今日の買物

「兄ちゃん、ちょっとゲーム売ってきてくんない?」
 ベッドにもたれかかって、音楽を聞いていると突然ドアが開いた。ノックも何もなしにレンがずかずかと部屋に入ってくる。今いいとこなのにな、と思いつつKAITOはベッド脇に置かれたコンポに手を伸ばし、ボリュームを上げた。
「……上げんのかよ」
「レンが話してたら聞こえないじゃん」
「おれの話の方聞けよ」
 レンは苦笑しながら手に持っていたソフトを床にばらける。何となくKAITOはその一枚を手に取った。
「……売って来いって?」
「ああ。今日暇だろ」
「レンが行けばいいじゃん」
「あそこ、未成年は保護者付きじゃないと買取駄目なんだよ」
 あそこってどこだ、と一瞬思ったが、多分一緒に行ったことのある店だろう。ゲームと古本が一緒に売っている店。ゲームの買取と言われてKAITOが浮かぶのはそこしかない。
「それじゃレン、ずっと売れないんじゃない? お店の人に言ったら。アンドロイドですって」
「知ってるけど規則です、とか言うんだよ! バイトじゃ話になんねぇよ」
 喧嘩にでもなったのか、レンが何かを思い出して顔を歪める。イラついた口調に、あまり触れない方がいいかと判断する。子ども型のレンは、人間と同じ生活を送る上でどうにも不便なことが多い。それを利用してやるぐらいに多少開き直ってきてはいると思うのだが。
「えー、で今から行くの?」
「頼む。もう今月金がない」
「面倒くさいなー」
「正直過ぎんぞ」
 レンの突っ込みを聞きながらKAITOは立ち上がる。ソフトを拾っているとレンも手伝ってきた。
「袋とかないの?」
「持ってくる! サンキュー、兄ちゃん」
「レンも来い」
「いや、最初から行くつもりだけど。一人じゃ寂しいだろ」
「うん」
「うんじゃねぇ」
 音楽を切って部屋から出ると、ちょうどミクの部屋からミクとリンが出てくるところだった。
「あれ、お兄ちゃんたちどっか行くの?」
「ゲーム売りに。ミクは……仕事か」
「うん。今日は夕飯までには帰れると思うよ!」
「おー、じゃあ久々に全員揃うね」
「MEIKO姉、張り切ってご飯作ってるから! お兄ちゃんたちも遅れないよう にねー」
 ひらひらと手を振りながらリンとミクが階段を駆け下りる。その間に、レンが袋を手にKAITOのところまで来ていた。何だかぐしゃぐしゃになっているスーパーの袋。
「……それ、ゴミ箱から拾った?」
「正解。いいだろ別に」
 エコエコ、と言いながらレンが広げた袋にソフトを入れる。袋はそのままレンが持った。
「今の聞こえた?」
「夕飯? だってMEIKO姉、朝から仕込みしてたぞ」
「へー」
「何で気付かないんだよお前は」
「今日ずっと部屋に居たからなー」
 番組で一緒になったタレントに次に会うときまでに聞いてこいと大量に貸されたCDを聞いているところだった。そのタレント自身のCDらしい。歌は下手だったが楽しそうだった。
「そういや、部屋で聞いてたの、あれ何だ?」
「お笑い芸人の歌」
「兄ちゃんの聞く曲って節操ないな」
「楽しそうなのが一番だよ」
 下手でもいい、なんて言うと怒られるかもしれないけど。
「あれ、どっか行くの?」
 階段を下りたところでMEIKOが台所から顔を出した。右手にお玉を持っているのがいかにも料理中だ。左手には何故かワンカップがあるが。いや、いつものことか。
「うん、夕方までには帰る。何か買ってくるものある?」
「んー……これ持ってって」
 MEIKOは一瞬迷うと、エプロンのポケットから何かを取り出し放り投げる。MEIKOの携帯だ。
「……了解」
 思い出したら買出しを、ということだろう。
 受け取った携帯をポケットに入れて、2人は外に出る。
 外は随分晴れていた。





「こちらのソフトが200円、こちらのソフトが500円、それからこちらは新作です ので……」
 選り分けられたソフトを店員が機械的に説明していく。KAITOは適当に頷きながらそれを聞いていた。何がいくらだろうと自分には関係ない。レンはとっととゲームを見に行ってしまったので別に適当でいいのだろう。
 店員が計算している間、何となく店内を見回す。平日の昼間だというのにやけに子どもの姿が多い。ああ、春休みなのか。
 お金を受け取り、KAITOはレンの姿を探す。見渡せる範囲に居なかったので、KAITOは代わりに耳を使う。レンが喋っていれば確実に聞き取れる。もっとも、今日はレンしかいないので声を出していることに期待は出来ないが……。
「おい、止めろよお前ら」
「……ん?」
 そう思った途端、耳に飛び込むレンの声。KAITOは足を止めてその声の方角に目をやった。ゲームの並んだ棚の奥。棚はKAITOの身長よりも低いが、数段先にいるせいかやっぱり姿は見えない。
 回りこんでそちらに向かっていると、更にレンと、その周りの声が大きくな った。
「お前の方が絶対下手だろっ! おれが先やった方が早いじゃん!」
「馬鹿じゃね、関係ねーよ」
「いいから返せよ!」
「お前のじゃないだろ!」
「おい、こんなとこで暴れんな!」
 最後の声はレンだ。
 どうやら喧嘩の仲裁をしているらしい。これは大人が行くとややこしくなるだろうか、いや、大人が止めた方がいいのか。
 思いつつもKAITOは足を緩めない。ちょうど子どもたちの居る通路に出たとき、突然誰かがぶつかってきた。
「うわ」
「痛っ」
 慌てて避けようとしたが、通路が狭い。KAITOにぶつかった子どもが反動で倒れ る。KAITOは慌ててしゃがみこんだ。
「ごめん、大丈夫?」
 手を出そうとしたとき、子どもの後ろから別の少年がやってきた。助け起こすのかと思えば倒れた少年に蹴りを入れている。
「おいっ」
 その更に後ろからレン。少年は倒れた子の持ったゲームソフトを取り上げようとしているようだった。
「離せよっ!」
「嫌だ! おれのだ!」
「お前ら喧嘩すんなよ! そんなの早い者勝ちだろ!」
 レンの言葉に少年たちは一瞬言葉を止めた。そして一人が勝ち誇ったように言 う。
「ほら! おれが先取っただろ!」
「お前が邪魔したからだろ! おれの方が先に来たのに!」
 どうやら目当てのソフトが一本しかなかったらしい。本格的につかみ合いの喧嘩になってしまった二人を、KAITOはどうしたものかと眺める。いつの間にか隣にレンが来ていた。
「お前も止めろよ!」
 レンの蹴りがKAITOに入る。
 止めろと言われてもどうしていいかわからない。とりあえず立ち上がるとそのままゲームを持った方の少年を抱き上げた。
「うわっ……!」
 もう1人の少年の背が届かない位置まで担ぎ上げて、ひとまず事態は収まる。抱き上げられた少年が暴れるが、KAITOは気にせずレンの方を見下ろす。
「……止めたよ」
「…………良し」
 良かったらしい。しばらく悩むように間を置いたレンだったが、それから落ち着いた声で二人に声をかける。
「喧嘩してたってしょうがないだろ。ジャンケンするとか交代でやるとか、あと、他の店にだってゲームはあるだろ?」
 ああ、レンがお兄さんをしている。何だか珍しいものが見れたなとにやついているとレンに無言で蹴られた。ばれてる。
「だったらジャンケンしようぜジャンケン!」
「嫌だ! おれが先取ったんだから!」
 既にゲームを手にしている少年は拒否する。ぶんぶん振られたソフトを見て、ふとKAITOは気付いた。
「あれ……これってさっきレンが売った奴じゃない?」
「……は?」
 ざっとしか見ていないが、まだ新作扱いなので高く売れた奴だ。一本だけ別扱いだったので何となく覚えている。
「……店員さんに言ったら先に出してもらえるかも」
 KAITOがレジの方を顎で指す。少年は一瞬迷ったような目をしたあと、すぐさまレジに駆けて行く。
「……解決?」
「……たまたまだけどな」
 レンは何だか不満そうだけど。
 抱き抱えていた子を下ろすと、そのまま何も言わず、その子もレジまで駆けて行った。売ってくれなかった場合また喧嘩になると思うのに、何故わざわざ向かうのだろうか。
「いくらになった?」
「ん? ああ、あれ? はい、これ」
 レシートとお金を一緒に渡す。レンは金額だけ確認してそのままそれをポケットに押し込んだ。そのまま店を出ようとするのを慌てて追いかける。
「何か買ってかないの?」
「別に今買うもんないし」
 それより寄るとこあるから付き合え。
 偉そうな口調で命令するレンにKAITOは苦笑しながらも頷いた。
 そして次の瞬間気付いた。
「……あれ?」
「……どうした?」
 足を止めたKAITOをレンが訝しげに振り返る。レンに金を渡したとき何か違和感があったのは覚えている。なのに、今まで気付かなかった。
「……携帯がない」
「………は!?」
 ポケットにあったはずのMEIKOから預かった携帯。その重みが、どこにもなかっ た。





「あ、ミク姉、これ買ってこれ!」
「どれー? あれ、リンちゃん、前にもこれ買ってなかった?」
「違うよ、微妙に。ほら、ここんとこの色、前の奴赤だったでしょ?」
「そういえばそうだっけ……?」
 仕事が思ったより早く終わったので、ミクとリンは二人でデパートに来ていた。真っ先に向かったのは、子ども向けの安いアクセサリーのあるところ。プラスチック製のものも多い。リンは意外にこういう玩具っぽいものが好きだ。
「これでレンとお揃いにしようかなー。あー、でもレンこういうの駄目かも。ミク姉はどう?」
「え、私?」
「私とお揃いにしようよ! もう一個腕につける奴も買って……」
 リンに腕を引っ張られ、店の奥に行こうとしたとき聞こえた音にミクは思わず力を入れて足を止めた。
「何?」
「今……リンちゃんの歌聞こえた」
「は?」
 リンも立ち止まって耳を澄ますように上を向く。店内は子どもが溢れ、店自体にもBGMが流れている。近くにある玩具屋からは何かのCMも流れていた。ごちゃごちゃした音の洪水の中、ミクは確かにリンの歌を聞いていた。
「うーん……? 何だろね、どこかで私の歌流してんじゃない?」
「違うの、発売されてる奴じゃなくて……」
 ミクは店の外へ向かう。リンが慌てて手にした商品を置いて追いかけてきた。
 あの歌は……確か。
「あ、ミク姉!」
「え、何?」
「レンが居る」
「あ……」
 リンの出した大声に気付いたのか、別の店の前に居たレンがミクたちに駆け寄ってくる。どこか、焦ったような表情をしている。
「ミク姉、リン、何やってんだよこんなとこで」
「買い物。見ればわかるでしょ」
「あー……そうか、それより」
「レンは何やってんのよ。お兄ちゃんは?」
「ここには居ない……っていうか二人とも! リンの歌聞こえなかったか?」
「は……?」
 レンがはっとしたようにいきなり正面に居たミクの肩を掴んでくる。ミクは慌ててこくこくと頷いた。
「聞いた。聞こえた! でもどこからかわかんなくて……」
「待って、静かに!」
 リンが叫んでレンとミクは口を閉ざす。鋭い声に、周りに居た客も思わず口を閉ざしていた。
 今度ははっきりと耳に響く。リンの歌。これは、MEIKOの携帯の、着メロ。
「歌ってこれのことだったの!」
「そうだ、思い出した、公衆電話からの電話はこれなんだよね!」
「それは今はどうでもいいんだよ、あっちだったな!?」
「えー、何。お姉ちゃん居るの? あ、お兄ちゃんが持ってるの?」
 走り出すレンに、リンが首を傾げて問いかける。レンはそれを最後まで聞かずに飛び出していた。
「あ、ちょっと!」
 何が何だかわからないまま、ミクも追いかける。レンがMEIKOの携帯を追って いる。それだけで十分気になる状況だった。
「ちょっと待ってよ!」
 リンも追いかけてきている。
 ミクの視界にレンが映ったとき、レンの更に前に誰か居るのに気が付いた。音は、そこから聞こえる。見知らぬ少年が、MEIKOの携帯を持っている。
「何あれっ。まさか盗られたの!?」
 足の速いリンがミクに追いつき、叫ぶように問いかける。
「わかんないっ!」
 それだけ叫んで更に追う。少年はやたら足が速い。だけど、多分その内疲れて捕まる。そう思っていると突然少年が方向転換する。
「おわっ……!」
 急ブレーキをかけたレンは、止まりきれず少年を追い越してしまう。少年が今度はミクたちに向かってきた。
「何かわかんないけど捕まえるよミク姉!」
「う、うん!」
 リンはもうやる気満々だ。少年に対してよくわからない構えを取る。少年も待ち構えるリンに気付いたようだが、足は止めずいきなり通路の方に曲がった。
「あっ、待ちなさい!」
「リン! お前はそっちから追ってろ!」
「わかった、ミク姉あっちね!」
「え、ええええ!?」
 こちらを振り向きもしないリンに指示されて、ミクは慌てて方向を変える。挟み撃ちか。
 少年が階段を飛び降りるように下りているのを視界の端に入れながらミクも別の階段を駆け下りる。
 だが、降り切ったとき、既に少年の姿は見えなかった。
「あっ」
 代わりに、そこに落ちていたのは携帯電話。MEIKOのだ。
 鳴り続ける電話の通話ボタンを押す。耳に当ててみると、相手はこちらが電話を取ったことに驚いているようだった。
「もしもし、どちらさまですか」
『ミク!?』
「お兄ちゃん!?」
 公衆電話からかけていたのはKAITOだった。
『何でミクが……って、レンは?』
「レンくん? 多分、この携帯持ってた子を追ってる…のかな?」
『……? 携帯は今ミクが持ってるんだよね?』
「うん、落としたみたい」
『……それでもまだ追ってるのかな』
「わかんない」
 姿が見えない。
 そう言うとKAITOはため息をついていた。
『ミク、今どこに居る?』
「ええとね」
 場所を告げると、KAITOは直ぐに行くと言って電話を切った。既に夕暮れの時間帯。もう帰らないと夕食に間に合わないのに。
 思っていると再び携帯が鳴った。今度はミクの歌。これは、自宅からだ。
「もしもし」
『ミク? 何であんたが出るのよ』
「お姉ちゃん?」
『KAITOは? 今どこ? 買い物頼みたいんだけど』
「もうすぐ来るよ、何?」
『えっとね』
 ミクの状況はさらりと流して、MEIKOが買い物内容を告げる。電話を切ったあと、ミクはしばらく迷った。先に買っておいてもいいかな、とミクは辺りを見回す。デパート一階正面のロビーに居ると、既にKAITOには言ってある。
「……大丈夫だよね」
 デパート内なら、いざとなれば呼び出しが出来る。
 ミクは携帯をポケットに仕舞うと、1階にあるスーパーへと向かった。





「ただい……まー……」
 扉をゆっくり開けながら、小さな声。
 KAITOの後ろにはミクが、ミクの後ろにはリンとレンが引っ付いていた。
 既に辺りは真っ暗だ。
「……お帰り」
 半分ほど開いたところで、その正面にMEIKOが立っているのに気付いた。思わず扉を押す手が止まる。
「……ごめん」
「まだ何も言ってないわよ」
「ええと……遅れて」
 携帯は、子どもに盗まれていた。
 KAITOが店で受け取ったお金を無造作にポケットに突っ込んだのが悪かったらしい。それを盗ろうと、KAITOが子どもとぶつかった隙を狙って手を伸ばし……取れたのが携帯だけだった。さっさと手放せば良かっただろうに、携帯の扱いもわからなかったらしく、鳴り続ける携帯の音をレンに追われていた。もっともレンも、少年が携帯を手放したとしても一発殴るぐらいの気持ちはあったみたいだが。
「……みんな居るの?」
「居るよ!」
 声はKAITOの後ろからだった。ミクがぴょこんと顔を出し、MEIKOが気が抜けたように笑う。
「……買い物は?」
「あ、これ」
 ミクが買った荷物はKAITOが持っている。ミクが買い物に行ったことでまたすれ違いがあった。レンたちは少年を捕まえて説教しているし、リンはレンとはぐれているし、ミクは約束の場所に居ないし、全員が全員を探し回った末に、合流するまで随分時間がかかってしまった のだ。
 買い物袋を受け取ったMEIKOは何も言わずそのまま台所へ向かう。KAITOが一気に全開にした扉に、ミクと双子がなだれ込んできた。
「……怒ってた?」
 声の確認すらしなかったらしいリンが聞く。
「……むしろ呆れてたんじゃね?」
「……心配してたんだよ」
「えー、電話したんでしょ?」
 遅くなる、とは一応伝えたけど。遅くなった理由は、言わなかった気がする。KAITO自身も、怒られるかもしれないと思って直ぐに電話は切った。何せそもそもは、KAITOが携帯を盗られたのが原因だ。
「まあ全員揃ったからいいんじゃない。ほら早く上がろう」
 ごまかすように適当にそう言うと、その言葉が終わらない内にミクと双子はばたばたと台所へ向かう。結局KAITOが一番出遅れた。
「お姉ちゃん、手伝うよ!」
「あ、私もー」
「あとこれ土産」
 最後のレンの言葉には目を見開いた。いつの間にそんなものを。
「あーレンっ、何買ってるのー!?」
「え、さいばし…?」
「あー、この間レンが折ったんだよね」
「だから買ってきたんだろ。一人で買うの恥ずかしかったんだからな……!」
 別に恥ずかしがるものでもない気がするが。どうやらそもそもの今日のレンの目的はそれだったらしい。はぐれてる中、ちゃっかり買いに行ってたようだ。
「それお土産って言わないー。えー、でも何これきらきら」
「金属製?」
「ホント、ありがとねレン」
「いや、だから折ったのおれだから」
 台所へ入るとからかわれて顔を逸らしているレン。MEIKOも笑っている。とりあえず良かったな、と思いながらKAITOはMEIKOへ携帯を返した。
「……とりあえず後で説明はしてもらうわよ?」
 ああ、そういえばMEIKOがかけた電話を取ったのはそもそもミクだった。
「ごめん」
「まだ何も言ってない」
 先手を取って謝れば、先ほどと同じ言葉を返された。
 見逃してはくれそうにない。


 

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