巡り巡って2

「船長ー。着きましたよ船長ー」
 ハートの海賊団の船が島に着いて、1時間は経過していた。唯一の港に海軍の船があったため、他に上陸出来るところはないかと船を回していたためだった。その間も眠っていたローをようやく部下が起こしに来る。海賊船との戦闘に、長時間の手術のあとの連続した集団治療にはさすがに疲れが溜まっていたらしく、ローにしては珍しい程長い睡眠時間だった。
 ローは起き上って帽子を取ると、もう体力は回復したのか、軽い足取りで部下よりも先に部屋を出る。
「あ、港の方海軍が居たんで裏に付けてます」
「ああ」
 簡単な情報だけ聞きながら甲板に出ると、ローを待つように誰も上陸はしていなかった。
「こいつ、どうします?」
「寄越せ」
 男の一人が持っていた布包みを受け取ると島へと飛び移る。そこは町からかなり離れた場所で、元々森だった場所を中途半端に切り開いたようだった。崩れ落ちた小屋のようなものと、荒れた畑が目に入る。元は人が住んでいたのかもしれないが、今は誰もいない。確認するように見渡していたとき、木の影から声が聞こえた。ローが軽く目を向けると、すぐにクルーがそちらに駆け寄る。覗き込まれた瞬間、木の影の人物は腰が抜けたように座り込んでしまった。
「たすっ…助けて…」
 怯えきったその女性に、船員は困ったような顔を向ける。女性の腕には、まだ幼い少年が抱え込まれていた。
「船長、どうします?」
 問いかけに、ローもそちらへと向かう。女性はますます怯えたようにずりずりと尻で後退さる。
「……この島の人間か?」
 こくこくと女性が頷いた。汚れた服にやつれきった体。浮浪者にしか見えない女性に、ローはふうんと適当な返答をしたあと、少し女性を眺め「ちょうどいい」と笑った。
 手に持ったままだった包みを、一枚の紙と一緒に差し出す。女性が戸惑っていると、ローはその腕の子どもを奪い、代わりに包みをその腕の中に押し付けた。
「と、トマ…!」
「よく聞け。その包みの中身は、その手配書の男の首だ」
 言われても、女性の視線はローの手の中の少年から動かない。
「そいつを海軍に持って行って、懸賞金を受け取ってこい。1割は駄賃にやる。おれたちのことは言うな。金だけ持ってばっくれたらガキの命はねぇ」
 ローが淡々とそう述べる。理解出来ないのか耳に入っていないのか、しばらく子どもを見つめたまま固まっていた女性に、クルーの一人がもう1度説明したところで、はっとしたように立ち上がった。子どもの代わりのように包みをぎゅっと抱きしめたが、その感触に、ひっと悲鳴を上げる。自分が持っているのが生首だと、そこでようやく認識したようだった。
 それでも何とか放り出さずに、震える体で包みを握りしめた。
「す、すぐに…すぐに戻るからね…」
 同じく恐怖で動けない少年に、女性は必死でそう言う。だがその不安げな顔に、子どもの恐怖は増すばかりだ。女性が去ったあとはついに大声で泣き出した。
「うるせえ…。喉切り抜いてやろうか」
 鞘に入った刀をローが押し当てると、少年はぴたりと口を閉ざした。震える唇を必死で合わせているが、緊張もあって息もまともに出来ておらず、次第に顔が青ざめていく。
 ローは舌打ちすると、子どもを部下へと放り投げた。
 部下は戸惑ったように受け取ると、少年へ苦笑いを向ける。
「あー、よしよし。怖い船長でごめんなー?」
 何人かでなだめていると、少年がようやく落ち着きを見せてくる。ローの隣に座り込んだベポが、そわそわとそちらを見ていた。
「おれも行った方がいい?」
「お前は大人しくしてろ」
 余計泣かれるだろうがと不機嫌そうにローが言えば、すみません…とベポが落ち込む。
 そんなやりとりから随分と経って、日も沈みかけた頃。ようやく女性が帰ってきた。相当走ったのだろう。息を切らせながら、今度は金が入っているだろう布包みを抱えている。
「い、いいい行ってきました…!」
 トマ! と泣きながら叫ぶ女性に、解放された子どもが駆け寄っていく。包みは放り出され、2人は泣きながら抱き合っていた。
「おい」
「は、はい」
「約束の駄賃だ。さっさと行け」
「はははははいっ!」
 札束を受け取って女性は慌てて立ち上がる。もう体力も限界なのか、ふらふらと頼りない足取りで去って行った。ローの隣に並んだ部下が苦笑する。
「あーあ、もう…。可哀想なことしますね…」
「ああ?」
 ローはぎろりとその部下を睨みつける。
「貧しい親子に1割も報酬与えてんだ。むしろボランティアだろうが」
「そりゃ結果はそうでしょうが…」
 どれだけの不安と恐怖を味わったことか。
 部下も結局それ以上は言わず、仲間たちの集まりに戻っていく。
「……海軍来なかったの?」
 そしてベポが真っ先に尋ねたのはそれだった。
「みてぇだな。ここの海軍は随分ヘタレてるらしい」
 どう見ても海賊を仕留める能力などないだろう女性が持ってきた賞金首。海賊に脅されたという発想ぐらいしただろうに、女性のあとをつけてきたような様子もない。しかもあの生首は、生きている。能力者の仕業だとも安易に想像がついただろうに。事なかれ主義のところだと、そういうことはままあった。戦闘になることを覚悟していた海賊団たちは、少し拍子抜けした。
「まあ来ねえなら来ねえでいい。さて、あとはこいつか…」
 言いながらローが取り出したのは一枚の紙切れ。隠し財宝を与える、と言った海賊団の船長の持っていた地図だった。周りに居た船員たちが興味深げに寄ってくる。
「いいよなぁ、宝の地図!」
「しかも確実にお宝あるんだぜ?」
「馬鹿、あるかないかは行くまでわからない方がロマンだろ」
「じゃああるとわかってるとこは行かねぇのかよ」
「そういう話じゃねぇよ!」
 わいわいと地図を囲んでくだらない会話をする海賊団たち。地図自体が確実に本物とは限らない。奪った宝や、今回金に換えた懸賞金で稼ぎ自体は十分だ。それでも、宝の地図という辺りに海賊たちは盛り上がる。
「この島はここからなら二週間ほどで着く。ここは賞金換金所のあるような島だ。出来れば早く離れてぇ」
 そんな海賊たちもローが口を開いた途端、ぴたりと口を閉ざし、黙ってその言葉を聞き始める。
「だが、まあ」
 少しがっかりした顔をしていた船員たちを見て、ローがにやりと笑う。
「久々の島だ。金もたっぷり手に入った。遊びてぇだろ?」
 ローがそう言って札束を投げると、わっと歓声が上がった。
 大喜びの船員たちを見て、ローの機嫌も大分向上していた。










「武器をお預かりします」
 酒場の入り口でローたちはそんな声をかけられる。ローよりも背の高い屈強な男たちは、体に合わない制服を着て、随分動き辛そうだった。
 ローたちが動かないのを見て、男は少し柔らかく笑う。
「申し訳ありません。ここでは武器の携帯は禁じられてるんです。その分、中では安心して飲めますよ。ここは町で一番平和な酒場なんです」
 男に敵意はなく、ただ決まり文句を言っているだけだ。身体検査は行う、と言いながらも男たちの目は、目立つローの刀に向けられている。
 その間に、他の客が武器を預けて入っていく。男はそれを横目で見て更に言う。
「海軍さんでさえ、武器持っては入れませんから。それがないと不安かもしれませんが、何か起こっても大丈夫ですよ。我々がついてます」
 ローの顔が少し険しくなった。明らかに舐められてカチンと来ている。喧嘩になるのか、なるなら乗る、と船員たちも少し身構えるが、やがてローは刀を黙って入口に立て掛けた。あとは簡単な身体検査だけで全員が通される。これだと小さな武器ならいくらでも服に隠し持てるだろう。現に、持っていたナイフを没収されてない者もいた。わざわざ自己申告もしない。結局、見た目を平和にしたいだけなのか、ツナギ姿の海賊団たちが軽く見られただけなのかはわからなかった。
「いいんですか? なんなら、おれ刀持って外行ってますけど」
 部下の一人は少しはらはらと、置いてきた刀の方を振り返る。だがローは笑って言った。
「放っとけ。別に喧嘩しに来たわけじゃねぇしな」
 軽く左手をあげて言ったローに、部下も口を閉ざす。いざとなれば、ローの能力で中から取り寄せることも出来る。一応用心に入口近くに…と部下は思うが、ローはずかずかと中に入って行く。慌てて部下たちが駆けよるが、その瞬間、背後で人が動く気配に思わず足を止めた。
 入口を、塞がれている。
「せ、船長…」
 男が数人にやにやと笑いながら入口前に横並びで立ち塞がっていた。そしてローの前にも男が2人。1人は紙束を手にしている。全員が似たような服を着た坊主頭で、同じ組織の集団であろうことはわかった。
「トラファルガー・ローだな?」
 男がそう言ってローたちに見せてきたのはローの手配書。
 つい先日、一億を超えたばかりだった。
 不穏な空気に、客たちが慌ててローたちから離れていく。
「賞金稼ぎ…」
 部下がぽつりと呟いた。換金所がある場所だ。当然、そういった生業のものも多くなる。
 奥に居た別の男たちが、その会話を聞いて振り返った。
「トラファルガーだと?」
「おお、マジじゃねぇか」
 別口の賞金稼ぎらしい。坊主頭たちとは対照的に全員髪が長い。手配書を持ってこちらにやってくる。
「おい、てめぇら邪魔すんなよ。おれが最初に見つけた獲物だ!」
「はっ、貴様らに一億越えの首は無理だろう。ここはおれがやる」
 賞金稼ぎたちが揉め始める。会話を聞いて、「一億…」「あいつをやれば…」などという声まで聞こえてきた。船長が評価されているのは嬉しいが、敵だらけの状況に部下たちも不安げに顔を見合わせる。
「…面倒くせぇな」
 賞金稼ぎたちの争いを眺めていたローは、そう呟いて男の一人、坊主頭に向かって歩きだした。あまりに普通にやってくるローを、男はぽかんと見つめている。
「メス」
 そして次の瞬間には、男の心臓がローの手にあった。
 誰もがそれが何であるか認識できない中、心臓を取られた男がゆっくりと胸元に目を向ける。何かしら、違和感はあるのだろう。
 男の視線につられて人々の目がそこを向いたとき。ぽっかり空いた穴に悲鳴が上がる。
「なっ、何、何っ…」
 混乱する男に、ローはにやりと笑ったまま心臓を握った。
「ぎゃあああああ!」
 悲鳴を上げて男が悶絶する。異様な状況に誰もが固まる。数人は素早くその場から逃げ出そうと動き出したが、入口に突っ立ったままの賞金稼ぎに邪魔された。
 ローが長髪の男の方に目を向けたときには、男たちは既に武器を構えていた。
「オイオイ、ここは武器禁止じゃなかったのか?」
 ローの口調はどこか面白げだ。長髪もそれに笑う。
「この髪はいろいろ隠すのに便利でな。噂には聞いていたが、不気味な能力を使う…。近づかない方が良さそうだな?」
 長髪の男たちはローを囲むようにゆっくりと広がり始めた。それを見て、ハートの海賊団たちもようやく動き出す。だが、それをローが止めた。
「お前らは適当に飲んでろ。何しに来たと思ってる」
「いや、そりゃ飲みにですけど!」
「心配するな。すぐに終わる」
 言った次の瞬間には、長髪の男たちがローの両側から武器を放った。太い鞭だが、打撃が目的ではない。片方が、あげていたローの右腕に、もう片方はローの左手首に正確に巻き付く。ローの手から心臓が落ちて、その衝撃に坊主頭がまた悲鳴を上げていた。
「よし、引けっ!」
 長髪の合図と共に、鞭が引かれてローの両腕が伸びる。磔状態になったローに、男はすぐさま跳びかかった。
「覚悟っ! トラファルガー!」
 刀が振り下ろされる瞬間、ローがにやりと笑って言った。
「シャンブルズ」
「ぎゃああああ!」
 すばり、と確実に斬った手ごたえ。降りかかる血しぶき。
 だが上がった悲鳴は
「なっ!?」
 男の部下のものだった。
 ローと長髪の部下が一瞬の内にすり替わったのを、ハートの海賊団だけが理解した。斬られた男が目を剥いて倒れこむ。流血沙汰になったところで、ようやく酒場の警備兵たちがやってくるが、まず最初に捕えられたのは、武器を持った長髪の男たちだった。
「待てっ! あいつは海賊だ! 貴様、よくもおれの部下をっ!」
「斬ったのはてめぇだろ」
「何をっ……!」
 警備兵たちに引きずられながら長髪の男が叫ぶ。ローはいつの間にかカウンター席について、悠々と酒を受け取っていた。
 倒れていた男は、長髪の男たちが連れ出されたあとになってようやく警備兵たちに運ばれていく。怪我人よりも、武器の排除が優先なのだろう。そうしなければ怪我人は増えていく。
「で、まだやるか?」
 坊主頭の男はローが落とした心臓を拾って、涙目でそれを持っている。どうしたらいいかわからないのだろう。既にローどころではない。ロー自身にどうにかして貰えるとは思わないようで、医者か? いや、こんなのどうすれば…と混乱している。初めから大した意欲のなかった客たちは、すぐに顔を逸らして座り込んでいた。
 だが、そんな中、ローたちを見ながらこそこそと外に出た男が、ローの刀に手をかけるのを部下の一人が見ていた。
「あっ!」
 それは警備兵たちが中に気を取られた一瞬の隙のこと。海賊団のクルーが大声を上げた途端に、男は刀を手に走り出す。クルーの一人が立ち上がり、慌てて男を追った。
「せ、船長! 誰かが刀を…」
「ちっ、ここは盗人もいやがるのか」
 大した平和だな、とローがマスターに言うと、マスターは引きつった顔で後退さった。それに対しては何も言わず、ローは海賊団と共に店を出る。刀を奪った男も、追って行ったクルーの姿も見えない。
「おーい! シャチー!」
 声でもあげてくれれば現在位置がわかる、と思ってクルーの一人が叫ぶが返事はなかった。


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