な可能性が出てくると思いますが、」
「うーん、やっぱそっちかなぁ」
「今ここで全てをお話するのはちょっと時間的に難しいかと」
「……だな」
「あ、いいよいいよ。そういう色んな可能性があるってわかっただけで今は十分」
「そうか?」
 八千穂は勝手に会話を終わらせてしまった。まあ、確かにここで全て訊くのは無理だろうし、後にするか。呪いという点なら本当はロゼッタに聞いた方が手っ取り早いのだろうが……。正直、取手が解放されたことで自分の中で呪いについては終わっていた。違うだろおれ。まだあるんだ、部屋は。
「まあいいや、あとね、エジプトと日本の関係について知ってる?」
 質問をするにも自分なりに調べて考えをまとめてからにしよう。
 とりあえず九龍は、八千穂の言っていたそちらについて訊いてみた。
 正直これについては何も期待していない。エジプト系の遺跡に多く入っていたせいか、遺跡といえばあんなもんだと思っている。日本で見たことにもあまり違和感を感じていなかった。
「エジプトと日本ですか……葉佩さんは、エジプトと日本の共通点をご存知ですか?」
「へ? え、何かあったっけ」
「古代日本と古代エジプトに共通する建造物──それは、ピラミッドです」
「あっ……!」
 そうだ。聞いたことがある。日本にも、ピラミッドはあると。
「そうだったそうだった。なんか、ええと名前は忘れたけど、うん、あるよな日本にも」
 九龍の言葉に七瀬が頷く。実は昔漫画か何かで読んだ知識だったが、七瀬のそれはさすがに詳しい。地名も人名もしっかり覚えている。淀みなく流れる知識に感心しつつも、ほとんど頭に残ってくれない。それでも初めて聞く話は素直に面白く感じた。
「こんな話で少しはお役に立てたでしょうか?」
「いや、もうばっちり。凄ぇよ七瀬ちゃん!」
 興奮のまま少し大げさに言ってしまったが、七瀬は今までの微笑みとは違ってはっきりと笑った。
「そう言って頂けると嬉しいです」
 ああ、笑うと可愛い。……なんてナンパな言葉は嫌いだろうなー。
「ふぁ〜あ。そろそろ休み時間が終わるな。優等生さんたちは次の授業の準備でもした方がいいんじゃないか?」
 七瀬の顔に見とれていると皆守が眠たそうに発言する。寝てたなお前。
 八千穂と七瀬がその言葉に慌てて、その場は終了となった。
「じゃあな七瀬ちゃん。また何かあったらよろしく」
「はい、いつでもどうぞ」
 図書館を出ると、廊下の人影が減っている。もうすぐ授業が始まるようだ。
「皆守くんは、またさぼるつもり?」
「あ?」
 3人で並んで歩いていると八千穂が突然そんなことを言う。眠たそうな欠伸をしているからだろう。正直自分もそう思っていた。
「ああ、七瀬のウンチク話のおかげでおれの脳にはそろそろ休息が必要なんだよ」
「お前聞いてたのか? まあ興味なかったら眠たい話だけどな」
 つい言ってしまったが、八千穂からの非難はなかった。多分、状況には心当たりがあるのだ。八千穂も間違いなく難しい話は苦手だ。
「ってことはやっぱりさぼるんじゃないっ。駄目だよ、そんなんじゃ」
「うるせぇな。お前には関係ないだろ。……葉佩、お前はどうするんだ?」
「えー、おれも一緒にさぼろうかと思ってたところなんだけど」
「葉佩くん!」
「ほら、おれ、授業とか関係ないしさ! さっきの情報をHANTにまとめようかなって!」
「うーん、そうかぁ……。でもそれだったら休み時間にやるべきだよ。あと1時間授業受けたら昼休みだしさ!」
「………あっはっはっは」
「何笑ってるの!」
 ごまかせるわけがなかった。
 どうしようかと思っていたとき前方からやってきた人影に、思わず声を上げる。
「あ、取手!」
「やあ葉佩くん」
 柔らかな笑みで軽く手を上げて、取手が立ち止まった。
 あれから取手は大分変わった、のだと思う。以前の取手をほとんど知らない九龍ですらそう思うぐらい、雰囲気が違う。正直初対面ではとっつきにくい相手だと思ったけれど、今は普通に明るく話せる。取手は少し緊張気味のようだったが、これは元の性格なのだろう。
「この前はその……いろいろとありがとう。君にこれを渡そうと思って来たんだ」
「ん? あ、ああ、ありがとう……?」
 渡されたのは音楽室の鍵だった。どういうことだろうと思いつつ、とりあえず礼を言う。
 ……そうだ。校舎内の探索は全然出来てないんだよな。
 関係ないから、と思っていたが、生徒会が墓に関わってくるのなら学校自体も調べなければならないかもしれない。
「取手、お前もう体の方はいいのか?」
 ああ、皆守はそこを気遣っている。駄目だな、自分はすぐ探索の方に頭がいってしまう。
「うん、以前みたいに頭痛がすることもなくなったし。何より本当に、気分がいいんだよ」
「良かったなぁ、マジで。そういやお前最近ずっとピアノ弾いてるだろ? 音楽室から聞こえてくるの、取手だよな?」
 そう言うと取手は驚いたように目を丸くした。そして、恥ずかしそうに頷く。取手のピアノは本当に上手い。音楽の先生にまでしっかり認められている。そうでなければ別のクラスの授業に特別講師なんてやれないはずだ。……あの遺跡から出た数日後、何故か取手は九龍のクラスの授業でピアノを弾いた。何だか非常に個人的に捧げられているようで妙に恥ずかしかった覚えがある。昼休みなどに流れてくる曲を聞く方が、九龍にとっては良かった。
「それじゃ、ぼくはそろそろ行くよ」
 取手はまだ、カウンセリングは続けるらしい。保健室仲間が解消されなくて良かったな、など皆守に言ってみようかと思ったがやめた。皆守は何かを考えるように少し遠い目をして取手を見送っている。
「自分の過去と真っ直ぐ向き合う、か」
「どうした?」
「いや……行こうぜ」
 3人は再び並んで歩き出す。途中で黒塚に会ったり、美術室の鍵を白岐に届けたりしているとついにチャイムが鳴り出した。
「やばっ、早く戻らなきゃ!」
「行ってらっしゃーい」
「葉佩くんも行くのっ!」
「おれはさぼるぜ。じゃあな葉佩」
「こら皆守! この薄情者!」
 八千穂に腕を捕まれた九龍は逃げられない。皆守はさっさと屋上へと向かってしまった。八千穂は皆守の名も呼んでいたが、もう無駄だろう。
「何やってるんだ? 早く入れ」
 教室の前で騒いでいると、教師に注意されてしまった。
 くそ、結局出るしかないのか。
 九龍は渋々教室内へと入っていった。


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