見捨てられた島への上陸5

 少年たちが島で暮らし始めたのは、今から7〜8年前のことだった。誰も正確な日付は覚えていない。20世帯ほどの家族で命からがら辿りついた故郷。そこに至るまでにも数人の犠牲者は出ていたが、それでも大人たちは喜びに沸いていた。
「ホントにこんなとこで暮らすの…?」
 子どもたちの中では最年長だったミキは初めて見る島の荒れ果てた姿に愕然とした。大人たちにとっては、子ども時代を過ごした大切な思い出の場所。だが、連れられてきた子どもたちに、命をかけてまでくるほどの思いはない。後に知ったが、そもそも犯罪を犯しての逃亡という側面もあったらしい。子どもたちにはそれは知らされていなかった。
「ミキ姉ちゃん! ミキ姉ちゃんちは家どこにしたの! どこでもいいんだって!」
 まだ幼い子たちの中には、船旅が終わり誰も居ない広大な土地に辿りついたことを無邪気に喜んでいるものも居る。実の家族ではなくても、共に旅した者たちはみなファミリーだった。自然、子どもたちは年長の子どもを兄ちゃん姉ちゃんと呼ぶ。
「私たちはこっち。モーリとタケは隣に住むって。シバは?」
「今母ちゃんが選んでる! ミドリちゃんと近いとこがいい!」
 シバはその後、母に呼ばれて走っていく。資源のほとんどない見捨てられた島で本当に生きていけるのか、ミキにも不安はあったが、長い海上生活に比べればマシとも思える。広さだって途方もない。
 苦労もあったし、病気や怪我の治療がろくに出来ずに人が死んでいったりもしたが、若夫婦に子どもが生まれたり、それなりに幸せには暮らせていた。
 数年前、海賊たちがやってくるまでは。
「シバ! 母ちゃんは!?」
「し、死んでたっ。ノハラじいさんも…! ミドリがあいつらに腕斬られたんだっ! 何とかしてよっ!」
「馬鹿っ! 血流しながら歩いてくるんじゃないわよ! 見付かるでしょ! ミドリ! とにかくその血、ぐるぐる巻きにして落ちないようにして! 治療はあとよ!」
 海賊たちが辿りついたのは偶然だったようだが、その海賊の宝物に手をつけた仲間が殺された。そこからは大乱闘だった。島に流されてきたものは自分たちのもの──そういったルールの中で生きてきた大人たちに、生きた海賊の存在は邪魔でしかない。どっちもどっち──ではあった。それなりに自分たちの力に自信を持っていたはずの大人たちは敗北し、命からがら逃げたあとも、結局一人、二人と殺された。
 海賊たちはこの島を自分たちの拠点と決めたのだ。
 海流の資料を一人占めし、残ったものは焼き払い、たまに略奪した宝を手に島に戻り、数週間の休息を取る。その間、無謀にも海賊たちに向かった大人たちは犠牲になった。結局約2年前に最後の一人が死に、子どもが6人残された。海賊たちは常に隠れていた子どもの存在には気付いておらず、ようやく島を自分たちのものに出来たと笑っていた。
 子どもたちは決意する。
「いつか絶対、あの海賊たちを倒そう」
 そして、大人たちの居なくなった今、未練のないこの島を出ようと。
 船は、海賊たちが乗ってくるものでないと使えない。この島に来る船は残骸ばかりだ。島中に残った書物を必死で読み漁って、船の操作も海流の具合も覚えた。そして長年謎だった海賊たちの力が、悪魔の実の能力であることも突き止めた。
 全員ゾオン系で、船長含め3人が能力者。
 倒すには、海楼石が要る。
 シバの足にハマった錠を、足を切り取ってでも使おうと思ったこともあるが、結局誰もそんなことは出来なかった。代わりに一つ残骸から発見した。
 せめてあと一つは欲しい。
 そう思っていたとき、シーザーの錠を発見した。
 やたら匂いに敏感で、島中からあらゆるものを見付けるのが得意なタケの力で。












 淡々と話される長い話を、ローは黙って聞いていた。途中途中、口を挟むのはチョッパーだけだ。結局全てを話してくれたのはミキという最年長の女。多分18歳だと本人は言った。
「そっかそれで…。でも海楼石は渡せねぇ。こいつは、危険な奴なんだ。子どもたちを実験台にするような奴なんだぞ!」
 だから錠は外せない。チョッパーが憤りながら言う言葉を聞き、ローは自分の足元に座り込むシーザーを見下ろした。危なかったといえば危なかった。タイミング次第では、本当に殺されていただろう。
 ──骨屋たちは何やってやがる。
 見張りを引き受けたはずの男に心の中で舌打ちする。さすがにこの子どもたちに負けたとも思えないが、油断していたのか騙し討ちでも食らったのか。まだ頭脳面では使えそうな奴らを船から下ろしたのは失敗だったかもしれない。
「わかってる。だから──別の条件だ」
「条件?」
「…脱出方法を教える代わりに協力してくれるんだろ?」
「あ、そ、そうだったな!」
 話に夢中になって本来の目的を忘れているチョッパーがエヘヘ、と照れ笑いをしている。──本当に何をやってるこの一味は。
 思うが、口には出さないでおいた。思いっきり顔には出たが、今は誰もこちらは見ていない。
「それで、何したらいいんだ?」
 チョッパーが真面目な顔で交渉を始めたのでとりあえず一息つく。
 自分が話した方が早い、とは思うがどうにも子どもたちはまだローに怯えたままだ。チョッパーだと話し過ぎる面もあるが、あれも信頼を得るにはむしろ必要な手段だろう。こちらが全てさらけ出すことで、相手の情報も得やすくなる。
 もっとも、ローは何故かそれをやったところで余計に警戒されたり何かを企んでいると思われることが多いので滅多に使わない手だが。
「海賊を倒して欲しいのか? それならルフィにも相談しねぇと」
「え、いや、そりゃ…倒してくれるなら嬉しいけど、さすがに無理だろ。言っただろ。向こうは能力者が3人もいるんだぜ。しかも1人は魚人。おれたちが知ってるだけでも30人ぐらいは居るし」
 海賊団として、それほど多い人数ではない。少ない子どもたちにとっては絶望的な人数なのかもしれないが。
「能力者だったらウチの方が多いぞ! 4人居るからな!」
 ルフィ、チョッパー、ロビン、ブルック。
 ローは含まれていないようだ。錦えもんやモモの助、シーザーはともかく、ローに関しては計画の戦力としては計算に入れるべきだと思うが、「ウチ」の中には含まれないのもわかるので、そこも口には出さない。シバたちは確実にローをその内の1人だと思っただろうが。
「でも1人はお前だろ。お前、強そうに見えないし…」
「失礼なっ! おれだって戦えるんだぞ!」
「それよりもロー…さんの力で、おれたちを奴らの船に乗せてくれないかなって…」
 チョッパーとのやりとりは流して、シバはローに目を向けてきた。結局最初から交渉相手はこちらだったらしい。ローの能力を正確には理解していないだろうが、瞬間移動させられる、ということから発想したのだろう。まあ、正解だ。
「あいつら、一度島についたら船の中も空っぽにして島中で遊んでるから。 船の近くにはさすがにいつも誰か居るけど、ローさんの力なら見付からずに乗れる。ちょうど海賊たちも今日来てるし、今が絶好のチャンスなんだ!」
「上陸直後ならむしろ一番警戒してるんじゃねぇか? ある程度奴らが腰を落ち着けたあとの方がいいだろ」
 それではローも困るのだが、そう言ってみるとシバはそれに首を横に振った。
「今日逃したら次に島から出られる海流が来るのは一ヶ月後なんだ! あと一時間もしない内に海流が外向きに変わる。港からそこに乗るしか出られる方法はない。だからそのチャンスを……」
 言いかけたシバは言葉を切る。
「あ……」
「……なるほどな」
 条件とやらに頷く前に全部説明してくれた。今日中に出られるチャンスがあるのは幸運だ。船を港まで動かせるかどうかはわからないが、最悪ローの能力で運ぶ手もある。体力のことを考えればあまり使いたくない手段ではあるが。
「行くぞトニー屋」
 シーザーを引きずり、踵を返すローに、チョッパーが慌ててついてくる。そしてすぐさま振り返った。
「お前らも早く来いよ! あいつらの船乗るんだろ!?」
「…………」
 ローが彼らのために能力を使うと、何の疑いもなく信じている。状況が許せば、下手にチョッパーたちと揉めるよりはそのくらいのことはやってもいいが、約束出来るものでもない。猶予は一時間もないのだ。子どもたちは小走りでローたちを追いかけながら「あっ」と大声を上げた。
「どうした?」
「宝! 宝取ってこないと!」
「宝?」
「あいつらが貯めてるお宝も奪ってくる予定なんだ!」
「あ、そうだよ、ミキ姉ちゃん! 私たち取りに行ってくるね!」
「おい…猶予は一時間ないんだろう」
「すぐ戻るから!」
 シバは双子の妹だというエーダと共に走り出す。年長組は呑気に呟いていた。
「あらかじめ用意しておけば良かったわね」
「仕方ないだろう。こんなチャンスが今日来るとは思わなかった」
「そうだよ、海賊団に気付かれたらやばいし」
 …やはり、麦わら一味が来たことで急きょ立てた計画だったらしい。事前の想定は練りこんであるからか、それなりの連携は出来ているがあちこちに粗がある。実行時期は計画には重大な部分だというのに。──パンクハザードでのことを考えると、自分も人のことは言えないが。
「……ねえ、海賊団の奴らってもう上陸してるのよね?」
 しばらくして、思い出したようにミキが言う。
「……やばい、あいつら鉢合わせするんじゃ…!」
「えええええっ!? ちょっ、お前ら待てー!」
「おい、トニー屋!」
 慌てて追いかけようとするチョッパーに思わず声が出る。だがロー自身が動く直前、突然空に何かが打ち上げられた。音と光に、全員が空を見上げる。
 あれは──鼻屋の信号弾?
 もう一時間経ったのか。確かにそれくらいの時間はあっただろう。ちょうどいい、とりあえず全員で合流する必要がある。チョッパーもそれを見て足を止めていた。
「トニー屋。まず麦わら屋たちと合流だ。あの信号弾を見て──この島に来た海賊団もおそらく寄ってくる」
 チョッパーを追い抜き、刀で軽くその頭を叩く。チョッパーははっとしたあと頷いた。
「わ、わかった。え、ええとお前らは…」
「港に向かって隠れておけ。おれたちが港に着いたとき出てこなければ置いていく」
 今は揉めている時間もない。とりあえず指示すればミキたちは気圧されたように頷いた。
「し、シバたちは」
「……方向は一緒だ。こちらで確保しておく」
 ちょうど信号弾の方向に、シバたちは向かっていた。真っ先にルフィたちと合流するのは彼らかもしれない。情報収集のために島に降りてるのだ。さすがに見知らぬ子どもを素通りはさせないだろう。
 ナミたちからは突っ込まれそうな信頼の仕方をしながら、ローとチョッパーは足早にルフィたちの元へと向かう。シーザーはほとんど引きずられていた。一度足を止めて体勢を整えてやると何とか一緒に走り出すが、引っ張ってなきゃいけないのはどうにも邪魔だ。逃げられねえよう心臓でも抜いておくか──思ったとき、森の先にルフィたちの気配を感じ取る。
 ルフィ、ウソップ、シバにエーダ。そして他に──複数の人間。
 やはり既に別の海賊団とも合流しているようだ。
 面倒ごとばかり増えて行く。ローはため息をつきながら足を早めた。


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