封印2

 自称神さまはのそのそと移動して、何故か像のすぐ横、机の上に座る。
 偉そうに腕を組みふんぞり返っているが、他の全員が立っているので見下ろされている。その動きを、全員がただ黙って見守っていた。
「神さまっ、神さまどうやってここにきたの? ここに入ってたの?」
 そこで何の躊躇いもなく神と呼んだのはミク。ミクなあらある意味当然の反応だ。その切り替えの早さに慣れているMEIKOたちはその言葉に何の驚きもなかったが、神は違ったらしい。少し目を見開いて体を引く。目を輝かせて迫るミクに、困ったように辺りを見回した。
「……その前に、一つ聞いて良いか」
 男の声はやはり先ほどの歌声と同じもの。目の前に居たMEIKOはとりあえず頷い た。
「ここは……どこだ?」
 男は困ったように眉を下げる。
 情けない表情につい噴出した。机から転げ落ちた様といい、どうにも格好の付かない男だ。その点はどこかKAITOに似ている。
「ここはミクたちの家だよ。神さまの家はどこ?」
「私……私の家……」
 男が立ち上がる。そして突然刀を抜き放った。狭い室内、相手との距離も近い。慌てて体を引いて、次の瞬間MEIKOはその男の腕を掴んだ。
「ちょっと、危ないでしょ。こんなところでそんなもの振り回さないでちょうだ い!」
「あれ……でもこれ、刀じゃないね?」
 KAITOが覗き込んで言う。言われて、MEIKOも視線を落とした。鞘に入り、刀の形をしたそれは…確かに、刃がない。
 だが、危ないことには変わりない。
「刀じゃなくてもこんなもん振りまわれちゃ困るの。仕舞いなさい」
「だが、これがないと、場所が」
「場所?」
「神さまの家?」
 口を挟んできたのはリンだった。リンまで何の違和感もなく神さまと呼んでいる。別に、どうでもいいことだとは思うが。
「そうだ。私はそこで封印され眠りについていた。だがいつもいつの間にか、気付けば見知らぬ場所にいる。元の場所に帰ろうとしているのだが、姿を現すことも出来なかった」
 少し口調が暗くなる。これが呪いの像と言われるまで、一体どれだけの人の間を転々としてきたのか。レンが前に進み出て、男を無視して石像に触った。
「あんた、これに封印されてたの?」
「そうだ。そのための封印の……ああっ!」
「な、何」
「封印が……解かれている!」
「いや、そりゃ、あんたここに居るし」
 男の上げた大声に、レンが呆れた声をあげる。男は気付いたように今更自分の体を見下ろした。
「……何故だ」
「知らないよ」
「でも封印って……普通悪い奴がされるもんなんじゃないの?」
 KAITOがそこでぽつりと言う。
「……悪い人なの?」
 続けて言った言葉に男は首を振る。
「違う」
「そっか。ならいいけど」
 話が終わった。
 間抜けなやりとりを見るのもいつものことだ。
 MEIKOはそれには突っ込まず、ようやく落ち着いた気持ちで問いかけた。
「元の場所に戻りたいって言ったわね? それはさっきの刀…刀? みたいなものでわかるの」
「そうだ。これと共鳴する方向を探せば良い。私の居た場所は穢れが多い。魑魅魍魎を歌で鎮めていたのだ。あの場所を離れてどれだけ経ったかわからんが……急がないとあの場は悪霊の巣窟になってしまう」
 男の目は真剣だった。
 馬鹿な話を、と言う気にはなれない。現にこの男は今何もない場所から現れたのだから。
「お姉ちゃん!」
 ミクがそこでMEIKOに叫ぶ。言いたいことはわかっている。その場所に連れて行ってやろうというのだろう。
 どちらにせよ、こんな大きな石をいつまでも置いおくつもりもない。運ぶのはKAITOにやらせれば大抵の場所には行けるだろう。
「……もうすぐ夜明けよ。それから移動しましょう」
 MEIKOの言葉にミクが笑顔で頷いた。男はしばらく戸惑うように全員の顔を見ていたが、やがて理解したのか頭を下げる。
 ようやく少し、歌以外で好感が持てた。





「ねえ神さま、さっきの歌は何?」
 机の上からMEIKOに引き摺り下ろされた男は、床に座り込んだまま、同じく膝を崩して隣に座るミクからの問いに答えている。ソファに座ったリンとレンからは僅かに見下ろす位置だ。
「歌に名前はない。私が幼い頃から繰り返し何度も歌った……誰に聞いたものかは覚えていない。ただこの歌を歌えるのは私だけだった」
「ふーん」
 興味津々の顔でミクは頷いている。その様子をぼんやり眺めていると、リンに肘で小突かれた。レンは目だけで何だよ、と問いかける。リンは一瞬男に目をやって、レンに言った。
「何でさ、待とうと思ったの?」
「は?」
「ホントに歌うと思ってた?」
「………」
 レンは黙り込む。
 自分が珍しいことを言った自覚はあった。だが本当に、何故そう思ったのかわからないのだ。
 ミクがあの石像に興味を示したときも、それを運んでいたときも、どこかに期待があった。馬鹿なことを、と考える理性が押さえ込まれていたとしか思えない。
 実際、それで正しかったわけだが。
「姉ちゃんたちまだか?」
 リンの言葉を敢えて無視してレンはそう言った。話題を変えられてリンは不満げに口を尖らせる。MEIKOとKAITOは、男の示した方向と距離を調べに2階に上がっている。得体の知れない男とレンたちだけ残すなんて。既に彼らも判断している。この男に害はないと。
 それは多分、
「あ」
「わー」
 レンの思考が途切れる。
 男が歌いだした。先ほどと全く同じ歌。ミクと何かやりとりがあったのだろう。リンもミクも驚いた様子は見せず、その歌に聞き入っている。
 不思議な歌だった。
 もっと聞いていたいと、素直に思える。
 だけど。
「……帰っちゃうんだよね」
 リンがぼそりと呟いた。
 歌い続ける役目。その場を守る使命。
 説明された言葉は半分以上がピンと来なかったけど。
 ここより遠いどこかで、自分たちには聞こえない歌を歌う。
 それだけは理解して、少し寂しいと思った。





 出発は早朝。始電に乗ってその場所へ向かった。それでもまだ朝早い時間帯。この季節、既に十分明るくはあるけれど。
「うわあ……」
「ええ、ここなの!?」
「……魑魅魍魎の巣窟ねぇ……」
 大体電車で1時間。
 まだ十分都心部と言えるその場所で6人は立ち尽くしていた。
「……そんな馬鹿な……」
 男が呆然と呟く。
 ビルが立ち並び、コンクリートで埋め尽くされたその位置。男は手にした刀に目を落としたが、何度確認しても、そこがその場所だと伝えているようだった。
「えーっと……」
 一体男は何年前のことを語っていたのだろう。
 魑魅魍魎だの鎮めるだの、今使われる言葉ではないことはわかってはいたが。
「悪霊は蹴散らしちゃってるのか…これはこれで悪霊が居るのか」
「人間は強いからねー。蹴散らしちゃってるのかも」
 KAITOは笑ってそう言った。まだ、信じられないというように目を見開いている男に、ミクが近づく。
「神さま、どうするの」
「……私は……」
 もう、することはないだろう。
 どこにも戻る場所はない。肩を落とす男に、少し同情した。そこでリンとレンが、男の目の前に立つ。
「?」
「行くとこないのか」
「私の役目は終わった」
「消えちゃうの?」
「消える…いや、封印は解かれてしまった。ここで生きていくしかないだろうな」
 そもそも何故実体化したのか。
 それを問えば男は一瞬不思議そうな顔をして、悩むように視線を彷徨わせた。
「おそらく、お主たちの歌だ」
「歌?」
「歌には力がある」
 突然力強く、男は言った。
 刀の柄を握りその手を見下ろす。
「お主たちが、私をこの世に呼んだのかもしれない」
 だから、ここで生きる。
 視線を戻し真っ直ぐな目で言い切った男に、MEIKOの表情も緩む。その下で、リンとレンが顔を見合わせていた。何かを、企んでいる顔だ。
「この時代、生きてくの大変だぜ?」
「何かできることあるのー?」
 笑いながら言われた台詞に男が戸惑う。そして視線を落とした。
「私は……歌うことぐらいしか」
 そこで2人がにっと顔を見合わせる。
 ああ、そういうことか。
 MEIKOにもようやくわかった。
 KAITOに視線をやれば苦笑いをしている。MEIKOたちに何の相談もなく、決めていたのだろう。
「じゃあさ、私たちと歌おう!」
「そうだよ! 私も歌うことしか出来ないけど。大丈夫だよ!」
 ミクが男の手を取る。
 初めて男の歌を聴いたときから。確かに、惜しいとは思っていたのだ。
 だからMEIKOは何も言わず、KAITOの視線を確認したあと、期待の眼差しを向けてきた弟妹たちに頷く。
「いいんじゃないの。歌が歌えるなら、大歓迎よ」
 歓声が上がった。
 まだ戸惑いの表情をしている男を弟妹たちが引っ張っていく。MEIKOは、残されたKAITOに近づいた。
「……仕事とられないようにね」
「その前にミクたち取られた気分だなぁ」
 それでも笑いながらKAITOはそう言った。





「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
 低い声で呼ばれてMEIKOとKAITOが同時に振り返る。
 自称神さまという男が立っていた。
「……あー、それ止めてくれない?」
「それ?」
「……呼び名。っていうか何でお姉ちゃんなの?」
「ミクがそう呼んでいた」
「あんた、私たちより年下?」
 男はそれに首を傾げる。
 まあ実際の年数で言うなら間違いなく年上なのだが。
「神さまー! ちょっと来てー!」
 2階からミクの声が聞こえる。3人で何となく、上を見上げた。
「……とりあえず神さまも何とかしない?」
「神さまでもいいと思うけどなー」
「っていうかあんた、名前ないの?」
 MEIKOの問いに、初めて気付いたというように男は目を見開く。
「神威がくぽ。がくぽで良い。封印の解かれた私は……もう神ではない」
「いまいち基準がわからないけど。っていうか……がくぽって。それも何か間抜けなんだけど」
「そうか?」
「じゃあがくぽ…さん? おれはKAITOでいいよ」
「KAITO…」
 確認するように呟いてがくぽは頷いた。
「私はMEIKO。そういえばちゃんとした紹介してなかったわね」
 これからよろしく。
 手を出せば、きっちり握り返してきた。
 新しい家族が、増えたようだ。


パターン1。

 

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