見捨てられた島への上陸7

「あら、もう終わったのかしら?」
 ロビンがその場に着いたとき、海賊たちはどこにも居なかった。ルフィ、ウソップ、チョッパー、ローにシーザー。そして見知らぬ子どもが2人。少し離れている間に、またいろいろあったのだろう。
「返せよっ! それはおれたちのお宝だ!」
「よぉし、だったら勝負だ!」
「ルフィルフィ、10歳児相手にそれはねぇだろ…」
「おれは13歳だっ!」
「私も13ー!」
「おれは19!」
「知っとるわっ! 張り合うなっ!」
「おい、いい加減にしろ。時間がないと言ってるだろ」
 最後に呆れたローの声が響くが、言い争いは終わらない。何となく状況が理解出来てロビンは笑う。
「……ニコ屋」
 今気付いたのか、最初から気付いていたのか、ローがようやくロビンに目を向けてきた。何とかしろと言われるかと思ったが、ローの視線はロビンの腕に向いている。
 ああ、そういえば腕を撃たれたのだった。肩に近い場所で、応急手当はしたが弾丸はまだ体内に埋まっている。痛みはあったが忘れていた。
「ロー」
「ロビンー! ロビン、何とかしてくれよあれっ!」
 ロビンが口を開きかけると同時、チョッパーが飛びついてくる。視線を合わせるようにしゃがみこんだとき、チョッパーもロビンの腕に気付いた。
「それっ、どうしたんだ!? 怪我か!」
「ええ。ちょっと撃たれたの」
「ええええっ! 治療は? これ、ほどいてもいいか?」
「ええ、お願い。診てちょうだい」
 応急で巻いたハンカチを取り、チョッパーが真剣に傷口を見ている。ローをちらりと見上げれば、既にこちらには興味をなくしたかのようにルフィたちの方へ向かっていた。チョッパーに任せることにしたのだろう。
 ローの能力を使った方が痛みもなく、傷口を広げることもなく弾丸を摘出出来るのだろうが、ロビンもローも口には出さなかった。チョッパーの手当の痛みに顔をしかめないよう気を付けながら、ロビンはありがとう、と微笑む。
 ローの方はといえば、何やら子どもたちと交渉しているようだった。
「え、これ外せるのかっ!?」
「ああ。外してやるから宝は諦めろ」
「うっ…」
 何を外すのかはわからないが、とにかく騒ぎを収束させる提案なのだろう。
「おいっ、邪魔すんなトラ男! これはこいつとおれとの勝負だっ!」
 問題はルフィにそんな話が通じないことだが。
「ねえ、じゃあ麦わらのお兄ちゃん」
「ん?」
 そこへ少年とよく似た少女が今度はルフィに近づいた。
「これ、あげる」
「何だ?」
「手出して」
「おお」
 がしゃん、とルフィの手にハマったのは海楼石の錠だった。
「あ、そういえばもう1個あるって言ってたな」
 手当を終えたチョッパーがそちらを見て呟く。
「ハンデ! さあシバ、やっちゃえっ!」
「え? お、おう…?」
「ち、力が抜ける…。トラ男〜! 外してくれよ、これー!」
「……知るか」
 いい加減嫌になったのか、ローがルフィに背を向け、シーザーを引きずって歩き始めた。ウソップと、何故か少女がお宝をかついで追いかける。
「シーザーああああああ!」
 そこへまた別の声が聞こえた。
「シーザー! み、見付けたああああ! 良かったああああ!」
 がしっ、と何故か泣きながらシーザーに抱き着くブルック。
「あ、力が…」
 シーザーの錠に触れたのか、そのままへなへなと崩れ落ちた。
「……ったく、手間かけさせやがって」
 ロビンのすぐ側にやってきてそう言ったのは、サンジだった。
「シーザーを追って来たの? 誰にも会わなかった?」
「会ったよ。海賊やら誘拐犯やら…ま、海賊は始末した。誘拐犯は…あいつらか?」
「多分ね。海賊は? まだ結構いるはずなんだけど」
「おれが倒したのは能力者1人と、雑魚4人だな。ロビンちゃんは? 怪我はないかい?」
 言いかけたところでロビンの腕に気付いたのだろう。愕然として叫ぼうとしたサンジの口に、手を当てて微笑むことで黙らせる。
「もう手当は受けたから問題ないわ。そっちはどうだった?」
 目をハートにしたサンジが問題ないよ〜と叫ぶ傍らで、ブルックは地面に崩れ落ちたままの姿勢で言う。
「あ、私もサンジさんも一度敵に潰されまして。いやぁ、あれは象っていうんですか? カバ? 重くて重くて、私、内臓飛び出ちゃうかと思いましたよ! あ、私」
「内臓ねぇだろ」
「!! ……ろ、ローさんに言われるとは思いませんでした…」
「?」
 ずぅん、と落ち込むブルックに対し、ローが不思議そうな顔をしている。チョッパーは慌てたように叫んでいた。
「潰されたのか!? 怪我大丈夫か!」
「大丈夫だよ、それよりロビンちゃん、ナミさんは?」
「海賊船に行ってるわ。海流の手がかりがあるかと思ってね」
 ようやく伝えなければならないことに辿りついたが、サンジは勿論別の部分に反応した。
「はあっ!? 一人でかい!?」
 上陸したメンバーはここに揃っている。だからそう思うのは無理もない。
「大丈夫よ。ゾロも一緒だから」
「はああああっ!? 何であいつが!?」
 あいつまで船離れてどうすんだよっ! と空に向かってサンジが叫ぶ。
「……とにかく! 全員一度港に向かう。あと30分もねぇんだ。ニコ屋、海流の情報は手に入れた。ナミ屋を呼び戻せ」
 そこで痺れを切らしたローの言葉に、ようやく全員が注目した。騒いでいたルフィたちも言葉を止める。
「船に居るからね…海賊のボードはナミが使って行っちゃったし…」
 泳げないロビンでは伝えに行くことが出来ない。
「じゃあおれが! 行ってくる! 港に集まりゃいいんだな?」
 待っててねナミさんー! 叫びながら走っていくサンジを見送って、ようやく一同は移動を開始し始めた。










 そしてわずか10分後。
 サンジが向かったのはサニー号だった。
「サンジ! ようやく戻ってきたか! 大変だ、ゾロが居なく…って、シーザーとブルックはどうした!?」
「そっちは問題ねぇよ…」
 低く呟くような声を出すサンジに、フランキーが首を傾げる。サンジは何も言わず、岩場からサニー号へと飛び乗った。
「ナミさんからの伝言だ。碇をあげて、今の海流に乗れ」
「は? 島から離れちまうぞ? さっきちょうど向きが変わって…」
「一旦離れるが、乗ってればこの島の港に着くんだとよ。そこからあと…10分ぐらいで一気に島から外へ向かう海流が来る」
 ナミに言われた通りの言葉をそのまま伝えればフランキーは何だか呆れた顔をしながらも頷いた。
「へぇ。もうそこまでわかったのか。さすがだな」
「当たり前だ。ナミさんをなめるな」
 碇を上げに行くフランキーを手伝いながら、サンジが言えば、フランキーは何故か笑っていた。
「で? 何でそんなに機嫌が悪ぃんだ?」
「……ナミさんの側にはクソ剣士が居る」
「は? あいつ島についてたのか!?」
 どんな迷い方だよ、と叫ぶフランキーには言葉を返さず、サンジは先ほどのやりとりを思い浮かべる。海流の関係で時間がないからと、すぐにサニー号をこちらに持って来いと叫んでいたナミ。そんなに急いでるなら、先に言いに行けば良かっただろうが、もうここまで来ればおれは戻ってもいいだろう、と突っ込んだゾロ。
 あの剣士は──あの剣士は本当に迷子の自覚がないっ!
 おかげでサンジが使いに出されることになったのに、それが自分ではサニー号に辿りつけないせいだと欠片もわかってないっ!
 自分が阿呆なせいでナミさんの側にいられるということをっ!
「…口に出てんぞサンジ」
 どうでもいい。
 碇をあげて動き出したサニー号の上で、サンジは行先を睨みつけるように見ていた。
 シーザーのこと、ブルックのこと。他の仲間のこと。フランキーはもう何も聞いては来なかった。大丈夫だろうとわかっているのか、今のサンジに話は通じないと思っているのか。
 とりあえずサンジが考えているのはナミのことでも仲間のことでもなく、合流したらまずゾロに蹴りを一発入れてやろうということだった。










「シバー! エーダー!」
 港では敵の船から身を乗り出して手を振っているミキたち4人が居た。歩きながらずっとルフィとど付き合っていたシバは、ぱっと顔を輝かせて仲間に手を振る。
 沖にあったはずの敵船が何故港にあるのか。海賊たちが居ない間にミキたちが乗り込んだのか、麦わら一味の仕業か。どうでも良かった。ついに夢が叶う。これからシバたちは海に出る。
「ルフィ! 急いで! もう海流が動き出してる!」
 麦わら一味の海賊船も港にあり、そこから女性が顔を出していた。その後ろで何やら戦闘が起こっている気がするが、気のせいだろうか。動きが早すぎてよくわからない。
「おお! おい、お前、いい加減これ外せよ」
 女性に返事したあと、ルフィはシバの妹、エーダに顔を向ける。エーダはきょとんとした顔を見せて首を傾げた。
「鍵なんて持ってないよ? 最初からなかったし」
 残骸から拾ったものなので、その通りだった。
 ええええ、と驚いた顔をしたルフィの顔がおかしくて笑う。
 そうこうしてる間に、麦わら一味はロビンやチョッパー、ウソップやブルックたちも乗り込み始めていた。ブルックはシーザーを引っ張っている。
「シバー。私、先に乗るよー」
「ちょっと待てよ、これ一個持てよ!」
 お宝の袋は2個ある。どっちも結構な大きさなので一人で担ぐのは辛い。重さよりも大きさの問題で。
「だから、それはおれたちが持ってきたもんだって!」
「先に目付けたのはおれたちだっ!」
「もう、半分こってわけにはいかねぇのか…?」
 船の上から呆れたように言ってるのはウソップ。
「「それは駄目だっ!」」
 2人の声が重なった。
 もうこうなったらプライドの問題だった。
「麦わらのルフィ! ここで勝負だ! 海賊王になるのはおれだからな!」
「おれだって言ってるだろうが!」
 お互いに拳を構える。そもそも海賊王になる、という夢を語った途端、かみついてきたのはこの男だ。ついでにシバの錠の理由も思い切り笑いやがった。このまま別れては、せっかくの旅立ちにケチがつく。
「あんたらねえっ! 時間がないって言ってるでしょうが!」
 確かにもう船が動く。いや、動き始めている。
 麦わらの航海士が叫ぶが、後には引けない。
 頼むからそっちが引いてくれ。
「お前、おれに勝てると思ってんのか!?」
「海楼石付けた能力者になんか負けねぇよ!」
 しかも両腕にハマっているので腕をめいっぱい広げることも出来ないのだ。シバはルフィに対し突進する。真面目な顔になったルフィが身構えるのを見て、咄嗟に向きを変えて回り込む。小さな体で翻弄──これがおれの戦闘手段!
 だが、思い切り突き刺さったはずの拳は全然ダメージを与えているようには見えなかった。こちらの手の方が痛い。
 くそっ、だったら─。
 ルフィの腕をかわして今度は足に蹴り。それでも威力が足りない。しかし相手の攻撃も、一撃でやられるほどでもなかった。やはり海楼石が効いているのか。
 しばらくそうして戦ったあと、結局地面に倒れ伏したのはシバだった。
 ルフィは怪我一つあるように見えない。海賊たちを避け続けていたシバは、始めてまともに戦った。戦った結果が、これだ。
 泣きそうになるシバに対し、ルフィは笑っていた。
 悔しい。
「……気は済んだか?」
 そこへ入ってきた声に、ルフィとシバは揃って顔を上げる。そして気付いた。
「あああああ船が!」
「ええええ行っちまったのか!?」
 船が既に動き出していた。もう、かなりの距離に──。
「……何で言ってくれないんだよっ!」
「お前たちの仲間は何度も叫んでたがな。それより、これ以上離されるとさすがに戻れねぇ。とっとと行くぞ」
「え、行けるのか」
「Room」
 あの不思議な瞬間移動か!
 ローがルフィの首根っこをつかみ、シバは慌ててそこへしがみついた。
 ローが投げた何かと3人の体が入れ替わる。だが、まだ海の上──。
「えええっ、ちょっ」
「シャンブルズ」
 2回目のそれで、3人はサニー号へと落ちる。シバは慌てて立ち上がって辺りを見回した。
 並走する先に、ミキたちの乗った海賊船。
「ろ、ローさん、おれ、あっちに…」
 最後まで言う必要はなかった。
 シバの体は仲間の元へと送られる。
 もう離れ離れになってしまうのかと思ってた妹たちが泣きながら抱き着いてきた。自分が恐ろしいことをしていたのにようやく気付く。もっと…本当はもっとゆっくり話したいこともあったのに。
「みんなー! ありがとうー!」
 サニー号に手を振る仲間たちを見て、慌ててシバもそれに並ぶ。
 海賊王になるのはおれだ。
 あいつらのせいでお宝も逃した。
 けど、お礼だけは言っておこう。
 いつかまた会うときは、きっと敵なのだろうけど──。










「お宝を置いてきたあああっ!?」
 サニー号ではナミの雷が落ちている。言わなきゃばれなかっただろうに、ルフィがお宝のことに触れてしまったものだから、ナミは悔し涙を流している。
「何でっ。何で取ってきてくれなかったのよぅ…」
 縋り付いてくるナミに、ローが困惑の汗を流している。ウソップからは後姿しか見えないが、大体感じ取れた。
「そうだぞ、トラ男っ。一個ぐらいなら持てただろ!」
 おれの肉、と叫ぶルフィにはナミがきっ、と睨みつける。
「あんたが言うなっ!」
「これ以上荷物を増やしたくなかったんでな…」
 何だか疲れたようにそう言って、ローはもう1度ルームを広げた。
「お? おおお! 取れた!」
 ルフィの錠を取ったらしい。そのまま柵にもたれかかるようにローは座り込む。
「おれは寝る。お前らも少し寝ておけ…」
 後半の言葉がほとんど消える。寝たのか? 早くねぇか?
 何だか険しい顔で刀を抱え込んだまま眠るローにそれ以上突っ込めない。
「ふふっ、お疲れ様」
 そばでロビンだけが声をかけていた。
「はぁ…。フランキー、航路はどう?」
「問題ねぇ。さっき元の航路に戻った。戻る海流もとんでもねぇ速さだな」
「全く…作戦前に疲れちゃったわ。トラ男の言う通り、私たちもさっさと寝ましょ」
 ナミとロビンが頷き合って女部屋に向かう。もう1度お風呂に入る? などと呑気な会話も聞こえるが。
 ああ、そうか。
 何もかも終わったような気がしていたが、これからだ。作戦は明日。そもそも、まだ危険自体が去っていない。航路に戻ったことで、ドフラミンゴ襲撃の可能性は高まったんじゃないだろうか。
 ウソップはチョッパーにそう呼びかけると、再びカブトを出してもらうために錦えもんの元へと走った。
 次は、ドレスローザでの冒険が始まる。


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