忘れられない約束

 タクシーの去っていく音がする。
 その音が完全に聞こえなくなっても、ミクはしばらく立ち尽くしていた。
「ミク? 何やってんの、行くわよ」
「あ……うん」
 不思議そうにミクを振り返るMEIKO。KAITOもレンも、何事もないかのようにそこに向かっている。リンは少し、ゆっくりと。ミクはもう1度その建物を見上げた。かなりの古さだが、豪邸、と言うに相応しい建物だろう。既に日は暮れかけているというのに電気が付いていないのには少し不気味さを感じる。だけど、これだけ大きなところなら、生活空間以外に明かりは必要ない。庭の木や吹く風に違和感を覚えるのは多分自分だけだ。
 ミクは小走りにみんなの元へ向かい、KAITOの後ろにぴたりと着いた。KAITOがちらりとミクを見たが、気にするほどでもなかったのかそのまま進む。
 門から数メートル先の玄関。MEIKOはそこでインターホンを押した。ミクは思わず振り返る。こういうところは、門にインターホンがあるんじゃないだろうか。
 だけど門は閉まってなかったから、別にいいのかもしれない。
 MEIKOが少し作った綺麗な声で、そのインターホンに呼びかけた。
「こんにちは。MEIKOです。ボーカロイド5人、到着しました」
『………………』
 反応がない。誰か居るような気はするのに。
「……さ、入るわよ」
「ええ?」
「……いいって言われたの?」
「……言われたわ」
「その微妙な間は何なんだよ」
 言いながらも、KAITOは扉に手を伸ばす。ぎっ、と重たい音がした。
「暗いね」
「留守なんじゃないか?」
「鍵開いてるけどねー」
 横から中を覗き込んだレンがKAITOの言葉に突っこむ。リンはそのレンの後ろに引っ付いていた。今のミクと同じように。ミクと目が合うと、リンが照れたように 笑う。
「初めてのとこって緊張するね」
 そこでリンが言ったのはそんなことだった。
 ミクはあまり緊張する性質ではないがそれには頷いておく。扉が完全に開いて、先にMEIKOが中へと入った。続いてレンとリン。扉を押さえたKAITOが目でミクに入るように促す。
 中に入り、扉が閉まった瞬間、屋敷の中は完全な暗闇となった。





「ちょっと何これ」
「うわーホントに何も見えない」
「誰かライト持ってないの?」
「ちょっと待って! レン動かないで!」
「服引っ張んなっ! 離れろよ!」
「誰か居ませんかー」
「あ、そうだ携帯…」
「うわっ……!」
 がたがたがた、と音がしたのとMEIKOが携帯を開いたのが同時だった。携帯の僅かな明かりでもその状況がはっきりと映し出される。ミクがしがみついていたKAITO、その隣に携帯を開いたMEIKO。目の前には…何かに躓いて倒れたレンと、そのレンにしがみついたまま同じく倒れているリンの姿があった。
「……大丈夫?」
 KAITOの言葉にリンが首を振り、レンが頷く。KAITOは笑って、まずリンを抱え起こした。
「ここ…ああ、段差か」
 そこで携帯の明かりが消えた。MEIKOはもう1度画面の明かりを戻す。ついでに何やら操作をしていた。
 ぱっ、と突然それまでより強い明かりがレンを照らした。レンが少し驚いたように振り向く。体を起こしたレンは、罰が悪そうにその段差に腰をかけた。ちらりとMEIKOを見ると、どうやら携帯カメラの照明機能を使っているようだった。
「洋館風だったけど…ここで靴脱げってことかな」
「ま、そうでしょうね」
「お姉ちゃん……」
 そこで突然震えるようなリンの声が耳に入る。レンの隣に腰かけたリンは、玄関付近を手で触って怯えたようにMEIKOたちを見上げた。
「何? どうしたの」
「……何か凄い…埃っぽい」
 それはとても気の抜ける発言だった。
 だけど笑えなかった。
「……人が…住んでるとこじゃねぇよ、これ…」
 レンがぽつりと言う。そのまま屋敷奥に目をやった。
 ミクも思う。庭を見たときの違和感は、多分手入れされた様子がなかったか ら。
「……帰ろうよ」
 ミクが漸く勇気を搾り出して言った。見上げられたKAITOはその視線を受けて、MEIKOに目をやる。
「姉さん?」
「……依頼人は、返事がなくても勝手に入って来いって言ってたわ」
「……どういうこと?」
「その人はあまり動けないのかもしれないわよ? 出入りは裏口からするとか。その方が便利だったりもするしね」
 変な風にばかり考えるのは止めなさい。
 MEIKOがきっぱり言い切った。靴を脱ぐと、照明の消えた携帯でもう1度周囲を照らし、上がりこむ。
「ボーカロイドが暗いとこが怖いなんて言ってられないでしょ。あんたたちもライトのスイッチ探して。大体玄関近くにこういうのは……」
「姉さん」
 壁に沿ってスイッチを探すMEIKOに、動けないミクたち。声をかけたのはKAITOだった。
「何?」
「今聞いていい?」
「何を」
「今回の依頼内容」
 KAITOの言葉と同時に明かりがついた。強い明かりではなかったけれど、二階に続く大きな階段が見える。吹き抜けになったその空間は、思ってた以上に広かった。MEIKOは何故か固まっていて、呼びかけられてようやく続きの言葉を吐いた。
「……依頼主に歌うこと。正規の依頼よ。料金も契約もきちんとしてる」
「依頼主には会ったの?」
「手紙と電話だけね。お金は振り込まれてたわ」
 KAITOが探るような視線をMEIKOに向けていた。
 二人のやりとりに何故かドキドキして、ミクはKAITOの袖を握る。
 ミクたちボーカロイドは、依頼さえあればどこにでも歌いに行く。スケジュールと金額の都合からほとんどはテレビやライブ会場での仕事になるのだけれど。たまにこうして、一般人からの依頼もあった。結婚式で祝いの歌を、卒業式に別れの歌を。葬式は、事前スケジュールが組めないため依頼自体来ないが、生前葬で1度だけ別れの歌を歌った。
 大金持ちの家で、子どものためだけの誕生会の歌を歌ったこともある。
 今回の依頼。一般の人から、お屋敷で、5人で。ミクが事前に聞いてたのはそれだけだった。
「ここからの予定は?」
「この時間に来てくれってだけよ。結婚式なんかと違って丁寧な時間合わせの必要はないしね。とにかく……依頼人に会わないことにはどうにもならない」
 MEIKOはそう行って手近な扉を勝手に開いた。ミクがKAITOを見上げると、KAITOはため息をついて靴を脱ぐ。上がる気だと気付いてミクも慌ててそれに続いた。気付けば既にリンとレンは階段近くまで進んでいる。
「姉ちゃん、電話は?」
「今かけてるとこ」
 ドアの先にあった部屋をちらりと見ただけで、MEIKOは携帯を取り出していた。MEIKOが耳に当てた携帯から、微かに呼び出し音が聞こえてくる。
「……出ないの?」
「出ないわね」
「っていうか…音全然しないぞ」
 レンが屋敷を見渡す。確かに。今まさにこの屋敷に電話をかけているのに。
「相手は携帯?」
「違うわ」
 ならばなおのことおかしい。携帯ならば、この広い屋敷内、音が聞こえないということもあるかもしれないけれど。
 そのときKAITOが動いた。MEIKOの後ろ、先ほどMEIKOが開いた扉。
「……何だよ」
 開きかけたKAITOの腕を突然MEIKOが掴む。
「……そこには誰も居ないわ」
「知ってる」
「だったら開ける必要ないでしょ」
 腕を離さず、力を入れている様子のMEIKO。KAITOは観念したように扉から手を離した。
「……姉さん」
「しょうがないわね。勝手に探すわよ。ついてきなさい」
 MEIKOが進む。二階へと。
 ミクたちは顔を見合わせて…それでも、MEIKOについていった。4人、寄り添うようにして。
 階段はやっぱり、埃っぽかった。





「お姉ちゃん……?」
 2階に上がり、迷いもせず姉は右に曲がった。いくつかのドアを素通りして、ただ真っ直ぐに歩いていく。1階に居たときのように、開けてみようとすらしない。ミクがKAITOを見上げたとき、ちょうどこちらに目を落としたKAITOと目が合った。
「……ねえ」
「さっき姉さんが開けた部屋…」
「うん?」
「……クモの巣があった」
「え?」
「……はっきり見たわけじゃないけどね。クモなんて数時間あれば巣を張っちゃうけど…巣も埃だらけに…」
 KAITOが言葉を切った。いや、と小さな否定の言葉を吐いて視線を戻すが、何となくわかる。ミクに言うべきことじゃなかったと思ったのだ。KAITOはたまにそういう態度をする。それが不満で、ミクは握ったままだったKAITOの袖をぎゅっと引っ張る。そのときになって、ふと、足音が少ないのに気付いた。
「レンくん? リンちゃん?」
 後ろを歩いていたはずの双子。廊下の明かりは見つからなかったため、ここはやはり暗い。それでも目を凝らせば何とか……まだ廊下の入り口付近に居る二人の影を見つけた。ミクはKAITOの袖を引いて、自分も立ち止まる。
「どうした?」
「リンちゃんたちが来てない」
「え?」
 KAITOが振り向く。MEIKOも足を止めたのが見えた。
「リン。レン。どうした?」
 KAITOが少し大きな声を出した。二人の影が揺れる。微かな、言い合いの声が聞こえてきた。
「やだやだ。行きたくない!」
「だったらお前だけ残ってろよっ」
 進もうとしてるレンを、リンが引きとめている感じだ。そういえばリンは何故か、異様にお化けを怖がる。幽霊の噂のある場所、呪いの絵。そういった類のものを避ける。人間でも、珍しくない反応ではあったがミクにはやっぱりわからない。怖い、は理解できるのだけど。
 今も、怖い。
 不気味だと思っている。
 だけどそれはびっくり箱的恐怖だ。何が出てくるかわからないから。
 少なくともミクは、そう思っている。リンは霊感強いのかな、なんてみんなで冗談っぽく笑いあったことがあったけど、勿論、誰も信じてはいなかったはずだ。
「リン、怖いのか?」
 KAITOがレンたちのもとへ向かった。掴んでいた袖が自然に離される。追おうとして…すぐにMEIKOが側に来たのでミクはほっとしてその場に留まった。KAITOと、双子の会話が聞こえてくる。
「嫌。ここ、は、絶対嫌」
「リン、これは仕事だよ。暗いのが怖い? 明かり探してこようか?」
「………………そういう問題じゃないけど」
 リンの、間を置いてからの反応はミクからでは聞こえにくかったけど、KAITOがその場から離れた。明かりのスイッチを探しているのだろう。
 暗いことだけが原因ではないけど、明るくして欲しい。多分そう解釈した から。
 やがて薄暗かった廊下に明かりがつく。完全に、日は沈んでしまっているようだった。
 KAITOと双子が更に何か話して、ようやく3人がこちらに向かってきた。リンが、今度はKAITOの腕を掴んでいる。
「大丈夫?」
 側まで来たときMEIKOが聞いた。リンは震えながらも微かに頷く。その後ろで、レンが少し不満そうにしていた。リンに引っ付かれて嫌がってたのに、KAITOに引っ付かれるのも嫌らしい。ミクは正しく、そう理解した。
「? 何だよ」
 そんなレンを見つめていると、不機嫌そうに問われる。ミクは感じたことを言おうとしたが、何と言っていいかわからず同じように首を傾げる。気付けばMEIKOたちが歩き出していたので、何でもない、とだけ言ってミクはMEIKOの後ろについた。MEIKOの服は掴むところがなくて、迷った末、その手を握る。MEIKOが少し後ろを振り向いたが、何も言ってこなかった。
「一番奥の部屋よ」
 MEIKOの言葉に、リンがびくっと体を揺らす。
「何だよ、姉ちゃん知ってたのかよ?」
「……一度来たことがあるのよ」
 MEIKOが、ぽつりと呟くように言う。
「そうなの? 何で言ってくれなかったの?」
 言いながら、さわっと風が前髪を揺らすのを感じた。
「え……」
 廊下の奥には、大きな窓。黒い影にしか見えない木々と月。そして……。
「……窓、割れてんじゃん」
 レンがそう言って足を止めた。気付けばミクの足も止まっている。そのミクに引っ張られるようにして、MEIKOも足を止めた。
「姉さん。姉さんが来たのっていつの話?」
 KAITOが聞いた。MEIKOの瞳が少し揺れている。
「……6年前…かしら」
 6年。
 それほど遠くない、だけどミクたちにとっては思いもつかない過去。
「おれが生まれる前か」
「そうよ。……あんたに会えるのを楽しみにしてたわ」
 MEIKOがいつの間にか、奥の部屋の前に立っている。今まで通り過ぎた中で一番大きい、両開きの扉だった。
 ぎぎっ、と玄関のときと同じ重い音がして扉がゆっくりと開く。
 ……まだ誰も、触れていなかったのに。
「ぃやあぁっ!」
 リンが叫んだ。叫んで、そのまま廊下を走る。
「リン!」
「リンちゃん!」
 レンとミクの叫びが重なった瞬間、廊下の明かりが消えた。リンに向かって動き始めていたレンも、ミクも思わず足を止める。
 おそらくリンも同じだろう。足音が聞こえない。
 そして次の瞬間。
「きゃあっ!」
「な、何だよ!?」
 がたがたがた、と地面が揺れる。思わず座り込んだとき、頭上を何かが通過したのに気付いた。
「え……」
「これは……」
 扉の開いた部屋から何かが飛んでくる。本。何かの缶。小さな箱。置物。額縁。写真立。
 もうはっきりとわかる。
 この屋敷は、異常だ。
「リン!」
 小物の飛び交う廊下をレンが走り出す。ミクも後を追った。待ちなさい、というMEIKOの声が聞こえたが今は止まる気になれない。蹲ってるリンを見たとき、背後でぱきん、と高い音がした。
「あっ……!」
「姉さん!」
 切羽詰った叫びに思わず振り向く。薄暗い。だけど、月明かりで多少明るい窓の付近。割れて、ガラスが半分ぐらいしか残っていなかった窓。だけどそこにはもう…なにもない。
「お姉ちゃん!?」
「姉ちゃん!」
 MEIKOが、倒れている。KAITOが駆け寄って抱え起こした。うつ伏せのまま。MEIKOの背中がきらきらと光っている。ガラスだ、と理解した途端恐怖が蘇ってきた。
「何よ何なのよここ…!」
 リンは蹲ったまま叫んでいる。目を閉じて耳を塞いで。レンがその背を抱きしめた。
「落ち着け! 落ち着けリン!」
「嫌…! 帰りたい…!」
 リンとレン。MEIKOとKAITO。ミクは互いを見比べながらおろおろとその間で彷徨う。まだ物が飛んでくる。
 どうしたらいい。
 お兄ちゃん…お姉ちゃん…!
 頼れる人は、そこにしか居ない。ミクが心に決めてMEIKOたちへと向かったとき……歌が、響き始めた。
「え……」
 MEIKOの声だ。うつ伏せのまま、KAITOに支えられて出す声は、地面に跳ね返って少しこもっている。だけどその瞬間、地面の揺れが止まった。ばたばたと宙に浮いていたものが落ちる。リンとレンが顔を上げた。しばらくして歌が止まるまで、ミクは一歩も動けなかった。





「……そうね。確かに依頼人なんて居ないのかもね」
 MEIKOの言葉に、全員が顔を見合わせる。あのあと5人で入った部屋の中は、薄汚れたベッドと数点の家具があるだけでやっぱり……人の気配はなかった。床も、ここまで来た道と同じように、埃が積もっている。ミクたちの足跡がはっきりとわか った。
 そして、ベッドの上にはやっぱり、汚れた人形。
「……どう見ても廃墟だよね」
 KAITOの言葉に、MEIKOが苦笑した。そのまま、MEIKOを支えるKAITOから離れて、ベッドの側にしゃがみこむ。
「ホントにね…。たった数年でこんなになるもんなのね」
 掃除をしていない。ただそれだけのレベルのはずなのに。人の気配を失った家は、やはり廃墟だった。
「なあ…」
 ミクの後ろで、それを見守っていたレンが呟く。
「おれたち、何しにここに来たんだよ?」
 リンはまだ多少震えていた。レンの手を握り、不安げにMEIKOを見ている。
「……歌うためよ。最初から言ってるでしょ」
「誰に!」
「依頼人」
 MEIKOは手を伸ばすと、ベッドの上に置かれた人形の頭にそっと手を乗せた。
「……もう亡くなってるんだね」
 KAITOの言葉に、MEIKOが静かに頷く。
「……手紙は本当に届いたけどね。私もびっくりしたわ」
 MEIKOが立ち上がった。
「……今からでもいいなら、約束を果たしたいの」
 薄暗い部屋の中、MEIKOが目でミクたちに合図をする。
 KAITOが横に並んで、ミクもまた、MEIKOの隣へ行った。
 双子は動かない。
「……説明しろよ」
「……亡くなった子との約束。聞こえてたでしょ?」
「死んだら歌なんて聞けないだろ! 手紙なんて誰かのいたずらじゃない のか!?」
「それでも私の約束、よ。私の気が済まないの」
 いいからとっとと来なさい。
 MEIKOの迫力ある声に、レンは不満そうにしながら動く。リンも、つられる形でミクの隣に並んだ。
「……大丈夫?」
 リンの様子はずっとおかしい。
 だけどリンはそれにしっかりと頷いた。
「……じゃ、始めましょうか」
 遅くなったけど。
 これが私の家族よ。
 MEIKOのその声を合図にして、ミクたちは歌い始めた。
 酷く気温の低かった部屋が、暖かくなった気がした。





「KAITOが出来る半年くらい前…かしらね」
 MEIKOはある屋敷に呼ばれた。病気の娘のために歌って欲しいと。まだ仕事も少なく、それほど世に知れた存在でもなかったMEIKOを呼んだのは、その娘自身だった。誕生日プレゼントに貰った贈り物の中にあった…MEIKOのCDを聞いて。
「子どもにあれほど喜ばれたのは初めてだったし…あの子は、機械の声…作り物の声がそれだけ出来るんだって知って…感動したって言ってた」
 正確には言ったのではなかった。その子は……声が出なかった。
「人工声帯への可能性を見出したのかもね。でもそんなことと関係なく、その子の病気は」
 あと一年もつかどうか。
 そう、その父親に言われた。
「いろいろ話したわ。今弟が開発途中だって言ったら凄く会いたがってた。だから、弟が出来たらまた一緒に歌いに来るって」
 約束した。
 だけど、その、たった一ヶ月後のことだった。
「……病院に行く途中の事故よ。両親も一緒に。不思議なものね。一年の命って言われたら一年後までは生きてるもんだと思ってたわ」
 結局、屋敷は人手に渡り、だけど新たな住人は不幸続きで。幽霊屋敷というあだ名がついたのは、それからたった二年後。
「……幽霊ってホントに居たんだね」
「……あんた反応するとこ間違ってない」
 誰も口を挟めなかったMEIKOの語りに、KAITOが間抜けな口調で感想を述べた。
 確かに、先ほどまでの現象は幽霊でしか説明が出来ない。
「……幽霊だったら、ちゃんと聞けたかなぁ」
 ミクが思わず言った言葉にMEIKOは少し目を見開いて、笑った。
「そうね。ここに…居たみたいだしね」
「幽霊に目も耳もあるかよ」
「レン!」
 そっぽ向くレン。その手はリンの手を握ったままだった。
『ありがとう……』
「えっ!」
 突然の声に全員が戸惑う。
「リン……?」
 レンが気付いた。リンが、どこか宙を見るような目をして、リンの声で、リンじゃない言葉を話す。
『来てくれて、ありがとう』
「あなた……」
『いっぱい、できたんだね』
 弟と、妹。
 MEIKOは微笑んで、両側に居るKAITOとミクの肩に手を回した。
「そうよ。みんな歌うまいでしょ」
 私の自慢よ。
 MEIKOの言葉に、ミクとKAITOが少し照れたように笑う。
 同じく、微かに、笑ったような気配を感じた。
『ありがとう……』
 歌ってくれて。覚えててくれて。笑顔をくれて。感動をくれて。
 同じ節で繰り返すリン……の声を借りた少女。
「どういたしまして」
 MEIKOがそれに返したとき、ふっと、その気配が消えた。
「……いっちゃった…?」
 それがどういうことかもよくわからなかったのに。ミクの口から出たのはそんな言葉だった。
「……リン?」
 レンが心配げにリンの顔を覗き込む。リンは、泣いていた。
「おいリン…」
「うっ……」
 嬉しい、凄く嬉しい、とリンは言った。感情が、伝わってしまったのかもしれない。
「姉さん」
「ん?」
「その子って……いくつだったの?」
「……小学校には行けなかった、って聞いたわね」
「……そう」
 何かが消えた空間で。ミクは、自然と歌いだしていた。
 死者を送る歌。
 以前、生前葬で歌ったときとは違う。もう、ここには誰も居ない。聞かせる相手は居ないけど。
 ミクの声に、MEIKOがのる。KAITOがのる。リンとレンも、一緒に歌い始めた。
 どこかにある世界に。
 この歌が届けばいいと思った。


 

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