蜃気楼の少年─4

 扉を開ける。
 そこには上りの階段があった。並んで歩くにはちょっと辛い、狭い道。
 九龍は改めて装備をチェックし、慎重にそこを上っていく。
 どんな罠が出てくるか。どんな化物が出てくるか。
 すぐ後ろを歩く八千穂と、おそらく最後尾に付いただろう皆守の気配を意識しつつ、階段を上りきる。そこには一枚の紙が落ちていた。
「何だ?」
「これは……」
 3人で一緒に覗き込む。かなりぼろぼろだったので念のため、手にする前にHANTに取り込んだ。解析し、鮮明になった画面の方を読んでみる。日本語なのに、ちょっと感動した。そういえば日本の遺跡は初めてだ。
「何なの、それ?」
「前にここに入った人の残したメモ、だな。やっぱりおれ以外にも居るんだな、入ってる奴」
「へぇー。何て書いてあるの?」
「んー。まだ大したことは……これからこの遺跡に入るよ、何かあったときのためにメモ残しとくからよろしく、みたいな」
「……その人、今は?」
「……さあ……」
 このハンターは、最後まで行ったのだろうか。いや、聞いたことのある名前だ。おそらくロゼッタのハンターだ。ならば、到達していない。到達していれば九龍がよこされるわけがない。
 それでも無事に帰っているのなら、もっと情報が伝わっているはずだが……。
 九龍は無言でその紙をポケットに仕舞った。
「じゃ、行くか」
 やっぱりここは思った以上に危険な遺跡だ。気を引き締めて行かねばならない。
 次の部屋への扉を手にかけ、ゆっくりと開く。
「どきどきするね」
「八千穂ちゃん、も、もうちょっと下がってな」
 耳元で声がしてびくりと反応する。あまり離れられても困るが、くっつかれても困る。九龍は頭を振ると、一気に部屋の中に飛び込んだ。
 そこは、また狭い通路。土偶が両端の壁に並んでいる。
 とりあえず敵は居なさそうだったので、九龍は構えた銃を下ろす。
 奥の方に少し広い部屋があるのが見えた。
「うわー。何か遺跡って感じだねー」
 八千穂は辺りをきょろきょろ見回しながら進んでいる。段々九龍との距離が離れていた。
「何の像かな? これ」
「さあな。ああ、これだけ他のと違うな」
「あ、ホントだ。欠けてる」
 遺跡の中の物に興味津々らしい。九龍は仕方なく振り返った。
「おおい、後で調べるから着いてきてくれよ」
「はーい。調べるの?」
「あるものはな。とりあえずこの先には扉がないから先に全体図把握するんだよ」
 部屋の中。中央に宝箱。ドアは右と正面に一つずつ。正面のドアは以前にも見たことがある。護符をはめ込むことで開くタイプだ。その横にはいくつかの棺。
「さて、どこから手付けるかな〜」
 こういったものを自分で判断するのもハンターだ。バディはいつも後ろで見守ってるだけで……。
「あ、これ開くよ?」
 って、おい!
 八千穂は何の気負いもなく、がちゃっと宝箱を開けた。それほど大切なものじゃなかったら鍵がかかってないということはよくある。宝箱というかただの入れ物なのだ。
「何が入ってるんだ?」
「何これ? 粘土?」
 八千穂が中のものを持ち上げたそのとき。
 かちっと音がして突然正面の棺から3体のミイラが現れた!
「きゃっ……!」
「何だ?」
 驚く2人の前に咄嗟に飛び出し、九龍は銃を構える。
 化物だ化物。番人だ!
 叫ぶ暇もなく、だだだだだ、とひたすら正面のそれを撃つ。八千穂が思わずといった感じで目と耳と塞ぎ、その肩を皆守が掴むのを横目で確認する。
「ちょっ、下がってて!」
 撃ちまくっても全然倒れない。
 心臓も頭も駄目。向かってくる化人に、とりあえず動きを止めようと足を狙った。
 瞬間、敵が悲鳴を上げて倒れる。HANTが音を立てた。
 ああ! 弱点か!
 遺跡の化物には大抵弱点がある。そこを付けばダメージ量が何倍にもなるのだ。九龍は残りの2体の足元を撃ち抜き、何とか敵は消滅した。
 ……弾、結構使ってしまった。
 勿体無いな、と思いながら弾薬を込めなおす。
 元々九龍は銃よりナイフなどの方が得意なのだが。初めての敵にいきなり接近戦はやめろと叔父から注意されていた。それを一応守ってみている。ちなみに叔父もハンターだ。
「び、びっくりした〜」
「何だ今のは……」
 八千穂と皆守の態度は、驚いてはいるものの、平然としているように見える。現実感がないのだろうか。
 血とか出ないタイプの化物で良かった…。たまにあるんだ。部屋の中が地獄絵図みたいなのになるの。
「この墓の番人ってとこかな。多分これからもこういうのが出てくるぜ」
「そ、そうなの?」
「大丈夫、八千穂ちゃんはおれが守るから!」
 皆守を忘れていることに言い切ってから気付いたが、言い直すのもおかしかったのでそのままにしておく。さすがに文句は言われなかった。
「それにしても……その銃は本物か?」
「あ? ああ、そうだぜ。あ、警察とか勘弁してくれよ? 人間相手には使わないしさ」
「当たり前だ。まあ警察なんて面倒くさいしな。しかし、そんなもんどうやって持ち込んだんだ……」
「ロゼッタにはいろいろ心強い味方が居まして」
 笑いながら九龍は部屋の中を調べる。壁を順番に調べていると、壁にもたれかかっていた皆守がそこから離れた。
「ロゼッタってのは」
「おれの所属してる組織名。おれは上からの命令でここに来てんだよ」
「へぇ〜。ホントにちゃんとお仕事なんだ」
「なんだと思ってた八千穂ちゃん?」
 苦笑いして聞くと、あははと笑いながら顔を逸らされた。
 まあ気持ちはわかる。九龍はハンターになると幼い頃から決めていたが、誰もまともに聞こうとはしなかった。中学時代の教師にも、叔父の後を継ぐ、とか言ってた気がする。
『不連続な反響音を確認』
「お、何かあった」
 よく見れば、壁にひび割れ。HANTが奥の空間を感知して告げる。少し下がって爆弾を取り出していると、また間近で声をかけられた。
「ねえ、さっきから気になってたんだけど、それ何?」
「うおっ、や、八千穂ちゃん、今危ないから!」
 右手に爆弾。左手にHANT。八千穂が何故か右側後ろからHANTを覗き込んでいる。
「ちょおっと、下がっててね」
 八千穂ごと体を引いて壁を壊す。無事中の空間を確認しながら、九龍は言った。
「HANTって言ってロゼッタ所属のハンターに支給される奴。遺跡の情報教えてくれるし、マッピングもしてくれる。メールの受信も出来るんだぜ」
 凄いだろ、と掲げてみれば八千穂は目を輝かせていた。
 ああ、こういう反応が欲しかった。
「凄い! ねぇねぇちょっと見せて!」
 さっきから覗き込んではいたが、触ってみたいのだろう。
 こんなに無邪気に言われると心苦しいが、さすがに無理だ。
「駄目だよー。メールもあるって言っただろ。おれの携帯みたいなもんだから、これ」
「メール見たりしないから!」
「これは機密情報!」
 なるべくおちゃらけて言っていると、ふと八千穂の後ろからこちらを覗き込んでいる皆守に気付く。
 お前も興味あるのか?
 思わずじっと見返す。
「? 何だよ」
「いやー。あ、ついでにこれな。ハンターの状態も確認してくれてて、本気でやばいときはロゼッタにもちゃんと連絡行くんだぜ。場所もわかるようになってるし」
 じっとHANTを見ていた皆守に機嫌を良くして更に喋る。
 皆守は冷めた目で九龍を見つめた。
「お喋りなハンターだな」
「やかましいっ」
 喋りすぎた、と自覚した直後だっただけに痛かった。
 八千穂が凄い凄いとはしゃいでくれているのが救いだった。










 かちっ、と開錠音。この音が聞こえる瞬間が大好きだ。九龍は腰を伸ばしてようやく一息つく。
「開いたの?」
「多分開いたな。どうだ、なかなかの出来だろ」
「うんっ。葉佩くんって器用なんだねー」
 扉の開錠方法は、欠けた土偶の修復。
 意外だとよく言われるが、九龍は手先を使う作業が得意だ。八千穂が見つけた粘土での土偶の補修は、思ったより時間がかかったが、その分満足いく出来になっている。多分、ここまで凝る必要はなかった。
「さ、行く……って寝てんじゃねぇっ!」
 やけに静かだと思ったら、背後に居たはずの皆守は壁にもたれかかってうとうとしていた。九龍の大声に皆守がうっすら目を開ける。
「何だ、ようやく終わったのか」
「お前、おれの芸術的作業を見てなかったのか……!」
 見つめられている緊張もあっての、作業の遅れだったと思うのに。八千穂が横でずっと喋っていたせいもあるが。
「いいから、とっとと行こうぜ。一部屋でこんな調子じゃ、夜が明けちまう」
「……この広さ、どう考えても一晩じゃ無理なんだけどな」
 ぼそっと呟いたが、ちょうど八千穂が元気良く叫んだところだったので聞こえなかったらしい。先に行ってしまう皆守と八千穂を慌てて追いかけて、九龍は次の部屋への扉を開いた。
 また、廊下。先に小部屋。こちらも何かのギミックがありそうだ。
「わっ、また出た……!」
 案の定、部屋に踏み入れた途端に現れる化物たち。今度は何やら宙に浮いているのまで居る。八千穂の緊張感のない声を聞きながら、九龍は飛び出した。
 右手にはナイフ。銃は、先ほど弾を使い過ぎて勿体無い。
 結局九龍の守る叔父との約束などその程度だ。
「2人ともそこに居ろよ!」
 敵が腕を振り上げる間に懐に飛び込んでナイフで薙ぐ。よし、ナイフのダメージはなかなかだ。
 残りの2匹を振り向いた瞬間、何やら攻撃がひらめいた。
 慌ててそこにあった小さな台の側に伏せる。直ぐ側を何かが通り過ぎる。
「葉佩くんっ!」
「大丈夫!」
 動きはそれほど早くない。一匹、二匹と確実に仕留めて、部屋は再び静かになる。
「やったー!」
 八千穂の拍手喝采。
 ああ、気持ちいい。
 九龍はにやけながらナイフを仕舞った。昔っから体ばっかり鍛えていたけど、いくら喧嘩が強くても見せる機会なんてそうそうない。こうやって女の子に凄いと言われる瞬間を待ち望んでいたと言ってもいい。
「さあ、次行くぜ!」
 颯爽と階段を駆け上がり扉を開こうと手をかける。
 鍵がかかっていた。
「…………」
「何だこりゃ? ハンドルか?」
「あ、回せる。えーい」
 止まってしまった九龍が振り返ると、下では皆守と八千穂が部屋の中央の台を見ていた。無視か。無視なのか。
 八千穂は何か一つに注目すると他が見えなくなるんだろう、多分。
 八千穂がぐるぐるハンドルを回し、それによって天井の岩が動いて……。
「きゃあっ!」
「……床が崩れちまったな」
「いや、冷静に言ってんじゃねぇよ」
 九龍はそこから飛び降りた。多分何かのギミックだろう。崩れ落ちた床にはハシゴがかかっている。中には蛇型スイッチがあった。
 これだ。
 レバーを下ろし、部屋の扉が開く。今度こそ、九龍は次の部屋に続く扉を開けた。










「うわぁ、何これ」
 開かない扉、壊せる壁などを確認しつつ踏み込んだ部屋には……手の形をした足場。今までの部屋より暗く、先が見えない。入り口近くの足場も狭く、張り切って踏み込んでいたら落ちるところだ。
「これは……飛び移るしかないのか?」
「だろうな。ちょっと静かにしてろよー」
 九龍は懐から石を取り出して下に落とす。ちなみに黒塚に貰った、というか押し付けられたものだった。変なところで役に立った。
 床にぶつかる微かな音。それほど高くはない……か?
 水が張ってるわけでもない。ただ、上に向かう針山になってないという保証はない。暗視ゴーグルで見てみるが、はっきりしなかった。普通の床だと思うが……妙に距離感が狂う。
「ま、とりあえず行ってみるか。落ちるなよ」
 とん、と足場に飛び移り、後ろを振り返る。
 ついてこない。
「お前が行かなきゃいけないだろうが」
「だよな」
 足場は人一人乗るので精一杯だ。手の向きはいろいろで、これにも意味があるんだろうかと一つ一つ確認しながら進む。
「あれ? 右の方に何か見えない?」
「左に箱があるな」
「お前ら何で見えてんの」
 暗視ゴーグルもないのにそんなことに気付く2人。まずは左に行ってみるかと来た道を戻った。でないと、左にはいけない。
「えっ、ちょ、葉佩くん!?」
「え? うわっ」
 その足場にはちょうど八千穂が飛んできたところだった。
「八千穂っ!」
 側の足場に居た皆守が手を伸ばす。やっぱり八千穂か。そっちなのか。
 九龍の方にはとても届かないことは置いておいてそんなことを思う。
 だが、どちらにしても遅い。
 2人は足場の上でぶつかりあい、どちらも上手く足を付けず……落ちた。
「うわあああっ!」
「きゃあああっ!」
 必死で体勢を立て直すが、結局腕から落っこちた。地面は斜めになっており、そのまま下へと滑っていく。距離感の狂いはこのせいか! 後ろから八千穂の悲鳴もついてくる。
「わっ……」
 狭い穴から落ちれば、そこは普通の通路。上から八千穂が振って来た。大広間のときと同じように、九龍は下敷きになる。
「いたたたた……」
 八千穂が体を起こしている間に、とん、と軽い音が聞こえた。
「ったく、大丈夫かよ」
「って何でお前まで降りてきてんだ!」
「あ〜ビックリしたぁ。ごめんね皆守くん。大丈夫?」
「まぁ、お前と違って運動神経がいいからな」
 何で八千穂が謝ったんだろうと思っていると皆守がしれっとそんなことを言う。八千穂がふくれて言い返した。
「むっ! これでも一応、テニス部のエースなんだぞっ! 皆守くんこそ、何で帰宅部なのさ」
「面倒臭いから」
「勿体ないなぁ」
 皆守に手を貸されてようやく八千穂が立ち上がる。発言を無視された形の九龍もそれに続いた。
「っていうかだから、何でお前まで」
「ごめんっ、私が引っ張っちゃって!」
「あ、そうなの」
 伸ばした手を掴んだ、ということならそれで支えきれなかった皆守が情けないだけのような気がするが。しかし3人揃って落ちたのは痛い。こういうときは残った奴がロープとか張って……って、皆守は何も持ってないから一緒か。
「……とりあえず進むか」
 ちゃんと通路になってるということは出口はあるだろう。
 九龍はHANTを起動させつつ、部屋の扉を開けていった。


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