口調

「ねえ、やっぱり私たちも見に行かない?」
 楽屋の畳にだらりと寝そべっていたレンは、その言葉に体を起こした。KAITOとMEIKOが新人のもとへと向かってすぐのこと。2人の出て行った扉を見つめていたリンはミクに向かって発言していた。ミクは戸惑ったような顔で少し俯く。
「でも……留守番しとけって言われてるし」
「楽屋に留守番も何もないでしょ。それに、やっぱり本番前に挨拶ぐらいしとかなきゃ!」
 本番を初対面にしたいから会うな、とスタッフに言われたことは綺麗に無視をしている。それはKAITOとMEIKOも同じことなのだが。
「だよなぁ。どんな奴かわかんないと対策も立てらんねぇし」
 レンがぽつりと言うとリンが凄い勢いで顔を向けてきた。顔を上げたことに気付いてなかったらしい。少し驚いた顔をしたあと大きく頷く。
「そうだよ! 成人男性型ってのと名前だけじゃどう接したらいいかわかんないじゃん。私たちのキャラだと、まあ私が愛想良くやってレンは目を逸らしてぶっきらぼうに、だと思うけどさ、向こうのキャラによってはそうじゃないほうがいいかもしれないし」
 リンはずっと考えていたのか、すらすらと不満と悩みを述べていく。レンはそれにため息をついた。
「ってかおれの対応勝手に決めんな。おれ、そんなに愛想悪いかよ」
「えー、よくはないと思うよー。特に男には」
「それは私もそう思う」
 ミクにまで言われてしまった。そうだったか、と思い返すがそもそも男と初対面時の記憶というのがあまりない。あまりない、というのが興味が薄いことの証明だろう。 KAITOには雪をぶつけてた気がするが。
「だからさー、とにかく会いに……会うのが駄目でもちょっと見るぐらいならいいじゃん。ミク姉だって後で初対面の振りぐらい出来るでしょ?」
 リンの言葉にミクは迷うように視線を彷徨わせる。
「そうだけど……怒られないかなぁ」
 否定はしなかった。ミク自身も会ってみたい気持ちはあるのだろう。収録になればいやでも顔を合わせるとはいえ、もう随分前から出会いを待たされている。新しいVOCALOID。マスターが設計図を売って作り出された、自分たちの仲間。今日がそのデビューの日だ。レンたちのときと違って、情報は雑誌やテレビでさえ、完全に伏せられている。
「怒られるとしたらまずMEIKO姉たちだろ。先にスタッフに逆らってるのあっちだし」
 一応保護者扱いだし、とこちらは口に出さず呟く。
「そうそう。自分たちもやってることで私たちを怒れないって。よし! じゃあ行こう!」
 まだ迷っているミクの言葉は待たず、リンが立ち上がる。レンもそれに続いた。
「かっこいい人かなー。そういえば成人男性ってお兄ちゃんより年上? 年下?」
「さあ。そもそもKAITO兄ィがちゃんとした年齢設定持ってないだろ」
 会話しながら楽屋の外へと向かう2人。ミクが慌てたように立ち上がった。
「待って! 私も行く!」
 一緒に廊下に飛び出してきたミクに、双子は顔を見合わせて笑った。





「どんな人かな」
 呑気な声はすぐ後ろから聞こえてきた。MEIKOは振り返らずに足を進める。
「いい人だといいね」
 隣に並んできたKAITOはそれを気にした風もなく続ける。
「マスターの選んだ人に間違いなんてないわよ」
 強い口調で返したMEIKOに、苦笑する気配がした。
「じゃあ心配することないんじゃない? わざわざ見に行かなくても」
 局の廊下を足早に歩きながら、KAITOは肩を竦めて言った。それに答える間もなく、気付けば既に目的地の前。神威がくぽと書かれた紙を張った控え室。MEIKOは足を止めて、そこで一呼吸した。
「私はマスターを信じてるの」
「うん」
「マスターが選んだ人が作ったVOCALOIDなら、問題はないって目で見る」
「うん……?」
「だから、冷静な判断はあなたがしなさい」
「えええ?」
「行くわよ」
 実際に、どんな人物かはわからない。マスターの人を見る目が本当に確かだとは思えない。だけど、自分は「マスターが選んだ人」を否定することはないだろう。何があっても。だがKAITOは別だ。KAITOの心の中心はマスターではない。だから、冷静な判断が出来るだろうと思っている。KAITO自身の人を見る目が確かかどうかは置いといて。
 MEIKOはそれだけ自分の中で確認をして、コンコン、と扉を強めにノックした。
 少し緊張して返事を待つが、何も返ってこない。
 2人は顔を見合わせた。
「……居ないのかな?」
 KAITOの言葉を聞きながら、MEIKOは扉に耳を当てた。間違いなく人が動く気配はしている。同時に、微かに聞こえる音楽。VOCALOIDの耳で、扉の前に立ってもはっきり響いてはこない。
「……多分、イヤホンで音楽聞いてるわね」
 ノックの音は聞こえないということか。改めてKAITOに目をやれば、了解したのかKAITOが扉に手を伸ばした。一応、中に居るのは成人男性姿のVOCALOID。いきなり開けるのならKAITOの方がいいだろう。
「入るよー」
 それでも一応声だけはかけて、KAITOが扉を開いた。途端、鋭く風を切る音と低い怒鳴り声。
「腹切れ貴様ぁっ!」
「うわあっ」
 何かを避けるようにKAITOが後ずさってMEIKOにぶつかる。
 KAITOを支えつつ中に目をやれば、刀を構えてこちらを見る男と目が合った。
「……あ……」
 男が口を開いたまま固まる。MEIKOもようやく声に出した。
「ええと……あなたが……がくぽ?」
 僅かに疑問系で言ったMEIKOに男が慌てたように表情を崩す。そのとき、廊下から聞き慣れた声が響いてきた。
「お姉ちゃーん!」
「おい、今の声なんだ?」
「初めましてー、私鏡音リン……」
 どたどたと部屋の前まで集合してきた弟妹たちは、MEIKOたちには目もくれず中を覗き込む。そして、同時に固まった。
「……は、初めまして……」
 男は刀を構えたまま、掠れた声でそう言った。





「……すまん」
 控え室の中、奥の椅子に座って項垂れるがくぽにKAITOが笑って手を振った。
 イメージイラストのようなものはMEIKOも少し目にしていたが、それよりも随分派手な格好だった。中性的な外見に似合わず、声は低い。
「まあ、当たってはないし。別に待ち構えてたわけじゃないよね?」
 KAITOの言葉にがくぽは慌てて縦に首を振る。何か言う前に、ミクがフォローするように言った。
「歌の練習してると周りの声って聞こえないもんね。私もよくあるよ!」
「っていうか、さっきの……歌?」
 レンが呟くような突っ込みを入れる。廊下での発言から言って、レンにはがくぽの叫びが聞こえていたのだろう。その言葉と同時、リンが机の上に投げ出されたままのiPodを手に取る。和装にこれを付けて歌っていたのかと思うと何だか違和感があったが、よく見れば今はミクたちと同じくヘッドフォンのようなものを付けているので普通のスタイルなのだろう。
 リンが勝手に再生してそのイヤホンを耳に付けると、もう片方をレンの耳に当てた。賑やかな音が先ほどよりは大きく聞こえてくる。
 がくぽはそれを見つめつつ、全員を見渡すようにして言った。
「それがデビュー曲だ。台詞部分が難しくてな。それさえ上手く行けば何とかなると思ってるのだが、難し……難しいで……ござる」
 何故か語尾が消えるように小さくなる。MEIKOはそれに首を傾げた。
「楽しそうな曲だねー」
 そんなことにも気付かず曲を聴いていたリンがそうもらす。
「もう本番前なのに難しいとか言ってていいのかよ」
 レンの突っ込みは気安だ。笑いながら言われたそれに、がくぽはほっと息を つく。
「歌は問題ないの……ないのでござるが、喋りは慣れておらんからな。今日もフリートークがあるし、主も忙しいのか、あまり構ってくれぬし……」
「喋りか……」
 がくぽの口から出る「フリートーク」の言葉に違和感を覚えつつ、そこは何とか 流す。
「まあ歌だけ歌ってればいいってもんじゃないしねー。初っ端から一人は緊張する よね」
 デビュー以来長いことMEIKOやミクと一緒だったKAITOがわかったような顔をしてうんうんと頷いている。
「台本はないわけ? 台本なんてあてになんないようなとこもあるけど、ここは結構きっちりやってない?」
 MEIKOが不思議そうに問いかけると、がくぽは何故か俯いた。
「台本はあるのだが……その台本が難しいのだ」
 ちらり、と目をやった先に見えたのは台本。自然全員の目がそこに集まって、近くに居たKAITOが代表するように手に取った。
「台本通りに喋るぐらい出来なくてどうすんだよ。難しいって……何か無茶振りでもされてんの?」
 レンはKAITOの方を見て言う。KAITOは台本をめくりながら首を傾げた。
「別におかしなとこなんてないけどなぁ。多少アドリブで答えるところはあるけど」
「そこで違和感を感じさせずに喋らなきゃ……喋るのが難しいでござる! 何度も練習してるがなかなか上手く行かないでござる!」
 自棄のように投げ捨てられた言葉に、ようやく気付いた。ミクが真っ先に口に出 す。
「ござるって言うのが難しいの?」
 がくぽが言葉に詰まった。
「確かに変だな、その喋り」
 レンは遠慮なくそう言い放つ。
「そ、そんなことは……」
「ござる、って侍とか忍者みたいでかっこいいけどなー」
「そ、そうでござろう! だからさっきから必死で練習……あ」
 がくぽが慌てて口を押さえた。KAITOが「あー」と納得したように呟く。
「そういうキャラでいけって言われてるんだ」
 がくぽはがっくりと肩を落とした。





「好きな食べ物は何ですか」
「茄子でござる」
「じゃあ好きな色はー?」
「紫でござる」
「好きな人」
「マスタ……主でござる」
「ええと、じゃあ……好きな歌!」
「それは勿論、このデビュー曲でござる!」
「そんな短い質問と答えばっかでいいの?」
 練習と自己紹介を兼ねて次々と質問を出す4人に、がくぽは律儀にござる口調で答えている。
 そもそも喋り方というのは性格から自然と選ばれるものだが、さすがにござる口調というのは選択肢に入らない。MEIKOたちのマスターも予想外だっただろう。こういうキャラが求められるのは。
 静観していたMEIKOの突っ込みに、がくぽは何故か情けない表情になった。
「下手に長々喋るとボロが出そうでござる」
 心底困った声で言われて少し同情する。ミクに対する「無垢に」という願いは周りの協力でぎりぎりこなせていると思うが、こういうのは本人一人で頑張るしかない。しかも、スタッフにすらばれてないらしい。
「そもそも『ござる』って付けろって言われてんの? 全部に付けるとおかしく ねぇ?」
 レンがもっともな言葉を吐いて、がくぽは思い出すように宙を見た。
「侍らしく喋れ、と言われたでござる。研究の結果、侍は『ござる』を付けるという結論になった」
「ござる」
「なったでござる」
 わざわざ補足したKAITOに、がくぽも律儀に言い直す。真面目なのだろう。真面目でないとやれないかもしれないが。
 しかし一体どういう研究をしてそういう結果になったのか。MEIKOはテレビでやってる時代劇を思い起こしてみるが、ござる口調の人物など居ただろうか。あまりそういうものは見ないのではっきりとは言えないが。
「いや、それエセ外人口調なみの怪しさだと思うけどな」
 レンははっきりと否定する。それにはMEIKOも同意した。
「私は『ござる』よりも偉そうな方がいいな! この無礼者ー! みたいな」
 リンが無責任にそう言うが、がくぽはそれにも真面目な顔で対応する。
「……やはりおかしいでござるか。侍というのは偉そうなものだとは思っているのだが……どうにも性格にあわ……んでござる」
「……ねえ、とりあえず普通に喋ってみたら?」
「は?」
「姉さん、本番前なんだから素に戻っちゃまずいよ」
「何言ってんの。本番ではきっちり切り替えてこそプロでしょ。むしろそういう区切りを作って、演じることを頭に刻み込んでた方がやりやすいんじゃない? 日常生活でも全部演じるとか考えてたら自滅したときが大変よ。せめて私たちの前だけでも普通にしてたらいいじゃない」
 そう言い切ったMEIKOにがくぽが目をぱちくりとさせて固まる。レンがまず同意 した。
「そうだな、カメラの前では役作り、って思ってた方が上手くいくぜ」
「レンはあんまり変わんないじゃん、普段も本番も」
「役に入ってるときってことだよ…! せめてがくぽもそれでいけって言ってんの」
 呼び捨てのきつい口調の突っ込みにもがくぽは真剣に頷いた。どうやら納得したらしい。
「わかった! ではお主たちの前では普通に喋ろう! いろいろすまぬな。確かにその方が上手く行きそうだ」
 顔を上げて爽やかに言い放ったがくぽにKAITOが首を傾げる。
「……え、それ普通?」
「普通だが? 何か問題があるか?」
「……それなら侍で通じそう」
「いや、むしろそっちの方がいいんじゃね? 普通に偉そうだぞ、それ」
「私はそっちの方が好きー!」
 レンとリンがそう言って、ミクとMEIKOも頷いた。どちらに同意したかはわかり辛くなったが。
「そ、そうか? 主がこういう口調なのでうつってしまっているのだ。主と同じ口調というのもおかしくないだろうか」
「……がくぽの主って」
「面白い人だねー」
 ミクの発言にはがくぽは不思議そうな顔をする。初めて会う人物は大抵の場合マスターだから、それが人間の基準になる。だからずれていてもなかなか気付かない。MEIKO自身も覚えがあるのでその感覚はわからないでもない。
 それにしても。
「……ウチのマスターの人を選ぶ基準って何なのかしら……」
 マスターが設計図を売った相手が、がくぽの主。
 MEIKOが頭を抱えて呟いた言葉は、誰にも聞こえていなかった。


 

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