卑怯者

「黄色く輝くその姿〜♪ 私達の最終兵器ー」
 広い倉庫内にリンの歌声が響く。きゅっきゅっとリズミカルに手を動かしながら、リンは相棒のロードローラーを磨き上げていた。最近外装を塗り替えたばかりで、細かい傷だらけだった表面がつるつると光を反射している。それが嬉しくてつい熱中していると、ばあんっ、と大きな音がしてリンは思わず歌を止めた。
 続くどたどたと激しい足音に、誰かが入ってきたのだとわかる。
「駄目だっ! まだ開発中だと言ってるだろう!」
「ほぼ完成してるとも言ったではないか! 大丈夫だ、何とか動かしてみせる」
 KAITOとがくぽ。
 何となく気になって、リンはロードローラーから飛び降りて、そちらへと向かう。
「どうしたのー?」
「ああ、リン。ロードローラーの方は終わったのか?」
 がくぽに大して睨みつけるような目をしていたKAITOが、リンに気付いて少し表情を和らげる。それでも厳しい目だったが、リンは慣れているので気にならない。
「んー、まだ8割かな。ひょっとして出動? だったら出るよー。せっかく綺麗になったの見せてやりたいし」
「まだわからん。ただここ最近ジャスティス側の動きはなかったからな。そろそろ動き出す頃だろう」
「動きたくでも動けないのではないか? こちらからの攻撃の手は休めてないんだ ろう」
 最近仲間になったばかりのがくぽはうろたんだーが日課のように仕掛けているジャスティスへの細かい嫌がらせにやたらに感心していた。あれで相手側が戦いに乗り出せるとも思えないのだろう。
 だが実際のところ、ジャスティスはかなりしぶとい。
 隊員数が激減しても、勝負に大敗しても、全く懲りる様子はない。そして、信念を曲げることもない。おそらく組織のリーダーである村田の力が大きいのだろうと思う。人望の厚さに加え、ロボ相手に素手で戦えるその強さ。
 リンのロードローラーなど、村田隊長一人に投げ飛ばされた経験がある。
「だがスパイからの連絡頻度がかなり落ちている。ジャスティスはしばらく新規隊員の募集を止めているようでな。今ばれるわけにはいかないから慎重にやれとは言ってる が……」
「スパイから何か情報はないの?」
 リンの言葉にKAITOは難しい顔をしてしばらく黙る。
「……はっきりとはしないな。村田が幹部連中を集めて何やら話し合ってるとは聞いたが、それはいつものことだ。ただ、何か企んでそうだと……」
 考え込んで独り言のように呟き始めるKAITOから視線をそらして、リンはがくぽに目をやった。同じくKAITOを見ていたがくぽは、その瞬間はっとしたように顔を上げる。
「そうだ! だからとりあえずはこちらの戦力増強だろう! 私もロボに乗せろ!」
「だからそっちはまだ駄目だ!」
「新入隊員がロボなんて早いよ! ミク姉やMEIKOさんだって持ってないんだから ね!」
「いやあの2人は、はなから乗る気がないけどな」
「レンがどれだけ乗りたがってると思ってるの!」
「レンにはロードローラーがあるであろう! そうだ、ならKAITOのロボはどうなんだ。もしものときのためにもう1人くらい操縦できる人間は必要だ」
「ロードローラーは私の! それと、それだったら先にレンだよ。レンの方が先輩なんだからね!」
「リン、悪いがレンだと操縦席に合わない。おれの体格にあわせて作られているから な」
「う……」
 リンが言葉に詰まると、がくぽが嬉しげに頷き始める。
「そうだろう、そうだろう! だから私が乗るべきだ」
「おれのロボは誰にもやらん。それよりがくぽはもっと早く脱ぐ練習をしてろ」
「あ、あれまだ出来てないの?」
「理想は1秒以内だからな。必殺技を出すまでの間、敵が待っていてくれると思う な!」
「それはどちらかと言うとジャスティス側が感じてることじゃないのか」
「そうだねー。相手が準備してるときとか絶好の攻撃チャンスだし。でも、だからってこっちまでのんびりやっていいってことはないんだよ! ほらがくぽ、頑張れー!」
「おれが脱げないときはお前が頼りなんだからな!」
「そっちの要員は作るのか……。まあいい、ロボが駄目ならせめて婦女子の目は私に向けさせる!」
「がくぽ、その粋ー!」
 脱ぐ練習を始めるがくぽをリンは応援する。
 KAITOは満足げに笑って、いつの間にか倉庫内から居なくなっていた。





「ひっく……うう……うわぁあああん」
 すすり泣きが次第に大きくなって部屋中に響き始める。顔を真っ赤にして涙を流すレンを、ミクは感心したように眺めていた。
「うわあああああん!」
「凄いねー、レンくん」
 ぴたっ、とその泣き声が止まった。視線が固定されたまま、赤かった顔が一気に青く染まっていく。ぎぎぎ、と効果音でも聞こえそうなぎこちなさで、レンがゆっくりとミクを見た。
「み……ミク……?」
「? うん。ミクだよ」
「……み……見た……?」
「ミタ? 見た? 見たよー。凄いじゃんレンくん!」
 泣き落としを一番苦手としていた後輩の見事な泣き顔を褒めると、レンは再び顔を赤く染めた。
「まままま、待て! いや! わ、忘れろ! 見なかったことにしろ!」
「えー、何で?」
「これは違っ……いや、違わないけど、その、おお、おれはまだまだだからっ! まだ人前で出来るようなもんじゃないからっ! 出来るようになったら言うからっ!」
「えー、上手かったのに」
「え、ホント? あっ、じゃなくてっ! いいか、誰にも言うなよ!」
「うーん……」
 今度は確実に羞恥で赤くなっているレンの言葉に、ミクは首を傾げる。本当は、言いたいことはわかってるのだが何となく納得が出来ない。可愛く頼りなく、思わず抱きしめたくなるような泣き方が出来ていたのに。
「とりあえずKAITOに見てもらったら? 使えるかどうかはそれで判断してもらえ ば、」
「駄目だっ! あいつにだけは絶対言うな!」
「もう遅いな」
「っ……!」
 レンの悲痛とも言える叫びが響いた次の瞬間、扉が開いた。既に薄く開いていたらしい。ミクが入ってきたのとは別の扉から、声が響く。
 中に入ってきたのは予想通り、我らがリーダーKAITO。
「……どこから見てた……」
「ミクが入る前だな。泣き方のアドバイスならミクの方が上手いかと思ったんだが、アドバイス受けるまでもなかったようだな」
「…………」
「レン、次の戦いでは練習の成果を発揮してもらうぞ」
 沈黙してしまったレンに、KAITOはそう続ける。その言葉に、先にミクの方が反応し た。
「あっ、やっぱり上手かったよね。十分使えるよね?」
「ああ。おれやミクたちでは狙えない層が食いついてくるはずだ!」
「……いや……おれ、本番ではまだ無理……」
「大丈夫だろ、お前本番ではテンション上がるし。この前も予定外に脱いでたじゃないか。裸ネクタイなかなか受けてたぞ」
「あれはっ、がくぽが脱ぐのに手間取ってたから! 仕方なくだろ」
「咄嗟にフォローできたのは凄いってMEIKOも言ってたよ!」
「……MEIKOさんも見てたのかよ……」
「レン」
 まだ躊躇いを見せているレンに、KAITOが強い口調で言った。
「使える手段は何でも使え。泣き落としが出来るなら、やれ。奴らには間違いなく通じる」
「…………」
 真面目な口調にレンも思わず背を正す。KAITOはそれににっ、と笑うとミクへと目を向け た。
「ミク、効果的な使い方とその後の対応についてレクチャー頼むな」
「任せてー! 得意分野だから! さあ、レンくん、私をジャスティスの一員だと思って! さあ攻撃しかけてきました!」
「ちょ、ちょっと待て! ノリが良すぎだろお前も!」
 ミクがさっ、と腰に差してあるネギを振り上げればレンはファイティングポーズを取ってしまう。軽く振り下ろせば当然避けられる。
「ほら、そこで膝から崩れて! 相手を上目遣いで見上げて!」
「………頼む、一人でやらせてくれ」
「特訓は甘くないよ!」
 ミクとレンがそんなやり取りをしている間に、いつのまにかKAITOの姿は消えて いた。





「行くの?」
「ん? ああ……何やってるんだ、そんなところで」
「見張りよ。この基地、ちょっと防衛が甘いと思わない?」
 カモフラージュされた基地の入り口近く。木の上で酒を飲んでいるMEIKOがKAITOを見下ろして笑う。KAITOは苦笑いを返した。
「ジャスティスが襲ってくるとは思えないけどな」
「あら、卑怯ブルーともあろうものがそんな甘いこと言ってていいの?」
「……わかってるよ」
 実際のところ、MEIKO以外にも見張りは居る。勿論、それとわかるような姿ではないが。MEIKOもそれを知ってるのだろう。それ以上は突っ込まず、話を続けるためにそこから軽く飛び降りた。
「ジャスティスの動きが怪しいようね」
「まだよくわからない。下剤入りのピザには手をつけなくなったな」
「戦うための準備をしてるように見えるわ。細かい怪人の動きじゃなく、幹部連中引っ張り出しての総攻撃」
「だったら宣戦布告をしてくるさ。村田はそういう男だ」
「それに対するうろたんだーの作戦は?」
「そうだな……こちらから奇襲を仕掛けるのもありだが……まずは動きを掴んでか らだ。奴らは正々堂々来るだろうが、裏をかくためには情報が必要だ」
「それであんたが偵察に行くわけ」
「一番確実だろ。おれの変装能力をなめるなよ」
「そこは信頼してるけど。気を付けてよね。最近村田が出てこないのが不気味でしょうがないんだから」
「今度お願いしてみるか? 隊長に会わせてくださいって。泣き落としでファンなんですとでも言ってみるか」
「あのねぇ」
 MEIKOが笑いつつため息をつく。
 何かジャスティス側に新しい動きがあるのは確実だった。いつもならこちらに筒抜けになる相手側の作戦会議の様子もまるでわからない。細かい嫌がらせにはもう慣れてしまっているようで、あまりダメージを与えているとは思えない。それでも、止めたら負けだが。
「じゃ、行って来る。おれが居ない間のことは頼んだぞ」
「はいはい。ま、精々成果出してきてよね」
「目標は相手の動きを知ることと…3人ぐらいの買収だな」
「ついでにお酒あったら盗ってきて」
「酒があったら下剤を入れる」
「えー」
 MEIKOが不満げな顔をしたのにはとりあわず、KAITOは進む。
 もう1度、後ろからMEIKOが声をかけた。
「負けないでよ」
「……当たり前だ」
 全ては確実に勝つために。
 KAITOは振り返らずにそう答えた。


 

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