泥棒というか教育問題
「おじさん誰?」
真夜中、姉たちに内緒でこっそりビデオを見ようと階段を下りてきたミクは、廊下で見知らぬ男を発見した。
「ええと……」
暗いながらも、男が黒ずくめの格好をしているのがわかる。顔も何かで覆われていた。僅かに目の部分だけが露出している。
「お、」
「み、ミクちゃんだね?」
再び問いかけるのを遮るように男が声を出した。間違いではなかったのでミクは頷く。ええと、ここに居るのは知らないおじさんで…。
「これ要る?」
また思考が遮られた。男が背中のリュックから取り出したのは…どんな暗闇でもはっきりと識別できる。
「ネギだっ!」
「そうネギ…って、あんまり大声出さないでね」
男がネギを差し出す。ミクは喜んでそれを手にした。
ええと……何だっけ。
「じゃあね、ミクちゃん」
「うん。ありがとうー」
そうだ。何か貰ったらお礼。ミクが笑顔でそう言うと、男も少し笑ったように思えた。
玄関から出て行く男を見送りながらミクはしゃくしゃくとネギを噛む。
そういえば。
お兄ちゃんが言ってた。
アイスをくれる人がみんないい人だとは限らないんだって。
凄く真剣だったからちゃんと覚えてる。
じゃあ、ネギはどうなのかなぁ。
考えながらも、ミクは当初の予定通り、ネギを片手にリビングへと向かった。
「泥棒?」
「そう。大したものは盗まれてないみたいだけど…」
朝起きると、MEIKOとKAITOが何やら会話をしていた。MEIKOは右手で右耳を覆うようにして僅かに俯いている。あれはMEIKOが通信をするときの癖だ。
「どうしたの?」
ミクはKAITOの隣に座って問いかける。KAITOはちょっと首をかしげて「おはよう」と言った。
「おはよう。あ、お兄ちゃん昨日ね」
おじさんにネギ貰った……言いかけて、ミクは慌てて口をつむぐ。夜中に起きていたことがばれたら、何をしていたか聞かれるかもしれない。そしたら、ビデオを見ていたことがばれる。
「何?」
「何でもない」
ミクは笑顔で首を振った。良かった。言う前に気付けた。
「ミク。あんた何か見た?」
「え、えええええ!?」
そんなミクを眺めていたMEIKOが通信中にも関わらずミクに問いかける。ミクは驚いて椅子から飛び上がってしまった。
「見てないよ!? 起きてないよ!」
慌てて否定するがMEIKOは聞いてる様子がない。
「KAITO」
「あ、うん」
「な、何?」
MEIKOの呼びかけでKAITOが立ち上がる。何をするのかと思えば突然KAITOに顎を軽く掴まれた。
「おひいちゃん?」
口が中途半端に開いて発音が上手くいかない。KAITOがじっ、とミクの口の中を覗き込む。
「……ネギ食べたでしょ」
「あ……」
「夜中に食べちゃ駄目って言ったでしょ」
「だ、だって」
貰ったんだもん。
思わずそう言ったミクに、二人が顔を見合わせる。
「……ミク、聞かせてもらうわよ」
「その前に歯磨いた方がいいかも」
怖い顔した姉と、笑顔の兄に挟まれてミクはとりあえず、座った。
「あんたって子は! 1から10まで教えないとわからないわけ?」
「まあ、それがミクだしね」
「KAITO! あんたにも問題あるのよ。何でアイス限定で注意してるのよ、応用が効かないのはあんたも同じでしょ」
「だってあのときはアイス貰って、」
「だから応用しなさいって言ってるの!」
MEIKOが怒っている。
多分ミクとKAITOの両方に。
何でお兄ちゃんも怒られてるんだろう。
ミクにはまだ、それがわからない。
「ミク」
「はい!」
「知らないおじさんには絶対着いてっちゃ駄目ってのは言ったわよね」
「うん」
「知らないおばさんならどうする?」
「ええと……」
「ネギくれるの」
「行く!」
即答したミクにMEIKOが深いため息をつく。KAITOは苦笑いだ。
「難しいわね…。私はこんなことで悩んだ覚えないんだけど」
「性格設定の問題なんじゃないの」
「誰よこんな性格にしたのは」
「マスター」
「……なら仕方ないわね」
怒っていたMEIKOが僅か笑顔になった。そしてもう1度ミクと目を合わせてくる。
「KAITO」
だがそのままKAITOの名前を呼んだ。
「ん?」
「ミクの教育、1からお願いね」
「え……」
「今度はアイスがどうとか惚けたこと言うんじゃないわよ」
「でもアイスは…」
「KAITO!」
「はい…」
MEIKOはそれで満足したように頷いて去っていった。残されたミクはその方向をぽかん、として見つめている。
「……姉さんも面倒くさいだけだよな…」
KAITOがぽつりと呟いた。多分自分の話だろうと思ってミクは少し悲しくなる。
「面倒くさい?」
「あ、いや…」
大丈夫。ちゃんと教えるよ。
KAITOはそう続けてミクの肩を叩いた。
「ミク」
「うん」
「……ネギ好きか?」
「うん!」
どうやらネギの話から始めるらしい。
前振りになる予定の話。
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