アンドロイド販売所3

「いらっしゃいませー」
 甲高い声が聞こえる。入ってきた客に、ミクは必死で走ったものの、他のアンドロイドに遮られてしまった。家事タイプのアンドロイドが付きっ切りで客に自分を売り込んでいる。ミクの目の前には、背の高いパワー型のアンドロイドが居て、覗き込むことすら難 しい。
 料理なら出来る、とここで叫んでみようか。客はちらりと見た限りでは年配、とはまだ言い切れないぐらいの女性。料理のみ、よりやはり家事全般の方がいいか。
 きょろきょろとミクは相手側に抜けるスペースはないか探る。そのとき、ぽん、と肩を叩かれた。
「あ、KAITOさん!」
「KAITOでいいよ。お客さんだね」
「は……う、うん。今日私、まだ一回も説明できてないから……!」
「うーん、やる気があるのはいいけど、お客も見極めなきゃ駄目だよ? ちゃんと、自分を欲しがってくれる人を選ばないとね」
「あ……うん」
「アンドロイドが客を選んでどうするんだよ」
 思わず納得して頷いたのに、更に後ろから余計な声がかかる。レンだ。隣にリンも 居る。
「あんた、そんなことやってるから売れなかったんじゃないのか」
「そうかもね」
「……本気かよ」
「……どうせなら、望まれて売れたいじゃない。歌も歌いたいし」
「そうだよ、歌えない家は嫌だよ!」
「うっ」
 リンがKAITOに同意したことで、レンが詰まる。ミクは笑ってその様子を見ていた。
「はいはい。私たちはどうせ店頭で売れることはそうないんだから。営業の人に頑張ってもらうしかないでしょ」
「あ、MEIKOさん」
「私もMEIKOでいいわよ。それより客が動くわよ、持ち場に戻った方がいいんじゃ ない?」
「あ、うん」
 通路にたむろしていてはさすがに邪魔だ。リンとレンはすぐさま駆け戻って行った。何しに来たのかわからない。
「……みんな、仲良いんですね」
「へ?」
「……あ、レンくん、KAITOさ……KAITOのとこ来たのかなって」
 わざわざ突っ込みに来たとしか思えなかった。それに何故かKAITOは情けない顔をして、MEIKOは笑い出す。
「まあねぇ。しょっちゅう漫才やってる馬鹿コンビだから。良かったじゃない。リンが帰ってきても突っ込んでくれるわよ」
「そもそもおれ、ボケてないんだけど…」
 KAITOは苦笑いだ。
 そうだ。リンが売れて、一人残されたレンは、ずっとKAITOと居たのだろう。
 ミクは何となく、最初に出会ったときのレンのKAITOに対する冷たい態度を思い出す。嫌な感じがしなかったのは──嫌な気持ちが、入っていなかったから。
「いいなぁ」
「うん?」
「私も、友達になりたい」
 それで、一緒に歌いたい。
 ミクがそう言うとMEIKOとKAITOは顔を見合わせる。MEIKOにぽん、と頭に手を置かれ た。
「それはもう、いくらでも大歓迎よ。ただし」
 この馬鹿みたいに、ここに残ろうとはしないこと。
 MEIKOがそう言って、KAITOを軽く蹴飛ばした。
「……そうなの?」
「……店の方が居心地いいって。馬鹿でしょ」
「おれ、そんなこと言ったっけ?」
「言ってなくても態度でわかる! ここは中古も歓迎なんだから一度ぐらい売られてみたら」
「中古は嫌だなぁ…」
「ああ、それは私とリンに喧嘩売ってるのね?」
 MEIKOがKAITOの前に拳を突き出した。KAITOがごまかすように笑って逃げ腰になる。
 中古。
 そうだ、一度売られて戻ってきたらそういう扱い。MEIKOも、そうだったらしい。だけど、今までと同じように店頭に並ぶ。
「じゃ、どうせなら一曲歌ってみる?」
 MEIKOはKAITOのことはどうでもいいのか、すぐさまミクに視線を向けてきた。一瞬戸惑いながらも、ミクは思い切り頷く。
「よし、それじゃあパフォーマンス代わりにやってみましょうか。これで売れる可能性だってあるわよ」
 リンとレン呼んできて。
 MEIKOはそう言うと自分もどこかへ行ってしまう。何か準備があるのだろうか。
 わからない。わからないけど、みんなで歌える。
 ミクは気持ちが焦って思わず走り出す。
 新しい店での、新しい生活。
 本当に。ここにしばらく居たいとすら、思った。


 

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