通信

 ─ねえねえ、さっきテレビで流れた歌ってこの前リンちゃんが歌ってた奴だよね?
 ─うん、前にあの歌手の人が楽譜持って練習してるとこ見ちゃったの。新曲だったんだね。
 ─えー、じゃあ誰の歌か知ってたの? 前に聞いたとき知らないって言ったの に。
 ─だって内緒ね、って言われたんだもん。ミク姉も言われるでしょ? 新曲だったら誰にも教えるなって。
 ─リンちゃん、新曲だってこと知らなかったんじゃないの?
 ─知らなかったけど、内緒って言われたからしょうがないじゃん。
 ─私、リンちゃんになら新曲でも歌うのにー。
 ─私だってミク姉には歌ってあげてるじゃん! ほら、それは、家族ならいいってことでしょ? 前にMEIKO姉も言ってたし。
 ─……そっか。家族だからか。
 ─そうそう、家族だから!
 ─……じゃあ、今練習してる新曲聞かせてくれる?
 ─えっ、あれは駄目! まだ全然出来てないし、レンも一緒だし! ちゃんと完成したら歌うから。
 ─でも聞きたいー。あ、お姉ちゃんがアドバイスしてあげる!
 ─ミク姉のアドバイスってわかりにくそうー。
 ─や、やってみなきゃわかんないじゃん!


「お前ら、いつまでやってんの」
 唐突に割り込んできた声に、ソファに背中合わせで座っていたリンとミクが顔を向ける。別のソファに寝転がり、漫画を読んでいたレンは呆れた顔で2人を見つめていた。
「にやにやしたり怒ったり、不気味だっての」
 そう言うレンは、2人の会話が始まってからずっと見ていたらしい。漫画のページは全然進んでいない。そしてテレビに向かっていたKAITOも、そこでリンたちに顔を向けた。
「あ、やっぱり喋ってたの? 駄目だよ、脳内通信はなるべく使わないようにって言われてたでしょ?」
 ─……だって、せっかくリンちゃんと繋がったんだもん。
「ミク、ちゃんと声に出しなさい」
「……はーい」
 KAITOに対し通信で話しかけたミクに、KAITOが少し強めの口調で叱る。
 ずっと相性が悪くてまともに繋がらなかったミクたちとリンたちの脳内通信は、先日ようやく改良されて普通の会話が出来るようになった。それからミクとリンは極端に口数が減った。脳内通信で会話をしているのだろう。
「でもさぁ、何で駄目なの? 人間にはそんな機能ないから? 人間らしくしなくちゃ駄目?」
 横から口を挟んだのはリンだった。真剣な目に、KAITOが一瞬言葉に詰まる。
「そうだよ、それに声出してたらお兄ちゃんたちにも聞こえてテレビ見る邪魔しちゃうでしょ。だから秘密で喋ってたんだもん」
 ねー、とリンとミクが声を合わせる。KAITOが言葉を捜すように顔に手を当てたとき、台所に居たMEIKOがやってきた。
「あ、姉さん。何か言ってよミクたちに」
「私に振らないでよ」
 会話は聞いていたが助けを入れるつもりはないらしく、MEIKOはそのままKAITOの隣に腰を下ろした。歌番組が終わり、ドラマが始まるところだ。ドラマの方には興味がないKAITOが入れ替わりに立ち上がる。
 ─……頼りないなぁ。
 ぽつ、と呟くようにKAITOが漏らした言葉はMEIKOの脳内にのみ響く。きっ、とKAITOを睨むように見上げたMEIKOをミクたちが不思議そうな目で見ていた。
「じゃ、おれは上に行ってるよ。レン、今日おれ新曲渡されたんだけど、見る か?」
「お、見る見る!」
 レンが漫画を閉じると跳ね上がるようにソファから降りる。
「えー、レンくんだけずるい」
「ミクたちはこれからドラマ見るんでしょ」
「終わってから見に行っていい?」
「いいけど寝てるかもよ? おれ、明日早いし」
 ─ちょっと待って。
「ん?
 呼びかけはMEIKOから。
 足を止めたKAITOをレンが不思議そうに見上げる。KAITOの視線がMEIKOを向いたので、ミクとリンは2人の顔を交互に見つめる。
 ─別に寝る必要ないのにそんな意地悪することないでしょ? そんなんじゃ反省にはならないわよ。
 ─別にそういうわけじゃ…っていうか、それなら姉さんが何とか言ってよ。
 ─改良されたばっかりだから使いたくてしょうがないんでしょ。それぐらい理解してあげなさいよ。
 ─そりゃここでやってる分にはいいけど。スタッフとかの前でやられたらどうするんだよ。
 ─だから注意するならそこだけでいいの。
 ─……最近、ミクがあんまり言うこと聞いてくれないんだよね。昔はもっと素直だったのになー。
 ─成長したってことじゃない?
 ─えっ、逆じゃないの!?
 無言のままやりとりを続けるMEIKOとKAITOをミクたちはじっと見ている。段々不安げな眼差しになっているのに、KAITOは気付かなかった。
 ─いいのよ、あれで。何でもかんでもあんたに頼らなくなったってことなんだから。
 ─……それ、寂しい。
 ─……あのね。
 思わずMEIKOが笑い出しそうになり、ミクたちがばっ、と顔を向けた。少し声がもれたらしい。
「……おい」
 そこでようやく、KAITOは自分の袖を引くレンの存在に気が付いた。怪訝な顔でKAITOを見上げるレンが呟くように言う。
「何……話してんだよ」
「え?」
 ミクとリンとレンと、ついでにMEIKOの視線がKAITOに集中する。MEIKOとの会話に気を取られてすっかり忘れていた。3人を間に挟んだまま無言で突っ立ってれば気にもなるだろう。どう言うべきかとKAITOが迷ってるいる内に、MEIKOが先に答えを返した。
「大したことじゃないわよ。私とKAITOだけの秘密の話」
「えええー!」
「余計気になるよ!」
「せめておれらの居ないところでやれよ、そういうのは!」
 ミク、リン、レンが順番に声を上げる。MEIKOはにっと笑うとそのまま無理矢理ミクの隣に腰を下ろす。狭くなった2人がけのソファで、MEIKOがぽんと、ミクの頭を叩く。
「だったら、ミクたちも秘密の話は止める?」
 お姉ちゃん気になってしょうがないから、とMEIKOが笑うとミクとリンは顔を見合わせた。
「お前ら…それ言うためにやったのかよ」
「……いや、おれは別に……」
 レンが呆れた目で見上げるが、完全にのせられた形のKAITOは戸惑いだけを返す。ミクたちは多少不満そうにしながらも、MEIKOの言葉に頷いた。
「うん……あれは、嫌だ」
「何か表情だけ変わるんだもんね」
「さっきのおれの気持ちだぞ、それ」
 そこでレンもまた、リンたちに近づく。笑ったり怒ったり、表情の変化だけを見せられていたレンは気になるなんてもんじゃなかった。どちらかというと、普段うるさい2人がやけに静かな空間が落ち着かなかったという部分が大きいが。
「……そうだね」
「ごめんねレンくん」
「あれ、レンにだけ?」
「ごめんなさいお兄ちゃん」
 こういうときのミクは、やっぱりまだ素直で、KAITOはほっとする。
 これで終わった、と思ったとき突然KAITOとMEIKOの2人に脳内通信が入って きた。
 ─KAITO、MEIKO、今いいか?
 ─がくぽっ!?
 ─どうしたのよ、あんた。
 少し遠くからの通信に、いつもの癖で反射的に耳を押さえた。
 ─今日マスターが酒を貰って帰ってきてな。マスターは酒を飲まんからお主たちと一緒にどうかと思ったんだが。
 ─………。
 KAITOとMEIKOは顔を見合わせる。ミクたちの視線が集まっているのに気付い た。
「誰から?」
「2人だから電話じゃないよね」
 ミクとリンの声が聞こえる。
 KAITOは困ったようにMEIKOを見たままだ。
 ─あー、えっと、凄くありがたい申し出なんだけど。
 ─どうした?
 ─がくぽ、携帯どうしたの? 通信なんて珍しいじゃん。
 ─2人いっぺんに話すならこっちの方が便利だろう。せっかくある機能だ しな。
 離れて暮らしている割にがくぽから通信が来ることは珍しかった。しかしそう言われると、返す言葉も思いつかない。
 ─……どうした? 今、まずかったか?
 MEIKOたちの歯切れが悪いのに気付いたのだろう。がくぽが少し遠慮がちな声になる。
 ─……まずいっていうか。
 ─タイミングがちょっと…ね。
 ミクたちが睨むようにKAITOとMEIKOを交互に見る。脳内通信はなるべく使うなと、言った直後にこれだ。
 大事なのは使い分けだと。
 先に気付くべきだった。


 

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