打ち上げ

「どれにする?」
「うーん……」
 リンの言葉に、レンは腕組みをして考え込んでいる。目の前には何種類かの、ネギ。ミクが来る前に、と真っ先に訪れたのはスーパーだった。思ったよりも種類の多いネギにリンは悩む。だがレンの悩みは別のところにあったようだ。
「……ネギでいいのかな」
「え? 何で」
 ミクさんなんだからネギに決まってるじゃん。
 当たり前のような顔をして言ったリンにレンはやはり難しい顔で考え込む。
「ミクはさ、いつもネギ持ってるだろ」
「うん。だって好きなんでしょ」
「いつも持ってるものだからさ、上げても意味ないんじゃねぇ?」
 ネギを手にしたミクにネギを与える。
 確かに、おかしなことかもしれないけど。
「でも……でも、ほら、ネギは消耗品でしょ?」
 食べるんだし、いっぱいあって困るものでもない。そう思って言ったが、レンは首を振る。
「そりゃそうだけど。賞味期限ってのもあるだろ。……いや、おれらには賞味期限とか関係ないけどさ。やっぱり腐ったりとかしたら嫌なんじゃないか?」
 腐らない程度にストックあるかもしれないし。
 レンの言うことはもっともだった。リンは目の前のネギを見つめながら途方に暮れる。
「じゃあ…どうしたらいいの?」
「ううん……」
 大会後、いつものメンバーで集まって打ち上げをすることになった。リンとレンは初出場にも関わらずMEIKOとKAITOより上に行くことが出来た。が、結局ほとんどテレビにも映らない位置で、まあこんなものかとも思う。MEIKOとKAITOは、また同順位でマスター同士の喧嘩も続いている。それでもこういう集まりには来るのだけれど。
 結局ミクのみが予選落ちをすることになり、リンとレンはミクへのお詫びとして何か出来ることはないかとずっと考えていたのだ。別にリンたちが直接ミクに何かをしたわけじゃないし、むしろリンたちも被害者ではあったのだが、やはりそれでは気持ちが済まない。それに、助けてもらった。ミクが居なければ、本選に出ることも出来なかったかもしれないのだから。
 リンは顔を上げるとスーパーの中を見回した。
「ネギ以外だと……普通嬉しいものって何だろ」
「バナナ」
「あんたの話は聞いてない」
「でもバナナは誰でも好きだろ」
「だったらみかんでもいいじゃん」
 歩きながら考える。野菜、フルーツのコーナーを通り過ぎて、いつの間にか魚やら肉やらの並んだ通りを歩いている。さすがにこの辺りからプレゼントを選ぼうとは思わなかった。
「あとは……お菓子かぁ?」
 途中で菓子コーナーに立ち寄る。その一つを手に取りながら呟いた。
「何か……安っぽい」
「……だよなぁ」
 むしろ値段的にはネギの方が安かったりはするのだが。それにどうせ、菓子類は打ち上げでも出る。どこかの店に行くわけでもなく、料理も手作り。材料は全て持ち 寄りだ。
「玩具……とか」
「ああ、ミクなら好きそう?」
 とはいえ、スーパーにある玩具は幼児向けのものが多く、さすがにピンとは来ない。ミクなら喜んでくれるのかもしれないが。
「……あ〜どうしよう」
 スーパーの柱に入った掛け時計が目に入りリンは思わず頭を抱える。もうあまり時間がない。遠出も許されていないので別の店に行く時間があるかもわからない。
「やっぱネギにするか?」
「う〜…もう、レンが余計なこと言わなきゃ最初からネギで済んでるのにー!」
「あ」
「え、何なに?」
「あ、いや……」
 レンが目を向けた方向は雑誌コーナー。突然駆け寄ったので何かと思えば普通に漫画雑誌を手に取っていた。リンは脱力する。
「そんなもん買ってる場合じゃないでしょ」
「そうか、今日土曜発売だ」
「話聞け」
 レンはその雑誌を手に取る。普通に買う気満々だ。何のためにここに来たのかと思ったとき、床に何かが落ちているのに気付いた。幼児向け雑誌が乱雑に置かれている場所の真正面。拾い上げると、それは小さなピアノの形をした玩具。子ども向けだが、一応音も出る。
「何だ? 誰か置いてったのか?」
「……売り物、だよね」
 パッケージに包まれたままの玩具。そういえば玩具コーナーでも見た気がする。あまり目に入ってはいなかったが。
 リンとレンは顔を見合わせた。
「それいくら? 買えるか?」
「……レンが雑誌諦めたら買える」
「う……」
 レンが手にした雑誌に目を落とす。何度か見比べて、ため息をついて雑誌をその場に置いた。
「……でもそれ、持ってたりしねぇ?」
「しないでしょ。持ってたら持ち歩きそうじゃんミクさん」
「……かな」
 漸く決まって、ついでにプレゼントの包装もしてもらい2人はスーパーを後にする。いつの間にか辺りが暗くなり始めていて驚いた。
「急ごうレン! ミクさん先に来ちゃったら見られちゃう!」
「あそこのマスターは土曜も仕事だから遅いだろ!」
 走り始めたリンの後ろでレンが叫んでいたが、気にせずそのまま走り続けた。心の準備ってものも、大切なのだ。大会後、初顔合わせになるのだから。





「だからあんたの曲はどれもこれも古臭いのよっ、あんな曲ばっか歌わされてるKAITOが可哀想だわ!」
「ああ? お前こそ日本語破綻しまくったガキみたいな歌詞ばっかで、あれ歌うMEIKOの身にもなってやったらどうだ!?」
「もー、人の家来て喧嘩止めてくださいよー」
「そうそう。結論としてはどっちもセンスないってことで」
「ちょっと! 煽るようなこと言わないでください!」
「好きな曲作ってりゃいいじゃんかさぁ〜。おれはこういう曲をミクに歌わせたいってだけなのにさぁ〜。キモイとか笑えるとか! 歌ってるミクの気持ちも考えやがれ ー!」
「ああ、もう緑川さんも酔ってるんですか、だったらそんな曲作らなきゃいいじゃないですか」
「やりたいからやってるだけなんだよ! な! 緑川!」
「そうですよそうですよ! 流行に乗ってりゃいいってもんじゃないんですよ!」
「そうよ、私だって自分の気持ちを歌にしたいから、」
「でもお前の歌詞はおかしい」
「何よ!」
「だから青山さんも止めてくださいって。そういうのは好みの問題ですよ」
「そもそもMEIKOには合わないんだよ、お前の曲!」
「はあ!? あんた、MEIKOがどれだけ頑張ってくれてると、」
「そうだよなぁ〜、ミクが頑張ってくれてるからおれの曲だって評価受けるんだ…絶対そうだ……」
「大体あんたこそねえ! 自分じゃ言いたくても言えないようなことKAITOに言わせてるだけじゃないのよっ!」
「それのどこが悪いんだ!」
「愚痴っぽいって言ってんのよ! 女を馬鹿にするような歌詞ばっか書いて、あんた今年でいくつ!?」
「あああ、もう! 人の家の喧嘩するなって言ってるじゃないですか! 何なんですかさっきから! 大声出さないでくださいよ!」


 頭が痛い。
 マスターたちのやり取りを見ながらボーカロイドたちは黙々と食事を続けていた。KAITOとMEIKOのマスターが喧嘩して、ミクのマスターは一人愚痴る。仲裁に入ったリンレンのマスターが仕舞いにはキレる。いつものパターンだ。いつものパターンなのだが。
 リンはちらりと目の前に座るミクに目をやった。
 ミクたちが到着したときには既に酒の回っていたMEIKOとKAITOのマスター。
 ミクのマスターだって酔っ払うのは早い。
 机の下に隠したプレゼントを出すタイミングを完全に失ってしまっている。リンはちらりと隣に座るレンを見たが、興味なさげにテーブルの上の皿しか見ていない。
 仕方なくリンも食事を進めた。マスターたちはまだ喚いているが、言葉だけで済むなら平和だ。多分。酔いがさめれば大人しくなるのも知っているので今は聞かないでお こう。
「ごちそうさま」
 そんなことを考えていると、唐突に高い声がマスターたちの声を遮った。
「え」
 顔を上げると食事を終え、手を合わせているMEIKO。集まった視線に何を返すでもなく、そのまま立ち上がる。続けて、その隣に居たKAITOも箸を置いた。
「マスター、おれたち上行ってるよ」
「ごちそうさまー! 私も行くねーマスター」
 立ち上がったKAITOにミクも続く。ぽかん、としているマスターたちは特に何も言わない。リンも慌てて残りをかきこんだ。
「ごちそうさま!」
「ごちそうさま」
 レンが立ち上がる。リンはそろそろと机の下に手を伸ばし、目当てのものを手に取ると4人に続いて2階へと向かう。階段まで来たところで、ようやくマスターたちのぼそぼそとした会話が聞こえた。さすがに、恥ずかしくなってきたらしい。今日は落ち着くのも早いかもしれない。
「リン、それ隠せ」
「あ、うん」
 持っていたプレゼントは背中に回す。前を行くミクがいつ振り返るかわからない から。
 勝手知ったる何とやら。一番前を歩くMEIKOは何の迷いもなく2階の一部屋へと向かった。リンたちの部屋だ。せめて事前に確認ぐらいしないのだろうかと思いつつ、まあいいかと後に続く。一応部屋の片付けぐらいはしておいたのだ。
「全く、あの喧嘩だけはどうにかならないのかしらねー」
「2人とも酔ってると本音が出るからなぁ」
「本音なら余計たち悪いじゃないの」
 既に部屋の中に落ち着いた2人の声が聞こえる。同時に、リンは扉を閉めた。





「KAITOはどうなのよ、あの曲歌ってて」
「センス云々はおれにはわかんないしね。MEIKOこそ、あの歌詞恥ずかしいと思わないの?」
「別に。あの歌詞何かおかしい?」
「おかしくないよねー。私もそういうの多いもん。やっぱり女の子は恋する歌が一番いいよ!」
「えええ、私も一応女の子なんだけど! そういうのあんまり歌ってないよ。緑川さんの趣味でしょ、それー」
「趣味以外に何があるんだ! ってマスターよく言ってるよ」
「いいなぁ、その開き直り具合。マスターは言いたいこと代弁させてるみたいなこと言ってたけど、実際は微妙に外してるよね。直球恥ずかしいんだろうな」
「あんたら曲作りの前に相談とかないわけ?」
「ないよ。出来たら渡されて歌って、終わり。次の曲出来るまで放置だしねー」
「MEIKOさんのとこは相談とかしてるのか?」
「されるわよ。MEIKOが歌う曲なんだからちゃんとMEIKOも納得いくものにしたいって言われるもの」
「うわーいいなー。信頼されてるって感じがする」
「でもいきなり渡されるのも結構嬉しいかな私は……」
 わいわいとマスターの曲について話が進む。リンは背中に隠したままのプレゼントのことを忘れかけていた。
「大会の曲なんかは何度も書き換えたわね。この歌詞は直球過ぎるとか、この歌詞ならもと高い方がいいんじゃないかとか。みんなも考えるでしょ?」
「だからウチはないって、そういうの」
 当たり前のように言い切るMEIKOにKAITOが苦笑いで続ける。大会、の言葉が出てきてリンは一瞬顔を伏せた。
「私なんかずーっと大会の曲まだ? って言ってるのに『まだ全然取り掛かってない』とか言うんだよ。そしたら内緒でずっと作ってた。いきなり完成品だった」
 ミクが口を尖らせて言うが、ミクのマスターはいつもそれなのでいい加減話としては聞き飽きている。むしろ何故いまだにミクはマスターの言葉を信じてしまうのかの方が不思議だった。
 リンはレンに目をやる。レンもこちらを見ていて、ちょうど目が合った。
「あ、あのさ、ミクさん。大会のときの……」
「あー、大変だったなぁ、あれは」
「あんな直接的な手段とる奴もいるのねぇ。まあこれからは警備も強化されるだろうし、なるべく一人にならないようにしなくちゃね」
「MEIKOなら一人でも平気そうだけど」
「それは褒めてるの? 喧嘩売ってるの?」
「どっちにしようか」
「この!」
 惚けたKAITOにMEIKOが拳でその頭を突く。ごんっ、とかなりの音がしたがKAITOはへらへら笑ったままだ。KAITOとMEIKOは、何故か異様に頑丈だ。確かに、少々のことは平気なのかもしれない。
「あの……あのとき、ごめんね」
「え?」
「私のせいで……本番前だったのに」
 一瞬KAITOたちに目がいって笑ってしまっていたが、慌てて表情を引き締めミクに向かう。ミクにはきょとん、とした顔を向けられた。ああ、何パターンか予想してた内の一番現実味のあったパターンだ。
 多分ミクは、リンたちが謝るわけなんてわからないだろう。
 レンも言っていた。結局リンたちの自己満足になると。
「で、あの、ミクさんにこれ買ってきたの!」
 もう一気に言い切ってしまおうと背後に隠していたプレゼントを出す。包装紙で包んでもらったが、よく考えればまだスーパーの袋に入っていた。
 レンが横から手を出してきて、袋の中身だけを取り出す。
「プレゼント。あの……ときのお礼。助けてくれただろ」
 そう言うと目を見開いていたミクが納得したように声を出した。こちらの方が通じやすかったか。
 開けていいかと聞かれて頷く。期待の眼差しにどうやら受け取ってくれそうだとほっと息をついた。
「あれ、お礼ってミクだけ」
「黙ってろ」
 空気を読まないKAITOの突っ込みにはレンが冷たく返す。KAITOへのお礼は既にあのとき言った。ミクは大会前に置き去りにしてしまったし、タイミングがなかったというのもあるのだ。
「うわーピアノだ!」
「ちゃんと弾けるんだよ」
「凄い凄い!」
 ばりばりと乱暴に開いて中身を取り出す。床に置いたそれを全員で囲んだ。
「ミク、弾いてみてよ」
「えええ、何を?」
「何でもいいわよ。知ってる曲」
「曲知ってても……」
 ミクが人差し指でぽんぽん、と音を出していく。何の歌だろうと思っていたがそこでMEIKOが気付いたような声を上げる。
「あ、この間の曲ね」
「うん!」
「ああ、そうか。お前遅すぎだろ、もっと早かっただろあの曲」
「だって難しいよ弾くのはー」
「そもそも弾くなら伴奏じゃない?」
「伴奏……」
 KAITOからの言葉にミクが考え込む。リンは言葉が出せなかった。
 大会のときの、歌。
 リンは聞いていない。
 リンの表情を見たレンが、漸く気付いたのか「あ」と小さな声を上げる。
「じゃあこれ、伴奏はマスターにでもやってもらえよ、で歌え。あのときまともに歌えてなかっただろ」
「ええー、やっぱり?」
「まあね。ちゃんと歌えてたらミクなら本選行ってるでしょ」
「ううん……」
 レンとKAITOの言葉に少々ドキドキしつつも、ミクが平気そうな顔をしているのでリンも肩の力を抜く。ちょうどそのとき、2階に上がってくる足音が聞こえた。律儀に部屋のノックをしてきたが、返事を返す前に扉が開かれる。
「おーい、こっちもご飯終わった。みんな呼んでるぞー」
「あ、マスター!」
 呼びに来たのはミクのマスターだった。リンとレンのマスターは気が強いせいか、2番目に年下のこのマスターはどうも使われる側らしい。ミクが立ち上がってマスターに飛びつくと、いつの間にか手に持っていたピアノの玩具を掲げた。
「これ、さっき貰ったの! マスターこの前の曲弾いて」
「はあ?」
「でね、ちゃんと歌おうって」
「お前こんな玩具でどうやって……っていうかそもそもピアノなんか弾けるか。黄島にやってもらえ、そういうのは」
 黄島、はリンたちのマスターだ。ミクのマスターは作曲はするのにピアノは弾けないらしい。少し驚いているとミクが頷いた。
「そうだね。じゃあ弾いてもらう! 弾いてもらっていい?」
「いや、おれたちに聞かれても」
「いいよ! ウチのマスターで良かったら使って!」
 マスターには聞かせられない物言いでそう言うとミクは嬉しそうに頷き、レンは微妙に顔を強張らせた。
「じゃ、降りるか」
「もう酔いは覚めてるの?」
「おれは覚めた。青山さんと赤間さんは知らん」
 ミクのマスター緑川はそう答えてミクに手を引かれ階段を下りていった。夜はいつもの合唱大会になりそうだ。


 

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