あたしがヒーロー
「どうしよう……」
初音ミクは駅の前で一人、途方に暮れていた。
育ててくれた母が死んだのはつい一ヶ月ほど前のことだ。
高校にも行っておらず、周りに頼るあてもなかったミクは思い切って家を出た。自分の夢を叶えるため。計画は何もない。とにかくそこに行けば何とかなると思っていたのだ。
「……どうしよう……」
上京してまだ数時間。
荷物の置き引きに遭ったのは2時間ほど前だった。
「……お腹空いた…」
お金も着替えも全てカバンの中。どこに行くことも出来ない。相談する相手もいない。
……さっきの人に付いていけば良かったかな……。
呆然としたまま座っていたとき、帽子を目深にかぶった怪しい男に声をかけられた。「どこか行かない?」というよくわからない問いだったが、付いていけば目的ぐらいは得られただろうか。ただ何となく…ホントに何となく、嫌だったのだが。
あの人一体何だったんだろう。
しばらくあれこれ考えて、漸く自分の頭が少し回ってきたのに気がついた。
そうだ。とにかく、ここに居ても始まらない。
ミクは立ち上がって歩き始める。まずは……交番。警察なら、どうすればいいか教えてくれるかもしれない。ひょっとしたら…荷物が落し物として届いてたりして…。
さすがに車輪のついた旅行カバンを落し物と思う人は居ないと思ったが、何か希望を持ちたかった。ああ、そうだ、こうやって歩いてる途中いきなりアイドルにスカウトされたりなんかして…。
考えていたらいつの間にか顔がにやけていた。基本的には、楽天家なのだ。
「いやあああああああ」
その悲鳴を聞いたとき、ミクは屋台の前でよだれをたらしているところだった。
「今の…」
驚いて振り向いたが、周りの人間は気にする様子がない。続いて「誰かぁ!」という叫びも聞こえた。それでも誰も動かない。気がつけばミクは駆け出していた。細い路地を通り、悲鳴の聞こえた方向に走る。走って走って、何故こんなに遠いのかと思ったが、深く考える時間はなかった。唐突に開けた視界に、奇妙な怪物。女性がその前で腰を抜かしていた。
「大丈夫ですかっ!」
慌てて駆け寄った瞬間、怪物が腕を振り上げる。思わず悲鳴を上げそうになったそのとき、何かがミクの頭上を通り過ぎた。
……青。
色の認識だけ出来た。
女性と一緒に座り込んでいたミクは、目の前に居る誰かを見上げる形になる。怪物が、その男の向こうに倒れているのに気付いた。
「いやあああ…」
腰を抜かしていたはずの女性は弱々しい声を出しながらも立ち上がり、よろよろと逃げていく。ミクはその場から動けなかった。
「何やってるんだ、これぐらいの相手歌を使わなくても…」
男が振り向いた。
「え、私……?」
目が合う。男は明らかにミクに語りかけていた。だがその言葉もすぐに途切れる。
「あれ……?」
「な、何か……?」
男は不思議そうに首をかしげた。
青い目。青い髪。そして青いマフラー。
先ほどミクの視界を覆ったのは、これだ。
「あ、あの、助けてくれて…」
ありがとう、そう言いかけたとき空気が震えた。
「危ないっ!」
物凄い勢いで立ち上がった怪物が予備動作もなしにミクたちに向かって腕を振りぬく。ミクが咄嗟に声を上げたときには、自分の体は宙に浮いていた。
「え……」
だき抱えられてる。
ぐっ、と力強い腕が、ミクの腰に回っている。
「うわ……」
2メートルはあろうかという怪物を見下ろす、と言っていいほど高く確かにミクの体は持ち上がっていた。
「大丈夫か?」
「あ、はい…」
とん、と思ったより軽い着地の音。
そのままぺたん、と地面に座り込んでしまったミクを一瞥して男は怪物に向き直った。右手を胸の辺りに当てる。何をするのかと思えば男は……歌い始めた。
「ええ……?」
しかも場に似つかわしくい、童謡のような優しいテンポ。懐かしく、心地よい。一瞬聞きほれていたミクは、その歌に怪物は何故か苦しんでいるのに気付いた。
「何…で」
ふらふらと揺れながら倒れた怪物は、しばらくすると完全に動かなくなる。同時に、男の歌が止んだ。
「なーに? 結局歌っちゃったの?」
呆然とみていたミクを我に返したのは、背後からかかった聞き覚えのある声だっ
た。
「MEIKOさんっ!」
振り向いて、その通りであることを確認してミクは思わず叫び声を上げていた。
「な……何」
「MEIKOさん! MEIKOさんですよね!? あの、私ずっとあなたに憧れていて……」
「は?」
MEIKOは怪訝な顔をして問い返す。
「歌手として、じゃないの」
男が何故かフォローを入れるように言った。MEIKOはそれを聞いてああ、と頷く。
「あなた私の歌聞いたことあるの」
「あります! CD全部持ってます。大好きです!」
「全部ったって3枚しか出てないよね」
「あんたは黙ってなさい」
男の声には多少気分が削がれるが、それよりミクはMEIKOに会えた喜びの方が大きい。そうだ、ミクは…MEIKOに憧れて歌手を目指し、上京してきたのだ。
「じゃあKAITOのことも知ってるの?」
MEIKOが指し示したのはミクの後ろ。青いマフラーをした男はミクが目を合わせると少し笑顔になった。
「え…じゃああなたがKAITOさん…!?」
名前は聞いたことがあったがKAITOの顔は知らない。CDのパッケージにはMEIKOの写真しかなかったから。
「コーラスの方ですよね!?」
MEIKOのCDには必ず入っている声。だけどそういえば、単独で聞いたことはない。
ミクの言葉にKAITOはため息をつきMEIKOは笑い出していた。
「まあ……MEIKOさん中心で見たらそうかもしれないけど」
「あんたのソロなんて私以上に売れてないじゃない。あんた中心、がそもそもないのよ」
「そんなはっきり言わなくても……」
KAITOはちょっとふてくされてるようだった。ミクも、KAITOの単独CDなど知らない。悪いことを言ったかとちょっと焦ったが、KAITOはそんなミクに気付いてちょっと笑った。
「まあ気にしなくていいよ。元々おれたち歌手は本業じゃないしな」
「え、そうなんですか?」
「KAITO…この子、知らないの?」
「うん、おれも驚いたけど…」
いつの間にか二人ともミクの正面に来ていた。KAITOの手がミクの肩に伸びる。
「え、え…?」
KAITOがミクの腕に触れた瞬間、その周りが異様に熱くなった。
「あ……」
そこには、何か赤い模様が浮かび上がっている。
模様というより……数字?
「01」
「ミク……よね」
MEIKOが呟いたのはミクの名前。
私、名乗ったっけ。
「ミク」
「は、はい」
KAITOが少し離れ、変わりにMEIKOがミクの両肩に手をかけた。
「あなたは忘れてるみたいだけど。見つけたからには放っておくわけにいかないわ」
あなたはボーカロイド。
私たちと同じ、歌で戦う地球の戦士よ。
「…………」
MEIKOの言葉は上手く浸透しない。
目をぱちくりさせていると、MEIKOの後ろでKAITOが歌いだした。
「ひゃ……」
その響きは何だか強烈で。
ミクは強い風を受けたかのように煽られて、その場に転んだ。
「あなたにも出来るはずよ」
MEIKOの言葉は、やはりまだ理解できなかった。
元ネタ:ボ○スラッガー。のつもり。
多分続かない。
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