予定

 ぱしゃぱしゃとカメラのフラッシュが光る。ミクは瞳の光度設定を調節しながらそれに微笑みを返す。隣に立っていた背の高い司会者が腰をかがめながらミクにマイクを向けてきた。
「ありがとうございました。……ところでミクちゃん、クリスマスの予定は?」
「え?」
 もう終わったと思っていたところに、突然予想外の質問をされ一瞬呆けた顔をしたミクに、またフラッシュが光る。司会者の男は兄に似た優しそうな笑みでミクを見ていた。すぐにミクも表情を戻す。
「家族で過ごします! 今年はクリスマスパーティーやるんですよー」
 嬉しくて仕方ない、という表情のミクに記者から苦笑いがいくつか漏れる。本心からの笑顔だった。誰かに言いたくて仕方なかったのだ。
「あー、他のメンバーもクリスマスのお仕事全部断ってるらしいね。最初はミクちゃんだけかと思って恋人出来たのかな、なんて噂もあったんだよ」
「違いますよー。クリスマスパーティーやりたいって言ったらみんなお休み取ってくれたんです。おかげで今大忙しですけど!」
「ミクちゃんはいつも忙しいじゃない」
 司会者が笑って会場も少し和やかなムードになった。
 ざわついた雰囲気のままようやくその場が終了になる。立ち去る間際、ミクの聴覚が小さな呟きをとらえた。
「VOCALOIDもクリスマスは家族で、か…。おれら独り身には寂しいなぁ」
 誰かと喋っていた言葉なのか。思わず振り返ったが、それが誰の発言だったのかはわからなかった。





「あれ、ミク姉?」
「あ、リンちゃんー! え、どうしてここに居るの」
「買い物に決まってるじゃん。ミク姉も?」
「うん、今日しか時間なくて。もう買った?」
「まだー。ミク姉、何買うの?」
「決めてないよー、一応あっちの……って当日まで内緒だってば!」
 慌ててそう言うとリンは笑いながら「わかってるよ」と返してきた。
「私もまだ決めてないけど。ミク姉仕事抜けてきたんでしょ? 早く決めないと間に合わないよ」
「うん。でも内緒だからね! これから別行動!」
「はい!」
 ぴしっと背を伸ばして言えば、リンも合わせてきた。そのときそのリンの後ろから声がかかる。
「リン、時間なくなるぞ。ミク姉も」
「あ、レン」
「えー、レンくん! 何で2人一緒なの」
「だってさっきまで仕事一緒だったんだもん。この後も一緒だし。でも一緒に来ただけ。プレゼントはちゃんと別々に選ぶよ」
「だったらいいけど」
「私らだって楽しみなんだから、相談なんかしないってー」
 リンが手をひらひら振ってそう言った。
 クリスマスパーティーでは全員でプレゼント交換をしようということになっている。全員働いているし、サンタさんに、という年でもない。自分の買ったものが誰に当たるか、自分に誰のプレゼントが当たるか、考えるだけでわくわくする。だから絶対に当日まで誰も他の人のプレゼントを見ないこと、と決めていた。
「ミク姉は少し相談してくれた方がいいけどな。何買うかわかんねぇし」
「だから面白いんじゃん! あ、ミク姉下着とかどう? 女の子の」
「お前が変な入れ知恵すんな!」
「私だってわかるよ、それぐらい! ちゃんとレンくんでもお兄ちゃんでもいいものにするもん」
 さすがに少しむっとして返せば笑われた。からかわれてただけらしい。
「だよねー。じゃ、ホントに時間ないから。私はあっち行くね!」
「いってらっしゃーい」
 手を振って見送れば、レンもまた別方向へと歩いて行った。ミクも急いで振り返り、目的の場所へと向かう。
 実際に、姉に、兄に、弟に、妹に、それからもう1人誘ったがくぽに。誰に当たっても喜ばれるようなプレゼントというのは考えるのが難しい。当たった人に突っ込みを入れられるようなネタものという手もあるが、万一自分に当たってしまったら何だかむなしい。
 ミクは店内を歩き回りながら頭を悩ませていた。ここに来るまでにいろいろ考えてはいたし、何となく決めてはいたけれど、実際に店に来ると目移りも激しくなる。
 それでも嬉しい悩みだった。
 クリスマスはずっと、当然のように仕事で、一度くらいこういうことをやってみたかったのだ。
 だけど少しだけ、引っかかることがある。
 心のどこかに嬉しさとは違う変な気持ちがあった。
 それが何かもわからないまま、ミクはただその日を待っていた。





「メリークリスマス!」
「おお……気合入ってるねがくぽ」
 扉を開けるなり家の中に響き渡るような声を出すがくぽにKAITOが苦笑いを返す。声を聞き付けてミクとリンが玄関までやってきた。
「メリークリスマスがくぽー!」
「おめでとうー!」
 ミクは多分お正月か何かの挨拶と勘違いしている。けれどレンもMEIKOも台所にいる今誰も突っ込むものはおらず、流された。
 がくぽは2人を見たあと、きりっと真面目な顔になる。
「本日はお招き頂きまことにありがとうござ」
「おい、玄関先で騒ぐな」
 そこでようやくレンが出てきた。言葉を遮られたがくぽが不満そうな顔をする。
「……ってMEIKO姉からの伝言」
「……すまん」
 即座に表情を切り替えたがくぽに笑いが起こる。それほど騒いでいたわけでもないが、やっぱり最初の挨拶がまずかったのだろうか。
 とりあえず開いたままだったドアを閉め、がくぽと一緒に部屋へと戻った。
「何だ、まだ準備できてないのか」
「言っとくけど、お前ゲストじゃなくて普通に家族扱いだからな。準備から手伝 え」
「そうそう、一応この間飾りつけ作ってきてって言ったよね。やってきた?」
 仕事が一緒になったときについでに伝えた伝言だったが、あまり本気で言ったものでもない。だががくぽは真面目な顔をして頷いた。
「ああ。どこに置けばいいんだ?」
「まあ適当に……」
 がくぽが下げていた紙袋を机の上で引っくり返す。どうせなら風呂敷にでも包んでくれば格好的にそれらしいのに、と何となくKAITOは思う。クリスマスパーティーという時点で何か違う気はするが。
「って何これ、がくぽ」
「ナスだ!」
 床に座り込んでいて直接それを手にとったリンが突っ込めばミクは嬉しそうに正解を口にする。
 ナスをいくつか紐でつなげたもの。割り箸で足を作って牛の状態にしたもの。ついでに絵の描かれたナスもいくつかあった。人の顔が6人分。下手過ぎてよくわからないが、ひょっとしたらミクたちの顔なのかもしれない。
「……なるほど、がくぽらしいな」
「私らしくやればいいと言ったのはお前だからな」
 突っ込まれるのは承知の上での開き直り発言にKAITOも笑うしかない。確かにそんなことを言った覚えはあった。
「で、どこに置く? これ」
「紐でつなげた奴は吊るす? 何か魔よけみたいだなぁ」
「あー私もみかんでやっていいかな?」
「繋ぐほど余ってないわよ」
「あ、MEIKO姉」
「MEIKO、差し入れだ」
 台所から戻ってきたMEIKOに、がくぽがもう一つの紙袋からワンカップを差し出した。MEIKOが受け取りながら目をぱちくりとさせる。
「あれ? あんたが買ってきてくれたの」
「来る途中でKAITOから電話があった」
「いや、どうせこっちに向かってるだろうから買ってきてもらった方が楽かなー って。がくぽなら買えるし」
 当日になって酒が足りないと言い出したMEIKOに、KAITOは一旦買出しを引き受けたのだが、よく考えればその方が効率が良かった。ちなみにミクやリンたちでは見た目が未成年という都合上、酒の購入はしにくい。
「ま、いいわ、それより料理出来たから。みんな運んで」
「はーい」
「え、まだ飾りつけ終わってない」
 台所から出てきたのは、それを言いに来るためだったらしい。MEIKOの言葉にKAITOが慌てて返す。
「知らないわよ、呑気に騒いでるからでしょ。ほら、そこ邪魔だからどいて」
「あ、ごめん」
 台所から皿を持ってきたリンを避ける。
 普段は台所にある机で食事をしているが、今日はリビングを飾り付けてこちらでパーティーだ。KAITOは急いで床に散らばっていた残りの飾りを集める。
「がくぽ、これそっちに吊って! もうこれだけでもつけちゃおう」
「私のナスは」
「床か棚かテレビの上」
 それだけ言ってKAITOは折り紙で作った飾りをつける。クリスマス専用の飾りも店ではいろいろあったが、チープな手作り感が家族の会っぽくていいと思う。
 飾りが終わった頃には、テーブルにもケーキや料理が並んでいた。
 ほぼ全員の好物で構成されているためテーブルの上はなかなかにカオスだ。KAITOのアイスは溶けるという都合上少ないのが残念だが。
「それじゃあ始めるよ!」
 ミクが言葉と共にクラッカーを鳴らす。
 家族のみの、クリスマスパーティーが始まった。





「あーミク姉、それ私のー!」
「いいじゃん、ちょっとぐらいー。ほら、リンちゃんもネギあげる」
「いらない」
「遠慮しないで!」
「いや、いらないから」
 真顔で言われてさすがに肩を落とす。その肩に手を乗せてきたのはがくぽだっ た。
「よし、私が貰おう。ミクもナスはどうだ」
「食べる!」
「姉さん、アイス追加していい?」
「あれ、あんたもう全部食べちゃったの」
「ねーそろそろ歌おうよー」
「ちょっと待て、まだ口ん中……」
 立ち上がったリンがレンを引っ張るが、レンは口をもごもご言わせながらそれに抵抗する。がたん、と引っ張られた瞬間突然テレビがついた。
「あれ?」
「あ、レン、リモコン踏んでる」
「は? 何でこんなとこ落ちてんだよ」
 レンがリモコンを拾う。何となく全員テレビに視線を向けた。
 生放送の番組のようで、舞台の背後に大きな時計が映し出されている。ライブ会場のような場所でお笑い芸人らしい数人がクリスマスに一人の若者に呼びかけていた。
「あー、そっかこれの時間か」
「何これ?」
「そういえばこの番組の出演依頼もあったなぁ。クリスマスをぶっ飛ばせみたいな奴。独り身で寂しいあなたに送ります、みたいな…」
「これ、結構観客居るね?」
「カップルは来場禁止なんだって」
「うわぁ……」
 客席が映し出される。いかにももてない、という風貌の男性も居ればごく普通の女性たちも多かった。共通点は、クリスマスを共に過ごす家族も恋人も居ない、ということらしい。
「……これってどこでやってるの?」
「うん? ミクも行ったことあるよね、ここから結構近いとこ」
 画面に釘付けになったミクに、全員の視線が移る。ミクはそれに気付かず、ただ頭の中だけが回転していた。
 クリスマスに一人の人たち。それを寂しいと思う人たちが、慰めを求めてやってくる。舞台上では芸人が芝居やらマジックやらを始めていた。
「……ねえ」
 ようやくテレビから視線を外したミクが全員を振り返る。最初に目があったのはリンだった。
「あの……ね」
「ミク姉の考えてること、何となくわかる」
「え?」
「今すごく、歌いたいって顔してるわよ」
「……」
 MEIKOが軽くミクの頬を突いてきた。ミクは思わず自分の顔に手を当てる。
「わかる?」
「わかるわかる」
「ついでに、あそこで歌いたいというのもわかるな」
「えええ、がくぽも!?」
 この中では一番付き合いの浅いがくぽにも断言されてミクは驚きの声をあげる。驚いたのはミクだけだ。
「っていうかね、多分同じこと考えてるだけだと思うよー。レンだってそうでし ょ」
「おれは……」
「そうでしょ?」
「……ミク姉ほどじゃないけどな」
 そう言ってレンがミクを見た。ミクは少し首を傾げる。
「じゃ、行くか。この番組結構芸能人飛び入り参加とかあるし、ほら今も呼びかけてるしね」
 KAITOがテレビを指して言う。
 番組内のスケジュールを叫ぶ芸人が、今テレビを見てるタレントさん、などと呼びかけていた。飛び入り、なんてお約束でやってるものも多いが本気で当てなしの行き当たりばったりのものも多い。
「……いいの?」
「おれも行きたいし」
「私もー」
「私もな」
「何やってんの、もうタクシー呼んだわよ。早く来なさい」
「MEIKO姉早い!」
 リンとレンが笑って外へ向かった。ミクも思わず笑顔になってそちらへ駆ける。
「待ってー! 私が先ー!」
「大して変わんないわよ」
 既に外にはタクシーが一台。全員では乗れないからもう一台来るだろう。
 タクシーの中では、既に何を歌おうかとリンやレンを話していた。





「おおお、飛び入り参加はVOCALOIDだー!」
 芸人が大げさに、いや本当に驚いた顔で叫ぶ。客の歓声も凄くなった。
 先に出たMEIKOとKAITOが客に笑いかけるのを見ながら、舞台袖でミクはリンたちに謝る。
「何か…ごめん。クリスマスパーティーやりたいって言ったの私なのに」
「えー、でも私もやりたかったよ? やりたいし、歌いたいし」
 リンの言葉を最後まで聞く前に、呼ばれてミクは舞台に飛び出す。また大きな歓声が上がる。
「ミクちゃん! クリスマスは家でパーティーじゃなかったの!」
 芸人の叫ぶような言葉に、ミクも同じく叫びながら返す。
「でも! クリスマスに私の声がないと寂しいって人も居たから!」
「あー、さっき言ってる人居たねー、どの人だっけ、舞台上がるー?」
 先ほどテレビの中で、観客が出した言葉だった。
 ミクの耳が「おれ、おれ!」という声を何故か複数とらえる。
「やっぱりファンの期待には応えたい?」
「応えるよ! 私はみんなのアイドル初音ミクだから!」
 大声で叫べば客もまた会場が揺れる歓声を返してくれた。
 家族で過ごす時間は大好きだ。大切にしたいと思う。
 だけどミクは、ミクたちはVOCALOID。
 ファンのために、求めてくれる人たちのために歌うことが一番の喜びだ。
 それに。
「今日はお兄ちゃんもお姉ちゃんもリンちゃんもレンくんも! それにがくぽも一緒だよ!」
 思わずまだ舞台に出てない双子とがくぽの名前も出した。
 これから全員で、ファンの前で歌うのだ。多分ほんの少しの時間だけど。
 それでもこの興奮に、今日は最高のクリスマスだと思う。
 こんな贅沢は他にない。


 

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