謎の転校生─2

 風が気持ち良い。
 少し気温の高かった今日はこんな場所で過ごすのが一番良さそうだ。日もそんなに強くない。
 駆けていく八千穂の後をゆっくりと追いながら九龍は辺りを見渡した。
 屋上に人影はない。八千穂が気軽に来るぐらいだから、別に立ち入りを禁止されてるわけではないのだろう。みんな何故、ここで昼を過ごそうと思わないのか──。
「葉佩くん、こっち! ほら、あれがさっき話した墓地だよ。あの、ちょっと森っぽくなってるところ。わかる?」
「あー、見える見える。うわ、ホントに墓地なんだ」
 行方不明者の持ち物を埋めている……その言葉は容易には信じられないが、それに近い何かはあるのだろう。八千穂の説明を聞きながら九龍は考える。とにかく、行ってみないことには始まらない。校則で禁止されている点はどうでもいいが、墓守が居るというのは面倒だ。見付からないよう入れるだろうか、いっそ買収でもするか……。
「でもさぁ、死体が埋まってるんじゃないってわかってても、やっぱりちょっと怖いよねー」
 学園の中に墓地があるなんて、と八千穂は続ける。
「ふぁ〜ぁ、うるせぇな……」
 そして騒ぐ八千穂の言葉が途切れたそのとき、後方から突然声が聞こえてきた。
 な、何だ?
 思わず2人揃って振り返る。そこで給水塔に寄りかかってこちらを見上げている男と、目が合った。
 人、居たのか。
 だるそうな雰囲気と喧嘩越しの口調。おまけに学ランでくわえ煙草。
 これは……関わっちゃいけない人種だ。
 絡まれると面倒なことになるタイプだ。
 やばい、と思いつつも八千穂を盾にするわけにはいかず、守るように前に出る。だが八千穂はおかまいなしに男子生徒に近寄った。
「あれ? 知り合い?」
「うん、同じクラスの皆守甲太郎くん。授業中姿が見えないと思ったら、朝からずっとここに居たの?」
 同じクラス……。
 九龍は改めて皆守と呼ばれた男を見る。視線に気付いたのか、皆守が再び九龍を見上げてきた。同時によっと、声上げて立ち上がる。
「非生産的で無意味な授業を体験するぐらいなら、夢という安息を生産する時間を過ごした方がマシだからな」
 そして授業を受けているより寝てる方がいい……ということを遠まわしなのか詩的なのかわからない表現で言って同意を求めてきた。
「お前もそう思うだろ? 転校生」
 意外にも、皆守は笑顔を見せている。それに思わず気が抜けて頷く。
 発言自体にも、同意だ。
 九龍は授業が嫌いだ。
 そもそも大人しく椅子に座り続けている、ということが苦痛だ。
 八千穂には怒られてしまったが。
「もう何言ってんの皆守くんッ。それに、そんなところで煙草なんて吸ってたら……」
 おお、煙草にも突っ込むか。
 不良学生に対して怖いもの知らずだ、と思ってみるが、実際この皆守と言う生徒、思ったより近寄りがたい雰囲気がない。不良と言えば睨んでくるものと思っているので、友好的な態度には戸惑いすら覚えてしまう。
 更に、皆守の吸っていたのは煙草ではなくアロマだということが判明した。
 言われてみれば煙草の匂いはしない。
 世の中にはいろいろな煙草があるので、こんな匂いもありなのかと思ったが。
「なんか、かっこいいなーそれ」
 しかもよく見ればやたら細工の細かいパイプだった。吸ってる姿も様になっている。思わずもらした言葉に気を良くしたのか、皆守はお前も吸ってみるか、などと言ってきた。
「いや、口にくわたら見えなくなるな、それ。おれ、そういうのは眺めてたいタイプだし。いいよ」
 しかしどう考えても自分には似合わない。
「何だ、それは」
 呆れた顔をする皆守だったが、特に追求はしてこなかった。
 ああ、でも売ってるとこぐらい聞いてみるか。
 そう思ったときには、既に皆守は出口の方へと向かっていた。まだ昼休み時間は残っているが、戻るのだろうか。
「そうだ、転校生」
 教室に居ても会えそうな気がしないな、と思っていると皆守が突然振り向いた。パイプを持った手を突きつけるようにして、皆守は言う。
「お前が楽しい学園生活を送りたいなら、ひとつだけ忠告しておく」
「忠告?」
「ああ。《生徒会》の連中には目を付けられないことだ。いいな?」
「あ、うん……」
 生徒会……?
 疑問に思う間もなく、皆守は後は勝手にしろと屋上から出て行ってしまった。
 寝床探しらしい。
 何しに学校に来てるんだ。
「生徒会……って言ったよね。何か怖い人たち?」
「ううん、怖いって言えば怖いかなァ。この学校、いろいろ校則厳しいしね。それより葉佩くん、早くお昼にしよッ。時間なくなっちゃうよ」
 皆守も去り、正真正銘二人きりになった屋上内。
 この広さだと、妙に寂しい気もする。
「ここっていつも誰も居ないの?」
「あの皆守くんが居るからねぇ。本当はいいとこもあるのになぁ」
 ぱっと見の印象で怖がられてるということだろうか。
 何だか、わかる気はした。










 チャイムの音にぼんやりと意識が浮上する。
 ああ寝てたな、と九龍はぼんやり考えながら目を開く。
 目の前に広げられたノートには意味不明の線がぐちゃぐちゃと書かれていた。中学時代にもこんなものを何度も見た気がする。成長していない。
 のろのろとノートを閉じ、机の中に仕舞う。ノートは全教科通して一冊で済ませてしまうつもりだった。教科書類はまだない。が、今日の授業でも全く不都合は感じなかった。必要があれば隣の八千穂に見せてもらうつもりだったのだが。まあ結局半分近くは眠っていたから意味もないか。
「さて……」
 漸く授業が全て終わった。
 帰るか、と立ち上がりかけたときすぐ横から声をかけられた。
 九龍とは空席を挟んで隣の席。皆守だ。
 最後の授業が始まる前にふらりと入ってきたのには気付いていたが、まだ居るとは思わなかった。
「授業も終わったのに何ぼんやりしてんだ。お前、部活は入ってるのか?」
「いや〜、3年のこの時期で部活も何もないだろ」
「ここは結構ぎりぎりまでやってるけどな」
「そうなのか? でもまあ、面倒だし」
 途中入部の3年なんて、きっと扱いに困るに違いない。
「そりゃそうだな。じゃあもう寮に帰るんだろ? 一緒に帰ろうぜ」
「お? お、おお」
 まさかそんな誘いを受けるとは思わず、目を丸くして九龍は立ち上がる。慌てて筆記具だけ入れたかばんを引っつかめば、皆守は手ぶらだった。そして気にした風もなく教室を出る。
「お前……教科書とかは?」
「机の中に入ってるんじゃないか?」
「疑問系かよ! お前、学校に何しに来てんだよ!」
 正直人のことを言えた義理ではないのだが、あまりに堂々とした態度につい突っ込んでしまう。皆守は真面目な顔で、
「昼寝に向いた場所はいくつかあるぞ」
 などと言った。本気で寝に来てるのか。
「あー、それは是非教えて欲しいな」
 そうだ。どうせ真面目に授業を受ける気はないのだ。
 だったら一人でさぼるより、こいつに付いてた方がいいかもしれない。
 意外に話しやすい奴だし……。
「こらっ、そこの男子!」
 そんなことを思っていると、ちょうど校舎を出たところで怒られ……って、八千穂ちゃん?
「皆守くんもいいとこあるよねー。なんだかんだ言って葉佩くんに親切にしてるし」
 怒りの声は冗談だったらしく、すぐに笑顔になって、八千穂は2人のもとへと近付いてきた。
 皆守は嫌そうに顔をしかめる。
「誤解すんな。この転校生に授業のフケ方を教授してただけだ」
「えっ」
「えっ」
 八千穂と九龍はほぼ同時に声を上げた。
 いや、確かにこれから習おうと思ってたけど! まだ聞いてないぞ!
 だがその後冗談っぽい口調でサボリ同盟だのなんだの言い出したので九龍は少しほっとする。これで流してくれるかと。
 だが八千穂は思い切り間に受けていた。
 本気で説教を始める八千穂に、皆守がうるさそうに手を振る。
「でかい声出すんじゃねぇよ。冗談に決まってるだろ」
 そう言うと、八千穂はまた驚いたような顔をする。
 素直なのか何なのか……言葉をそのまま受け取ってしまう子なのだろう。皆守……彼女をからかうの、楽しんでないか?
「どうせこいつが寮までの道を知らないと思ってな。案内してやってたのさ。迷子になられりゃ探すのはクラスメイトのおれたちだからな」
「迷子になるほどなのか、ここ」
 案内はありがたい、っていうかそんなこと考えてたのかと驚く。八千穂といい皆守といい、転校初日からいい友達が出来たもんだ。
「ああ、学園に寮に、教員の住宅棟やレストランまであるからな。実際転校生やら新入生やらが迷子になることは多いんだよ」
「そういえば私も最初の頃はよく迷ったなぁ。寮の中もね、同じようなドアばっかりだからわかりにくいんだよ!」
「同じような、じゃなくて同じだろうが。部屋番号ぐらい覚えとけ」
「今は覚えてるよー」
 2人の会話を聞きながら、ふと九龍は気付いて声をあげる。
「あのー八千穂ちゃん? 明日香ちゃん?」
「えっ、え、何?」
 突然名前で呼ばれたからか、八千穂が驚いたように振り返る。九龍は先ほどから八千穂の背後で声を上げている女生徒2人を指し示した。
「さっきから呼んでるよ? 明日香って八千穂ちゃんだよね?」
 部活に遅れる、との言葉からすると部活仲間だろう。八千穂がはっと気付いたように声を上げる。
「やばっ、今日は特別レッスンあったんだ! じゃあ私はもう行くね。それじゃ2人ともまたね!」
 手を振りながら慌しく駆けていく八千穂を何となく見送ったあと、九龍は皆守に視線を戻した。
「元気だねー」
「元気過ぎるな」
「いつもあんな感じ?」
「ああ、大体な。お前もあいつとあんまり関わると無駄に疲れることになるぞ。ほどほどにしとけ」
「皆守程度にしときます」
 適当な会話をしながら、2人は再び寮へと向かった。
 歩きながら、皆守があちこちの施設を案内してくれる。寮までは意外に遠い。
「手前のが男子寮で奥が女子寮だ。隣り合ってるが、忍び込もうなんて思うなよ? 《生徒会》が見回りしてるし、警報も鳴るらしいしな」
「なるほど、密会は外でやれと」
「何だ、もう気になる女でも居るのか?」
 違うだろとでも突っ込まれるかと思ったが意外な方向から皆守はそう聞いてきた。
 九龍はどう答えたものか迷う。
「可愛い子多いしなぁ。まあ、おれが気に入っても相手が好きになってくれるかは別問題なわけで……」
 夜這い、という発想はさすがにはなからない。
「そうか。ま、焦ってヘマはやんないことだ。女ってのは面倒な生き物だからな……」
「しみじみ言うな畜生」
「は?」
 感情の篭った台詞に経験あるのか、と噛み付いてみたが伝わっていなかった。そういう意味じゃなかったのだろうか。
「さ、着いたぜ。お前、部屋はどこだ?」
「え? 知らねぇ……」
 全寮制ということすら知らずにここまで来たのだ。授業中に協会にメールで確認したが、部屋番号なんて書いてなかった。どこまで情報が来てないんだ。
 だが皆守は特に驚いた様子もなく続ける。
「まあ寮の管理人に聞けばわかるだろ。3階にも空きがあったから3階だとは思うが」
「えー、マジか。どうせなら1階が良かったな」
「1階だと1年と一緒だぞ? それでいいのか?」
「え、ここ学年ごとに階分かれてんの?」
「大体な。部屋は3年間変わらないから今の3年は1年のときから3階だ。不公平なもんだろ。転校生は都合によって空いた部屋に押し込まれるがな。まあ下手に下の階に行って他の学年に囲まれるよりはいいんじゃないか」
「うん……それは……3階がいいな」
 1〜2年など、これから知り合う機会もあまりなさそうだ。
 そんな会話をしながら入り口に向かっていると、前方から何やら妙な声が聞こえ て思わず足を止める。
 ……みぎゃあ?
「何だ、このペンギンの首を絞めたような鳴き声は」
「ペンギンの首ってどこだよ」
「ペンギンの首なんて絞めたら駄目ですよー」
 皆守の愉快な表現にせっかくツッコミを入れたのに前方から返ってきたのはやたら真面目な返答だった。
 あ、可愛い。
「こんばんは〜」
 そこに居たのは何やら不思議な格好をした女性だった。どう見ても学生には見えない。
「その制服はマミーズの……」
「あ、あたし新人店員の舞草奈々子って言います〜」
 マミーズ。
 先ほど皆守から案内があった。学園内レストランだ。
 なるほど。学生、教員の他にこんな人物も居るのか。
 潜入するならこっちでも良かったんじゃないか、とふと思う。
 新人店員の舞草は、朝からチラシ配りのバイトを延々やらされていたことをそこで嘆いた。
 ……やっぱり学生で良かったかもしれない。
 授業はさぼれるが、仕事はさぼれない。
 だが舞草の方は、疲れた様子ではあったものの、楽しそうに歌を歌いながら今度は教員住宅だと張り切って去って行った。
 あれは仕事が好きな人種だ。天職を見つけてるのだろう。素晴らしい。
「ふぁ〜あ、おれはそろそろ部屋に戻って寝るとするかな」
 一方で、呆れた顔で見送っていた皆守は、一つ欠伸をするとそう言う。
「まだ寝るのか。お前……」
 っていうかまだ早いぞ時間。
「さて、管理人室はそっちだ。そこまで行けばもうわかるだろ。お前も今夜は出歩かずに荷物の整理でもしてろよ。じゃあな転校生」
 また明日、と言って皆守は入り口付近の階段を上っていく。ここまで来たなら一緒に上がればいいのに。
 そう思いながら、九龍は管理人室へと向かった。


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