謎の転校生─3

 机、ベッド、ゴミ箱、パソコン、クローゼット。
 一通りものは揃っている。
 九龍は部屋の中を見渡しながら、とりあえずベッドに腰かけた。清潔そうに整えられたシーツは、ホテルの一室を思わせる。
 ここ、金かかってんだろうなぁ。
 風呂、トイレ、洗面所はさすがに共同のようだが、完全な一人部屋で、それが全校生徒分。ロゼッタがかけた費用を思うと、成功しないわけにはいかないと思わず気が引き締まる。
 ……まあ、それでも駄目なときは駄目なもんだけど。
 ハンターとしての仕事はこれが2件目になるが、その前は約2年半バディとして経験を積んでいる。失敗するときもあると。既に経験で学んでいる。
 まあ気楽にやるかとパソコンをいじりながら、今日の予定を考える。サイトに繋いだちょうどそのとき、部屋の外から妙に爽やかな声がした。
 亀急便。
 ロゼッタと取引のある配達人だ。
 パソコンをそのままに慌てて扉を開きに行く。部屋の前には大きなダンボール箱があったが、人の気配はない。開いたドアに押されてずり、とそれが動いた。廊下には幾人かの人の姿が見えるがこちらを気にする様子はない。配達人の姿を見たとは思えなかった。
 一体どこから来てどこから出て行ったのやら。
 さすがだな、と思いつつ、とりあえずダンボールを部屋に運び込む。重い。 中には案の定武器や弾薬が詰まっていた。日本では所持しているだけで罪になるそれらは、当然普通の宅配で届けられるものではない。日本を出ていた間に麻痺していたが、高校生活に入りこむと、やはり違和感のある品物だ。
「さて……」
 とりあえずダンボールごとベッドの下に押し込んだ九龍は、先ほどまでの作業を再開する。
 HANTを繋いだパソコンに、ロゼッタ協会のギルドサイトが表示される。
 どうやら使えるようだ、とだけ判断して九龍は電源を落とした。
 次に机の上に揃った真新しい教科書類に目を落とすが、ひとまず無視する。
 明日これらを持って行くことを考えると憂鬱だ。
 忘れないよう、とりあえずカバンだけ、その側に置いておいた。
「ん?」
 歯ブラシだのタオルだの着替えだの、協会が用意してくれたのか備え付けなのかわからないものを引っ張り出しているとHANTがメールの着信を告げる。2件、立て続けに入ったが、送信者はそれぞれ別だった。
「おお、八千穂ちゃん。へぇ、メアド知らなくても送れんのか」
 学籍番号で管理されたメールアドレス。そういえば先ほど転送メールの設定が完了したと、これもメールで届いていた。HANTに一括してしまった方が確かに便利だ。
 届いたメールは、墓地に行くなら誘ってくれ、という内容だった。
「これはデートの誘い……じゃないよな? …ないよな?」
 女の子に積極的に声をかけられるというのに慣れていないため、どう対応していいかわからない。
 朝の教室でも女の子たちに騒がれていたのを思い出し、九龍はふと机の上にあった鏡に目を落とした。
 おれ……やっぱ、かっこいいよな……?
 口に出しては決して言えないことを九龍は思う。
 中学時代から思っていた。
 自分は、結構顔がいい方なのではないかと。
 少なくともクラスで2番目か……いや、あいつとあいつには負けるから3番目ぐらいではないかと。それはもう、鏡を見る度に思っていた。
 だが九龍は全くもてない。
 告白ともバレンタインチョコとも無縁の中学生活だった。
 だから、顔がいいと思ってるのは自分だけなのではないかとか、顔以前の問題があったりするんだろうかとか、いろいろ考えていたのだ。
 勿論、結論は出ていない。
 あーっ、どうなんだ八千穂ちゃんっ! おれのこと好きなのか!
 夜に2人きりになろうとか! そういうことじゃないのか、これ!
 墓地という、思い切り色気のない場所ではあるけれど。……いや、まて、お化け屋敷とかデートスポットとしてありなんだから、墓地だって、いや違う、そんな問題じゃない。
 九龍は頭を振ってもう一通の新着メールを開いた。
 協会からの連絡事項だ。
 装備の発送に関してと遺跡に関する注意。
「……人体に危険を及ぼす生物が居るかも、か……」
 お決まりの文句だ。遺跡では何が起こるかわからない。ハンターとしての最初の任務でも化物にはぶち当たっていた。勿論何も起こらない場合もあるが、まずは用心してかかることだ。
「……行くか?」
 今日一日ぐらいは大人しくしてても、と思ったが、いやいや自分は仕事をしにきたんだと思い直す。
 とりあえず墓地を見てみるぐらいはしておくべきだろう。だらだらと装備を整え、静かに部屋の扉を開ける。廊下に人は居ない……と思った瞬間、階段側からがやがやと数人が上ってくる音がする。
 この時間、こっそり抜け出すのは無理か。
 ……まあ、先に夕食ぐらい済ませておこうかと九龍は財布を開ける。
 ありがたいことに協会からの支給金もあった。僅かだが。
 ずっと海外に居たため日本円は持っていない。こんなところでカードが使えるとも思えない。
「現地調達も無理だよなぁ……」
 森の中で獣を狩るわけにも、川で魚を獲るわけにもいかない。
 九龍は一旦装備を外し、外に出る。
 その辺はクエストで何とかしよう。
 食事を抜いてはまともな動きは出来ない。
 結局九龍は、マミーズへと向かった。










「さて……」
 あれこれ校内を探索したり協会から送られてきたゲームをやってたりで、漸く深夜と言える時間帯になった。寮内は随分静かになり、廊下に人影も見当たらな い。
 だが、そこそこで起きている気配はした。受験生でもあるし、そう簡単に寝静まってはくれないか。
「これ以上待つのは辛いな……」
 何せ学生の身。起きる時間は決まっている。
 廊下を確認していた九龍は顔を引っ込め、結局反対側の窓へと向かう。3階、なら上手くすれば飛び降りられない高さではない。外は暗く、地面の様子も確認出来なかったが、九龍は何も考えず飛び降りた。辺りを見回し、人影がないのを確認すると素早く墓地へと走り出す。
 男子寮窓からの視線には気付かなかった。





「葉佩くんっ」
「うわあっ!」
 墓地に着き、暗視ゴーグルをセット。とりあえず中に踏み込んでみると、突然背後から声をかけられた。聞き覚えのある声だったが、緊張状態だったのもあって思わず声が出た。振り向けば予想通り、そこに居たのは八千穂明日香。八千穂は九龍の姿を見て、驚いたように目を丸めてる。
「……葉佩くん、だよね」
「……うん、まあ」
 顔半分を覆うゴーグルをセットした怪しい風貌。声さえ出さなきゃばれなかったかもしれないとふと思う。まあ他に墓地に来るものもそう居ないだろうが。
「なんかすっごい装備だね。肝試しに来たってわけじゃないなぁ。何でそんな格好してるの」
 八千穂は普通の制服姿だ。何だか自分一人張り切ってしまったような感じで少し居心地が悪い。いや、ひょっとしてあれは本当にデートの誘い……いやいや、ない。今の八千穂にそんな雰囲気は、ない。
「一応トレジャーハンターの正式な格好なんだぜ。遺跡の探索にはこれぐらい必要だろ」
 何しに来たと思ってるんだ。
 というか八千穂は何しに来たんだ。
「トレジャーハンター? 遺跡? 何か月魅が好きそうな話だね。要は……スパイみたいなもの?」
「スパイ……ううん、何か大きくずれてるような。あー、冒険家ってどう?」
「あっ、なるほど! へぇ〜。確かにそれっぽいかも」
「それっぽいじゃなくて、それなんだよ。一応プロなんだぜ、これでも」
 ちょっと威張って言ってみる。八千穂の目が輝くのがわかっていい気分だった。やっぱ格好いいよな。トレジャーハンター。
 八千穂は何かに納得したように頷いている。
「うんうん、初めて見たときから只者じゃないとは思ってたんだよねー。あたしもさ、退屈な寮生活に飽き飽きしてたとこなんだ。ねっ、せっかくこんなところで会ったんだし、一緒に冒険しない? ほら、やっぱり冒険には頼れる相棒って必要じゃない」
 へへっ、と笑う八千穂に九龍は少し驚いた。
 頼れる相棒。
 それはもう、是非欲しいところだった。
 元々協会はハンター一人で潜ることを、あまり推奨していない。九龍もまだ新人なこともあって、普通ならバディをつけて潜る。今回は潜入任務という特殊な状況なので仕方ないと。協会からも言われていたし、九龍も諦めていた。
 それでも、出来れば仲間が欲しいとは思っている。
 更に出来れば、今回限りではないものを。
 ハンターを目指したそのときから。妄想の中には常に相棒が居た。
 九龍の足りないところを補ってくれる、美人で知的でクールな女性。その女性に叱られたり九龍が守ったりしながら進むのだ。
 九龍は改めて八千穂を見る。
 美人……ではある。見た目は問題ない。いやいや、別に美人じゃなくてもいいのだ。それはまあ、妥協するところだ。
 知的でクール。
「…………」
「葉佩くん?」
「……いや、うん、ありだな」
「え?」
 呟くように言ったので、よくわからなかったらしい。
 そうだ。理想と現実は食い違うものだ。元気な女の子に振り回されるのだって悪くない。
 探索のパートナー、という大事な部分は置いておいて、九龍は頷く。
 八千穂の嬉しそうな顔にはこっちまで嬉しくなるし。
 だが、すぐに八千穂は少し表情を引き締めた。
「葉佩くんは、ここで何か見つけた? 私も探してたんだけど、墓地なんてどこもかしこも怪しくて……」
 にやけていた九龍に対し、既に探索モードに入っている八千穂。
 うん、これはこれで頼りになるかもしれない。
 そう思ったとき、どこかでずしゃあっ、と大きな音がした。2人揃ってびくりと体を震わせる。何かが倒れたような音。顔を見合わせ、どちらからともなく駆け出した。
「い、今の音何かな?」
「行ってみればわかる!」
 すぐわかった。
 墓の一つが大きく動き、そこに穴が見える。九龍はまだ墓全てを見回ったわけではなかったが、これは今の音で動いたものなのだろう。こんなわかりやすく怪しい場所、今まで見過ごされているはずがない。
「何の穴だろ? 人ひとりぐらい通れそうだけど……」
「ちょっ、危ない。覗き込むな」
「おい」
「きゃっ」
「うおっ!」
 2人して穴の側に座り込んでいると、突然背後から声がした。
 今日は驚かされてばかりだ。
 振り向くと、そこに居たのはなんと皆守。だるそうな立ち姿で、九龍たちを見てため息をついた。
「全く……困った連中だぜ」
「皆守くんっ!」
「こんな時間に何やってるんだ? というか、何だそのイカれた格好は」
「イ、イカれた……」
 九龍は思わず自分の格好を見下ろす。
 一番問題なのは多分暗視ゴーグルなのだが、それは当然九龍の視界には入らない。
「あのさ皆守くん、そこの墓石の──」
「夜の墓地への立ち入りは校則で禁止されている。違反する者が居ないか生徒会が目を光らせてるし、それでなくてもこの辺りは物騒だ。この森で行方不明になってる生徒も居るんだ。せっかくおれが今夜は出歩くなと忠告してやったのに」
 やたら流暢に皆守は述べる。言い慣れてんのか?
「その場合、今夜じゃなくても一緒だよなぁ。っていうか、じゃあお前こそ何やってんだよ。墓地への立ち入りは校則違反なんだろ?」
 まあ平気で授業をさぼってアロマなんざ吸ってる皆守が、校則を律儀に守ってるとも思えないが。
 だが皆守はふん、とアロマを揺らしながら言う。
「寝ようと思ってたらなかなか寝つけなくてな。気分転換に散歩でもするかと出てきたらお前らの声が聞こえたんだよ。別にここまで来るつもりはなかったんだがな」
「あー、わざわざ忠告に来てくれたのか。悪ぃ。っていうかお前、こんな時間に寝付けないって、昼間寝すぎなんじゃないのか」
「そうだよっ。それで夜寝られなくて昼眠くなっちゃうんでしょ。だから一回ちゃんと起きて、」
「八千穂、お前は何で墓地なんかに居るんだ?」
 八千穂の説教には一切耳を貸さず、皆守が遮るようにして言う。
 八千穂は一瞬でそちらに意識が切り替わったようだ。
「私は、月魅の話が気になって」
「七瀬の?」
「うん。この学園には何か秘密があるんじゃないかって。で、この墓地が怪しいって聞いて冒険に来たんだよね?」
 いきなり振られた。
 否定も出来ず九龍は頷く。皆守の呆れた顔が見える。暇人が、と呟くのがわかった。八千穂はそうかもしれないがおれは違う、と否定するより前に、再び別方向から声がした。
「誰だ……無断で墓地に入りこむ者は」
 今度は老人の声。
 3人が一斉に振り向いてそちらを見る。スコップを担ぎ、ぼろ布のようなものをまとった怪しい老人が、そこに居た。
 な、何だこれ。
 思わず九龍が後退さる。八千穂も悲鳴を上げて下がったが、その前に皆守が立った。
「安心しろ。こいつが墓地の新しい管理人だ」
「え?」
「管理人って……」
 何てそぐわない言葉なんだ、と思いつつ九龍は老人に近付く。そういえば八千穂から聞いていたことをすっかり忘れていた。場合によっては味方に引き入れなければならない存在なので、嫌われては困る。まずは会話しようと思ったとき、老人は言った。
「さっさと出ていけ。さもなくば土に埋めてしまうぞ?」
 ……無理かもしれない。
 だが老人の視線は敵意よりも、どこか面白がるような目つきのような気がした。
 どうするか迷っていると皆守が言う。
「こいつは転校生なんだ。勘弁してやってくれないか」
「皆守……」
 それは、おれに便乗して自分たちも見逃してもらおうという方向じゃないのか。一瞬感動しかけたが。
 老人はふん、と笑うとまた転校生かと嘲るように言う。
 そして墓石が増えることにならなければいいがな、など脅しのような言葉を続けた。実際に転校生が何人も消えてる以上、洒落にならない。
「今回は見逃してやる。さっさと行け。おれの気が変わらん内にな」
「言われないでも出ていくさ。行くぞ」
「う、うんっ」
 すっかり場の空気に呑まれた八千穂が大人しく皆守に従って行く。九龍もその後に続いた。何だか仕切られている。
「ふぁ〜あ。眠くなってきたな。そろそろいい眠りが得られそうだ」
「お前、なんか常に眠そうだよな」
 女子寮に向かう八千穂と分かれて、皆守と並んで歩く。
 男子寮の前まで来たとき、気が付いた。
「あ……」
「? どうした」
「お前、どっから降りてきた?」
「は? 階段からだが」
「いや、そういう意味じゃ……ああ、つまり寮の方……開いてるのか」
 そういえばそれを考えなかった。
 何も考えずに窓から飛び降りたが、寮の鍵が閉まってた場合戻れなくなるところだった。いや、寮の鍵開けぐらいは出来るかもしれないが。
「内側の鍵は手動で開くからな。外に出てる間に中から閉められたらアウトだが。誰か呼んで開けてもらえばいい」
 誰かって、今んとこ頼む相手が皆守しか居ないんだが。
 しかも寝てそうだ。
「まあ、鍵が閉まってからは出歩かない方がいいがな」
 散歩に降りてきていた皆守はそんなことを言う。
 静かな寮の階段は、声を出すのも少し憚られる。
「そうだな……。覚えとくよ」
 鍵は内側からなら簡単に開くこと。
 そこまでは言わずに九龍は皆守と部屋に入る直前で別れる。
 ……隣の部屋だとは思わなかった。


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