見捨てられた島への上陸6

 信号弾が上がったとき、ナミたちはちょうど敵勢力の情報をようやく全て聞き終わったところだった。
 能力者は船長含め3人。全員がゾオン系。
 海賊団は全部で28人。内12人は既にナミたちの手によって倒された。この中に悪魔の実の能力者は居ない。
 宴に加わっていなかった男たちは、それぞれ勝手に好きなように動いているのがいつもの習慣らしい。彼らにとって、この島そのものが家なのだ。
「……面倒なことになったわね」
 海流の詳しい情報は船長や航海士が知っているとのことで、ここにいる男たちは何もわかっていなかった。ただ指示に従って航海していただけらしい。ここまで聞き出すだけでも手間だったのに、結局肝心の情報は得られなかった。船長たちが戻ってくるのを待つ時間もない。どうするかと思っていた矢先の信号弾。
「ウソップの合図ね」
「この海賊団の連中も、見たわね」
「集まるかしら?」
「集まってくれた方が手っ取り早いかしら…」
 しかし下手にルフィがぶっ飛ばしてしまったら情報を得られなくなってしまう。
 残るは16人。魚人の血を引いた2人というのは、海から狙撃してきた者たちではないようなので、海に居るのが最低2人。14人──内2人が能力者。
 ナミは沖にある海賊たちの船を見つめながら考える。
 あの中にもう人は居ないらしい。だが、航海の資料はどうだろう。わざわざ船から下ろすだろうか。おそらく確実に、あそこに手がかりはある。波打ち際にある小さなボードは海賊たちが船からの移動に使ったもの。この波なら、あそこまでは行ける。
「……ルフィたちのところには私が行ってきましょうか?」
 悩んでいるとき、ロビンが言った。
 どうせなら、資料を手に入れて合流したいのだ。だが、船の方まで行っていると集合に遅れる。大体戦闘現場になっている確率が高い場所に行きたくないという思いもある。
 ロビンは的確にそれを読んで、ナミが資料を探しに行っている間に自分がルフィの元へ、と提案してくれた。
 ただ。
「……誰も乗ってはいないのよね」
 確認するように呟くが、それでもあそこへ一人で行くのが怖い。
 海賊船へ潜入して盗み、など子どもの頃から散々繰り返してきたことなのに。何かが引っかかる。
 ──そうだ、まだ海には魚人の能力者が居るのだ。
「あ」
 だから一人では無理──と思ったところに、何やら流れてくるものが見えた。
 人。
 イカダに乗った人。
「って、ゾローーーーーー!」
 何でこんなところに。何だそのイカダは。
 サニー号はどうなってる。
 突っ込まなければならないことはいろいろあったが、とりあえず。
「ちょうど良かった! あの船行くから付いてきてっ!」
「ああ?」
 いきなりの命令に険しい顔を見せたゾロに対し、後ろでくすっと笑う気配がする。
「こっちは大丈夫そうね。じゃあ私は行ってくるわ」
「ありがとっ、じゃあロビン、ルフィをよろしくね!」
 急いでボードに乗って、ナミはゾロのところまでと漕ぎ出した。










 採掘現場への道はかなり広く、大人が十数人は並べる広さに森が開かれていた。それでも長年放置されたせいかじわじわと森は道を埋めるように広がり、元に戻ろうとしている。道のど真ん中でも子どもたちの足を覆い隠すほどの草があちこちに生えていた。
 そんな道の中で、戦闘が始まっている。
 3メートル近い大男が、能力による変形で更に巨大化してルフィを襲っていた。ウソップはルフィと共に背負ってきたお宝を詰めた風呂敷を手にずりずりと後退さる。とりあえず、距離を取ってお宝を守ろう──そんな意図だったが、当然海賊どもがそれを見逃すわけはない。
「てめえっ! それ返しやがれ!」
「ぎゃああああ!」
 ウソップが信号弾を撃ったのは、そんなときだ。
 自分一人では、お宝を守り切れない。
 慌てて攻撃を仕掛けたせいか、警戒した男たちが距離を取ったが、暴れるルフィと敵船長がしょちゅう目の前を横切るので、そのままお互い動けない。いや──隙間を縫って狙撃なら、出来るか。
 武器を構えたまま男たちを照準に入れる。だがそこで、男たちの驚いたような顔と目が合った。
 何やらこっちを指さし叫んでいる。
「ん? って、うおおおおいっ、何してんだてめえらっ!」
 お宝が2人の子どもによって引きずられようとしていた。咄嗟に宝に取りつくが、意外に力が強い。見た目は10歳程にしか見えないのに。
「離せよっ、これはおれたちのお宝だ!」
 少年が、ウソップを睨みつけながら叫ぶ。
「何!? お前ら、あいつらの仲間か!」
「そんなわけねぇだろ! おれたちが盗むと決めたからおれたちの宝だ!」
「何だそりゃ! ナミかてめえは!」
「おれはシバだ!」
「名前聞いてんじゃねぇよっ!」
 なんなんだ。海賊団以外にも居たのか。しかもこんな子どもが。とにかくお宝を渡すわけにはいかず包み二つを必死で引っ張っていると、背後で凶悪な気配が膨らむ。
「てめえらどっちのもんでもねぇよっ! それはおれたちが集めたお宝だっ!」
 敵の船長の声。ネコネコの実──何のモデルかはわからない─の能力者は、鋭いその爪を大きくウソップたちに向けて振った。衝撃が、飛んでくる。
 見えはしなかったが感じたウソップが思わずその場に伏せたとき、がきいん、とその衝撃を受け止めた男が居る。ルフィ。
 武装硬化した両腕で、先ほど木を軽くなぎ倒したほどの攻撃を無傷で止める。
「おれの仲間に手出してんじゃねぇよ」
 ああ、こんなときのルフィは本当に頼もしい。
「あとあの肉はおれんだっ!」
「うぉいっ!」
 ルフィは結局食糧(肉のみ)も詰めて持ってきていた。おかげでお宝は半分ほどしか詰め込めてないのだが、それは言わなきゃばれないだろう。とにかく仲間(と肉)のために戦うルフィは決して負けはしないのだ。安心して背中は任せよう。
 もう少し離れた方がいいとは気付いたので子どもたちの力に逆らわず、それでも手を離さないレベルで先に進む。信号弾を見て仲間たちが集まってくれれば、そいつに任せておれも逃げ──い、いや、そいつにお宝を任せておれも戦闘に参加出来るっ!
「何ぶつぶつ言ってんだ、お前?」
 少年が突っ込んでくるが無視した。というか、反応出来なかった。
「シバー! エーダー! 無事かー!」
 ようやく聞き慣れた声が聞こえてきたからだ。
 だが、シバとエーダ?
「チョッパー!」
「あれ、チョッパーも来ちゃったの?」
「……お前ら知り合いか?」
 少年少女の反応に目を丸くする。いつの間にそんなことに。というか、チョッパーたちは海賊団の居る方向から来ている。手前に居るルフィやウソップではなく、こいつらなのか。
「そうだよ。おいチョッパー! この鼻の長い兄ちゃんお前の仲間だろ! おれたちの宝盗もうとするんだ!」
「ええええ?」
「ええー! ウソップ! 駄目だぞ! それはあいつらのだ!」
「だからお前たちじゃねえよっ! 人のもん勝手に取り合うなっ!」
 最後の叫びは敵のものだが誰もそれには反応しない。
「何をやってる…時間がねぇんだ。揉めてる暇はねぇ」
 そこに低い声が響いた。
 トラ男。
「Room」
 チョッパーの更に後ろ。片腕に何故かシーザーを連れたローが、刀を振りかざすのが見えた。
「鼻屋、避けろ」
「え、ちょっ…!」
 ローの刀の軌道。ああ、間違いなく自分が入ってる! 慌てて伏せた。地面にべったりつくレベルで。反応出来なかった海賊たちは綺麗に真っ二つにされていた。船長を除いて。
「な、何だああ!?」
 殺気は感じたのか偶然か、飛び上がっていた敵船長に刀は届かなかった。船員たちの無残な姿を目にして、激昂する。
「てめえっ! おれの仲間をっ…!」
「心配するな。死んでねぇよ」
 頭に血が上った状態で気付けるはずもない。そのまま突進しそうになった船長だが、ぴたりと止まって一旦飛び上がった。
「……能力者か」
 一瞬で警戒心を取り戻したらしい。意外に冷静だった。
「せ、船長〜…」
 船員の情けない声が響いているのも原因かもしれない。着地した敵船長はゆっくり動いて、ローとルフィを視界に入れる。この2人を同時に相手にするなんて不可能だろう。気付いているかわからないが、2人とも、元を含めて4億越えの海賊だ。
「ちっ、分が悪そうだな…」
 ああ、わかってくれた。
 これでこのまま余計な戦いをせずに去ってくれるかもしれない。ウソップは安心して宝を再び担ごうとする。あれ、そういえばいつの間にか子どもたちが居ない。
「おい、おれの仲間はどうすりゃ元に戻してくれる」
「さあな、だがおれが何かしてやる必要はねえ。自分たちで何とかしろ」
「正しくくっつけたら戻るんだよな!」
 ローの言葉にチョッパーが的確に補足した。
 …そこは説明してやる必要なかったと思うんだが。
 案の定、チョッパーの言葉に男たちは慌ててくっつけ始めた。足止めの意図があったのであろうローが諦めたような溜息をついてる。
「そうか、親切にありがとうよ」
 船長が言って、人間の姿へと戻った。とりあえず戦闘の意図はなくなったのか。いや、違う。
「うわああああっ!?」
「で、このガキは何だ?」
 船長が背後の森の影から引きずり出したのは先ほどのシバと呼ばれた少年。チョッパーが悲鳴のようにシバの名を呼ぶ。船長がにやりと笑った。
「お仲間みてぇだな? こいつぁ…人質になるか?」
 足をつかまれ、吊られるように持ち上げられた少年が悔しげに叫ぶ。
「くそっ、何でだよ! 海楼石当てたのに…」
「ああ? やっぱり、さっきのはこれか」
 少年の足にハマった足枷を男は憎々しげに見やる。海楼石。変形が解けたのは、それか。
「いきなり力が抜けてびびったがな。たとえこんなもん使われようと、ガキ一人どうにか出来ねぇと思うな」
「そんな…」
 海楼石の力を過信していたのか。少年の顔が絶望に染まる。それでも、船長は海楼石を警戒して少年の足が触れないよう遠ざけている。
「シバー! ろ、ロー! 助けてくれよ!」
 まずい状況だ──とウソップも思ったが、チョッパーの言葉で気付く。そうか、ローの能力ならすぐに救い出せる。
 ローが能力を発動させようとしたとき、それを察したのか、敵船長は再び飛んだ。
「このガキ助けたけりゃおれたちの宝を返しにきやがれよっ!」
 逃げる気か!
「ゴムゴムの──」
「へっ?」
 だが次の瞬間には、男はルフィの伸ばした手に捕えられた。
「ま、待て待て! おれを吹っ飛ばすとこいつも…」
 子どもがルフィの方向に突き出される。だがルフィの腕は止まらない。
「シャンブルズ」
 次の瞬間、子どもは男の腕から消え失せた。
「ピストルっ!」
「っ!!!!!!」
「船長おおおおお!」
「ディットおおおおお!」
 船長、ディットっていうのか。
 今更知ったその名前を叫びながら、いつの間にか体をくっつけ終わっていた男たちが吹っ飛んでいった船長を追うべく駆けて行った。


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